鳳来寺鉄道
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鳳来寺鉄道(ほうらいじてつどう)は、現在の東海旅客鉄道(JR東海)飯田線の前身となる路線を運営していた鉄道会社。長篠駅(現・大海駅)から三河川合駅までの区間を運営していた。戦時恐慌で豊川鉄道と共に名古屋鉄道の傘下企業となった。
線路施設は1943年(昭和18年)8月1日に国鉄に戦時買収され、会社は翌年名古屋鉄道に合併された。
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[編集] 車両
[編集] 電気機関車
- デキ50 - 後の国鉄ED28形電気機関車 (初代)
[編集] 電車
豊川鉄道・鳳来寺鉄道・田口鉄道の電車も参照のこと。
- モハ10形(10)
- 1925年(大正14年)7月、日本車輌製造製の15m級木造電車で、豊川鉄道モハ10形(11~15)は同形車である。製造時はモハ1形(1)であったが、1937年(昭和12年)6月にモハ10形(10)に改められた。国有化後は、田口鉄道のモハ36,37と交換される形で、同鉄道線内の列車に使用された。1951年(昭和26年)4月に廃車され、大井川鉄道に譲渡されてモハ201となり、1968年(昭和43年)まで使用された。
- モハ20形(20)
- 1927年(昭和2年)1月、川崎造船所製の17m級半鋼製車で、豊川鉄道モハ20形(21,22)は同形車である。製造時はモハ2形(2)であったが、1937年6月にモハ20形(20)に改められた。1952年(昭和27年)に宇部線に転属、1953年(昭和28年)2月に福塩線に転属した。同年6月には国鉄車両形式称号規程の改正により、同形車の旧豊川鉄道のモハ21,22が1600形になったのに対してモハ1700形(1700)となった。これは、1949年(昭和24年)に機器を国鉄の標準仕様に換装し、100kW電動機を装備していたため別形式となったものである。その後、豊川分工場の入換え車として豊橋機関区に戻ったが、1965年(昭和40年)に廃車となり、伊豆箱根鉄道に譲渡されて同社のモハ35となった。
[編集] 駅一覧
国有化直前(1943年7月31日)現在の駅一覧。<駅名>は国有化時に廃止となった駅。
長篠駅 - 鳥居駅 - 長篠古城址駅 - 鳳来寺口駅 - 三河大野駅 - 湯谷駅 - 三河槙原駅 - <柿平駅> - 三河川合駅
[編集] 関連項目
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