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法 (法学)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ほう)とは、道徳などと区別される社会規範の一種である。一般的にイメージされる法の属性としては、一定の行為命令禁止・授権すること、違反したときに強制的な制裁刑罰損害賠償など)が課せられること、裁判で適用される規範として機能することなどがあげられる。

もっとも、どのような点をもって他の社会規範と区別されるのか、何をして法を法たらしめるのかについては、これまで種々な見解が唱えられてきた。また、法学の各分野ごとに考察の着眼点が異なることもあり、ある分野で妥当する法の定義や内容が別の分野では必ずしも妥当しないこともある。

このような点から、以下の記述では法の定義や内容についての結論を論ずることを避け、伝統的に問題とされた主要な点について概観する。

目次

[編集] 法という語

ヨーロッパ的な「法」という観念を表わす語については、英語は別として、ローマ法ius に対応する系列(ドイツ語の Recht, フランス語の droit, イタリア語の diritto など)と、lex に対応する系列(Gesetz, loi, legge など)があり、前者は人為から独立した自然・本性を基礎とする自然法としての法、あるいは発見される法を、後者は人為により成立する実定法としての法、あるいは権力者や主権者によって定立された法をそれぞれ表わす。もっとも、必ずしも厳密に使い分けはされておらず、例えばドイツ語の positives Recht は実定法という意味である。また、前者の系列は「権利」という意味をも併せ持つ。なお、Recht と同じ語源を持つ英語の right には権利の意味はあるものの、法の意味はない。

日本語における「法」という語は、上記の二つの系列があることが意識されにくい用語になっており、この点は英語の law に近い(英語圏でこの系列を区別する場合は、ius 系列は (the) law を、lex 系列は a law, laws という表現を用いる。)。このようなこともあるため、ius 系列については「法」と、lex 系列については「法律」と使い分ける場合もある。しかし、法律という用語は、現在では、議会の議決を経て制定される成文法という狭い意味で使われることが通常であるため、lex に相当する語として使用するのは必ずしも適当でない場合もある。

[編集] 道徳との関係

歴史的経緯
かつては、規範としての法、宗教、道徳との間には明確な区別はなかった。しかし、近代統一国家の生成などにより法と道徳の峻別が進むことに伴い、両者の関係が問題とされるようになる。もっとも、ここでいう「道徳」の概念も不明確な点があり、この点に伴う混乱も生じている。
法家の解釈
道徳も法も社会秩序を維持するための社会規範たりえる性質を保有するが、道徳を行って人々を徳化する能力のあるいわゆる聖人が世に現れることは稀であり、聖人の登場を待っていたのでは国家は100度乱れて1度治まるという事態になりかねない。対策として、凡人であっても一応の政治を行い社会秩序の維持に努められるよう為政者を諫める外部装置としての法の設置が奨励され、これによって100度治まって1度乱れる程度の治世を維持しようという解釈がある。人口が少なく資源が豊富であった太古の時代は人々の素性も善良であったために道徳的な数条の規範でも十分治まったが、人口が多くなったことで相対的に資源が減少し各々が利益を求めて激しく競争するようになった近現代においては、道徳を用いた徳化による秩序の維持は困難を極める。対策として、法をもとにした組織的且つ大規模な政治体制を構築することとなるが、このとき素性が善良な人間だけを登用することを考えると人数不足に陥って政治機能が麻痺してしまうために、性質の粗悪な人間であっても一応の業務を行うよう法と監視による戒めをかけて政治体制を維持すべきであるという解釈である。

[編集] 法の外面性と道徳の内面性

まず、トマジウスにより、法の外面性と道徳の内面性という定式が提示された。その論ずるところによると、法は人間の外面的な行為を規律することを使命とするのに対し、道徳は人間の良心に対し内面的な平和を達成することを使命とする。この点につきカントは、若干視点を変え、合法性 (Legalität) と道徳性 (Moralität) との峻別を論じた。法と道徳の区別を義務づけとの関係に求め、法は、動機とは無関係に行為が義務法則に合致すること(合法性)が要求されるのに対し、道徳は、動機そのものが義務法則に従うことが要求されるとする。

これらの見解は、強制を伴う干渉からの個人の自律的な活動領域を確保する古典的自由主義の要請と結びついて主張されたものであり、法は強制を伴うのに対し道徳は強制を伴わないという結論を導くことにより、国家権力の行きすぎをチェックする役割を果たした。しかし、道徳の内面性の強調については、各種の道徳に共通したものとは言い難い側面がある。具体的には、このような視点は伝統的なキリスト教的な道徳を前提としており、「恥の文化」を基調とする社会では妥当しないのではないかという疑問などが提示される。

