オカヤドカリ
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?オカヤドカリ属 Coenobita | ||||||||||||||||||||
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![]() オカヤドカリの一種 Coenobita clypeatus |
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分類 | ||||||||||||||||||||
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英名 | ||||||||||||||||||||
Terrestrial Hermit Crab |
オカヤドカリ(陸宿借、陸寄居虫)は、熱帯域に広く分布するヤドカリで、和名通り成体が海岸付近の陸上部で生活する。
分類上はエビ目・ヤドカリ下目・オカヤドカリ科・オカヤドカリ属 Coenobita に属するヤドカリの総称で、日本ではその中の一種 C. cavipes に「オカヤドカリ」の和名が当てられる。なお、オカヤドカリ科にはオカヤドカリ属の他にヤシガニ(1属1種のみ)が属する。
目次 |
[編集] 概要
大まかな体の構造や、巻き貝の貝殻を利用して身を守る点については他のヤドカリと同様だが、他のヤドカリが主に海生であまり水上に出ないのに対し、オカヤドカリは名前が示すとおり成体が陸上生活をする。また、他のヤドカリよりも脚や鋏脚が太く頑丈で、これは同じ科のヤシガニにも通じる。
陸上での生活に適応するため、オカヤドカリは貝殻の中にごく少量の水を蓄え、柔らかい腹部が乾燥するのを防ぎ、陸上での鰓呼吸も可能となっている。しかし定期的な水分補給や交換が必須で、オカヤドカリは水辺からそれほど遠く離れる事ができない。
ヤシガニと同様オカヤドカリも木登りの名手であり、小さい体から予想もつかないほど高い木に登ることがある。
またナキオカヤドカリなどは、その名前が示すように発音する。ただし声帯などの発声器官はなく、貝殻の内側を足でひっかくことにより、ギチギチ、ギュイギュイといった音を出す。音を立てる目的については、まだ解明されていない。
[編集] 生態
オカヤドカリは熱帯の気候に適応した生き物で、冬場に気温が下がる地域では生存できない。気温が15度を下回ると活動が鈍り冬眠状態に陥るが、この状態が長く続くとオカヤドカリは死んでしまう。このため、オカヤドカリの主な生息地は、亜熱帯までの海岸沿いに限定される。
日本においては、南西諸島と小笠原諸島が主な生息地だが、本州の紀伊半島南部にも少数が生息する。これは南西諸島以南で繁殖の際に放たれた幼生が黒潮に乗って北上し、運良く定着できたものと考えられている。
日本では以下の7種が確認されている。
- オオナキオカヤドカリ C. brevimanus Dana, 1852(C. hilgendorfi Terao, 1913 はシノニム)
- オカヤドカリ C. cavipes Stimpson, 1858
- コムラサキオカヤドカリ C. violascens Heller, 1862
- サキシマオカヤドカリ C. perlatus H. Milne Edwards, 1837
- ナキオカヤドカリ C. rugosus H. Milne Edwards, 1837
- ムラサキオカヤドカリ C. purpureus Stimpson, 1858
- オオトゲオカヤドカリ C. spinosus H. Miline Edwards, 1837(朝倉彰(2004)ヤドカリ類の分類学、最近の話題. 海洋と生物, 26(1):83-89.より)
[編集] 生活史
オカヤドカリは陸上で生活するが、卵から孵化した幼生は他のヤドカリと同様に一時的に海中で生活しなければならない。
繁殖期は主に7月で、前後2ヶ月の間に繁殖行動を行う。オカヤドカリの交尾は陸上で行われ、雌は一度に数百から数千個の卵を産み、受精卵を腹脚にブドウの房のようにぶら下げて持ち運ぶ。卵が孵化する寸前になると、雌は夜間に波打ち際で水につかり、卵を海中に放つ。
放卵は主に夜間に行われ、放たれた卵からはすぐにゾエアと呼ばれる幼生が孵化する。ゾエアは海中を漂うプランクトン生活を送り、植物プランクトンやデトリタスを捕食しながら成長する。数回の脱皮の後にメガロパ(グラウコトエと呼ばれることもある)と呼ばれる形態となり、さらにもう一度脱皮を行うと小さいながらも成体と同じ体形となる。 幼体は適合する巻き貝の貝殻に潜りこんで上陸し、以後は陸上生活をする。正確な寿命はまだ不明ではあるが、一説では10年とも15年とも言われている。他の甲殻類と同様、オカヤドカリも生きている間はずっと脱皮と成長を繰り返すため、長寿のものほど巨大になる。
