裁判員制度
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裁判員制度(さいばんいんせいど)とは、一定の刑事裁判において、国民から事件ごとに選ばれた裁判員が裁判官とともに審理に参加する日本の司法・裁判制度をいう。裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(平成16年法律第63号)により制定され、2009年(平成21年)5月に開始される予定(2007年現在未施行)。
類似制度として陪審制と参審制があり、陪審制はアメリカ、イギリス、参審制はフランス、ドイツ、イタリアで行われている。
目次 |
[編集] 概要
裁判員制度は、市民から無作為に選ばれた裁判員が裁判官と共に裁判を行う制度で、国民の司法参加により市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映すること、裁判時間を短縮することを目的としている。
裁判員制度が適用される事件は地方裁判所で行われる刑事裁判のうち傷害致死、殺人事件などである。例外として、「裁判員や親族に危害が加えられる怖れがあり、裁判員の関与が困難な事件」は裁判官のみで審理・裁判する。
裁判員は審理に参加して証拠の取り調べを行い、有罪か無罪かの判断と、有罪の場合の量刑の判断を行うが、法律の規定や訴訟手続きなど法律に関する専門知識が必要な事項については裁判官が担当する。証人や被告人に質問することができる。判決は多数決によって決定されるが、裁判員と裁判官のそれぞれ1名は賛成しなければならない。
裁判員制度導入によって、国民の量刑感覚が反映されるなどの効果が期待されると言われている一方、争点が予め絞られるため、裁判官による裁判と比べても、犯行の動機や経緯にまで立ち至った解明が難しくなる可能性がある。
[編集] 導入の理由と背景
裁判員制度は、「司法制度改革」の一環として導入された。国民が刑事裁判に参加することにより、裁判が身近で分かりやすいものとなり、司法に対する国民の信頼向上につながることが目的とされている。
(趣旨)
- 第一条 この法律は、国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することにかんがみ、裁判員の参加する刑事裁判に関し、裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)及び刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)の特則その他の必要な事項を定めるものとする。
同様の制度はアメリカ(陪審制)、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア等でも行われている。日本も戦前に刑事裁判に限り陪審制が導入されていた時期がある。
西欧市民社会を基盤とした裁判員制度よりも、1980年代に東ドイツをはじめとする共産主義独裁国家で導入された裁判員制度と比較しうる。その目的は、行政のみならず立法権を官僚が事実上掌握した社会において、官僚が制定した法の遂行作業(司法)を国民自身に参加・担当させることで、「ガス抜き」および国民の体制内化をもたらして、官僚支配を不可視にし、政治体制の維持延命を図るものであった。日本は現在の欧米と異なり、議員立法は2割以下で官僚主導による立法が普通となっており、東独裁判員制度と同じく「市民をして市民を裁かせる」かたちでの国民支配の安定化をもたらすという行政的動機も、裁判員導入の背景に考えられる。
[編集] 対象事件
- 例えば、外患誘致罪、殺人罪、強盗致死傷罪、傷害致死罪、強姦罪、現住建造物等放火罪など。
- ただし、「裁判員や親族に対して危害が加えられるおそれがあり、裁判員の関与が困難な事件」については、対象事件から除外される。
[編集] 裁判員選任手順
