脱法ドラッグ
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脱法ドラッグ(だっぽうドラッグ)とは、違法でない薬物。麻薬と同様の効果を持つ物質を指す。合法ドラッグとも呼ばれる。厚生労働省は違法ドラッグと呼称している。
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[編集] 概説
対応する法律が無いため、所持や摂取、売買は禁止されていない。ただし人体摂取目的に販売した場合薬事法違反となる。アダルトショップやインターネット上で、法に抵触しないようクリーナーや芳香剤、研究用試薬、観賞用などの名目で販売されていることがある。しかし、いかなる名目であっても、人体への摂取を目的として販売すれば違法である。
脱法ドラッグの該当性基準は明確ではない。吸飲や経口等で摂取し、幻覚を感じる、興奮する、ゆったりする、酒のように酔う等の効果を持つ薬物と言われている。例として、強い効果を持つ脱法ドラッグであった2C-T-7は五感の歪みや幻覚を感じ、弱い効果を持つラッシュは数分程度の間酩酊感を得る。
日本において、脱法ドラッグが登場し始めたのは1990年代の後半とされ、2000年頃インターネットの普及などに伴い濫用が広がったとされる。
[編集] 分類
脱法ドラッグは、その化学構造や性質、形状などにより大まかな分類がされている。
[編集] ケミカルドラッグ
脱法ドラッグの多くは試薬などの名目で販売されている。これらはケミカルドラッグと呼ばれ、デザイナードラッグと同意の用語として使われる。場合により、スマートドラッグとも呼ばれる。形状は粉末状の物が多く、液状や錠剤の物もある。結晶状の脱法ドラッグは計量器を使わない場合正確な計量が難しく、使用者にはオーバードーズの危険が伴う。摂取方法は主に経口である。
- トリプタミン系
- トリプタミン骨格を持ち、幻覚剤としてレクリエーション目的に使用される脱法ドラッグは、トリプタミン系と呼ばれる。幻覚作用を持つ多数のドラッグがトリプタミン系であり、その中には麻薬及び向精神薬取締法に基づき麻薬指定されている薬物も複数ある。麻薬指定された著名な物質はシロシン、シロシビン、5-MeO-DIPT、DMT、AMTなどである。広い意味では神経伝達物質セロトニンもトリプタミンにあたる。そのため、トリプタミン系ドラッグはセロトニン受容体に作用し、多幸感や幻覚を誘発する。MAO阻害の効果があるものが多く、SSRIやSNRIとの併用は危険である。また、オーバードーズによりセロトニン症候群に至る。
- フェネチルアミン系
詳細はフェネチルアミンを参照
- フェネチルアミン骨格を持ち、幻覚剤としてレクリエーション目的に使用される脱法ドラッグは、フェネチルアミン系と呼ばれる。トリプタミン系と同様、多数のドラッグがフェネチルアミン系であり、アンフェタミン、メスカリン、MDMA、MBDB、2C-B、2C-T-7などは覚せい剤及び麻薬指定されている。興奮剤的作用をする物が多く、覚せい剤やエクスタシーのデザイナードラッグと評される。
[編集] ナチュラルドラッグ
観賞用やお香などの名目で販売され、レクリエーション目的に使用される植物や植物加工品などの脱法ドラッグはナチュラルドラッグと呼ばれる。ナチュラルドラッグにも、遅効性のドラッグが多く存在し、オーバードーズの危険が伴う。有効成分がトリプタミン系やフェネチルアミン系に分類される物も多い。摂取方法は経口や喫煙である。麻薬指定された著名なナチュラルドラッグはマジックマッシュルームである。
- エフェドラ系
- マオウやエフェドリンが含まれている薬物はエフェドラ系と呼ばれる。主に、ダイエット薬やサプリメントなどの名目で販売され、1990年代からアメリカ合衆国を中心に流行し始めた。マオウ自体にエフェドリンが含まれていて、エフェドリンはフェネチルアミン系であり興奮剤的効果を持つ。また、エフェドリンは多くの国で規制物質となっている。日本でも、質量比10%を超える製品は、覚せい剤取締法により、覚せい剤原料として規制されている。
[編集] ニトライト系・亜硝酸エステル類
亜硝酸エステルを主成分としている脱法ドラッグは、ニトライト系もしくは亜硝酸エステル類と呼ばれ、お香やクリーナー名目で販売されている。気化したドラッグを経鼻摂取する。使用により酩酊感が得られ、オーガズム時に摂取するとその快感が上昇する。著名な物はラッシュ。使用により血圧低下が起こり、循環器に障害を残す場合がある。
[編集] 日本において
