慢性疲労症候群
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慢性疲労症候群(まんせいひろうしょうこうぐん)は、原因不明の強度の疲労が長期間(一般的に6ヶ月以上)に及び継続する病気である。英語 Chronic Fatigue Syndrome や Myalgic Encephalomyelitis(筋痛性脳脊髄炎)、 Post-viral fatigue syndrome(ウイルス感染後疲労症候群)のアクロニムからCFS、ME、PVFSと呼ばれる。また重篤度が伝わらない・慢性疲労と区別がつきにくいということから、Chronic Fatigue and Immune Dysfunction Syndrome(慢性疲労免疫不全症候群)という呼称を患者団体が提案してもいる。以下CFSと略す。
長期間の疲労感の他に次の症状を合併することがある。
- 微熱 ・咽頭痛 ・頸部あるいはリンパ節の腫張・原因不明の筋力低下
- 羞明 ・思考力の低下・関節障害 ・睡眠障害
激しい疲労のため、CFS患者は働くことはおろか、通常の日常生活(食事・買い物等)すら困難になることさえあり、イギリスでは患者の77%程度は失業すると報告されている。何とか働ける程度の軽症の患者もいるが、自分で食事を摂取することや寝返りさえうてないほどの重症患者までいる。
通常、CT・MRI・血液検査等も含む全身の詳細検査を受けても他の病気が見つからなく、精神疾患も当たらない場合に初めて疑われる病気であるが、うつ病・神経症などの精神疾患を、もしくは病苦・周囲の理解のなさ等の苦しさから合併する例も多い。
よく間違われることであるが、疲労が蓄積された慢性疲労とは別のものである。一見するだけでは元気にしか見えない患者も多いが、体内の不快苦痛・不自由さが生活の障害となっている場合も多い。慢性疲労症候群という名称も誤解されやすいものとして、改名を求める声がある。
20代から50代のうちに発症するケースが多く、患者全体のうち女性が6〜7割程度を占め、アレルギー疾患を持っている人の方が罹患しやすい。日本では、約20万人(0.2%)がCFSを罹患していると推定されているが、認知度の低さにより、適切な診断を受けていないか、仮面うつ病・神経症等に誤診されている患者が多いと思われる。
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[編集] 歴史
CFSは比較的新しい疾病概念であるが、古代医学の巨人ガレン(AD130〜201年)の著書の中にもCFSの病態のように思われる記述が残っている。18世紀にも裕福層に多く同様の病態の患者がいた記録が残っており、著名人の中でも、フローレンス・ナイチンゲール、チャールズ・ダーウィン等も同様の病状のようであったようだという記録が残っている。
そして、1930年代から1950年代に世界各国で集団発症例が、60ヶ所以上で報告されており、アメリカ・イギリス・オーストラリア・アイスランド・ドイツなどで集団発症している。当時はCFSという概念がなく、発症した病院名や地域の名をとり、ロイヤルフリー病・アイスランド病などと呼ばれ、異形ポリオ・集団ヒステリーなどではないかと推察されていた。
1930年代後半に、筋痛性脳脊髄炎(Myalgic Encephalomyelitis)という名で、免疫・神経学的な研究がなされ、WHOによりCFSは、中枢神経系の病気であると、1969年に分類されている。そして、1992、1993年には、"PVFS(ウイルス感染後疲労症候群)"と"CFS(慢性疲労症候群)" 両疾病概念は、WHOの国際疾病分類 ICD-10 G93.3 ME(筋痛性脳脊髄炎)にまとめられた。
1984年には、アメリカ・ネバダ州にある人口約2万人のインクラインで、人口の約1%にあたる約200名が強い疲労などを訴え(ネバダ・ミステリー)、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)が調査に乗り出し、病名を慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome)と命名。1988年には診断基準も作成された。再びこの集団発生する病気に脚光が浴びせられることとなる(ネバダ州の集団発生の理由は、EBウィルス感染だと考えられている。成年以後に、EBウィルスに感染すると約1割が、CFSを発症するとされている)。集団発生する理由は未知のウィルスが関連しているのではと考えられていたが、現在では否定的であり、感染症・環境汚染等で集団発生したのではと考えられている。(必ずしも集団発生するわけではなく散発で発症する方が多い)。日本でも、1991年、熊本県で肺クラミジアに86名が感染し、その後、12名がCFSを発症したことが報告されている。