各年度ごとに、市町村の選挙管理委員会が、衆議院議員の公職選挙人名簿登録者から「くじ」で翌年度の裁判員候補予定者を選定して「裁判員候補予定者名簿」として地方裁判所に送付。地方裁判所は、裁判員候補予定者名簿を元に、毎年度、「裁判員候補者名簿」を作成し、裁判員候補者名簿に記載された者にその旨を通知する。
そして各事件ごとに、地方裁判所において裁判員候補者名簿の中から呼出すべき裁判員候補者を「くじ」で選定。この「くじ」に際しては、検察官及び弁護人は立ち会うことができる。呼出すべき裁判員候補者として選定された者には、「質問票」と「呼出状」が自宅に送付される。
裁判員候補者は、質問票に回答し、裁判所に返送する。この質問票により、「欠格事由」(義務教育を修了しない者、禁錮以上の刑に処せられた者など)・禁止事由・不適格事由・辞退事由(70歳以上であること、学生であること、重要な用務があることなど。)の存否について質問される。
質問票に虚偽の事項を書いた場合には、50万円以下の罰金(刑罰である。)に処せられ、または30万円以下の過料が課される。また、呼出されたにもかかわらず、正当な理由なく出頭しない者は、10万円以下の過料が課される。これらを考慮すると、辞退は不可能と見られる。
裁判所に呼出され、出頭した裁判員候補者の中から、非公開で裁判員と補充裁判員が選任される。裁判員候補者としては、裁判員・補充裁判員として必要な人数を超える人数(現時点では未定)を呼び出すこととなる。裁判長は、裁判員候補者に対し、欠格事由の有無や辞退理由の有無、および不公平な裁判をするおそれがないかどうかの判断をするため、必要な質問を行う。陪席の裁判官、検察官、被告人又は弁護人は、裁判長に対し、判断のために必要と思う質問を、裁判長が裁判員候補者に対して行うよう求めることができる。
裁判所は、この質問の回答に基づいて選任しない者を決定する。さらに、検察官及び被告人は、裁判員候補者について、それぞれ4人(補充裁判員を置く場合にはこれよりも多くなる。)を限度に理由を示さず不選任請求できる。これらの手続を経た上で、裁判所は、裁判員と補充裁判員が決定される。
裁判員選定が終わったら公判に入り、裁判員は裁判官とともに証拠資料を検討し、証人尋問、検証、被告人質問を経て、評議・評決の上、判決作成に関与する。公判開始後も、裁判員について不公平な裁判をするおそれがあるときや裁判から除外すべき場合、検察官、被告人又は弁護人は、裁判所に対し、裁判員解任を請求できる。また、法律問題は裁判官のみによる合議で決定される。
[編集] 裁判員が負う義務
- 出廷義務 - 裁判員及び補充裁判員は、公判期日や、証人尋問・検証が行われる公判準備の場に出廷しなければならない。また、評議に出席し、意見を述べなければならない。正当な理由なく出廷しない場合、10万円以下の過料が課される。
- 守秘義務 - 裁判員は、評議の経過や、それぞれの裁判官・裁判員の意見やその多少の数(「評議の秘密」という。)その他「職務上知り得た秘密」を漏らしてはならない。この義務は、裁判終了後も負う。裁判員が、評議の秘密や職務上知り得た秘密を漏らしたときは、6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処される。この義務は生涯に渡って負う。
[編集] 制度に関して指摘される問題点と対応
刑事裁判に国民を参加させることで司法に対する国民の信頼を増進するとの目的で法制化された制度であるが、従来になかった「抽選で本人の意思に関わりなく裁判員候補者を呼出し、裁判員を選任する」という性質上、問題点が指摘されている。
[編集] 裁判員への参加強制
- 裁判員をやりたくない人を強制的に参加させることは「意に反する苦役」を課すものとして憲法違反(18条)ではないかとの主張
