引きこもり
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引きこもり(ひきこもり、Hikikomori, social withdrawal)とは、社会から逃避して自分の殻、若しくは空間の中から出られない事を言う。または、そうして閉じこもる人を指すことが多い。閉じこもりとも言う。定義の経緯から、蔑称として多用される。
定義は厳密には定まっておらず、一般に自分の部屋・自宅から出ない、学校や会社に行かない状態を引きこもりとして言うケースが多い。
日本の文化依存症候群とされる。
目次 |
[編集] 定義
以下では、行政機関等の定義をいくつか挙げる。
- 厚生労働省/国立精神・神経センター精神保健研究所社会復帰部による定義
- 「さまざまな要因によって社会的な参加の場面がせばまり、就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態」
- (10代・20代を中心とした「ひきこもり」をめぐる地域精神保健活動のガイドライン -精神保健福祉センター・保健所・市町村でどのように対応するか・援助するか- 平成15年7月28日 より)
※詳細については下記リンク先を参照。
- 斎藤環(精神科医)による「社会的ひきこもり」の定義
- 「20代後半までに問題化し、6ヶ月以上、自宅にひきこもって社会参加しない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」
- (斎藤環著『社会的ひきこもり 終わらない思春期』 PHP新書 1998年 ISBN 4569603785 より)
-
- “思春期の問題である” (同書より)
- “「社会的ひきこもり」という言葉は Social withdrawal という英語の直訳でいかにもこなれていない感じ” (同書より)
- 塩倉裕(朝日新聞社記者)による定義
- 「対人関係と社会的活動からの撤退が本人の意図を超えて長期間続いている状態であり、家族とのみ対人関係を保持している場合を含む」
- (塩倉裕著『引きこもり』 ビレッジセンター出版局 2000年 ISBN 4022614315 より)
- オーストラリア Association of Relatives And Friends of the Mentally Ill の定義
- “Apparent reluctance to participate in "normal" interpersonal contacts of day to day life and retreat into one's own comfort zone.”(日常生活における「一般的な」個人間の交際に関わろうとする様子が見られず、自室のような快適な空間に逃げ込んでしまうという状態)
参考:アメリカでの理解
- “'Social withdrawal' is only one of many illness aspects that overlap with the results or symptoms of having chronic depression.”(慢性的鬱病が引き起こす症状の結果と考えられる病的側面の一つ)
[編集] 状況
[編集] 日本
NHK福祉ネットワークによると、2005年度のひきこもりは160万人以上存在する。但し稀に外出する程度の準ひきこもりを含めると300万人以上存在するという。男女比は調査によって区々で、日本放送協会のネットアンケートによると54:46、「社会的ひきこもり」に関する相談・援助状況実態調査報告によると男性が76.4%、ひきこもりを多く担当する精神科医の斎藤環の診療データでは86%が男性である。(殆どの調査報告において男性は6~8割の割合で女性より多く存在する。)そのうちインターネットを利用しているのは10%程度で、大抵は「テレビゲームをしたり、部屋の中を歩き回ったり、ビールや焼酎を飲んだり、中には何週間もの間ずっと何もしない者もいる」という。
[編集] 日本以外
BBC が、日本の引きこもりについての番組を放映した時に、多くのイギリスの視聴者から同様の経験を持つコメントが寄せられた。
同様の現象は、韓国、台湾、香港、アメリカ合衆国、オーストラリア、イギリスなど、多くの先進国で存在すると見られている。
[編集] 概要
[編集] 精神分析的アプローチ
他者や社会との関係をうまく築くことが出来ない状態については、児童精神分析家アンナ・フロイトが、親や自分の周囲の人間とうまく係われない、問題を抱えている子供達の研究をして、彼らがその問題を解決するためにとっている策略、工夫を防衛機制と名づけたが、その中に「引きこもり、逃避」も含まれている。ちなみに、これ以外の場合は、適応機制、不適応機制という。
[編集] 原因
この現象は複数の原因が存在すると考えられる。
- 家族関係のトラウマ、過干渉などから自己肯定感を持てずに成長した
- 現代日本の資本主義社会に圧倒され、人生に絶望して行う自傷行為である
- 自分が目にしたくない現実、不快な人達、場所、集団を見ないで済ませる為に、部屋に閉じ篭る
- 建前(公の態度)と、本音(真実の自身)を合理化して、社会・ある状況から期待されるべき役割を見いだすことへの困難を持つ場合
[編集] 傾向
[編集] 日本
一般的な日本社会における現象の普及傾向
