甲斐大和駅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
甲斐大和駅(かいやまとえき)は、山梨県甲州市大和町初鹿野にある東日本旅客鉄道(JR東日本)中央本線の駅である。
目次 |
[編集] 駅構造
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の、計2面3線を有する地上駅。ホームは切り通しの底に置かれており、駅舎は切り通しに橋を掛けた上に位置する。このため各ホームへは、駅舎から各ホームへ伸びる階段を下って行くことになる。
ホームは南側から単式、島式の順に並んでおり、のりばは南側から1番線、2番線、3番線である。2・3番線に面したホーム上には、駅付近で産出する甲州鞍馬石を使用したモニュメントが置かれている。基本的には1番線に甲府方面、3番線に大月方面の列車が発着し、2番線には上下にかかわらず、当駅で他の列車に追い抜かされるものなど、一部の列車のみが発着する。当駅ではこの2番線を利用して、特急「あずさ」、「かいじ」の列車追い抜きが多く行われる。これは、当駅の前後には後続列車の追い抜きが不可能な駅が多く、大月~塩山間では当駅が唯一の追い越し可能な駅だからである。
駅舎は1969年(昭和41年)11月竣工で、内部には待合所のほか自動券売機2台や簡易Suica改札機1組と窓口とがある。直営駅でマルス端末は未設置だがPOS端末が設置されている。
[編集] 駅周辺
駅一帯は国中地方と郡内地方との境に近い山間部であるが、駅そのものは日川(ひかわ)によって出来た小さな平地にある。この駅は長大トンネルの間にはさまれて位置しており、当駅の東は笹子駅の附近まで笹子トンネルと新笹子トンネル、西は短いトンネルを一つはさんで勝沼ぶどう郷駅の手前まで殆どが大日影トンネルと新大日影トンネルとなっている。
あたりは旧大和村の中心部で、地名は初鹿野。甲州市役所大和庁舎や小学校、中学校などがある。南の山には中央自動車道が走っている。
なおこのあたりは武田氏終焉の地である(1582年、駅北東に当たる天目山にて武田勝頼一族が自害)。平成14年(2002年)にはこれにちなみ、駅裏手に武田勝頼の銅像が建立された。
[編集] 利用状況
- 2005年度の乗車人員は1日平均182人であった。
[編集] 歴史
開業当初の駅名は初鹿野(はじかの)。1903年に大月駅から当駅までの開通により開業した古い駅である。終着駅であった時期は短く、同年6月11日には当駅から甲府駅までが延伸となったため中間駅となった。
駅開業当時、この駅は東山梨郡初鹿野村にあった。初鹿野村はその後1941年に付近の村々と合併し大和村となったが駅名は改称されず、52年後の1993年に現在の甲斐大和駅に改称となった。これで駅名と自治体の名前が揃った格好になったが、それもつかの間の2005年、大和村は附近の市町と合併して甲州市となり、消滅した。
- 1903年(明治36年)2月1日 - 国鉄中央本線 大月駅~当駅間開通と同時に初鹿野駅として開業。旅客及び貨物の取扱を開始。
- 1903年(明治36年)6月11日 - 当駅~甲府駅間が開通。
- 1966年(昭和41年)4月1日 - 貨物の取扱を廃止。
- 1966年(昭和41年)11月 - 駅舎改築。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道の駅となる。
- 1993年(平成5年)4月1日 - 甲斐大和駅に改称。
- 2004年(平成16年)10月16日 - 簡易Suica改札機を導入。
[編集] その他
稀に、休日などを中心にかいじ号が臨時停車することがある。
[編集] 隣の駅
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
辰野支線(旧線) : 岡谷 - 川岸 - 辰野(>>飯田方面) - 信濃川島 - 小野 - 塩尻