- 法務省は「憲法でいうところの苦役にはあたらない」とし(平成16年5月11日、参議院法務委員会での政府答弁)、裁判員制度が「裁判の内容に国民の感覚が反映されるということにより、司法に対する国民の理解の増進と信頼の向上が図られ、司法がより強固な国民的な基盤を得るということができるようにするための重要な意義を有する制度」であることを強調する。また、義務履行の担保としては刑事罰や直接強制によることなく、秩序罰たる「過料」を課すにとどめており、一定のやむを得ない事由がある場合には裁判員となることを辞退する制度を設けていることから、裁判員制度の実施のために必要最小限のものということができるとする。ただ、辞退は不可能と考えるのが正しい。
- 以下に該当するものは証明書提出により候補を辞退できる。
- 70歳以上
- 地方自治体の議員(会期中に限る)
- 学生や生徒(通信制の場合等は除く)
- 過去5年間に裁判員を経験
- 重い病気
- 親族の介護・養育
- その他政令(未制定)で定める上記に準ずる事由
- 病気で辞任できるが、精神病で悪化する可能性を否定できない病気(鬱病等)の場合も出席しなければならないのか。出席しなくて良い場合、裁判員逃れのために病院で虚偽報告し、病気と判断してもらうこと(精神病の場合外見的に検証が難しいため、知識の無いものでも容易に出来てしまう)が可能となり、問題となる。
- 裁判員となることで病気が悪化する場合は裁判員から除外されることが制度として予定されている。違法行為により裁判員候補から除外されることを求める者を、あえて裁判員にする必要はない。
[編集] 裁判員の匿名性・安全の確保
- 裁判員の氏名が、被告人や他の裁判員に知られることで危害が加えられることへの不安
- 裁判手続において被告人に裁判員氏名が開示されることはなく、裁判員相互も氏名は開示されない。事件について知るために裁判員(又は裁判員であった者)へ接触することも禁じられる。
- 裁判員(または裁判員であった者)の氏名を漏示すること(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)、また、裁判員等(又は裁判員であった者、その親族)を威迫すること(2年以下の懲役又は20万円以下の罰金)は、それぞれ罰則をもって禁じられている。
- 氏名非公表としても、顔を出すこと自体不安とする声もある。
- 勤務先に申告して参加する場合、裁判員になったことを勤務先に知られてしまうことは避けられず、第三者に知られるおそれがある。
[編集] 裁判員の秘密保持義務に関する問題
- 裁判員として「評議の秘密」と「その他職務上知り得た秘密」について、終生の秘密保持義務を負い、違反には刑事罰が規定されている。刑事罰による威嚇の下で、「墓場まで持って行く秘密」を「くじ」で選ばれた一般国民が負わされること自体、過重な義務であると批判がある。
- 守秘義務の程度は、通常の公務員が職務上知りえた秘密に関して負う守秘義務と同程度であり、過重とは言えない。
- 「その他職務上知り得た秘密」について、法務省の説明によれば、「刑事裁判で見聞きした証拠のうち、他人のプライバシーに関わる情報など他人に知られたくないような情報を指す」が、「公判で行われた質問は含まれない」とされる。公開証拠と非公開証拠の区別が困難な一般人にとって、「秘密」の内容が不明確であることから、秘密保持義務について不安を招いている。
- 不明確な規定によって刑罰を定めることには、罪刑法定主義との関係で問題がある。
[編集] 裁判員相互の問題
- 裁判所での議論は「口頭」で行われるため、威勢の強い者が多く発言し、口下手な人、他人とのコミュニケーションが苦手な人が思ったことを発言できなくなるおそれがある、との主張
- 威圧感を与える意図がなくとも、外見により他の裁判員に威圧感・恐怖感を与える可能性があるとの主張
- 法は「裁判長は、評議において、裁判員に対して必要な法令に関する説明を丁寧に行うとともに、評議を裁判員に分かりやすいものとなるように整理し、裁判員が発言する機会を十分に設けるなど、裁判員がその職責を十分に果たすことができるように配慮しなければならない」と定める。各裁判員が十分意見を言えるよう、裁判官は配慮しなければならないとしている。
[編集] 裁判員の資質の問題