成体は動物の肉や植物など幅広い種類の食物を取る雑食性であるが、比較的菜食を好む。一度に摂食する量は少ない。
充分な栄養を摂取したオカヤドカリは脱皮を繰り返しながら成長をしてゆく。脱皮の頻度はおおよそ二週間から数ヶ月に一度ぐらいで、幼いほど頻繁に行われ、大きくなるに従いその間隔が延びる。脱皮前の個体は十分な水分補給を行った後で、砂に潜ったり小さな洞穴の中に隠れたりして外敵から身を守る。脱皮の直前になると、オカヤドカリは貝殻から抜け出して古くなった殻を脱ぎ捨てる。脱皮直後の個体はとても柔らかく、その状態で蓄えた水分を吸い上げながら体格を大きくしてゆく。そして脱皮後一週間ほどの間は、柔らかい外骨格が硬化するのをじっと待つ。この間は、食事らしい食事は取らないが、脱皮で脱ぎ捨てた殻を食べることで、新しい外骨格の形成を助けている。
[編集] 天然記念物の指定
1970年(昭和45年)に、小笠原諸島におけるオカヤドカリの個体数の減少を受け、天然記念物として指定された。ただし、この経緯については、オカヤドカリが本州にはほとんど生息していないという物珍しさだけで指定を受けたのではないかとの指摘もある。
その後、1972年(昭和47年)に沖縄が日本に返還された時点で、沖縄及び南西諸島のオカヤドカリも天然記念物の指定を受けることになったが、当時の沖縄ではどこにでもいるありふれた生物として認識されており、釣り餌として人気があったことなどから専門の捕獲業者も存在していた。その後、天然記念物として厳格に保護するほどに個体数が少ないわけではないと言う事情もあったために、業者保護の目的で、一部地域の指定業者に限り量を限定することで捕獲が認められるようになった。2006年(平成18年)現在、オカヤドカリは観賞魚販売業者などを通じて主にペットとして購入することができるが、これらは上記の指定業者によって捕獲された個体がほとんどである。
まれに沖縄などを訪れた旅行者が砂浜からオカヤドカリを直接採取してしまうことがあるが、これは法律に違反する行為となる。許可を得た捕獲業者が捕獲すること、およびその業者を通じて小売業者がオカヤドカリを販売すること、また消費者が購入することは違反行為ではない。
[編集] ペットとして
オカヤドカリは、その外見の珍妙さや飼育容器の簡便さ、与える餌が人間の残り物でよいなど、とりあえずの取り扱いの容易さもあり、ペットとしての認知度が高く、アメリカなどでは専用の飼育器具や飼い主のサークルなども充実している。
日本でも比較的古くから縁日などの露店で売られていた。ただし寒さに弱いこともあり、温度管理をきちんとしないと、気温の低下のために死んでしまう。このため本州などではオカヤドカリの寿命を1年足らずであると誤解されることが多いが、爬虫類用のヒーターなどで保温をすることにより、寒冷地でも長期間にわたる飼育が可能である。
ただし繁殖については、プランクトン時代の給餌など成長過程のハードルが高いために、水産試験場などの大型設備がある場所を除いては、まだ例がない。
[編集] ハーミーズクラブ問題
オカヤドカリがペットとして人気を集め始めた2004年(平成16年)、トミーが飼育セットを販売したが、玩具の販路を使用しての販売が主だったため、その是非を巡り抗議運動が起きた。小型飼育容器に生体まで一緒にパック詰めしてしまい、また販売員の生体への無理解もあったため水や餌が無い状態で店頭に陳列されることが多かった。その為、衰弱するオカヤドカリが多発、「ひどく弱って動かない」「貝から飛び出している(過度のストレスに晒されたオカヤドカリは、自ら貝を放棄する。この状態で貝に戻すことは難しく、ほとんどが死ぬ)」「すでに死んで虫が沸いている」等のまま店頭に並んだ状態が全国で見受けられた。
現在では飼育容器と個体を別々に取り扱うようになったため、販売時点で個体が死亡してしまうといった問題は解消されている。しかし、翌2005年(平成17年)、マルカンから発売された『ヤドカリランド』ブランドのオカヤドカリ飼育セットでも、生体がパック詰めにされて発売。業者の、生体への無理解さが露呈された。
また、ハーミーズクラブがきっかけで、流行の珍ペットとしてメディアが取り上げ、「簡単に飼える」「インテリア感覚で」等、飼育に関して間違ったイメージが流布された。その結果、ペットショップ、スーパーマーケット、ホームセンター等取り扱う店舗が増加したものの、やはり販売員の無理解が祟り、「冷房が効きすぎ、乾燥した店内で瀕死」「小さな飼育ケースに数十匹も詰め込まれている」「餌も水もない状態で放置されている」等の報告が後を絶たない。行政の反応は極めて鈍く、天然記念物の看板とはほど遠い扱われ方の末、死に至る生体は現在も後を絶たない。