谷口悟朗
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谷口 悟朗(たにぐち ごろう、1966年10月18日 - )は、愛知県出身のアニメーション監督・演出家、プロデューサー。現在、フリー。日本映画学校1期生卒業。剣道2段。
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[編集] 人物紹介
谷口は小学生から中学生にかけては役者に興味があった。『中学生日記』に応募したり、演劇部に在籍するなどしていた。しかし、演劇部でイプセンの『人形の家』でヘルメルという役を演じた際に、与えられた役の心情を理解することが出来ず違和感が残り断念。役者の道を諦めるに至った。
[編集] 演出家への道へ
その後は役者から、実写や舞台等の演出を志した。高校生時代は、8ミリをまわしたり、学園祭でゲリラ的な出し物をするなどアナーキーなことを仕掛けたりしていた。当時はアニメは見ていたが、まだその道に進むつもりはそれほどなかった。アニメスタッフの名前は、幾人かのアニメーターと押井守や高畑勲などの名前を覚えていたくらいだった。しかし、現実的な意味合いから、実写・舞台は費やすカロリーに見合いにくいのではないかという打算と、20代から演出ができるということからアニメ業界に入ることを決意した。
日本映画学校在学時、掛須秀一よりJ.C.STAFFを紹介され、入社。初仕事となった『アーシアン』の制作進行を皮切りにOVA作品の制作を担当した。しかし、制作における仕事が軌道に乗るとその仕事ばかりが谷口に要求されるようになった。演出を志していた谷口はそれに対し強い違和感を覚え、本来の志から遠ざかるとの思いが強くなり、退社を決意した。
[編集] 演出家デビューへ
J.C.STAFF退社後、谷口にはいくつかのプロダクションから制作の仕事の声がかかっていた。しかし、演出に拘りを持っていた谷口は悉く断っていた。そして、そんなときに、サンライズの『絶対無敵ライジンオー』に出会うこととなる。谷口は本作に対して実際には設定制作として参加したのだが、演出の昇格試験を受けさせてもらえるということを内田プロデューサーより聞き、参加を決めた。この時、谷口は設定制作の仕事は1年のみで、その間に演出になれなかったら辞める、との覚悟を示したとの逸話がある。制作中に、演出への昇格試験的に脚本やコンテ等、TV放送1本作るのに必要なものを提出したところ、それが認められて、本作品の総集編にて演出家デビューを果たした。元来、本作品では、川瀬敏文監督や内田健二プロデューサーが、スタッフ編成において意図的にサンライズ外部の血を入れる方針を固め、谷口悟朗もその一人として抜擢されたのであった。谷口にとっては運がよかったともいえる。
演出に際して、それまでまともに絵も描いたことが無かった谷口は、「エルドランシリーズ」にて川瀬敏文監督に厳しく指導されながら、演出家としてのいろはを学んだ。当時の谷口は脚本をほとんど見ずにコンテを描いたらどうなるか、学校が浮かんだらどうなるか等とにかく何でも試しながら演出をしていた。これは後に自ら語っていたように恐らく川瀬監督には迷惑をかけ、今川監督には笑われることとなったが、そのような「何か一つでも新しいことをしよう」とする精神は監督作に根付いている。ちなみに同作品で彼の名前をモチーフにしたキャラも登場している。
新人時代に演出を経験させてもらった、「エルドランシリーズ」の川瀬監督、『機動武闘伝Gガンダム』の今川監督は、演出の師匠だと谷口は語っている。
演出家としてはサンライズ作品を多数手がけている。「エルドランシリーズ」、「ガンダムシリーズ」、「勇者シリーズ」などの演出を手がけた後、『ONE PIECE~倒せ!海賊ギャンザック~』で監督デビュー。
[編集] 監督業への挑戦