- 明らかにやる気のない裁判員への対処はどうするのか。裁判員制度のモデルの一つである参審員制度が存在するドイツでは酒に酔った状態で裁判に参加した参審員がいた。そのためその日は裁判が出来ず延期された。また、これは陪審員制度のアメリカでの出来事であるが、殺人事件の裁判でどうしても事件の審理に興味が持てなかった陪審員の一人が審理中に居眠りをし、その場で陪審員を解任された。また、陪審選任手続きの際、選任されたくない者が、質問票に「人種差別主義者である」「男性(女性)優位主義者である」「陪審裁判を行なうまでもなく、被告人を有罪(無罪)と確信している」といった回答を行ない、選任手続き段階で逃れようとする者も少なくない(しかし、法廷戦略上、被告人に有利もしくは不利な評決を狙い、あえてこのような回答をした候補者を選任しようとする弁護士や検察官もいるため、逆効果になることもある)。
- 裁判員が義務である以上、裁判長は各裁判員が積極的に参加するために必要な措置を行う。やむを得ない場合は、裁判長がその裁判員を解任して審理を続行する(41条)。
- 海外にも裁判員制度(又は類似した制度)を採用している国は存在するが、多忙なビジネスマンは不参加が多く、結果的に参加者の多くは年金生活者となる傾向がある。欧州には罰金を払ってでも参加を拒否するビジネスマンもいる。
- 裁判員として職務を拒むことができる事由は限定されている。年金生活者がビジネスマンに比べて裁判員としての資質に欠けるとはいえない。
- 金銭のやり取りによって結託し、判決を操作する可能性がある。
- 裁判官3名、裁判員6名からなる合議体で、少なくとも裁判官1名を含む5人の一致によらなければ評決がなされないから、買収危険性は現在の職業裁判官に比べて高いと言えない。
- 買収など違法行為については、取締りにより対処すべき。
- 裁判という高い専門性、立法趣旨を理解する高度な洞察力、法解釈には客観的論理性が要求される制度に素人が参加すること
- 法令解釈に関する判断、訴訟手続きに関する判断は、裁判員は参加せず、裁判官の合議により決定。
- 一般感覚を裁判に導入するのが裁判員制度の目的で、素人性は否定されるべきものでない。
- やる気の無い態度をとる裁判員が解任されるのであれば、罰金を払わずに裁判員義務を逃れたいがために、故意にやる気の無い態度をとって解任されようとする人が出てくる
[編集] 不利益な扱いの問題
- 法は「労働者が裁判員の職務を行うために休暇を取得したこと」などを理由として「不利益な取扱いをしてはならない。」と定めるが、裁判員が昇進を遅延させられる、解雇されるなどの不利益を課された場合、救済は不可能。というのは、不利益な扱いを受けたことで会社を訴えるには、立証責任は労働者である原告にあり、会社を訴えること自体が本人にとってマイナス評価になりかねないとの主張になる可能性があるから。
- この点は、裁判員制度特有のものでない。
- 「裁判員制度の円滑な実施のための行動計画」では、「労働者が裁判員の職務を行う場合が労働基準法7条の公の職務に該当する旨の通達を発出し,使用者は労働者が裁判員の職務に必要な時間を請求した場合に拒んではならないことについて周知を行うとともに,裁判員の職務を行うために休暇を取得したこと等を理由とする不利益取扱いの禁止を徹底する。また,裁判員制度が円滑に実施されるためには,裁判員の職務に対応した休暇制度導入など,労使の自主的取り組みが促進され,労働者が裁判員として刑事裁判に参加しやすい環境が整備されることが重要であるため,法務省,厚生労働省及び最高裁判所が連携して必要な施策を実施する。」としている。
[編集] 職務遂行により疾病に陥る恐れ
- 刑事裁判の証拠資料としての残酷な写真を見なければならないことで、裁判員がPTSD(心的外傷後ストレス障害)等に陥る可能性があるとの主張
- 制度導入を否定すべきものではなく、ケアなどを検討すべき問題である。
[編集] 障害者の参加
[編集] 被告人の権利
