推理小説
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推理小説(すいりしょうせつ)は、小説のジャンルのひとつ。殺人・盗難・誘拐・詐欺など、なんらかの事件・犯罪の発生と、その合理的な解決へ向けての経過を描くもの。様々なメディアに展開されるミステリーというジャンルの元になった。
探偵小説、ミステリー小説ともいう。犯罪小説とかなり重なる部分もあるが、厳密には区別されるべきものだろう。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 推理小説の誕生
世界初の推理小説は、一般的にはエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』(1841年)であるといわれる。しかし、その数年前にチャールズ・ディケンズも半推理・半犯罪小説の『バーナビー・ラッジ』を書いているほか、100年程前に書かれたヴォルテールの『ザディグ』(1747年)の一編『王妃の犬と国王の馬』も推理に重きが置かれている。さらには『カンタベリー物語』、『デカメロン』、聖書外典『ダニエル書』の『ベルと竜』やヘロドトスの『歴史』にも推理小説のような話が収録されており、どこに端を発するかという議論は果てしない。
しかし、確実にいえるのは、1830年代にイギリスにおいて警察制度が整ったことにより、犯罪に対する新しい感覚が生まれたということである。1830年代に一世を風靡したニューゲート小説は、ニューゲート監獄の発行した犯罪の記録を元に書かれた犯罪小説であり、後の近代推理小説が生まれる基盤を作ったといえるだろう。
また、権利と義務の体系が整い、司法制度や基本的人権の尊重がある程度確立した社会が成立していることも、推理小説に欠かすことのできない要素であると考えられる。
推理小説と言うジャンルの確立には警察組織の存在が大きかった。法を手に犯罪者を捕らえる新しい形のヒーローが誕生した裏側には、また急速に都市化が進んでいくイギリスにおいて、都市の暗黒部に対する一般市民の不安が高まっていた、という歴史的事実も見逃せない。また都市化に伴うストレスのはけ口として、「殺人事件」というモチーフの持つ非日常性が必要とされていたという見方もある。
[編集] 推理小説の分類
下記の分類は、互いに相反するものとは限らず、一つの作品が以下の複数の分類に当てはまることがある。
[編集] フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット
事件の解明に必要な要素、犯人、犯行方法、動機のうち、どれの解明を重視するかによる分類。この3つの分類は、推理小説の興味の対象が、単なる犯人当てからトリックの面白さへと移り変わり、そして社会派へつながる動機重視に変わっていく、という推理小説の発展史と重なる。
- フーダニット (Whodunit = Who (had) done it)
- 誰が犯人なのか
- ハウダニット (Howdunit = How (had) done it)
- どのように犯罪を成し遂げたのか
- ホワイダニット (Whydunit = Why (had) done it)
- なぜ犯行に至ったのか
[編集] サブジャンル/テーマ
- 本格推理小説
- 推理小説のなかではもっとも一般的でかつもっとも古典的なジャンルである。事件の手がかりをすべてフェアな形で作品中で示し、それと同じ情報をもとに登場人物(広義の探偵)が真相を導き出す形のもの。第二次世界大戦前の日本では、「本格」以外のものは「変格」というジャンルに分類された。なお、本格という呼び方は日本独自のもので、欧米ではパズラーや上述のフーダニットと称される。
- 本格であるためには、解決の論理性だけではなく手がかりが全て示されること、地の文に虚偽を書かないことが要求される(登場人物の視点から登場人物自身の誤解を記述するのは問題がない)。例えば、ある作品では列車に乗り合わせた子供の性別が問題になるが、題名にも地の文にも「男の子」「女の子」といった記述は一切なく、伏線として子供の振るまい(特定の玩具に興味を示す)が記述されている。もちろん作家はそれが伏線であることを隠蔽する努力も怠っていない。ただし、現代の視点では、ポオの『モルグ街』には若干アンフェアな記述がある。
