ヘリコプター救急
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ヘリコプター救急とは、ヘリコプターを使った救急活動のことである。滑走路を必要とせず、適当な空き地さえあれば離着陸可能で、自動車より速度の速いヘリコプターによる救急活動は、コストは高いものの非常に有効な救急活動である。世界各地で行われているが、特にアメリカやヨーロッパで活発である。
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[編集] 日本の場合
日本においては、市町村の消防機関が救急搬送の責務を負っている。通常は、各消防本部や一部の消防団が救急自動車で救急患者を医療機関まで搬送するのが通例だが、生命に危機が迫り緊急を特に要する場合などは、ヘリコプターにより救急搬送することがある。ただし、市町村でヘリコプターを保有するのは一部の政令指定都市に限られているので、多くの場合、当該消防本部等の要請を受けて、都道府県の消防防災ヘリや、さらには自衛隊、海上保安庁のヘリが出動している。なお、国の機関である自衛隊・海上保安庁の出動に当たっては、都道府県知事からの出動要請が必要である。
しかしながら、離島や山間部が多い日本では、行政機関以外の機関が救急活動を行うことも多い。代表的なものとして挙げられるのは一部の医療機関が運営しているドクターヘリである。
[編集] 消防防災ヘリ
総務省消防庁は、1998年(平成10)に「救急隊の編成及び装備の基準」を改正し、回転翼航空機すなわちヘリコプターによる救急隊の編成について規定を置いた。1995年の阪神淡路大震災において消防防災用途のヘリコプターが不足し、災害救助・救急活動に非常に支障を来したことから、以降、各政令指定都市・都道府県への消防防災ヘリコプター配置が進められていたが、1998年に至ってある程度の消防防災ヘリが配備されたことに伴って、法令整備されたものである。
法令では、救急搬送の権限・責務を有するのは市町村消防機関のみであるため、都道府県消防防災ヘリによって救急搬送するために、各都道府県は管内市町村とヘリ運航協定を締結している。当初は協定のみに基づいて救急搬送が行われていたが、2003年(平成15)の消防組織法改正において、都道府県も管内市町村長の要請に応じ、航空機を用いて当該市町村の消防を支援できるとする規定(消防組織法第18条の3)が設けられ、都道府県消防防災ヘリによる救急搬送に、明確な法的根拠が与えられた。
消防庁の指導により、救急救命士の搭乗が望ましいとされており、特定の医療機関と提携して、市町村から救急搬送の要請があったときは消防防災ヘリに医師を常時同乗させる「ドクターヘリ」運用を行っている都道府県もある。こうした取り組みは山口県が2003年9月から日本で初めて運用開始しており、以後、埼玉県、岐阜県など消防防災ヘリによるドクターヘリ運用を開始した都道府県が増えている。
[編集] 警察ヘリ
警察は日常的に救急を扱う立場にはないが、山中における山岳警備隊の遭難者救助活動に、都道府県警察航空隊ヘリが投入されることが多い。 救助された遭難者を飛行場やヘリポートに搬送して、救急車に引き渡すことが日常的に行われており、ヘリコプター救急が業務の一部として行われている実態がある。阪神・淡路大震災以降、各都道府県警に広域緊急援助隊が設置されたことにより、大規模災害の発生を受けて出動し、広域緊急援助隊の支援として救助活動に参加し、救助者を緊急搬送する機会が増えている。また、警察ヘリは全都道府県に1台は必ず配備されているため、消防・防災ヘリが何らかの理由で使用できないときに、消防からの要請により、警察ヘリを使って急患搬送することもある。
[編集] 自衛隊ヘリ・固定翼機
