トランスラピッド
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トランスラピッド (TransRapid)はドイツで開発された磁気浮上式高速鉄道の名称。トランスラピッドの開発・販売を行っている企業名にもなっている。
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[編集] トランスラピッドの特徴
強磁性体の永久磁石と通常の電磁石を用いている。液体ヘリウム冷却が必要な超電導を用いたJRマグレブと比較して、低コストでの導入、運用が可能である。また、JRマグレブと違い、停止時も浮上していることから常時車輪を必要としない。
しかし、浮上量は車両側コイルと軌道側の間で、約8mm程度しかないため、軌道の敷設や保守に際して高精度が要求される。このため地震や地盤の変動による車両と軌道の接触事故が懸念されている。そのため、地震多発地帯や地盤の軟弱な地域での実用化に疑問がもたれている。
[編集] 基本原理
[編集] 浮上
ガイド下部に設置された、ステータ(鉄心コイル)と車両側の電磁石同士の磁気吸引力を利用して浮上する電磁吸引支持方式で、HSSTと同様の方式となっている。しかし磁気浮上による車体支持と推進時の車体案内が分離されている点で異なる。また日本の山梨県で実験中のジェイアール式マグレブ(以下「JRマグレブ」と表記)とは大きく異なっている。
電磁吸引方式は停止中でも約8mm程度の磁気浮上をさせる特徴を持ち、走行中においてもこの磁気浮上間隔を保つ。そのため、この磁気浮上を保つためには、センサでガイド側ステータと車体側の電磁石とのギャップを常に計測し、電磁石の電流制御(チョッパ制御)を行わなければならない。
[編集] 案内
前述のように車体浮上と案内は分離しており、推進浮上とは別に軌道案内のためのガイド用電磁石が設置されている。浮上と同様に軌道と車両との横方向のギャップをセンサにより測定して、これが一定になるようにガイド用の電磁石の磁力を制御している。
[編集] 推進
リニア同期モータ(リニアシンクロナスモータ)式による推進で、基本原理はJRマグレブと同じである。車両側の電磁石は浮上用電磁石と共通になっており、地上側のコイルの極性切り替えにより推進力を得る地上一次式である。推進力は、車両側の電磁石により進行方向に対して生じた磁界と地上側のコイルに流れる電流との積に比例する。また車両速度は、地上側コイルに供給される交流電流の周波数に比例する。
磁気浮上式鉄道の特徴の一つでもあるが、トランスラピッドは加速性能が極めて高く300km/hまでの加速に必要な距離が5km(ICEは30km)と短い。
[編集] 車両技術
[編集] ブレーキ
ブレーキは地上側の電磁石による回生ブレーキを採用し、省電力化を図っている。緊急用として車両側にブレーキ用スキッドが用意されており、緊急時にはスキッドを軌道に接地させて停止する。
[編集] 集電
走行時は、電磁誘導の原理を利用して車両側へ非接触給電が行われる。車両速度が約100km/h以上になると車内に必要な全ての電力を供給できる。低速時にはバックアップバッテリーでサポートし、駅に停止する場合には接触集電でバッテリーに充電する仕組みになっている。
[編集] その他
後述する位置検知のためにミリ波によるデータ伝送のためのアンテナが車両先頭の屋根に取り付けられている。
[編集] 地上設備
[編集] 軌道
T字型断面をした変形モノレールを採用している。T字の丁度軒下部分にマグネットを設置。これにより風雨などの周囲環境からの影響を最小限に抑える工夫がなされている。また、ガイド用としてガイド側面に鉄製のガイドレールが設置されている。
[編集] 位置検知
位置検知はINKREFAというシステム名を付与している。地上一次のリニア同期モータ制御のため、正確な車両の位置を地上側の装置で検出する必要があり、位置検知には非常に高い精度(モータコイルの極ピッチ相当の精度)が求められる。トランスラピッドでは、軌道側に取り付けられた位置基準突起板を車両側のセンサが検知。突起板を基準として磁束の変化を観測して絶対位置の検知を行っている。車両側で検知した位置データは車両に取り付けられているアンテナを介して無線(ミリ波)で地上設備に送信している。
[編集] 環境・人体への影響
騒音は、400km/h運転時でも89dB程度で、300km/h運転時のTGV(92dB)より低いとしている。
磁気浮上式鉄道では磁力線の影響が人体へ与えることが懸念されているが、トランスラピッドが外部に放出する磁力線は100μTesla程度(ブラウン管テレビの1/5程度)と説明されている。
[編集] 開発組織
ドイツ政府、ドイツ鉄道、シーメンス、ティセンクルップの官民で出資したトランスラピッド・インターナショナルが開発主体である。
[編集] 実験車両
[編集] TR-05
- 車両長さ - 26m
- 車両重量 - 30.8t
- 座席数 - 68席
- 編成 - 1両
[編集] TR-06
- 設計最高速度 - 400km/h
- 車両高 - 4.2m
- 長さ×幅 - 27m
- 幅 - 3.7m
- 車両重量 - 51.2t
- 編成 - 2両
- 座席 - 96席 x 2両
[編集] TR-07
- 設計最高速度 - 500km/h
- 車両高 - 4.08m
- 車両長さ - 25.5m
- 幅 - 3.7m
- 車両重量 - 46t
- 編成 - 2両
- 座席 - 100席 x 2両
[編集] TR-08
- 設計最高速度 - 500km/h
- 車両高 - 4.2m
- 幅 - 3.7m
- 編成 - 3両
- 座席(先頭車両) - 92席 x 2両
- 座席(中間車両) - 127席
[編集] 歴史