- エラリー・クイーンの国名シリーズのように「ここまでの部分で、推理に必要な手がかりは全て晒した。さあ犯人(もしくは真相等)を推理してみよ」という「読者への挑戦状」が明示的に含まれる作品もある。
- 密室殺人を始めとした不可能犯罪を扱った作品の多くはこのジャンルに含まれる。
- クローズド・サークル
- 何らかの事情で外界とは隔絶された状況下で事件が起こるストーリー。過去の代表例から「嵐の孤島もの」「吹雪の山荘もの」などとも呼ばれる。現実的な警察機関の介入、科学的捜査を排し、また容疑者の幅を作中の登場人物に限定できることから、より純粋に「犯人当て」の面白味を描ける利点があり、本格派(上述)志向の作者や読者から好まれる傾向がある。一方で探偵役やワトスン役も含めて、登場人物はみな、警察機関の保護を頼れないまま殺人犯(かもしれない人物)と過ごすことになり、そうした心理サスペンスを盛り込んだ作品も多い。連続殺人事件であれば、犯行が進むにつれ、生存者が減少し、その中に犯人がいる(はずである)こともサスペンスを呼ぶ。アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』が代表作。「金田一少年の事件簿」や「名探偵コナン」などのミステリー漫画にも多く使用される。
- パズル・ミステリ
- 事件そのものの推理よりも暗号やパズルなどの謎解きに重点が置かれるもの。論理クイズ(ロジックパズル)をそのまま小説にしたような作品も多い。そのため、舞台設定や状況は謎解きのオマケで重要な要素ではなく、謎を成立させるために非現実的なことがしばしばある(たとえば、1人は必ずうそをつき、もう1人は必ず真実を話す双子など)。多くの作品は本格派に含められる。アイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』シリーズが代表的である。
- 倒叙(とうじょ)
- 通常の推理小説では、まず犯行の結果のみが描かれ、物語の後半で探偵によって犯人と犯行の様子が暴かれる。しかし倒叙形式では、はじめに犯人の側から犯行の様子が描かれ、その後、探偵の側から捜査の進展や真相の看破に至る過程が描かれる。読者には予め犯行過程が判っており、犯人側のどのようなミスから足がつくのか、その論理とサスペンスが興味の対象になる。また犯人が最初から判っているので、犯人側の内面描写を丹念に行える利点や犯人対探偵の一騎討ちといった楽しみがある。オースティン・フリーマンの短編集『歌う白骨』で初めて用いられた。1920年代から1930年代に全盛期を迎え、なかでもフランシス・アイルズの『殺意』、F・W・クロフツの『クロイドン発12時30分』およびリチャード・ハルの『伯母殺人事件』は倒叙三大名作と呼ばれた。テレビドラマ作品では刑事コロンボシリーズや古畑任三郎シリーズが特に有名である。
- ハードボイルド
- 主人公があまり感情を表に表わさず、全体に非情さ・シニカルさを強調した作品。
- ソフトボイルド
- 本格派とハードボイルドの中間にあるもの。ガードナーの作品など。
- コージー・ミステリ
- ハードボイルドの反語で暴力的表現や非日常性を極力排除した作品。狭義には女性向けの「気楽に読める」内容のコメディミステリをいう。
- 犯罪心理小説
- 犯罪者の内面に目を向け、殺人に至る過程を描いたもの。倒叙から派生した。フランシス・アイルズ(アントニー・バークリー)『殺意』など。
- 法廷推理小説
- 法廷が舞台のもの。検事や弁護士が主人公となって、被告人の犯行を立証したり、逆に無実を証明して真犯人を暴きだしたりする過程が描かれる。必ずしも法廷が主要な舞台となるとは限らないため、リーガル・サスペンスとも呼ばれる。E・S・ガードナーが書いたペリィ・メイスンシリーズなど。
- 警察小説
