東野英心
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東野 英心(とうの えいしん、1942年1月31日 - 2000年11月14日)は俳優。俳優・東野英治郎の長男(養子)。妻は元女優の服部まり子。別名、東野孝彦。成蹊高校卒業。
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[編集] 来歴・人物
高校卒業後、俳優座養成所に第12期生として入所(妻は養成所の1期後輩にあたる)。1962年、「青べか物語」で映画初出演した。1965年から1975年までは東野孝彦の芸名で活動し、その後、本名の英心に戻す。テレビ・映画への出演の傍ら、後年は青少年育成活動や、子ども向け番組を復活させる運動などに精力的に取り組んだ。 2000年11月14日、高血圧性脳出血のため死去。享年58。
[編集] ドラマの中の東野英心
テレビ朝日系列で放映されたテレビドラマ「あばれはっちゃく」シリーズでは、主人公の小学生の少年「桜間長太郎」の厳格な父親役で人気を集めた。
『ウルトラマンタロウ』の荒垣修平副隊長は東野孝彦名義での出演。東光太郎役の篠田三郎とは前年の映画『哥』(1972年)で既に共演していた。
1980年代、ETVの中学生日記で生徒に理解のある東教諭を好演。番組の構成上、教師物と違い、教師では無く生徒が中心に描かれていたため、当時人気だった坂本金八や北野広大よりはやや地味だった。しかし、間違いなく彼らに匹敵する存在であり番組に欠くことの出来ない登場人物だったため、当時を知るファンには、今なお東野英心=中学生日記の『東先生』というイメージを持たれる場合も多い。
後年はその経験から、各地の青少年育成団体から講演に招かれる事が多く、「感性」について語る段になると、自ら履いている靴を脱ぎ素足で講演会場を歩きながら話す奇抜な講演で教育関係者の関心を集めた。また晩年は、「あばれはっちゃく」のような子ども向け番組を復活させる運動などを展開していた。 なお上記のような配役の多い東野だが、大役者であった父が度々浮気をするなどしたため、学生時代はカミナリ族に所属する等、非行に走ったことがあったという。
[編集] 出演作品
[編集] 映画
- 青べか物語(1962年)デビュー作、父・東野英治郎と共演
- 哥(1972年)
- 本陣殺人事件(1975年)
- 八甲田山(1977年)
- 水戸黄門 (映画 1978年) 父・東野英治郎と共演
- 海峡(1982年)
- D坂の殺人事件(1998年)
[編集] テレビ
- 竜馬がゆく(1968年、NHK大河ドラマ)陸奥陽之助役
- 二人の世界(1970年、TBS)同僚の関根役
- ウルトラマンタロウ(1973年、TBS)荒垣修平副隊長役
- 剣客商売 第21話「逆転仇討ち」(1973年、フジテレビ・東宝・俳優座)
- 国盗り物語(1973年、NHK大河ドラマ)山内一豊役
- 勝海舟(1974年、NHK大河ドラマ)
- 花神(1977年、NHK大河ドラマ)井上聞多役
- あばれはっちゃく(1979年-1985年)父親・桜間 長治役
- サンキュー先生(1980年、テレビ朝日)
- 中学生日記(1982年-1989年、NHK)東先生役
- 白い巨塔(1990年、テレビ朝日)今津教授役
- 水戸黄門(TBS)第3部、第7部、第28部 ゲスト出演。第3部と第7部は父東野英治郎と共演。
- 第7部 第28話「ひょうろく玉の仇討ち・諏訪」 大熊小源太役
- 花の乱(1994年、NHK大河ドラマ)近江屋二郎五郎役
- スポットあいち(‐2000年、中京テレビ)愛知県の広報番組のレポーター役として、亡くなる直前まで長年にわたり愛知県の名所・名物などをリポート。
[編集] ラジオ
- 連続ラジオ小説「火の鳥 乱世編」(NHKラジオ第1放送 1980年3月3日~3月21日)
[編集] 吹き替え
- 署長マクミラン(1976年、NHK)チャールズ・エンライト役
- 名探偵ダウリング神父
- パピヨン ダスティン・ホフマンの吹き替え(DVDに収録)
- ディアボロス悪魔の扉日本テレビ版
[編集] 著書
- 私説 父(オド)物語―新劇運動から「水戸黄門」まで“東野英治郎の堂々役者気質”(サリュート・1996年12月) ISBN 4931194605