安岡章太郎
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安岡 章太郎(やすおか しょうたろう、男性、1920年5月30日 - )は、日本の作家。
[編集] 来歴・人物
高知県高知市帯屋町に生まれ、父が陸軍獣医官であったため千葉県市川市・香川県・京城(現・ソウル)・青森県弘前市・東京と転居する。
青南小学校から第一東京市立中学校(現東京都立九段高等学校)に入学するが、素行不良のため教師の実家の禅寺に寄宿生活を強いられる。この生活は3年に肋膜炎を患うまで続いた。
1939年浪人生活を城北高等補習学校で送り、毎日古山高麗雄と遊び歩く。旧制松山高校(現在の愛媛大学)などの受験に失敗し、1941年慶應義塾大学文学部予科に入学するも、1944年陸軍に召集され東部第六部隊へ入営し満州に送られたが、翌年肺結核により除隊処分となり内地送還される。
復学するも父は敗戦により失職し、極端な飢餓と生活環境の悪化が原因と思われる脊椎カリエスを患い、大変な肉体的・精神的苦痛の中1948年英文学科を卒業する。 その当時コルセットをつけながら、吉行淳之介や阿川弘之と遊び歩いたと言う。 1951年『ガラスの靴』が芥川賞の候補作に選ばれ、文壇に注目される。1953年、選考委員の評価が真っ二つに割れながらも『悪い仲間』・『陰気な愉しみ』により、芥川賞を受賞し、1954年には脊椎カリエスが快癒。以後創作活動に意欲的に取り組んでいる。 娘の安岡治子はロシヤ文学専攻、東大総合文化研究科助教授。
[編集] 略歴
- 1951年 『ガラスの靴』で作家デビュー。同作は芥川賞の候補となる
- 1953年 『悪い仲間』・『陰気な愉しみ』にて芥川賞を受賞
- 1954年 結婚。
- 1960年 『海辺の光景』で芸術選奨・野間文芸賞を受賞。ロックフェラー財団に招かれアメリカ留学。
- 1967年 『幕が下りてから』で毎日出版文化賞を受賞
- 1973年 『走れトマホーク』で第25回読売文学賞小説賞を受賞
- 1975年 第三十二回芸術院賞受賞
- 1981年 『流離譚』で日本文学大賞を受賞
- 1988年 遠藤周作に影響を受けた結果、カトリックの洗礼を受ける
- 1989年 『僕の昭和史』全3巻で野間文芸賞を受賞
- 1991年 『伯父の墓地』で川端康成文学賞を受賞
- 1995年 『果てもない道中記』で第47回読売文学賞随筆・紀行賞を受賞
- 2000年 『鏡川』で大佛次郎賞を受賞
- 2001年 それまでの文学活動で、文化功労賞を受賞