日本ではあまり関心を持たれてはいなかったが、1991年に、厚生省のCFS調査研究班が発足。1993年には、日本における診断基準を満たす患者が、474例報告された。以後、阪大を中心に、CFSの研究・診察が行われた。2005年には、大阪市立大学医学部に疲労クリニカルセンターが設立された。一般的な疲労を含み、CFSの研究・診察を行っている。
諸外国でも研究が進められ、生理学的な異常が多く報告されるようになり、2001年には、イギリスにおいては、保健省の首席医務官が、すべての医師はCFSを深刻な病気とみなし治療するように指導し、アメリカ・ヨーロッパ諸国・韓国等でも同様の動きがあるが、医師の間では、CFSの存在・身体的疾患か精神疾患かという議論が絶えない。しかし、徐々にではあるが世界の医療従事者の中でも認知が深まりつつある。
2006年には、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)によるC3(CFS Computational Challenge)と題された、ゲノム学者・分子生物学者・数学者・エンジニア等で行った大々的な研究結果を報告し、CFSが存在すること、精神疾患であることを否定し身体的な病気であると宣言をし、400万ドルをかけてアメリカ国内で、"Spark"と題された認知キャンペーンを開始し、アメリカ疾病予防管理センター長も、CFSを深刻な病として扱うことを訴えた。病名の変更もなされる予定である。
[編集] 症状
- 疲労: 激しい疲労であり、身体的・精神的両方である。運動・精神活動後によって疲労は強くなり、休息や睡眠によってなかなか回復しない。疲労の程度は、何とか働ける程度から、寝返りもうてないほど重症患者もいる。
- 痛み: 筋肉痛や関節痛(発赤や腫れがなく、移動性)・頭痛・リンパ節の痛み・喉の腫れ・腹痛・顎関節症候群・顔面筋疼痛症候群
- 知的活動障害: 健忘・混乱・思考力の低下・記憶力の低下
- 過敏性: 羞明・音への過敏・科学物質や食べ物への過敏。アレルギー症状の悪化。
- 体温調節失調: 悪寒や逆に暑く感じることがある・微熱
- 睡眠障害: 睡眠により疲れがとれない・不眠・過眠・はっきりした夢を見やすい。
- 精神障害: 感情が変わりやすい・不安・抑鬱・興奮・錯乱・ミオクローヌス(レストレスレッグ症候群)
- 中枢神経障害: アルコール不耐性・筋肉の痙攣・筋力低下・振戦・耳鳴り・視力の変化
- 全身症状: 口内炎・朝のこわばり・頻尿・体重の変化・動悸・甲状腺の炎症・寝汗・息切れ・低血糖の発作・不整脈・過敏性腸症候群・月経前症候群・発疹
[編集] 診断基準
- 大クライテリア(大基準)
- 生活が著しく損なわれるような強い疲労を主症状とし、少なくとも6ヵ月以上の期間持続ないし再発を繰り返す(50%以上の期間認められること)。
- 病歴、身体所見、検査所見で別表に挙けられている疾患を除外する。
- 小クライテリア(小基準)
- 症状クライテリア(症状基準)-(以下の症状が6ヵ月以上にわたり持続または繰り返し生ずること)
- 徴熱(腋窩温37.2~38.3℃)ないし悪寒
- 咽頭痛
- 頚部あるいは腋窩リンパ節の腫張
- 原因不明の筋力低下
- 筋肉痛ないし不快感
- 軽い労作後に24時間以上続く全身倦怠感
- 頭痛
- 腫脹や発赤を伴わない移動性関節痛
- 精神神経症状(いずれか1つ以上): 光過敏、一過性暗点、物忘れ、易刺激性、混乱、思考力低下、集中力低下、抑うつ
- 睡眠障害(過眠、不眠)
- 発症時、主たる症状が数時間から数日の間に出現
- 身体所見クライテリア(身体所見基準) - (少なくとも1ヵ月以上の間隔をおいて2回以上医師が確認)
- 微熱
- 非浸出性咽頭炎
- リンパ節の腫大(頚部、腋窩リンパ節)または圧痛
- 症状クライテリア(症状基準)-(以下の症状が6ヵ月以上にわたり持続または繰り返し生ずること)