- 戦後社会による経済成長により、親が成人した子供を養える。生活の為に社会で働く必要がある為、低所得家族には起こらない(或は、早い時期に終わる)。
- 日本人の親は、子供の孤立した状態への移行の認識、対応が不適切。或は、共依存状態に陥る。日本の社会の概念、甘えの影響。
- 親・祖父母世代との差異。経済構造の変化(経済成長期→不況、停滞期、アウトソーシングの一般化など)により、学歴主義における価値観の変化。その派生として、明確な人生設計が出来ないことが、社会から引き下がる状態(引きこもり)を創っている。
- 親による徹底した従属教育の影響で、心の傷に縛られる
[編集] 精神医学的見解
発達障害:広汎性発達障害(PDD)、神経発達障害(neurodevelopmental disorder )、注意欠陥・多動性障害 (ADHD)、注意欠陥障害 (ADD)、学習障害 (LD)との関連性が指摘される。
日本は広汎性発達障害の発生率が西欧諸国より高い。
- 日本 男性
- 3.3%
- ヨーロッパ 男性
- 1%
- アメリカ合衆国 男性
- 1%
実際には、日本社会と欧米社会では、社会構造の特異性により PDD 症状に違いはある。
[編集] 生活習慣
引きこもりというとまったく外に出られないかというと、そうでもない。程度は人によって異なり、全く自宅から出られない人もいれば、買い物などのために出られる人もいる。とはいえ、学校や会社に通う事は困難な場合が多い。
また、外に出ないことから昼夜が逆転したり、オンライン依存症に陥る等といった問題が起きている。さらに、こうした生活をすることによって他人や社会との接触がますます苦手になっていくという悪循環に陥っていくケースもみられる。
[編集] 引きこもりの時期
主に少年期・思春期から、責任感・成人としての生活を期待される過渡期に存在する。これは日本社会の様な、先進資本主義社会の中で、どのような成人としての役割を見いだすか、或は成人に通過することへの意味をどこに見いだすか、という点を示している。
引きこもりは、必ずしも学齢期にある者が起こすとは限らず、いったん社会人として自立した者が起こすこともある。また、学齢期に引きこもりを起こした者が、立ち直るきっかけを見出せないまま中年期に達することもある。成人の引きこもりに対しては、親亡き後が心配され、親の死を隠して年金を不正に受給するなどの事件も発生している。
なお、科学者や哲学者、芸術家が作業に没頭する過程で外界と隔絶した生活を送ることがある。これも一種のひきこもりである。また、ワーカホリックを会社こもりと表現する場合もある。
もしくは斉藤環など、自身のひきこもり体験をうまく芸術や学術に転化させて成功した例もある。
[編集] ニート(NEET)
買い物などのために外出したりはするが学業や仕事に就かず、就職活動なども行っていない者は、自室など特定の空間に引きこもっているわけではないものの社会参加をしていないという意味で「社会的引きこもり」と呼ぶ。近年ではいわゆる引きこもりと区別するため、イギリスから学術用語を取り入れ、「ニート」(Not currently engaged in Employment, Education or Training)という用語が定着している。
[編集] 特徴
- 厚生労働省/国立精神・神経センター精神保健研究所社会復帰部による 「ひきこもり」の概念
- 「ひきこもり」は、単一の疾患や障害の概念ではない
- 「ひきこもり」の実態は多彩である
- 生物学的要因が強く関与している場合もある
- 明確な疾患や障害の存在が考えられない場合もある
- 「ひきこもり」の長期化はひとつの特徴である
- 長期化は、以下のようないくつかの側面から理解することが出来る
- 生物学的側面
- 心理的側面
- 社会的側面
- 「ひきこもり」は精神保健福祉の対象である
- 斎藤環の統計調査・分析による「社会的ひきこもり」の特徴
- 調査時の平均ひきこもり期間は39ヶ月(3年3ヶ月)
- 圧倒的に男性に多い
- とりわけ長男の比率が高い
- 最初に問題が起こる年齢は、平均15.5歳
- 最初のきっかけとしては「不登校」が68.8%と最も多い
- 問題が起こってから治療機関へ相談に訪れるまでの期間が長い
- 家庭は中流以上で、離婚や単身赴任などの特殊な事情はむしろ少ない
- ※調査対象者は次の条件をすべて満たす80例(男66例女14例)。初診時の年齢が12歳から34歳(平均19.8歳)、調査時点で13歳から37歳(平均21.8歳)。
[編集] その他
ジュディス・L・ハーマン著 中井久夫訳 『心的外傷と回復』 みすず書房 1999年 ISBN 4622041138 (原著改訂版 Judith Lewis Herman, Trauma and Recovery ISBN 0863584306) 第二章 恐怖 「狭窄」 にひきこもりと心的外傷の関連を窺わせる記述あり。
自閉症と同一視される場合があるが、違う。
勝ち負けに拘る団塊世代では、親的人間的負けと同義の為、子への更なる言葉集中砲火の原因となる
[編集] 引きこもり脱却支援施設・施策
近年、広義のNPOとして、引きこもりから脱却するための支援施設がフリースクールとして存在している。また、相手の家に行って交渉するというレンタルお姉さんやレンタルお兄さんという施策も行われている。