自衛隊ヘリ・固定翼機による急患搬送は、自衛隊法第83条に基づくものであり、都道府県知事の要請に基づく「災害派遣」という名目で行われる。自衛隊ヘリ・固定翼機による救急は、手続き上面倒であるため、陸上では決して日常的なものではないが、防災ヘリに比べて能力が優れている軍用機であるため、気象条件が厳しく、ヘリポートに夜間照明がない等、ヘリコプター救急体制が不安がある離島については、日常的に自衛隊による急患搬送が行われている。特に沖縄県(沖縄本島周辺)では、自衛隊ヘリ・固定翼機による救急搬送が、防災ヘリがない沖縄県から自衛隊に全面的に任されており、沖縄県の救急体制にとって不可欠の存在になっている。小笠原諸島では、硫黄島航空基地を経由した、海自救難飛行隊UH-60Jヘリと空自輸送機とのリレー搬送や、厚木航空基地に派遣されている岩国第71航空隊派遣隊のUS-1A飛行艇による急患搬送が行われている。隠岐諸島では、第3輸送航空隊のC-1輸送機を使用した、救急車ごと搬送するという変わった急患搬送が行われることがある。急患搬送に当たっては、自衛隊基地や公共へリポートで救急車に引き継がれる。海自救難飛行隊や空自航空救難団といった救難専門部隊では、准看護師(MEDIC)資格を持った機上救護員または降下救助員が搭乗する。
- 海上自衛隊・・・救難飛行隊:八戸・下総・厚木・硫黄島(小笠原)・徳島・小月(瀬戸内、見島)・鹿屋(薩南諸島(奄美諸島除く))
- 航空自衛隊・・・航空救難団(本部:入間):千歳・三沢・秋田・松島・百里・入間・新潟・小松・浜松・小牧・芦屋・春日・新田原・那覇
- 航空救難団ではないが、美保第3輸送航空隊(隠岐諸島)など
- 陸上自衛隊・・・第2飛行隊:旭川(利尻島など)・第101飛行隊:那覇(沖縄本島周辺、大東諸島、奄美諸島)など
- 各航空部隊が急患空輸を行う
[編集] 海上保安庁ヘリ・固定翼機
海上保安庁の活動範囲(急患搬送)は原則として海上に限られている。 しかし、多数の航空機・船舶を所有し24時間体制である救助機関であることから、遠距離または離島について海上保安庁法第2条及び第5条第16号に基づき、都道府県知事からの協力要請を受けてヘリ・固定翼機・巡視船による急患搬送が行われている。 八重山諸島では、石垣航空基地所属機による急患搬送が、沖縄県との協定により海上保安庁に任されており、八重山諸島の救急体制の一翼を担っている。 新潟県中越地震では、要請に基づいて特別に陸上での急患搬送を行った事もある。 急患搬送に当たっては、航空基地や公共へリポートで救急車に引き継がれる。
また、航行船舶乗組員の救急医療として、1985年(昭和60年)から社団法人日本水難救済会による「洋上救急制度」が開始された。 「洋上救急」とは急患発生時に、無線または衛星電話により医師の指示を仰ぐ「医療指示」及び海上保安庁が指定した医師を速やかに患者の下へ派遣し、巡視船内の医務室やヘリ機内で医師による治療をしながら陸上の病院まで搬送する制度である。このシステムがあるのは日本だけである。 遠方海域で発生した急患を本土まで速やに搬送するため、現場から本土までの間にヘリコプター搭載型巡視船またはヘリ甲板付き巡視船をヘリコプターの航続距離に合わせ配置し給油を繰り返しながら搬送する「飛び石搬送」を行う場合もある。
[編集] ドクターヘリ
ドクターヘリとは、1970年にドイツで誕生した医師がへリコプターで患者の元へ向かうシステム。日本の場合厚生労働省が行う救命救急センター補助事業であり、単に医療機材を搭載して患者を搬送するヘリコプターとは本質的に異なる。国と該当する県からの補助を得て運用しており、第一の目的は重篤な患者が発生した場所に医師と看護師をいち早く派遣し、初期治療を開始するためのものである。ヘリ搬送による搬送時間の短縮はあくまで副次的なものである。ヘリの運航は民間のヘリ運航会社に委託している。
病院の構内や病院の隣接地にヘリポートを設置し、そこにヘリを離陸可能な状態で常時待機させており、搬送協定を締結した市町村消防署や広域市町村圏消防本部からの出動要請を、病院内の救急救命センターが受けると、すぐに出動する。そして、消防との交信の上で決定された、学校グラウンドや駐車場など、事前に設定された空き地に着陸するが、場合によっては災害現場直近に降りることもある。消防機関が着陸場所を着陸可能な状態にしてから、患者の負担にならないよう救急車から少し離れた場所に着陸し、医師と看護師が救急車に向かい、救急車車内で初期治療を開始する。患者の状態、および地域の医療事情に応じて、医師、看護師が同乗して近隣の医療機関に搬送したり、ヘリで他の病院(基地病院とは限らない)に搬送する。
日本においては、経済的条件や地形的・気象的条件、場外離着陸場の確保の制約などから1990年代に至るまで、離島・僻地・船舶からの急患移送は行われていたたものの、ドクターヘリなど機内や事故現場での治療はあまり行われてこなかった。しかし、1990年代から実験が行われ、その有効性が確かめられてからは、各地域での導入が進められている。