- 裁判員が法律の素人であること、偏見を持ちやすいことなどで被告人が公正な裁判を受けられなくなるという指摘。
- 被告人が、権利として職業裁判官による裁判を保障されているわけではなく、公正な裁判内容は制度で規定される。また、裁判員制度導入で不公正になるとはいえない。
- 裁判員制度が目指す迅速審理は、拙速な審理になる恐れがある。
- 裁判員制度で行われる公判前整理手続では、手続後に被告に有利な証拠・証人が出ても、採用が制限される。
- 証拠・証人が「やむを得ない事由によつて公判前整理手続において請求できなかったもの」である場合、証拠調べを請求できる(刑事訴訟法316条の32第1項)。また、裁判所が必要と認めるとき、職権で証拠調べできる(同2項)。
[編集] 権力と一体化したメディアスクラムの可能性
- 一般人が裁判員となると情報操作への抵抗力が無い上、感情的になりがちなため、今まで以上に裁判におけるメディアの影響力が大きくなり、メディアによる世論操作での判決操作も大きくなる。
- 世間に単一メディアのみが存在するわけでなく、問題となるのは多数メディアが一致して故意に世論操作する可能性であって、限定的場面に過ぎない。メディアが権力と一体化する蓋然性はない。
- 裁判員のみならず、従来どおり職業裁判官が評決に関与する。また、裁判員制度は一般感覚を裁判に導入するものであるから、メディア報道が一般感覚から乖離しない限り、否定すべきといえない。
[編集] 背景事情
裁判員は衆議院議員の公職選挙人名簿より抽選で選ばれ、思想・信条・能力にかかわらず選任される。選任に際して虚偽申告した場合、刑事罰として罰金に処せられ、選任された場合に正当な理由なく出頭しなければ行政罰として過料に処せられる。類似制度として検察審査会がある。
[編集] 意識調査
裁判員制度への国民意識について2005年2月に内閣府が行った世論調査によれば、
- 導入後の裁判について
- 専門家でない裁判員により適切でない判決が出る(39.3%)
- 犯罪・治安のことを自分のこととして考える意識が高まる(31.2%)
- 裁判に国民感覚が反映され、司法への国民の理解・信頼が深まる(27.6%)
- 刑事裁判の手続・判決がわかりやすくなる(27.0%)
- 裁判員として参加したいかについて
- 「参加したい」(25.6%)
- 「参加したくない」(70.0%)
など回答が得られている。
また、政府が裁判員制度導入に向けて前向きな姿勢を保ち続けていることから、一般に裁判員制度は法曹界でも十分な支持を得ていると思われている節があるが、実際には法曹界での意見も賛否両論であり、「国民にまだ(裁判員制度の導入や詳しい内容が)十分に浸透していないのにもかかわらず、時期尚早ではないのか」といった意見や「裁判員制度を導入したところで、国民の負担が増えるだけで、政府が考えるほどの効果は得られない。廃止、凍結すべきだ」といった反対意見も出ている。
[編集] 制度比較論
裁判員制度は、職業裁判官と一般人の裁判員の協同による制度といえるが、問題点は主に旧来の日本における職業裁判官のみが裁判に関与する制度と比較される。裁判制度には、他に、アメリカで行われている、事実認定に職業裁判官が関与しない陪審制があるが、陪審制との比較を元に裁判員制度を評価する見解は少ない。裁判員制度の問題点の指摘の背景は、多くの場合、現行制度の変更をする必要があるのか、という視点に基づく場合が多く、現行職業裁判官制度が良好に機能しているという意識がある。
裁判員制度導入前の日本の司法制度の問題は、主として、時間が掛かりすぎるように思われていること、裁判制度が過度に専門化されているために一般人に理解されにくいことが中心で、判決形成過程に国民が関与できないことに批判があったとは言えない。裁判員制度のメリットの一つとして、審理時間の短縮が挙げられることは、その意識を物語っている。ただし、長期化する裁判はごく一部に限られて、一般的に日本の裁判は他国と比べて長いとは言えない。
