遣独潜水艦作戦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
遣独潜水艦作戦(けんどくせんすいかんさくせん)とは、第二次世界大戦中に遠く離れたドイツと日本とを結び、資材や図面それに人材の輸送を行った日本海軍艦艇による数次にわたる作戦を指す。
目次 |
[編集] 概要
1941年6月の独ソ開戦によりシベリア鉄道経由の日本からドイツへの陸上連絡路が途絶し、同年12月の日米開戦により海上船舶による連絡も困難となった。ドイツ側も必要とする生ゴム、錫、モリブデン、ボーキサイト等の工業原材料を入手するために海上封鎖突破船をインド洋経由で日本が占領した東南アジア方面に送ったが、アフリカ沿岸を拠点に活動するイギリス海軍や南アフリカ連邦軍の妨害にあうことが多くなり、作戦に支障をきたすことが多くなった。
このため、ドイツは潜水艦による物資輸送を提案した。日本側からも電波探信儀(レーダー技術)、ジェットエンジン、エニグマ等の軍事技術をドイツから入手するという思惑があり、両国の利害が一致し、ここに日本とドイツの間を潜水艦で連絡するという計画が実行に移された。
ルートは日本~マラッカ海峡~インド洋~マダガスカル沖~喜望峰沖(ローリング・フォーティーズ)~東部大西洋~ドイツ占領下のフランス大西洋岸にあるUボート基地 (U-Boot-Bunker) との往復であった。なお、1942年当時は、東南アジアからインド洋にかけての地域は日本海軍の制海権下にあったものの、東部大西洋からヨーロッパにかけてはすでにイギリス海軍の厳重な対潜哨戒網が敷かれていたこともあり、大西洋上のルートや入港先についてはたびたび変更されている。とくに1943年以降は、大西洋~ヨーロッパの制海権をほとんど連合軍に奪われ、インド洋以東のアジア海域にも連合軍による商船破壊が活発になっていた。
こうしたことにより、全5回の遣独中、はじめ2回は往復に成功したものの後半の3回はすべて途中で撃沈されている。ただし往復に成功した2回のうちでも第一回遣独艦は帰路に立ち寄った日本占領下のシンガポール入港時に暗号通信の不徹底から味方の機雷に触雷・沈没した。沈没した艦内から貴重な積荷の回収が試みられたものの、期待されたレーダーの現物などは使用できない程に破壊されていた。したがって、物資輸送を完全に成功させたのは第二回遣独艦のみである。
- 第一次遣独艦:伊号第三〇潜水艦(遠藤忍海軍中佐、昭和17年(1942年)8月6日フランス・ロリアン入港 (Lorient)、復路シンガポール港にて自軍の機雷に触れ沈没)
- 第二次遣独艦:伊号第八潜水艦(内野信二海軍大佐、ヒトラーが日本海軍に無償譲渡するUボート U1224号の日本回航員60名を乗せ、昭和18年(1943年)8月31日フランス・ブレスト入港、復路も成功)
- 第三次遣独艦:伊号第三四潜水艦(入江達海軍中佐、往路マラッカ海峡にてイギリス海軍の潜水艦に撃沈さる)
- 昭和19年(1944年)3月には「日独製造権および原材料供給協定」が調印されて、軍事技術と原材料の交換が活発となる。
- 第四次遣独艦:伊号第二九潜水艦(木梨鷹一海軍中佐、昭和18年(1943年)12月17日シンガポール出航、昭和19年(1944年)3月11日フランス・ロリアン入港、4月16日出航、7月14日シンガポール入港、7月26日バシー海峡にてアメリカ海軍の潜水艦に撃沈される)
- 第五次遣独艦:伊号第五二潜水艦(宇野亀雄海軍中佐、昭和19年(1944年)6月24日往路大西洋にてアメリカ海軍機の攻撃により沈没)
[編集] ドイツ側の作戦
ドイツからも潜水艦が日本に派遣された。ベルリンに駐在していた日独伊三国同盟の軍事委員野村直邦海軍中将は、アドルフ・ヒトラーより日本海軍に無償譲渡されるUボート U511号(日本名:呂号第五〇〇潜水艦)に便乗して昭和18年(1943年)7月15日ロリアン出航から69日目にペナン港に到着、空路東京に帰着した。
無償譲渡されるもう一隻のUボート U1224号(日本名:呂号第五〇一潜水艦)は昭和19年(1944年)3月31日日本海軍の回航員の手でドイツ・キール軍港を出航、同年5月13日米海軍の攻撃にてMe163型、Me262型噴進推進式戦闘機のエンジン他資料と共に大西洋に消えた。
なお、インド人の独立運動家チャンドラ・ボースは昭和18年(1943年)4月26日にインド洋上で会合したUボート U180から伊号第二九潜水艦に移乗して来日した。
[編集] 文献
- 野村直邦 海軍中将(回顧録):『潜艦U511の運命;秘録 日独伊協同作戦』、読売新聞社、1956年
- Joyce C. Lebra(Non-Fictions): 『チャンドラ・ボースと日本』、原書房、1968年
- 吉村昭(Non-Fictions):『深海の使者』、文藝春秋、1974年
- 伊八潜史刊行会(回顧録):『伊号第八号潜水艦史』、1979年
- Heinz Schäffer(回顧録):『U-ボート977』、横川文雄訳、朝日ソノラマ、1984年、ISBN 4-257-17038-7
- Karl Dönitz(ドイツ潜水艦部隊司令官の回顧録):『10年と20日間』、山中静三訳、光和堂、1986年、ISBN 4-87538-073-9
- 井浦祥二郎 海軍大佐(回顧録):『潜水艦隊』、学習研究社、2001年、ISBN 4-05-901061-8
- David Miller(Pictorials):『Uボート総覧;図で見る「深淵の刺客たち」発達史』、大日本絵画、2001年
- Jochen Brenncke(Non-Fictions): Haie im Paradies, Der deutsche U-Boot-Krieg in Asiens Gewässern 1943-45, Koehler, 2002,ISBN 3-7822-0855-2
- レーダー装置:
- 田丸直吉 海軍技術少佐(回顧録):『日本海軍エレクトロニックス秘史』、原書房、1979年
- 津田清一(Non-Fictions):『幻のレーダー』、CQ出版、1981年
- 中川靖造(Non-Fictions):『海軍技術研究所;エレクトロニクス王国の先駆者たち』、日本経済新聞社、1988年、ISBN 4-532-09445-3
- NHK 取材班(Non-Fictions):『エレクトロニクスが戦いを制する;マリアナ・サイパン』、角川書店、1994年、ISBN 4-04-522403-3
- ジェットエンジン:
- 巌谷英一 海軍技術中佐(回顧録):『機密兵器の全貌;わが軍事科学技術の真相と反省(II)』、興洋社、1952年
- 新延明/佐藤仁志(Non-Fictions):『消えた潜水艦イ52』、日本放送出版協会、1987年、ISBN 4-14-080307-X
- 前間孝則(Non-Fictions):『ジェットエンジンに取り憑かれた男』、講談社、1993年、ISBN 4-06-185204-3
[編集] 関連項目
- メッサーシュミットMe262(設計資料を輸入)
- メッサーシュミットMe163(設計資料を輸入)
カテゴリ: 第二次世界大戦の作戦と戦い | 太平洋戦争の作戦と戦い | 戦争文学