[編集] 事件
2006年4月18日、引きこもりの若者らを支援する名古屋市北区のNPO法人アイメンタルスクール(代表:杉浦昌子)の施設に入所した無職の男性(26)が、職員らの暴行による外傷性ショックで死亡した。
[編集] 引きこもりをテーマにした著書
- 斎藤環
- 「「ひきこもり」救出マニュアル」 ISBN 4569621147(2002年)
- 塩倉裕
- 「引きこもる若者たち」 ISBN 4022613823(2002年)
- 滝本竜彦
- 「NHKにようこそ!」(NHKは日本ひきこもり協会の略) ISBN 4047136360(2002年)
- PEACH-PIT
- 「ローゼンメイデン」シリーズ(2002年)
- 小柳 晴生
- 「ひきこもる小さな哲学者たちへ」 ISBN 4140880171 (2002年)
- 村上龍
- 「最後の家族」 ISBN 4344403576(2003年)
- 高橋良臣
- 「不登校・ひきこもりのカウンセリング」 ISBN 4760832343(2005年)
- 服部雄一
- 「ひきこもりと家族トラウマ 」日本放送出版協会, ISBN 9784140881552 (2005年)
- 荒井裕司
- 「ひきこもり・不登校からの自立」 ISBN 9784838711871(2000年)
- 「24時間先生 大丈夫。俺がそこから出してやる」 ISBN 4840111561(2004年)
- 青田進
- 「不登校が輝く」 ISBN 4763251287(教育出版センター)
- 「ゼロからの出発」 ISBN 4763251295(グローバルメディア)
[編集] 公人の発言
※肩書はいずれも発言時。
- 昨今、引きこもりやニートという言葉に象徴されるように、若者の生きる力や人と関わる力が弱まってきていることが大きな問題となっています。人間関係から逃避した空間で自己中心的な観念を肥大化させて現実と積極的に関わろうとしない最近の傾向を排するためには、多くの人間と関わる多様な体験活動を生徒に経験させ、人間性をより豊かにする教育の工夫が極めて重要です。(大澤充二立川高校校長 「本校教育活動の報告」『紫芳』No.45、紫芳会会報[1]、2006年、53頁より)
- 引きこもりの若者たちの多くは頭がよく、繊細できちんと自己認識ができている。彼等は日本社会にはこびる偽善や閉塞感を親や教師よりも明確かつ誠実に感じ取っているのだ。我慢と義理に支配された窮屈で息苦しい生活から抜け出せずにいる父親を見て、ああはなりたくないと思っている。「ほかのみんなと同じだ」というふりはしたくない。自分はみんなとは明らかに違うし、そうなった原因こそ声を大にして言いたいことなのだから。彼等が経験している日本という社会では、表立った反抗は容認されない。だから、内側に逃げるしかないのだ。彼らが自分たちの不安、反発、探究心を表現するための空間は、安全な寝室の中にしかないのだから。(マイケル・ジーレンジガー著『ひきこもりの国』)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
[編集] 記事
- "Shutting Out the Sun: How Japan Created its Own Lost Generation" (Nan A. Talese/Doubleday 2006)
- NPR: text and audio excerpt from "Shutting Out the Sun"
- Shutting Themselves In, The New York Times Magazine[2], 2006年1月15日 インターナショナル・ヘラルド・トリビューン
- "BBC Correspondent: The Missing Million" - BBC
- "BBC Correspondent: Hikikomori Violence" - BBC
- "Time Asia: Japan's Lost Generation"
- "Time: Staying In and Tuning Out"
- "Al-Jazeera: Japan's Secret Epidemic" - アルジャジーラ
- "Scotland on Sunday: Japan's Lost Generation" - スコットランド
- Movie: "Hikikomori: Tokyo Plastic"
- “Hikikomori - Japans Latest Outcasts”
- "Managing Categorization and Social Withdrawal in Japan"
- "Kal Karman documentary on hikikomori (in Quicktime movie format)"
- "Homepage in English about hikikomori by students of Roskilde University, Denmark - デンマーク
- " Francesco Jodice ´s website where you can find a very interesting little documentary on Hikikomori"
- "Dropouts in Japanese society"