- CFSと診断する場合
- 大基準2項目に加えて、小基準の「症状基準8項目」以上か、「症状基準6項目+身体基準2項目」以上を満たす
- CFS疑いとする場合
- 大基準2項目に該当するが、小基準で診断基準を満たさない
- 感染後CFS
- 上記基準で診断されたCFS(「疑い」は除く)のうち、感染症が確診された後、それに続発して症状が発現した例
但し、以上の基準は初期研究段階において、研究対象にする患者を厳格にふるい分けるために作られたものであり、小クライテリアが多く、また、精神疾患を持っていればCFSから除外という問題のある診断基準であるので、実際の診断にはもっと基準を緩めてもいいのではないかという意見が、一線の研究者からも出ている。
また、CFS患者特定の検査は、近年諸処現れているものの血液などの化学検査でそれ一つで確定できるようなものはなく、客観的にCFSを鑑別できるバイオマーカーの必要性が叫ばれていたが、大阪大学・大阪市立大学共同チームにより、血液 1,2mlに近赤外線をあて、約95%の確率で鑑別できる近赤外線分光法が最近開発された(しかし、CFS患者特有のスペクトルを起こす血液中の物質はまだ特定できておらず、研究プロジェクトを立ち上げる予定)。そして、血液中のRNaseの分子量により鑑別する検査なども開発されている。
また、アメリカCDCでの診断基準は以下の通りで、小クライテリアが少なく、より多くの患者がCFSと診断されることになる。
- . 医学的に説明がつかない、持続的にあるいは繰り返し起こる疲労感で、6カ月以上持続し、新たにまたは明確に発症したもの。運動が原因ではなく、休養によって軽減されず、仕事や勉強、社会的行動や個人的行動を事実上妨げる疲労感。
- .下記の症状のうち4つ以上があてはまる場合(疲労感が起こる前ではなく、疲労感に伴って、持続的にあるいは繰り返し認められること)。
- 最近の出来事をよく覚えていない。あるいは仕事や勉強、社会的行動や個人的行動に支障が出るほどひどい集中力の低下がみられる
- のどの痛み
- 首またはわきの下のリンパ節に圧痛がある
- 筋肉痛
- 2カ所以上の関節に痛みがあるが、腫れや圧痛は認められない
- 過去の頭痛とは種類、パターン、程度などが異なる頭痛
- 眠っても疲れがとれない
- 運動後24時間以上、体調不良が持続する
[編集] PS値
疲労・侮怠の程度は、PS(パフォーマンス・ステイタス)により判断される。CFS患者は、PS値が3-9の間である。
- 0 - 倦怠感がなく平常の社会生活ができ、制限を受けることなく行動できる。
- 1 - 通常の社会生活ができ、労働も可能であるが、疲労感を感ずるときがしばしばある。
- 2 - 通常の社会生活はでき、労働も可能であるが、全身倦怠感のため、しばしば休息が必要である。
- 3 - 全身倦怠感のため、月に数日は社会生活や労働ができず、自宅にて休息が必要である。
- 4 - 全身倦怠感のため、週に数日は社会生活や労働ができず、自宅にて休息が必要である。
- 5 - 通常の社会生活や労働は困難である。軽作業は可能であるが、週のうち数日は自宅にて休息が必要である。
- 6 - 調子のよい日には軽作業は可能であるが、週のうち50%以上は自宅にて休息している。
- 7 - 身の回りのことはでき、介助も不要であるが、通常の社会生活や軽労働は不可能である。
- 8 - 身の回りのある程度のことはできるが、しばしば介助がいり、日中の50%以上は就床している。
- 9 - 身の回りのこともできず、常に介助がいり、終日就床を必要としている。
[編集] 原因諸説
発症理由は、主に風邪などや、EBウィルス・ボルナウイルス・リケッチア・インフルエンザ・単純ヘルペスウイルス・帯状ヘルペスウイルス・エンテロウイルス・サイトメガロウイルス等ウィルスによる感染症、細菌や真菌などの感染症、外傷、肉体的な過労・環境・化学物質・精神的など様々なストレス、そして時に外科手術・出産等から突如発症する例が多いが、発症原因不明の場合も多い。発症は徐々に起こるケースもある。
患者の体内では、患者は免疫の指標であるNK活性は平均で、基準値の4分の1程度まで著しく低下しており、体内のウィルス[ヒトヘルペス6型(HHV6)・ヒトヘルペス7型(HHV7)等]が再活性化し、サイトカイン(TGF-β 及び インターフェロン)等が多く産生され、脳・神経機能異常が起こり、慢性的な疲労感が症状としてあらわれ、また、TGF-βの産生異常は、神経ホルモンDHEA-Sの低下・アシルカルニチン異常・グルタミン酸・GABA(γ-アミノ酪酸)の産生低下が起こり、異常な疲労感というカスケードが起こっていると考えられている。