裁判員制度の問題点は、本来、職業裁判官にも当てはまる問題である。これまで裁判官は社会から隔絶された存在として、心証形成に関する人間的限界があることは、政治的影響が強いケースなどの特殊例を除き、あまり一般には論じられてこなかった点で、放置されてきたが、裁判員制度として問題がある場合は、職業裁判官に裁判を行わせれば問題が無くなるものでない。
[編集] 適用範囲
裁判員の適用は重大な刑事事件に限られている。
- 裁判員制度が米国の陪審員制度とは異なり「民事事件に適用されない」とされたのは、米国資本の日本進出にあたってアメリカの国益を守るために、米国企業が対象となる可能性の少ない殺人などの刑事事件に絞ったという指摘がある。アメリカ企業が外国企業と争う裁判で、アメリカの陪審員がアメリカ企業に有利な判決を下すケースが多く、日本企業の多くが特許裁判などのアメリカの裁判で米国民の陪審員に不利な判決を下され巨額の賠償金を取られてきたことから、裁判員制度において日本においてアメリカ企業が逆の目に遭うことを心配しているということである[1]。
- 世論調査で、国民の抵抗感が最も大きいものの一つは「自分の判断で被告人を裁くのは嫌だ」という理由である。そのような観点からは、国民参加は刑事裁判より民事裁判でのほうが抵抗感が薄いと考えられるところ、最も心理的負担の重い重大な刑事事件に限ることで困難が増しているとも言える。裁判員制度の適用範囲については、法律自体において「重大な刑事事件」に限定していることから、どのような種類の事件なら国民が参加の抵抗感が少ないかという点についての議論が、ほとんどなされていない。
- 特に、労働裁判においては職業裁判官は雇用主寄りの判決を出しやすい傾向にあるとして、米国などでは労働裁判についても陪審制が採用されている。日本においても、従前から労働裁判については選択陪審制の導入が労働弁護士らにより提案されてきたものの、経済界(雇用主側)の反発が強く実現には至っていない[2]。労働裁判は、最も民間感覚が生かせる場と考えられるのにもかかわらず、今回の裁判員制度の導入に際しても労働裁判への裁判員制度の導入は見送られている。
[編集] 脚注
- ^ 『拒否できない日本』(文芸春秋)関岡英之
- ^ 労働裁判改革のための意見書 (自由法曹団)
[編集] 関連項目
- 陪審制
- 裁判所
- 裁判員の参加する刑事裁判に関する法律
- 日本国憲法第18条
- NHKスペシャル『21世紀日本の課題・司法大改革 あなたは人を裁けますか』(2005年に裁判員制度を取り上げて放送したドラマとドキュメンタリー)
- 検察審査会(辞退不可能な点と守秘義務を終生背負う点で類似)
[編集] 文献
- 五十嵐二葉『刑事司法改革はじめの一歩 裁判員制度導入のための具体的手続モデル』現代人文社、2002年4月、ISBN 4877980903
- 池田修『解説裁判員法 立法の経緯と課題』弘文堂、2005年5月、ISBN 4335353456
- 伊佐千尋『裁判員制度は刑事裁判を変えるか 陪審制度を求める理由』現代人文社、2006年5月、ISBN 4877982817
- 河津博史、池永知樹、鍜治伸明、宮村啓太(共著)『ガイドブック裁判員制度』法学書院、2006年4月、ISBN 4587216151
- 北尾トロ『裁判長!ここは懲役4年でどうすか 100の空論より一度のナマ傍聴』鉄人社、2003年11月、ISBN 4990073037
- 九州大学法学部刑事訴訟法ゼミナール(編)『裁判員が有罪、無罪を決める 裁判員裁判の実験と成果 実践ガイド模擬裁判員裁判』現代人文社、2003年9月、ISBN 4877981640
- 久保内統(文)、藤山成二(絵)『あなたも裁判員 漫画で読む裁判員制度』日本評論社、2003年7月、ISBN 4535514089
- 小池振一郎、青木和子(共編)『なぜ、いま代用監獄か えん罪から裁判員制度まで』(岩波ブックレット)、岩波書店、2006年2月、ISBN 400009369X
- 後藤昭ほか『実務家のための裁判員法入門』現代人文社、2004年12月、ISBN 4877982345