日本において、ドラッグはあへん法、大麻取締法、覚せい剤取締法、麻薬及び向精神薬取締法に基づき、取り締まりが行われている。これらの法律において、規制ドラッグが指定されている。取り締まりはおもに警察によって行われ、担当する行政は厚生労働省である。また、それぞれの地方自治体による立法でドラッグを取り締まることができ、特に東京都による取り組みが著名である。日本には、後述するアメリカ合衆国の連邦類似物質法に相当する法律がなく、また、規制物質の一括指定や暫定指定を行えないため、脱法ドラッグを取り締まるのが比較的困難である。
[編集] 厚生労働省による取り組み
厚生労働省はデータ収集に時間が掛かる等の理由で規制対応が遅れているとしている。
[編集] 2005年の取締強化
2005年2月25日以降は、厚生労働省による脱法ドラッグに対する取り締まりが強化されている。脱法ドラッグとされる薬物の中には、化学的構造が覚醒剤やLSDに似た物質、トリプタミン系やフェネチルアミン系のような麻薬や覚せい剤と同系列の物質も多々あるが、完全には同一でないため新たに麻薬若しくは覚せい剤指定しない限り規制することは出来ない。そのため以前では、個々の麻薬・覚せい剤の指定をした後、麻薬及び向精神薬取締法・覚せい剤取締法での規制対応が主たる取り締まりであった。しかしこの強化により、芳香剤、研究用試薬、観賞用などの名目で脱法ドラッグを販売をしている輸入販売業者に対して、薬事法に基づく指導・告発も併用した取り締まりを行うようになった。これにより、業者の多くは広告掲載や販売を停止し、日本における脱法ドラッグ市場は縮小しつつある。この取り締まり強化は、厚生労働省による関連行政への通知にて徹底された。この通知では、摂取目的で販売されている脱法ドラッグは薬事法違反にあたることを明言している[1]。
厚生労働省は「脱法ドラッグ」の呼称を「違法ドラッグ」に切り替えた。これは2005年9月22日に行われた厚生労働省主催の検討会「第5回脱法ドラッグ対策のあり方に関する検討会」中で、提案された意見に沿った物である。同検討会は、脱法ドラッグは薬事法にもとづけば違法であるとの考え方のもとで、呼称の切り替えを提案した[2]。
[編集] 2006年「薬事法の一部を改正する法律案」の提出と薬事法改正
2006年3月7日、第164回通常国会に厚生労働省は「薬事法の一部を改正する法律案」を提出した[3]。これは、「脱法ドラッグ対策のあり方に関する検討会」と「医薬品販売制度改正検討部会」の提言を踏まえて提出されている[4]。改正案提出の理由として「医薬品販売制度などの見直し」と「脱法ドラッグへの対策強化」が挙げられた。6月8日に改正案は可決され、6月14日に公布された。「脱法ドラッグへの対策強化」としての改正法は公布後1年以内に施行される。
この改正により、脱法ドラッグ対策として「指定薬物」という新たな区分が設けられた。危険性の高い脱法ドラッグを厚生労働大臣は薬事・食品衛生審議会の意見に基づき指定薬物に指定することが出来る。そして、指定薬物は医療等の用途を除いて製造や輸入やその広告が禁止され、行政は指定薬物の検査・廃棄・回収・立入検査などを行える。また、指定薬物の製造・輸入・販売・授与・販売・授与の目的で貯蔵・陳列には罰則が設けられる。
この改正薬事法により、指定薬物の個人輸入や販売などは、明確な犯罪となる。また、「指定薬物」への指定は麻薬や覚せい剤の指定より短期間で行われるため、行政は脱法ドラッグに対してより迅速に対策を取る事ができるようになる。
[編集] 決議案の提出と国連麻薬委員会決議48/1
2005年3月、日本は国連麻薬委員会に新たな薬物への取組に関する決議案を提出し[5]、国連麻薬委員会決議48/1として全会一致で採択された[6]。決議では、昨今薬物関連諸条約における規制薬物ではない新たな薬物が特定の地域で登場し、脅威となっていると指摘した。また、これに伴い各国の情報交換や国際連携を強める必要があるとして、その様に努める事を決議した。
[編集] 東京都による取り組み
東京都は脱法ドラッグへの取り組みとして、「東京都薬物の濫用防止に関する条例」を制定した。この条例は「脱法ドラッグ条例」ともよばれる。2005年3月31日に公布され4月1日に施行、6月1日に運用され始められ、日本の地方自治体では初めてとなる脱法ドラッグに対する条例となった。この条例では大麻取締法、覚せい剤取締法、麻薬及び向精神薬取締法、あへん法及び毒物及び劇物取締法における規制物質ではなく、向精神作用があり濫用に危険性が伴うドラッグのうち、濫用の危険性があるもしくは濫用されているドラッグを、東京都知事が「知事指定薬物」に指定することが出来る。知事指定薬物は製造、栽培、販売、授与、販売又は授与が禁止され、2年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金がこの条例における最大刑となっている。知事指定薬物への指定対応は、麻薬指定への対応に比べて短期間で行われている。そのため東京都において2C-I、MBDBなどは、麻薬指定より先に東京都知事指定薬物として規制されている。