また、患者の約半数の血液中に、自己免疫疾患の患者の血液中だけにみられるCHRM1(ムスカリン1型アセチルコリン受容体)抗体という特殊たんぱくが見つかっており、その他 OPRM1(オピオイドμ受容体)、 HTR1A(セロトニン1A受容体)、DRD2(ドーパミンD2受容体)も血液中に存在する患者が存在する。アセチルコリン受容体に対する自己抗体は、重症筋無力症と関連があり、CHRM1が血中に存在する患者は脱力感・思考力低下の症状が強い。
CFS患者の脳内の神経細胞の活動性が下がっている部位が幾つかある。前頭前野(ブロードマン24,32,33と9/46d野)の部位に限定してのアセチルカルニチン取り込みが低下しており、この前帯状回の神経細胞は、自律神経系の中枢部であり、グルタミン酸などの合成が上手く行われていない可能性があり、このことにより自律神経系の諸症状がでることにつながっていると考えられている。また、血中アセチルカルニチンの濃度低下により、倦怠感・思考力・集中力の低下なども引き起こす原因とされている。
また、PETによる脳の血流を調べたところ、前帯状回・眼窩前頭野(意欲やうつ状態と関係している)・背外側前頭前野(新しい計画を立てたり新たな行動の意欲と関係)・側頭葉(記憶に関連している)・後頭葉(視覚と関連)・脳幹部(意識を調節する部分や筋肉との共同運動を調節し、呼吸・心拍・体温調節などの基本的な生命現象の中枢)などの血流が大幅に低下し、神経細胞の活動レベルが下がっている。これらによって、CFS患者の不定愁訴が起こっていると考えられている。
また最近の研究でも、遺伝子発現不全・髄液に健常者にはみられない16種類のたんぱくが発見されたと報告されている。
[編集] 病名呼称各種
- 筋痛性脳脊髄炎(ME) : 1938年から医療文献に記されている。1988年に、イギリス衛生省・英国医療協会により、公的にMEを真に存在する・重症の病気であるとした。脳脊髄炎と名前に含まれているが、炎症がないから不適切だと主張するものもいるが、患者に炎症が見つかっているケースがある。イギリス・カナダ等では、CFSよりMEという呼称が利用されている。
- 慢性疲労症候群(CFS) : 1988年に、CDCにより名付けられた病名。アメリカ・日本でこの呼称は利用される。
- ヤッピー・フルー : ヤッピー・フルー(裕福層のインフルエンザ)という蔑称である。1990年のニューズ・ウィークの記事で取り上げられた。裕福層にCFS患者が多く、仮病・バーンアウト症候群だと思われていたからである。現在では、裕福層だけに発症するわけではなく、あらゆる階級・人種に発症することが分かっている。この呼称は、世にCFSを精神疾患・怠惰なだけだという偏見を生み出してしまった。
- 慢性疲労免疫不全症候群(CFIDS):アメリカの患者団体が、慢性疲労と間違われやすい・重症度が伝わらないということで提案している病名。
- 慢性活動性EBウイルス感染症(CEBV)
[編集] 他の疾患とCFSの鑑別・関連
- うつ病 : CFSとうつ病とのオーバーラップが指摘されており、CFSという疾患概念そのものの存在に疑義を投げかける見解もあるが、CFS患者の体内では、コルチゾール・バソプレッシン等のホルモン量が少ないこと・運動・精神活動後に著しく疲労を感じる・buspirone負荷試験でセロトニン受容体の上方調節が認められない・MHPGが減少している・発症年齢が20〜40代という若い年代に多い・睡眠時の脳波異常・喉とリンパ節の腫れがある・罪業妄想がない・集団発生するなど、うつ病とは異なる病態であることを示している。しかし、反応性のうつ病との合併例は多い。
- 線維筋痛症(FMS): CFSの症状と同様の症状 筋肉痛・疲労・睡眠障害等がある。CFSとの合併例が非常に多い。CFS・FMS両方同様の病気として扱う医師もいる。
- 科学物質過敏症(MCS): 患者は、科学物質に過敏に反応し、睡眠障害がある。
- 湾岸戦争症候群(GWS): の症状はCFS患者の症状と酷似している。劣化ウラン弾・科学兵器・マイコプラズマ・神経症などが原因ではないかといわれている。患者の約半数に、マイコプラズマの抗体が見つかっている。