- 小林剛『みんなの裁判 マンガでわかる裁判員制度と重要判例60』柏書房、2006年4月、ISBN 4760128883
- 小林英明『イラストと事例でわかる裁判の仕組み 裁判員が判決を下す時代の到来!?』かんき出版、2003年12月、ISBN 4761261366
- 四宮啓、西村健、工藤美香『もしも裁判員に選ばれたら 裁判員ハンドブック』花伝社、2005年1月、ISBN 4763404326
- 最高裁判所(編)『裁判員制度ブックレット はじまる!私たちが参加する裁判』最高裁判所、2005年10月、[1]
- 自由人権協会(編)『裁判員制度と取材・報道の自由 討議資料』自由人権協会、2003年10月、ISBN 4915723240
- 高山俊吉『裁判員制度はいらない』講談社、2006年9月、ISBN 4062136007
- 辻裕教『裁判員法 / 刑事訴訟法 (司法制度改革概説)』商事法務、2005年7月、ISBN 4785712430
- 東京弁護士会法友会『徹底討論・裁判員制度 市民参加のあるべき姿を展望して』現代人文社、2003年3月、ISBN 4877981551
- 内閣府大臣官房政府広報室(編)『裁判員制度に関する世論調査』内閣府大臣官房政府広報室、2005年、[2]
- 鯰越溢弘『裁判員制度と国民の司法参加 : 刑事司法の大転換への道』現代人文社、2004年10月、ISBN 4877982140
- 新倉修(編)『裁判員制度がやってくる あなたが有罪、無罪を決める 市民参加の裁判』(Genjin ブックレット)、現代人文社、2003年2月、ISBN 4877981497
- 日本弁護士連合会(編)『裁判員制度と取調べの可視化』明石書店、ISBN 4750319848
- 日本弁護士連合会ニューヨーク州調査報告団(編)『市民が活きる裁判員制度に向けて ニューヨーク州刑事裁判実務から学ぶ』現代人文社、2006年7月、ISBN 487798299X
- 堀部政男(ほか編)『刑事司法への市民参加 高窪貞人教授古稀祝賀記念論文集』現代人文社、2004年5月、ISBN 4877981888
- 丸田隆『裁判員制度』(平凡社新書)、平凡社、2004年7月、ISBN 4582852327
- 三谷太一郎、佐藤博史、白取祐司、登石郁朗(共著)、北海道大学大学院法学研究科附属高等法政教育研究センター(編)『『国民の司法参加』の過去・現在・未来 : 陪審・参審・裁判員制度をめぐって』北海道大学大学院法学研究科附属高等法政教育研究センター、2003年10月、[3]
- 矢野輝雄『あきれる裁判と裁判員制度 裁判官は、なぜ信用できないのか?』緑風出版、2006年9月、ISBN 4846106179
- 季刊刑事弁護編集部(編)『季刊刑事弁護』No.41(2005年春)連続特集・裁判員制度と刑事弁護 1 公判前整理手続・連日的開廷が始まる! 特別企画・「取調べ可視化」実現へのプロローグ Part2、ISBN 487798240X
- 季刊刑事弁護編集部(編)『季刊刑事弁護』No.42(2005年夏)連続特集・裁判員制度と刑事弁護 2 選任手続はどうなるのか、ISBN 4877982418
- 季刊刑事弁護編集部(編)『季刊刑事弁護』No.43(2005年夏)特集: 連続特集・裁判員制度と刑事弁護 3 公判手続はどうなるのか? 特別企画・再審事件の現状、ISBN 4877982426
- 季刊刑事弁護編集部(編)『季刊刑事弁護』No.44(2005年冬)特集: 連続特集・裁判員制度と刑事弁護 4 量刑はどうなるのか? 特別企画・記録の取扱い、ISBN 4877982434
- 季刊刑事弁護編集部(編)『季刊刑事弁護』No.45(2006年春)特集: 模擬裁判員裁判を検証する 特別企画・「取調べ可視化」実現へのプロローグ Part3、ISBN 4877982841
- 法と心理学会機関誌編集委員会(編)『法と心理』第5巻第1号、日本評論社、2006年8月、ISBN 4535067252