小柴昌俊
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小柴 昌俊(こしば まさとし、1926年9月19日 - )は、日本の物理学者。2002年「天体物理学とくに宇宙ニュートリノの検出に対するパイオニア的貢献」によりノーベル物理学賞を受賞。素粒子物理学・宇宙線物理学の分野で多大な業績を上げた。
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人物
愛知県豊橋市出身。日本学士院会員。東京大学理学部物理学科卒業。米国ロチェスター大学大学院博士課程修了。ロチェスター大学にて18ヶ月でPh.D.を取得。同大学での最短博士号取得者。この最短記録は現在でも破られていない。
学位は東京大学理学博士、称号は東京大学特別栄誉教授・名誉教授、明治大学名誉博士。栄典は勲一等、文化勲章受章、東京都名誉都民。賞歴としてノーベル物理学賞などがある。
現在は、平成基礎科学財団 (HFforBS) 理事長、21世紀臨調特別顧問。父は陸軍歩兵大佐小柴俊男。
京都大学名誉教授の林忠四郎とともに、日本を代表する宇宙物理学者である。自らを「東京大学の落ちこぼれ」「変人学者」と称し、現場主義の研究者としての立場を貫いている。また後進の教育・指導にも手腕を発揮し、「私の研究を受け継いだ者の中から、ノーベル賞を受賞する研究を成し遂げる者があと2人は出るであろう」と発言、注目を浴びている。
経歴
- 1944年3月、神奈川県立横須賀中学校(現・神奈川県立横須賀高等学校)卒業。
- 1944年4月、東京明治工業専門学校(現・明治大学理工学部)に入学(1945年1月に退学)。
- 1945年4月、旧制第一高等学校(現・東京大学教養学部)入学。
- 1951年3月、東京大学理学部卒業。
- 1955年6月、ロチェスター大学大学院修了。
- 1970年3月、東京大学教授(理学部)。
- 1987年5月、東京大学名誉教授。
- 1987年8月、東海大学理学部教授。
- 1997年、文化勲章受章。
- 2002年、「天体物理学とくに宇宙ニュートリノの検出に対するパイオニア的貢献」によりノーベル物理学賞を受賞。ニュートリノ天文学という新しい学問分野を開拓した。
- 2002年、明治大学名誉博士。
- 2003年、勲一等旭日大綬章受章。
- 2005年、東京大学から特別栄誉教授の終身称号を授与される。
その他
- 東京大学本郷キャンパスの理学部1号館には小柴昌俊のノーベル賞受賞を記念して「小柴ホール」が設置された。
- 私生活では由美かおるのファンとして知られる。
- ゲームソフトのファイナルファンタジーを好んでプレイしている事をテレビ番組(徹子の部屋)で告白し、「世界最年長のゲーマー」と言われている。
- 大学院生時代に、当時、神奈川県横須賀市にあった栄光学園にて物理の臨時講師を担当した。「この世に摩擦がなければどうなるのか」との質問を生徒に出題。摩擦がないと鉛筆の先が滑って回答は書けない、それ故に回答は「白紙回答」。正解を書くと不正解になる難問を出題した。
著書
関連項目
外部リンク
- 東京大学理学部の小柴名誉教授ノーベル賞受賞記念ページ - 略歴、業績など