- ライム病
- 過敏性腸症候群
- 多発性硬化症
- 膠原病
- 甲状腺機能低下症
- 後天性免疫不全症候群
- 慢性閉塞性肺疾患
- 身体表現性障害
[編集] CFSの問題点
CFS患者に見られる性格的特徴・気質として、よく真面目・完ぺき主義だと言われている。それゆえか医師・患者間や患者同士のトラブルが起こることもある。ネット上では診断されていないのに患者を名乗る偽患者や悪質商法情報も多く、患者同士の団結にも悪影響を及ぼしていることもある。この気質は CFS の疲労症状に起因することも多く、CFS本体の症状と、CFS罹患によって生じた精神神経症状とが区別しにくい。CFS診断基準にCFS罹患前に精神疾患に罹患していた患者をCFS患者として認めない条項があるのはそのためである。しかし精神疾患とCFSが合併しない合理的な説明がされておらず、仮にCFS罹患前に精神疾患を持っている患者がいるとすれば、その患者は CFS の診断を受けることができない。また診断基準は主観評価と捉えられることが多く、内科ではCFS自体が誤解されることが多い。診断基準の曖昧さのために医師によって同じ患者がCFSと診断されたり診断されなかったりするといったケースも多い。そのために医師の CFS への誤解が更に深まってしまっている。
CFS研究は米国で1985年より始められているのだが治療法は疎か未だ原因さえ特定できていない。近年では原因が複数あると考えるのが一般的になってきており、そのためCFS診断が更に困難なものになってしまった。医師が CFS という病態そのものを疑うのはそのためである。いわゆるバイオマーカーの発見が待たれているがこれも複数研究開発中でCFSマーカーを1つのみ決めることを期待できない。バイオマーカーによって CFS を科学的に定義することは必要であるが成功の見込みがないのである。あったとしても複数の定義が並列することになってしまい、結局 CFS の科学的な定義としては失敗することになってしまう。つまり複雑な要素が絡み合ってCFS定義の制定やCFS病態の理解を阻む悪循環に陥ってしまっている。
日本国内の専門医の不足も挙げられる。大阪市立大学病院の疲労専門外来がCFS患者のメッカとなっており、大阪市立大学病院に行ける体力や経済力のある患者と、行けない患者とで以後受けられるケアが変わってしまう。大阪市立大学病院以外の一般の内科単科でCFS患者のケアは困難なのだが、内科と神経科・精神科との連携不足が患者を苦しめる結果となっている。
障害年金の問題も挙げられる。CFS患者はその定義と症状によって生産活動が困難なのが明らかであるが、CFS診断の難しさが疲労病患者にとって障害年金取得の障壁となっている。そのため神経科・精神科で鬱病として障害年金を申請せざるを得ないケースが多いのだが、この実態が同じ疲労病患者であっても、CFS患者として年金を受給している者が鬱病患者として年金を受給している者を差別するといったようなことが起きている。また、障害年金を受給すること自体が困難な患者と既に受給している患者との経済的な待遇格差も問題である。
他には、現CFSの定義が曖昧であったり原因が複数あると見られているのに関わらず、CFS改名の議論が幾度となく繰り返されている問題がある。改名すれば CFS の認知度は0に戻ってしまい、新しい病名の定義を広めることに労力を割かざるを得ない。現在まで CFS の認知に使った投資が無駄にならずとも損失は大きいであろう。 CFS を細分することは合理的だが、細分化することによる認知度の更なる低下、そして再構築に耐える忍耐が専門医にも患者にも求められる。これは疲労病である性質上困難と思われる。従ってCFS改名にあたっては慎重な検討が必要とされる。
[編集] 治療法
心身共に休養させる必要がある。就業していたりすると責任感から休職を拒んでしまう患者が多いが、症状を悪化、ないしその後の回復も長引かせることになる。漢方薬(補中益気湯・十全大補湯・六君子湯等)・ビタミンC・メチコバール・抗うつ剤・免疫グロブリン。眠剤等の処方・認知行動療法・段階的行動療法・ペイシングなどで多少の効果が見られる場合があるが、特効薬は見つかっておらず、長期に渡って苦しみ続けている患者は今なお多い。体内のウィルスが関連しているので、抗ウィルス薬・抗菌剤が効く例もある。調子がよくなってきて早めに復職など無理をすると、症状が最悪時の状態に戻ってしまうことがあるので、療養は、徐々に確実に治していくことが大事である。