初のテレビアニメ監督作品『無限のリヴァイアス』は、美少女ゲームの企画から始まり、小林プロデューサーとの話から青春ものという題目が建てられた。しかし、スポンサーのゲーム会社の降板と青春という言葉の谷口の捕らえ方、また、スタッフの意向により内容が大きく変わった。本作において、谷口は、自分のやりたい内容がもし視聴者に全く受け入れられないようだったら、アニメ業界を去るしかないと考えていた。それは監督をやりたいからアニメ業界にいるという考えからくるものだった。結果的には、賛否両論あったものの、アニメーション神戸作品賞・テレビ部門を受賞し、サンライズから続編の打診があるほど、反響のある作品となった。
次回作の『スクライド』は『リヴァイアス』のメインスタッフでもう一度作品を作りたいという話から始まった。そして、群集劇の『リヴァイアス』に対し、個人に焦点をあてた作品を作りたいという意向が盛り込まれた。谷口は作品を作る際には必ず視聴者のターゲットを決めて制作をするが、本作では10代の男性、特に仕事をする前の人に見てもらいたいと考え、それに沿った表現、キャラクター、テーマ等を採った。結果、予想通り10代の男性に支持されたが、同時に予想に反し多くの女性にも支持された。曰く、女性視聴者を切り捨てかねないような展開、表現をいくつか採ったということだが。
また、本作以降彼の携わるメディアミックス作品は、「同じ展開にしてもつまらないので、柱さえ折らなければどんなことでもやっていい」という意向と、メディアによってその特性は異なることからそれを勘案した表現やストーリーを選択することが大切だという意図により、全てアニメとは異なる内容となっている。秋田書店とのつながりも本作から出来た。この手法は後の『舞-HiME』プロジェクトでも採用されている(谷口も『舞-HiME』ではスーパーバイザー的な立場で参加)。
TVシリーズ3作目となる『プラネテス』では、サンライズの内田健二常務から企画を相談されたことが起因となり、監督を務めた。初めて企画を見た際には、無重力描写や宇宙の描写がアニメの現場にはハードルが高すぎること、TVシリーズでやるには原作の話数が少なすぎ、また内容がハード過ぎること等から実現は難しいだろうと考えた。しかし、自身が原作ものから遠ざかっていたことやどうせなら自分がやりたいという思いから監督を引き受けた。原作とは根本においては変わっていないが、働き始めた成年という視聴者ターゲットの設定と同時に原作とTVの話数の違い、そしてそもそも漫画とは違うTVという媒体を考え、その表現は大きく変わった。
その際の唯一の誤算は、当初放映時間が仕事帰りの人間が視聴できる夜間帯を想定していたが、NHK衛星放送編成の都合で土曜の早朝になってしまったことだろう(※)。しかし、当初予想とは嬉しい誤算と言うばかりに売上げはそこそこ伸び、2005年に星雲賞を受賞した。同賞の漫画・アニメ両受賞は過去には『風の谷のナウシカ』のみだっただけに、快挙と言うべきであろう。
(※)この意向は後に同作品が教育テレビで放送される際に実現した(水曜深夜帯にて放送)。
TVシリーズ4作目となる『ガン×ソード』は谷口にとって制作上新たな挑戦をする作品となった。本作はアニメーターのまさひろ山根とプロデューサーの黄樹弐悠が暖めていた企画が元になっているのだが、谷口は参加要請があった際に企画そのものに現実味をあまり感じず、スケジュール的なことも含め、監督という立場で参加することは難しいと感じたという。しかし、本企画に必要不可欠と考えていた脚本の倉田英之が参加することになったことにより、自らの新たな挑戦という意味合いも含めて、作品参加を決意した。その後、アニメーターの木村貴宏を口説き、メインスタッフとして参加してもらうことで、本作品の方向性を決めていった。本作品における谷口にとっての挑戦とは、それまでのサンライズとは異なる立ち上がったばかりの小さな制作スタジオでの制作、制作スケジュールの短さ等のいくつものハードルを乗り越えながら作品を満足のいくものとすることであった。今までの制作・演出・監督での経験をフルに活かすことで、それらを見事に乗り越え、谷口の考える「ヒーローとはどういうものか」という答えをしっかりと提示し、多用な色を含む娯楽作品を見事に描ききった。
2006年10月、TVシリーズ5作目となる『コードギアス 反逆のルルーシュ』の放映が開始された。
[編集] 制作姿勢
