音響作曲法
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音響作曲法(おんきょうさっきょくほう、独語: Klangkomposition)は、旋律や伴奏・リズムなどの古典音楽的要素を一切用いないで、音そのものだけで構成する典型的な現代の音楽における作曲法。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] ロマン派から調性崩壊まで
直接的にはグスタフ・マーラーが交響曲の中で非流動性の旋律を用いたのが発端と言われる。一般的にはリヒャルト・ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」に発する調性崩壊と密接に関係しているにもかかわらず、この現象はすでにカルロ・ジェズアルド等のルネサンス音楽時代にその萌芽が見られる。この非流動性の旋律とは、伴奏系に繰り返しが頻繁な定常のリズムの替わりに、繰り返しの少ないリズムを、旋律には通常の一貫したオーケストレーションを棄てて、楽器の交代を旋律の途中でも頻繁に行うことで、後のオリヴィエ・メシアンに見られるような音色旋律の先駆をなした。前者はアーノルド・シェーンベルクに受け継がれ、作品11の「3つのピアノ曲」で旋律と和音・伴奏の区別が曖昧になり、「5つの管弦楽曲」作品16の第三曲において史上初めての音響だけの音楽が登場した。後者はアルノルト・シェーンベルクに旋律を最後の一音ずつまで、ずたずたに切り裂かれて完全調性崩壊の一大要因となった。また別にドビッシーやラヴェル、ストラヴィンスキー、バルトークらは主に旋律に対する伴奏部分に音響版と呼ばれる音の塊を敷き詰めたが、これはクラスターとは用法的に完全に区別されるべきである。シェーンベルクと同年代生まれのアメリカのチャールズ・アイヴズは、全く別の角度から音響作曲の道に入り今日次第に注目されつつある。
[編集] 第二次世界大戦後
戦後、電子音楽が登場した当時には音響作曲法はもはや必須の常識となり、ほぼ平行してセリエル音楽がもう一つの音響作曲法の大支柱となったが、この2大現象は互いに対立するの物ではなく、寧ろお互いの技法の発展に密接に影響した。ベルント・アロイス・ツィンマーマンの晩年の管弦楽曲「静寂と反転」が孤立してる以外、電子音楽側ではピエール・アンリやピエール・シェッフェルが、ミュージック・セリエル側ではダルムシュタット3羽鳥のノーノ、ブーレーズ、シュトックハウゼンらとアンリ・プッスールによって代表され、その後ヤニス・クセナキスやジェルジ・リゲティ、ルチアーノ・ベリオらが独自の電子音楽や器楽・声楽曲を作曲する一方、アメリカではチャールズ・アイヴズ以降ジョン・ケージらが旋律や既成の楽曲そのものを一つの音・Sound/Klangと見なす考え方で音響作曲法を開発し、後年にそれらをすべてをヘルムート・ラッヘンマンによって5つの音響作曲技法に統合されるようになる。同じころクシシュトフ・ペンデレツキは電子音楽を通じて管弦楽による音響作曲法を独自に開発したが、聴衆が離れていくのを嫌い次第に復古主義的な作法に変わっていった。スペクトル楽派はその倍音の美しさを、モートン・フェルドマンの音楽は逆に音響作曲法の世界から旋律と伴奏音楽の世界を見つめ直した芸術である。一方ラモンテ・ヤングやジェームス・テニーの一音による音楽はその単純な例だが、それを受けついだまたは並行して活動するミニマル楽派は旋律的要素も多く含み、真の芸術の高尚化を目指すよりも情報量に於いてより商業的目的の功利主義が遥かに強い。
[編集] 日本の状況
十二音主義者の入野義郎や柴田南雄らは完全なセリエル音楽まではいたらずじまいの中途半端の傍ら、電子音楽のほうは黛敏郎や武満徹らによって積極的に試みられたが、その旋律と音響の区別はかなり曖昧であった。また湯浅譲二らによって音楽の構成面から完全な音響作法が試みられたが、彼自身も作風を徐々に古典風に変えつつある。しかし嶋津武仁はベルリン工科大学時代以降、電子音楽で相当の長いキャリアを積んだ為、今日器楽等の分野の作品においても作風が容易に古典的要素に妥協しない地点まで高まりつつあることは、UPICシステムの技法からも明白である。しかし未だに日本の作曲界の主流はいわゆる世俗的な「美しい」フランス系のメロデイーやリズム・和音による伴奏・動機展開などが多く、保守的な影響がまだ色濃い為、この分野では世界的に相当の後れをとっている。