- 補中益気湯は補剤と呼ばれており、病後や術後の免疫低下や、微熱・全身倦怠感などにCFSの症状に似ている症状の場合処方されており、患者の4割に有効とされている。
- ビタミンC(アスコルビン酸)を大量(1,000mg 毎食後)を服用することにより、活性酸素を除去し、組織障害を減少させることができ、微熱が軽減する例がある。ビタミンCは酸性であり、大量に服用すると胃を痛めることがあるので、セルベックス等の胃薬を併用する。
- メチコバール(毎食後 1,000μg)は、元来、末梢神経炎の治療薬として用いられていたが、睡眠障害にも有効であると報告があり、脱力感・疲労感を軽減し、思考力を回復する例がある。
- 代替医療 : コエンザイム、カルニチン、NADH、必須脂肪酸、リンゴ酸、マグネシウム等のサプリメントで症状が緩和することもあり、自律神経系の乱れには、緑の香りのアロマテラピーが効き、脳の疲労が軽減する。また鍼灸・ヨガ・太極拳等も効果のある場合がある。
理解されにくく社会的に孤立しやすい難病なので、周囲からのストレスを受け2次的な苦痛を受けることが多く、周囲が理解することにより患者の苦痛を和らげることができる。
[編集] 医療機関の対応
この病気の診察を積極的に行っている医師は一部のごく少数であり、また医師の間でこの病気に対しての認識は薄く、専門医でなければこの病気の可能性を見いだせなかったり、的確に診断できず、精神疾患等に誤診され、医療の溝に落ちることが多く、患者は多くの病院を訪れ(ドクターショッピング)、長年かかりやっと診断されることが多い。
それでもここ数年は政府の疲労プロジェクト・海外からの研究報告において研究され解明が進んだこともあり、各メディアが取り上げ、認識が相応広まり、専門外来もいくらか増えてきた状態であるが、アメリカ政府が公的に病気を認めたことで、今後の認知は深まると期待される。
研究者としては倉恒弘彦氏(現在 関西福祉科学大学教授・大阪市立大学 客員教授)など。
[編集] 経過
[編集] 発症
多くの場合は、突然にインフルエンザのような症状を呈し発症するが、徐々に発症するケースもある。
[編集] 突然の発症
患者の多くは、突然にCFSを発症し、ある日・ある時間に発症するということを覚えている患者もいる。
しばしば、他の病気と一緒に、または、他の病気によって引き起こされる。インフルエンザに罹ったり、アレルゲン(ペンキ・新しいペット・建設物の埃)に曝されたり、気管支炎などの重症の感染症になり、感染症が完治しないような状態となりCFSの症状が続くようになる。組み替え型のB型肝炎のワクチンが、CFSの発症原因の一つではという説もある。
[編集] 徐々な発症
いくつかのケースでは、非常に徐々に(何年にも渡るケースがある)発症するケースもある。徐々に発症した患者は、それほど重症な病気だと気づかず、ストレスや過労からだと思い、しばらくすれば治ると思ってしまうが、長く症状が続くので治療を求めるようになるようである。
[編集] 予後
発症が急である場合、数ヶ月から数年である程度症状が改善することが多いが、数十年という長い期間治癒しないケースも多く、ベッドから出られず寝たきりの状態がずっと続いている患者もいる。早期治療を受けた場合は予後が良く、治療を受けないで自然治癒する患者は少ない。うつ病・気分変調障害を合併すると長引く傾向がある。完治すれば再発は少ないが、症状が良くなってきたときに無理をすると再発・悪化することが多い。完治したようにみえても元の活動レベルにもどった寛解ではないかとも言われている。CFSと診断されていても膠原病・橋本病・多発性硬化症などと後に診断されることもある。
激しい運動・ストレス・他の病気により症状は悪化しやすい。また、免疫が落ちているために感染症に罹患しやすく、エイズ患者にしかならないような病気も合併する例もあり注意が必要である。
またCFS患者は、平均寿命が短いという報告もなされている。死亡年齢が早くなるのは、癌・心不全・自殺が主な理由とされる。