谷口はスタッフ編成をする際によく見知った人間と新しく仕事をする人間を同時に入れるようにしている。それは、現場での円滑な意思疎通と監督作の幅を広げるために必要なことだという考えに拠る。また、脚本を同年代のスタッフに全話任せている。それは彼が脚本家を監督の軍師と捉えており、監督としての考えや思いを作品に込める為に、膝をついて話を交わす必要があり、その際に自らと同じ時代性のある言語感覚や感性が必要だと考えていることに拠る。そして、脚本を作品の根幹と捉え、余計な自我が入ることにより作品の内容がブレることがないように一人に任せるようにしている。
監督作において公式サイトの充実を早くから行っていたことも特徴的だ。作画から音響に至るまで各スタッフのクローズアップも同時に行っている。
元は役者志望であったことから声優への演技指導には精力的である。他の一般的な監督と同様に当然の如くアフレコには毎回立ち会い、同様に各声優にアフレコ前に役作りのための演じるキャラクターのディテール(主に生い立ちや趣味嗜好等。この辺りは設定制作時代の杵柄も生きている)を書いた用紙を渡したり、また役者陣に新鮮な気持ちで演技してもらうために作品の先の展開を明かさない事もあり、リアリティを追求する監督が良く用いる手法をとるあたり定石を重んじる谷口らしいともいえる。
望月智充、川瀬敏文、今川泰宏、米たにヨシトモ、高橋良輔の教え通り、メディアに顔を出すのを控えていたが、『プラネテス』ではプロデューサーの意向で頻繁に出るようになった。 高橋良輔監督から『火の鳥』(2004年)の際に誘われたが、当時プラネテスが忙しく断ったと言う風聞も伝えられている。
「アニメは大衆娯楽であるべき」が持論であり、また「作品は作る者と観る者との相乗意識で作られる」という考えからアニメ制作者が「クリエーター」・「アーティスト」などと呼ばれる風潮には反発を抱いており、観る者を第一にした作品作りを常に心がけるようにしている。WEBコンテンツの充実の他にもCDドラマやDVDでのオーディオコメンタリー・ボーナストラック追加といったファンサービスやアフターケアの細やかさはその考えの表れと言えるだろう。
将来的には自らのスタジオを持つことを目指しており、新人の頃からスピルバーグ的な制作方法、監督とプロデューサーの兼任をしたいと考えている。また、彼なりの人生の目標値があり、45歳までに映画を撮りたいと考えている。
ちなみに今も絵を描くのは苦手だと思われているが、日本映画学校在学時代の絵コンテは秀逸であったと言われている。
[編集] 作品リスト
[編集] テレビアニメ
- 絶対無敵ライジンオー(1991年)設定制作、絵コンテ、演出
- 元気爆発ガンバルガー(1992年)絵コンテ、演出
- 熱血最強ゴウザウラー(1993年)絵コンテ、演出
- 機動武闘伝Gガンダム(1994年)絵コンテ、演出
- 獣戦士ガルキーバ(1995年)絵コンテ、演出
- 新機動戦記ガンダムW(1995年)絵コンテ
- 勇者指令ダグオン(1996年)絵コンテ、演出
- 機動新世紀ガンダムX(1996年)絵コンテ
- 超者ライディーン(1996年)絵コンテ、演出
- 勇者王ガオガイガー(1997年)絵コンテ、演出
- こちら葛飾区亀有公園前派出所(1997年)絵コンテ
- ガサラキ(1998年)助監督、絵コンテ、演出
- 無限のリヴァイアス(1999年)監督、絵コンテ、演出
- スクライド(2001年)監督、画コンテ、演出
- 爆闘宣言ダイガンダー(2002年)画コンテ
- 神魂合体ゴーダンナー1st(2003年)第3話絵コンテ
- プラネテス(2003年)監督、第1話、第4話、第24話、最終話画コンテ、第1話、最終話演出
- 舞-HiME(2004年~)クリエイティブプロデューサー
- ハチミツとクローバー(2005年)第5話絵コンテ
- ガン×ソード(2005年)監督、画コンテ
- SoltyRei(2005年)企画協力
- コードギアス 反逆のルルーシュ(2006年)監督、ストーリー原案、絵コンテ
[編集] イベント・読者プレゼントOVA
- ONE PIECE 倒せ!海賊ギャンザック(1998年)監督(ジャンプ・スーパー・アニメツアー'98上映作品)