また、このような区別は、法は個人の内面に干渉してはならないという実践的な提言を伴うものであるが、現実には、法においても個人の内面のことが問題とされないわけではない。例えば、刑法では故意犯過失犯とが区別されている。また日本国憲法19条が思想・良心の自由を保障しているのも、大日本帝国憲法下において内心の自由そのものを制約しようとする立法がされた反省によるところが大きい。

[編集] 最小倫理としての法

以上の議論は、個人道徳(個人倫理)を念頭に置いた議論であり、社会道徳(社会倫理)との関係については、必ずしも念頭に置かれていない。

法を社会道徳との関係で考察すると、社会道徳が社会の構成員の外面的な行動を制約する原理として働くことは否定できない。また、個人の自律的な選択の内容となる個人道徳も、社会道徳による影響を受けることがある。このような点から、法の基本的なところは社会道徳と一致することが望ましいとされ、イェリネックのいう「法は倫理の最小限」という定式が主張される。法はその内容につき、社会の存続のために必要最小限の倫理を取り入れることが要求されるという主張である。もっとも、法と個人道徳との対立関係を考慮しておらず、道徳観が多様化している社会で維持できるかという問題が指摘される。

[編集] 正義との関係

法と(社会)道徳との関係という観点からも問題になるが、法を法たらしめる要素として、規範が「正義」に合致することが必要か、「悪法もまた法」であるかという問題が取り上げられている。

対立を理念的に捉えると、自然法の存在を強調する立場によれば、正義に合致していることが法を法たらしめることになるため、外見上は有効に成立した実定法も、その内容が自然法が求める正義に合致しないときは無効になるのに対し、法実証主義を強調する立場によれば、外見上有効に成立した実定法はその内容にかかわらず法であり、それゆえ「悪法もまた法である」ことになる(理念的な対立であり、必ずしも徹底されて主張されているわけではない)。

この問題については、特に、ナチス体制の下で制定された法律に従った者につき、その法的責任を第二次世界大戦後に追及することができるのか、ナチス体制下の法律の効力を巡り論争が展開された。

[編集] 強制との関係

[編集] 強制を要素とするか

法と道徳との間には重なり合う部分があるとして、法を法たらしめるためには、違反した者に対して制裁を加えることにより強制できる建前になっていることが要求されるかという問題がある。この点についてケルゼンは、法は、一定の行動がある場合には強制(刑罰、私法上・行政上の強制執行など)が発動されるべきという法命題として定められている必要があるとした。これに対し、法の強制的な性質は承認するとしても、強制的手段を伴うことは必ずしも必要ではないとする見解もある。

強制が法の要素であることを肯定した場合、一般的には法と呼ばれない規範であっても、その違反に対する制裁が実力を伴う場合(いわゆる村八分の存在、団体内部の掟など)があるため、このようなものを法の概念から排除する必要が生じる。そのため、強制が高度に組織化されていることを要求する考え方が成り立つ(もっとも、国家成立前の法や未開社会の法をも考察の対象とするある種の法学の分野においては、法を広く捉える必要性があるため、このような縛りをかける必要性は低い)。

また、強制との関連で、国際法は法であるかという問題がある。国際法は、その強制という点では、国内法と比較して組織化の点で未発達である点などから、実定的な道徳に過ぎないという考え方もある。もっとも、第二次世界大戦後は国際組織の整備が進むことにより、国際法の法的性格を強めているとも言える。

[編集] 強制の正当根拠

法と道徳との関係をめぐる問題や、必要条件であるかどうかは別として法には強制力を伴う点から、法が個人の行動に対して干渉できるのはどのような根拠に基づくのかという問題がある。

この問題につきよく引用される考え方の一つとして、ミルが提唱した侵害原理 (危害原理とも, harm principle)、すなわち、個人の意思に反してその行動に干渉できるのは、個人が他者に対して何らかの侵害を加えることを防止するためであるとする考え方があげられる。しかし、古典的な自由主義社会であればともかく、社会経済的弱者保護という観点が強調される福祉国家思想が広まった社会では、このような根拠だけで説明し切れるかという問題点もある。

これに対し、法と道徳とが全く無関係でないことを前提に、法が行動に干渉する根拠について社会道徳それ自体の維持を強調する見解があり、法的モラリズム (legal moralism) と呼ばれる。この見解を貫くと、個人の行為が他者に対する侵害を伴わない場合であっても反倫理的という理由により干渉することが可能になるため、個人の自由な領域の確保という点で問題が生じる。

さらに、本人にとって利益になることを以て個人の行動に介入することを正当化するパターナリズム (paternalism) の考え方がある。一般論としてこの根拠を肯定できる場合がありうるとしても、細かな点につき様々な問題がある。特に、それが肯定されるのは被介入者が自らの行動につき適切な判断能力を欠いている場合に限るか否か、という点が問題となる。また、この見解を徹底すると自己決定権との関係がどうなるかという問題に突き当たる。