[編集] 2000年以降、麻薬指定されたドラッグ
旧脱法ドラッグで最近になって麻薬指定された物を以下に示す。
- 2001年10月にGHB(ガンマヒドロキシ酪酸)
- 2002年6月にマジックマッシュルーム
- 2005年4月に5-MeO-DIPT(5N,N-ジイソプロピル-5-メトキシトリプタミン) AMT(α-メチルトリプタミン)
- 2006年4月に2C-T-7(2,5-ジメトキシ-4-プロピルチオフェネチルアミン)、MBDB(N-メチル-α-エチル-3,4メチレンジオキシフェネチルアミン)
- 2006年10月に3CPP(1-(3-クロロフェニル)ピペラジン)、TMA-2(2,4,5-トリメトキシ-α-メチルフェネチルアミン)
また、2007年1月にケタミンが麻薬指定になる。
[編集] アメリカ合衆国において
アメリカ合衆国におけるドラッグの取り組みをおこなう法執行機関は、アメリカ司法省麻薬取締局であり、部分的に食品医薬品局や連邦捜査局が執り行う。また、それぞれの州法及び市法に基づき、それぞれの法執行機関がドラッグに対する取り組みをおこなう。(関連:アメリカの警察、アメリカ合衆国の政治)連邦法としては規制物質法があり、それに連邦類似物質法(Federal Analog Act)が内包されている。規制物質法は、薬物を5つの分類(スケジュールIからスケジュールV)に分け、それぞれの取り扱いを規定している。また、連邦類似物質法はスケジュールIおよびIIに、化学的もしくは薬理作用が類似した物質を取り締まることが出来る内容となっている。
アメリカでは日本語における「脱法ドラッグ」にあてはまる概念として、「デザイナードラッグ」と言う言葉がよく用いられる。しかしながら、「脱法ドラッグ」と全く同じ意味ではなく、主にケミカルドラッグである脱法ドラッグを言及する際にこの用語は用いられる。
[編集] ウェブ・トリップ作戦
ウェブ・トリップ作戦(Operation Web Tryp)とよばれる麻薬取締局による作戦行動が2004年に行われた。これは、2004年7月21日に終了し、10人を逮捕している。規制物質法におけるスケジュール及び規制されていないものの連邦類似物質法に照らし合わせれば合法性に疑問がある、トリプタミン系及びフェネチルアミン系ドラッグを流通させた疑いのあるウェブサイトの調査を目的としていた。ウェブサイトの売買は、「研究用化学薬品」の売買として知れられるようになっていた。これらの販売は、合法的な産業目的や研究目的よりむしろレクリエーション使用の為に行われており、「研究用化学薬品」の名目は事実の隠蔽を意図した歪曲的な表現であった。
5つのウェブサイトがウェブ・トリップ作戦により取り締まられ、管理者が逮捕された。これらのサイトを以下に示す。
- www.racresearch.com
- www.duncanlabproducts.com
- www.pondman.nu
- www.americanchemicalsupply.com
- www.omegafinechemicals.com
麻薬取締局によれば、www.pondman.nuにより販売されたAMTは2002年4月にニューヨーク州にすむ北部の男性が死亡した原因となり、かつ、www.americanchemicalsupply.comにより販売された2C-T-7及び2C-T-21はルイジアナ州にすむ22歳の男性が死亡した原因となっている。その他に入院を必要とする14のオーバードーズ事故が、麻薬取締局により挙げられている。
2004年11月、麻薬取締局から提供されたクレジットカード情報により、イギリス警察は20人を超えるイギリス住人を逮捕し、告訴した。逮捕者らは取り締まられたウェブサイトを通じて、ドラッグを購入していた。
[編集] 注と文献
- ^ この通知は、[1]にてウェブ上の閲覧が可能である。
- ^ この検討会の議事録は、[2]にてウェブ上の閲覧が可能である。
- ^ 同法律案は『厚生労働省が今国会に提出した法律案について』にてウェブ上の閲覧が可能である。
- ^ 厚生労働省 『平成18年版 厚生労働白書』(PDF) 厚生労働省、2006年、324頁。
- ^ 外務省、「実施計画に基づく事後評価」『平成18年度外務省政策評価書』 2006年4月。
- ^ 決議全文
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 知事指定薬物
- Alexander_Shulgin - 英語版ウィキペディアによるアレクサンダー・シュルギンの記事
- 合法ドラッグ、脱法ドラッグ - 赤城高原ホスピタルサイト内記事。