CFSで死亡することはないとされているが、2006年6月13日に、32才のイギリス人CFS患者の女性が死亡し、厳格な検死鑑定がなされ、CFSにより尿を産生することができず脱水となり死亡したと鑑定され、初の公的なCFSによる死亡とされた。彼女の脊椎には炎症が発見された(これは精神疾患であることを否定できる要素である)。あまりにも症状が重く、水分を摂取するためにベッドからも出られなかったと推察されている。このケースは、初の公的なCFSによる死亡とされるが、実際はもっと多くの死者がでていると推測されている。
[編集] 社会的問題
CFSを特定する検査がなかったため、一時は内科的な病気だと思われていたが、精神疾患だと医療従事者の中でも思われるようになり、CFS患者は、心の中の問題だけにされてしまう傾向がある。仮病や心気症的な振る舞い(注意をひいている)とされ精神科にまわされることが多く、診察を拒否する医師さえいるので、患者は診断を受けるために長期の時間苦しむことになり、病気を難治化・長期化してしまっている。また、多くの患者は働くこともできず、日本においても大きな経済負担になっている。そして、患者は経済的にも困窮する結果となる。障害年金もごく一部の医療機関でしかおりない状況である。
アメリカでの報告ではあるが、年間約90億ドルの経済的損失があると報告されている。
[編集] CFS患者・元患者の著名人
- キース・ジャレット - アメリカのジャズ・クラシックピアニスト
- ジョナサン・エドワーズ - イギリスの三段跳びの選手 ; 1994年にCFSになり、その後回復。翌1995年には世界選手権では金メダルを取得している。
- シニード・オコナー - ミュージシャン
- ブレイク・エドワーズ - 作家・映画監督(「ティファニーで朝食を」・「テン」・「ピンクの豹」)
- ジョン・フェイフィー - フォークギタリスト
- フリー - ミュージシャン
- ニール・コドウィング - 元スウェード (バンド)
- クレア・フランシス - 国際的ヨット操縦家・作家
- スーザン・ハリス - テレビ作家兼プロデューサー(The Golden Girlsというホームコメディを手がけている。病気を心の中からだけで起こっているとする医師を揶揄するストーリーを描いたもの)
- ローラ・ヒレンブランド - 作家 (Seabiscuit: An American Legend.の著者。同著は、映画化されている。「 シービスケット」)
- ケリー・ホームズ - 中距離選手
- シェール - 歌手 ; 1992年、EBウィルスによりCFSを発症。
- ミッシェル・エイカーズ - サッカー選手
- ブライアン・オールディス - 作家
- フランク・イエロ - ミュージシャン
- スーザン・ブラックモア - 超心理学者・作家
- アンドリュー・オールドコーン - ゴルファー
- アラステアー・リンチ - フットボール選手
- バリー・シーン - WGPライダー
- エイミー・ピーターソン - スピードスケート選手
[編集] CFS関連図書
- 『危ない!「慢性疲労」』2004,10 倉恒 弘彦・井上 正康・渡辺 恭良共著 日本放送出版協会 ISBN 4140881216
- 『疲れる理由—現代人のための処方せん』 2000,11 ベンジャミン・H. ネーテルソン著 日経BP社 ISBN 4822242048
- 『疲労の科学—眠らない現代社会への警鐘』 2001,05 井上 正康・倉恒 弘彦・共著 講談社 ISBN 4061536672
- 『トンネル』 2005,09 月夜 文芸社 ISBN 9784286001203
- 『そのツラさは、病気です』 2005,05 西所 正道 新潮社 ISBN 4104763012
[編集] 外部リンク
[編集] 国内のリンク
- 文部科学省研究班「見えてきた疲労のメカニズム」
- 疲労クリニカルセンター
- 日本疲労学会
- CFS Network Japan
- Co-Cure-Japan
- CFS広場
- 大阪大学CFSホームページ
- 株式会社 疲労科学研究所
- 株式会社総医研ホールディングス
- Yahoo!掲示板 - 全般 - 慢性疲労症候群の悩み
[編集] 海外のリンク
[編集] 諸外国政府のCFSのHP
- CFS Page at CDC(アメリカ疾病予防センター)
- CFS Page at National Institutes of Health
- CFS/ME working group report at イギリス保健省