[編集] 法源

ここでいう法源とは、法として援用できる規範の存在形式のことであり、通常は、裁判官が法として裁判の理由で援用できる法形式のことをいう。法源の中心となるのが法律を中心とした制定法(詳細については「法令」を参照)であることには問題はないが、その他問題となるものに以下のものがある。

慣習法
社会の慣習を基礎として妥当する規範のうち法として確信されるに至ったものをいう。制定法が整備されている国家においては、成文法を補完する位置にあるにすぎない。しかし、制定法の欠けている部分を補充する役割があり、また解釈論として一定の範囲で制定法に優先する効力を認める見解もある。
判例法
判例に法としての効力が認められる場合、判例法と呼ぶことがある。英米法の国では、判例法が法の中心に置かれ判例の先例拘束性が認められる(ただし、判例の変更が認められないわけではない)のに対し、日本を含め制定法を法の中心に置く国においては、判例に事実上の拘束力があることは肯定しつつも、法源としては認められないと解するのが一般的である。
条理
物事の筋道のことであり、刑事の場合は、罪刑法定主義の建前があるため適用すべき法がない場合は無罪にすればよいだけであるのに対し、民事の場合は、適用すべき法がない場合に条理を法源として扱うことが可能かという問題が生じる。この点、裁判事務心得(明治8年太政官布告第103条)3条は、「民事ノ裁判ニ成文ノ法律ナキモノハ習慣ニ依リ習慣ナキモノハ条理ヲ推考シテ裁判スヘシ」として、適用すべき法がない場合は条理によるべきことを規定している。この規定が現在でも有効な規定であるか否かにつき見解が分かれているが(2005年現在廃止されていない)、条理に従うとしても条理自体は法源としての一般的な規準にはならず、法の穴を埋めるための解釈の問題に解消されるとも言い得る。
学説
現在の欧米や日本においては、法の解釈について学説を参考することはあっても、法学者の学説自体に法源性があるとは認められていない。しかし、ローマ帝国においては皇帝の権威に基づき法学者に法の解答権が認められ、法源としての効力があったとされる。また、イスラーム法においては、法学者の合意(イジュマーウ)が法源の一種として認められている。

[編集] 法の分類

法(特に実定法としての法)は、種々の観点から分類される。

[編集] 公法と私法

大まかに分類すると、公法とは、国家市民との関係を規律する法をいい、私法とは、私人間の関係を規律する法をいう。具体的には、憲法行政法が前者の典型であり、民法商法が後者の典型とされる。

このような区別は、国家の立場と市民の立場が区別されていることを前提としたものであるが、英米法では伝統的にこのような区別はされていない。日本においても、問題となる法律関係が訴訟で争われた場合に、行政事件訴訟法の対象となるか民事訴訟法の対象となるかという意味でしか区別の意味がないとの指摘もされている。

また、取引関係に国家が介入することを予定した経済法を中心に、公法と私法の中間領域と認められる法分野も発達しており、両者の区別は専ら理念型的な区別ともいいうる。

[編集] 実体法と手続法

実体法とは、法律関係それ自体の内容を定める法のことをいい、手続法とは、実体法が定める法律関係を実現するための手続を定める法のことをいう。民法、商法、刑法が前者の典型であり、民事訴訟法刑事訴訟法が後者の典型である。また、手続法のうち、手続の形式が訴訟の形式を採る場合は、その手続法を訴訟法という(狭義の手続法)。

手続法は実体法に仕えるものであるため、まず実体法ありきとも思えるが、歴史的にはそうとも言い切れない側面がある。例えば、ローマ法では実体法と手続法とが未分化であり、訴訟の対象となる個々の権利の類型が固有の手続と結びつけられていた。そのようなこともあり、手続法から実体法が独立したとしてまず手続法ありきとする見解もある。

[編集] 民事法と刑事法

私法に関する実体法と手続法を総称して民事法といい、犯罪刑罰に関する実体法(刑法)と手続法(刑事訴訟法)を総称して刑事法という。法に違反した場合のサンクションの観点からは、民事法は損害賠償責任やそれにもとづく私法上の権利の強制執行を内容とするのに対し、刑事法は国家権力による刑罰を内容とする。

もちろん、古くは民事責任と刑事責任が未分化であったこともある。例えば、サリカ法典では、制裁として定額の贖罪金の制度があったが、贖罪金の一部が国王に帰属するものと被害者に帰属するものがあったり、殺人に対する制裁については、加害者が市民である場合には贖罪金の支払いで足りるのに対し、加害者が奴隷である場合は死刑になるという差異が認められた。また、英米法における懲罰的損害賠償も、手続面では民事訴訟によるものの、その実体は刑事制裁的なものであるとの指摘もある。

[編集] 関連項目

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