日本は2001年にドクターヘリ導入促進事業が始まって以来、ドクターヘリへの理解が進んで来ているが、ドイツ国内は73機配備しているのに対し日本はまだ1道8県11病院での運用にとどまっているのが実情である。最大の問題は、年間2億円近い運航費用の負担であり、昨今の地方自治体の財政事情で導入を躊躇しているところが多い。 なおドイツでは、73機配備されているので国内何処にでも要請から15分以内に到着でき交通事故の死亡者が三分の一に激減したと言われている。 また基地病院内や病院間の横の連携、十分な数の医師の確保、乗員の養成システム、ヘリポートの不足、運用時間が日中に限られ、夜間離発着が出来ない事などといった、解決しなければならない課題が多い。 ドクターヘリ事業者らは、「ドクターヘリが真に必要な地方ほどドクターヘリの導入が遅れている」とし、さらなる導入促進のために、運行経費を医療保険から補助するよう求める提言を行っている。 これらに対して与党はドクターヘリ全国配備のため国会に新法案を議員立法で提出する方針。
今まで高速道路上で起きた事故に対してのドクターヘリの出動は、愛知県内の東名高速道路で発生した多重衝突事故で旧日本道路公団が道路上の着陸を拒否して救急救命活動が遅れる騒動等で、ヘリの着陸にいわゆる行政の壁が浮き上がっていた。2005年10月、日本道路公団が民営化され「行政の壁」が取り除かれた事により、以降建設している高速道路等でドクターヘリの着陸訓練を活発化させている。西日本高速道路株式会社は、2006年10月から九州自動車道の太宰府インターチェンジから久留米インターチェンジ間で、ドクターヘリを使用した高速道路上での救命・救急活動を実施している。
2006年8月、日本自動車連盟(JAF)は、2010年にもドクターヘリを導入すると発表した。JAFの参入により、交通事故における救命率の増加が期待される。JAFは全国組織であり、全国各地に支部とヘリコプターの着陸が可能な敷地、JAFの持つ緊急通信網があり、ドクターヘリ事業の推進に大きな追い風になる。
- 現在、ドクターヘリ運用を行っている医療機関(カッコ内は病院所在地)
- ドクターヘリを運用予定の医療機関(カッコ内は病院所在地)
- 都道府県消防・防災によるドクターヘリ運用を行っている医療機関(カッコ内は病院所在地)
[編集] 沖縄の救急ヘリ事情
沖縄県は多くの離島を抱えるにも関わらず財政上の理由により「ドクターヘリ事業」を行っていない。 その補完事業として「ヘリコプター等添乗医師等確保事業」として、陸上自衛隊及び海上保安庁と 「沖縄県内における急患輸送等の救援に関する申し合わせ」の協定を結んでおり、陸上自衛隊及び 海上保安庁の航空機に医師・看護師を同乗させ救急搬送を行っている。 本土復帰以来の搬送実績は、本島周辺離島(陸上自衛隊)7000件、先島諸島(海上保安庁)2000件を 超えている。
更に浦添総合病院(浦添市)では、2005年7月から「ヘリコプター等添乗医師等確保事業」の補完事業として、独自にドクターヘリ的な搬送事業を開始した。飛行範囲は片道30分以内の本島周辺離島で、鹿児島県沖永良部島や与論島へも要請により出動している。しかし、病院敷地内及び隣接地に病院専用ヘリポートが無く、那覇空港で待機している。運用の際は、那覇空港を発ち、急患を収容後、浦添市内にある沖縄電力牧港火力発電所場外へリポートに着陸して救急車で病院へ搬送する。
その後、沖縄県立南部医療センター・こども医療センター(南風原町)が、科目等で浦添総合病院よりも適当と考えられる患者を受け入れる形で、浦添総合病院のヘリ搬送事業に加わった。運用の際は、沖縄県病害虫防除技術センター場外へリポート(那覇市)に着陸して救急車で搬送される。
[編集] ヘリコプター受け入れ医療機関
[編集] 北海道
- 札幌医科大学附属病院
- 手稲渓仁会病院
[編集] 東京都
- 青梅市立総合病院
[編集] 岡山県
- 川崎医科大学附属病院
[編集] 埼玉県
[編集] 山梨県
[編集] 静岡県
- 沼津市立病院
[編集] 関連項目
- よみがえる空 -RESCUE WINGS-(航空自衛隊航空救難団を題材にしたテレビアニメ)
- 東京消防庁航空隊
- 災害派遣