1922年にドイツの磁気浮上式鉄道の父と呼ばれるヘルマン・ケンペル(Hermann Kemper)が磁気浮上式鉄道の研究を始める。1934年にケンペルは磁気浮上鉄道の基本特許(DPR 643 316)をドイツで取得。
研究が本格化したのは1960年代に入ってからで、西ドイツ(当時)は国家的支援を積極的に行う。メッサーシュミット・ベルコウ・ブローム社(MBB)が1966年から本格的に研究を始め、1971年、Prinzipfahrzeug(車上一次リニア誘導モータ)が90km/hの記録をつくる。また、1975年にCometが14mmの電磁吸引浮上で水蒸気ロケット推進ながら401.3km/hの記録をマークした。またシーメンス社を中心として超電導による電磁誘導式浮上のEET-01を1974年に280mの円形軌道で230km/hまで走行確認が行われた。
1969年、TR・プロジェクトは西ドイツ研究技術省からクラウス=マッファイ社へ委託される形で研究開発を開始。試作機のTR-02号機が1971年に164km/hでの走行に成功した。
西ドイツ政府はそれまでHSST、M-Bahn、EET、COMETなどバラバラに行われていた磁気浮上式鉄道のプロジェクトの一本化をはかり、1978年にトランスラピッドを中心とした高速輸送の技術開発プロジェクトへと集約される。
1979年に、西ドイツのハンブルグで開催された国際交通博覧会(IVA79)でTR-05による一般試乗が行われる。3週間の会期中、50,000人以上の乗客を輸送した実績を作った。
1980年からエムスランド実験線の建設が始まり、1983年に完成。TR-06による走行試験が始まる。1988年にはTR-06を使用し有人で412.6km/hを達成(当時世界最高)。
1988年、ハンブルグで行われた国際交通博覧会(IVA88)でTR-07を公開。1989年12月15日、エムスランドでTR-07により436km/hを達成、1993年に450km/hを達成。
2000年6月に上海浦東国際空港のアクセス鉄道としてトランスラピッドの採用が決定。2003年12月に磁気浮上式鉄道としては世界で3番目の営業運転を始める。
2006年9月22日に、エムスランド実験線のラーテン駅近郊にて、試運転中のトランスラピッドが、時速200km前後と推定される速度で工事用車両と衝突、作業員2人と、リニアに乗車していた見学者ら31人の計33人が巻き込まれ、うち23人が死亡、10人が重傷。これは、世界の磁気浮上式鉄道で、初めて死傷者を出した大事故である。原因は、人為的なものと推測されている。
[編集] 火災
2006年8月11日、午後2時20分頃、上海トランスラピッドで走行中の車両から火災が発生した。龍陽路駅で乗客を全員降ろした後、車両を駅から移動させて消火にあたった。この火災で乗客に被害はなかった。
[編集] 事故
2006年9月22日(日本時刻午後5時):ドイツの磁気浮上式高速鉄道(トランスラピッド)のエムスランド実験線で試運転中のトランスラピッドが、200km/h前後と推定される速度で工事用車両と衝突、作業員2人と、トランスラピッドに乗車していた見学者ら29名の計31名が巻き込まれ、死者23名。リニアモーターカーで初めて死者が出た大事故。原因は、人為的なものと推測されている。
[編集] 上海トランスラピッド
上海トランスラピッドの頁を参照。
[編集] 他の実用化計画
[編集] 中国
中国全土に敷設予定の高速鉄道の規格として検討されているが、2006年現在技術移転・特許の問題でドイツ側は消極的な態度をとり続けている。
[編集] ドイツ
ミュンヘン国際空港~ミュンヘン中央駅までの37.4kmが2007年現在、工事中。2009年の営業開始を目指している。実現すればミュンヘン国際空港-ミュンヘン中央駅を10分、営業最高速度300km/hで結ぶ。
ハンブルグ~ベルリン間292Kmを結ぶ計画が1990年代半ばに浮上し、1998年に成立した連立政権はこの計画の建設着工を公約として掲げた。しかし2000年の5月に予算の目処が立たずキャンセルとなった。
[編集] ヨーロッパ
オランダ国内での計画、およびベルリンと東ヨーロッパ諸都市を結ぶ計画が存在する。
[編集] アメリカ合衆国
アメリカ政府はボストン-ニューヨーク-ワシントンやロサンゼルス-ラスベガスなどの鉄道区間を磁気浮上鉄道に置き換える計画MDP(Maglev Deployment Program)を発表。ドイツはこのプロジェクトにトランスラピッドを売り込んでいる。
[編集] 外部サイト
- トランスラピッド-公式サイト(ドイツ語・英語・中国語)
- トランスラピッド、 Maglev, China, Japan Linear Motor Car(ドイツ語・英語)
- IMB International Maglev Board (英語)
- Maglev Forum (英語)
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磁気浮上方式
リニアモータ方式
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電磁吸引方式 | 電磁誘導方式 | ||||||
支持・案内分離式 | 支持・案内兼用式 | |||||||
地上一次リニア同期モータ | トランスラピッド (TR-05~、独) M-Bahn (旧西独) |
JR式マグレブ (日) EET (旧西独) |
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車上一次リニア誘導モータ | COMET(旧西独) EML (日) |
HSST(日) バーミンガムピープルムーバ (英) トランスラピッド (TR-02、旧西独) |
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推進方式未定 (※) | インダクトラック (米) |
※リニアモータも可能