機動部隊
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機動部隊(きどうぶたい)とは、空母を中心として戦艦・巡洋艦・駆逐艦等で構成された艦隊のこと。陸上の航空部隊では攻撃可能な範囲は限られるが、機動部隊は遥か遠方の敵勢力範囲まで進出し、空母艦載機による敵陸上基地の攻撃、敵艦隊の撃滅、上陸部隊の支援等を行えるのが最大の特徴。
1940年6月に日本海軍の第一航空戦隊司令官小沢治三郎少将が「空母(を集中配備の艦隊)と基地航空隊を一つにまとめた艦隊による集中攻撃で敵方の艦隊を殲滅する」といった内容の意見書を提出し、これを参考に空母6隻を中心として構成した第一航空艦隊が1941年4月に創設され、司令長官に南雲忠一中将が任命された。南雲機動部隊は1941年12月に真珠湾攻撃を行い、機動部隊の威力にアメリカ海軍首脳は驚き、その後の戦術はそれまでの大艦巨砲主義から航空機中心へと様変わりすることとなる。また機動部隊には数えられないが、基地航空隊が1941年6月に第十一航空艦隊として創設され、緒戦からマレー沖海戦、マレー半島・シンガポール爆撃、フィリピン・マニラ爆撃など活躍した。
アメリカ海軍に機動部隊の語はなく、より広い意味も含めたタスク・フォース(Task force)を用いる。直訳すれば任務部隊である。しかし任務部隊は本来アメリカ海軍においての、「艦隊単位より即応性に富んだ柔軟な編成の水上艦艇部隊」程度の意味合いなので、「航空部隊を基幹戦力とした機動部隊」に限定されないため、実際には空母を含まない物も存在する。1941年の始め頃から空母を中心とした艦隊の研究されたが、航空艦隊を編成する前の日本海軍とほぼ同様で航空戦隊のように戦艦を主力とした艦隊に1隻か2隻の空母を任務部隊として配置していた。
太平洋戦争以前から空母の運用は各国で研究されてきた。アメリカ海軍の任務部隊のうち、空母を含むものも早期から構想されておりそれを持って機動部隊と定義するのであれば、初の機動部隊編成は日本海軍だけではない。ただし、任務部隊のそれは本来航空索敵目的で編成された。当初から主力艦残滅など攻撃を目的とし航空母艦の集中配備・運用した機動部隊の事例は、日本海軍のそれが初の試みであったといえる。
[編集] 現在の機動部隊
アメリカ海軍の空母機動部隊は、空母1隻を中心にして周辺をイージス巡洋艦・イージス駆逐艦・フリゲートで護衛している。護衛している艦艇は合計で6隻程度。旗艦任務はブルー・リッジ級揚陸指揮艦のような指揮専用艦や通信機能の充実している大型揚陸艦が有機的に受け持つ。搭載するトマホークで地上攻撃にも使われる。空母に搭載されている航空機は戦闘攻撃機が50機程度、電子戦機が数機、早期警戒機が数機、救難と対潜用にヘリコプター数機、合計70機程度が搭載されている。ニミッツ級空母の最大搭載機数は90機であるが、冷戦の終結によりA-6攻撃機やS-3対潜哨戒機などを退役させた為、F/A-18E/Fに代替機種変換が進み、一時期よりは搭載機数が押さえられている。世界中に展開するアメリカの機動部隊には、高速で随伴する補給艦も同行している。また、水面下では原子力潜水艦が随伴していて、機動部隊の前路哨戒やトマホークの攻撃任務を行う。原子力潜水艦よりも更に前方は、世界中に前方展開している陸上基地から飛来したP-3C対潜哨戒機が前路哨戒をし、空母から飛び立ったE-2C早期警戒機が空を監視する。
イギリス海軍の機動部隊は、インヴィンシブル級空母を中心にして駆逐艦とフリゲートで護衛している。護衛艦艇は2隻-4隻程度。原子力潜水艦を同行させる事もある。アメリカ海軍と同じくトマホークの発射する能力を持たせている。空母は小型で搭載機はハリアーが16機程度、早期警戒用のヘリコプター3機、対潜哨戒にヘリコプター数機、合計24機程度。