- 警察官が主人公であるもの。謎解きそのものより警察の捜査活動の描写に重点が置かれる。警察組織内部の情勢や暗部を題材としたものもある。必ずしも推理小説であるとは限らない。
- 時代ミステリ
- 過去の時代を舞台としたもの。まれに史実上の人物が探偵役をつとめる。日本では特に江戸時代を舞台にした「名奉行もの(お白州もの)」や「捕物帳」といったジャンルがある。「捕物帳」は『半七捕物帳』を嚆矢とし、緊密な構成をもった本格物から江戸風俗の描写に力をいれたものまで幅広い。
- 歴史ミステリ
- 歴史上の謎に、現代の探偵役が資料などをもとに取り組むもの。史実における謎を真面目に取り扱った作品も存在するが、多くはフィクションとしての面白さをねらった奇抜な回答が用意されることになる。純粋に歴史上の謎のみを解決することは少なく、ほとんどの作品では探偵役と同時代の犯罪事件の解決も付随している。
- ホラー
- 恐怖を主題としたものを指すが、恐怖の様相を捜査や論理的な推理によって暴き出せば推理小説になりうる。殊にモダンホラー、サイコホラーといった、人間性や異常心理への恐怖を扱ったホラー作品では作例が多い。
- ファンタジー/SF
- 魔術師が存在する状況、死者が甦る状況、宇宙の果てを航行する宇宙船の中、人類と異なる思考体系の知性体との共同社会など、現実世界ではありえない状況・環境を許容する世界観の中で発生した事件について、その世界観の下で論理的な捜査と考察を行えば推理小説になりうる。ロボットの殺人を禁じたロボット工学三原則を逆手に取ったアシモフの『鋼鉄都市』が好例である。
- サスペンス
- 読者の不安感を煽るもの。スパイ小説も広くはここに含まれる。必ずしも推理小説であるとは限らない。
- スリラー
- サスペンスよりも恐怖感を煽るもの。ホラー小説も広くはここに含まれる。サスペンス同様必ずしも推理小説とは限らない。
- 奇妙な味
- 推理小説とも怪奇小説ともつかない奇妙なもの。推理作家でない作家が書くことが多い。
[編集] 日本独自の分類/用語
- 社会派
- 事件そのものに加え、事件の背景を社会世相などに絡めて描き出すもの。地に足のついた現実的な犯罪事件と、その背後にひそむ社会的病理を描写する。日本では1960年代から長らく主流が続いた。松本清張の作品がその代表とされる。1990年代以降は高村薫がこの代表である。
- 新本格派
- 字義としては「新たな本格」であるが、日本においてはとくに1980年代から90年代にかけてデビューした一部の若手作家による作品群を指す。綾辻行人、有栖川有栖、法月綸太郎等がこの代表である。20世紀後半の日本の推理小説史上、リアリズムを重んじる社会派推理小説の台頭に伴い、古典的ミステリーに見られた「豪壮な邸宅で起きる不可能犯罪、奇怪な殺人者が跳梁し、超人的頭脳の名探偵がそれを追い詰める」といったテーマやエラリー・クイーンの初期作品のようなパズル性が古色蒼然視された時期があった。こうした風潮に逆らって、謎の不可解性や解決の論理性こそ推理小説の本来の楽しみであるとし、京都大学ミステリ研究会出身作家を中心に本格推理作品群が生み出された。ただし「新本格」という用語にはこれ以前にも別の用例があり、またミステリの拡散状況もあって、現在では歴史的な用語に近くなっている(この系統に属す作家についての詳細は新本格派ミステリー作家参照)。
- 叙述トリック
- 小説という形式自体の暗黙の前提や偏見を利用したトリック(→トリック#トリックの例)。下記メタミステリとの関係が深い。日本では折原一がこれを好んで利用している(とここに記述することが大してネタバレにならない程有名である)。
- メタミステリ
- 推理小説の形式自体を題材にした、あるいは利用した推理小説。曖昧に使われているが、広くいえば言語の自己言及性そのものに謎を見出す作品。小説の中にAとBの二つの部分が交互に現れ、Aに現れる登場人物がBを、Bに現れる登場人物がAを執筆しているという合わせ鏡的プロットや、作中作を利用した再帰的構造の一番奥の部分が、全体の枠組みに言及する循環構造プロット、「読者が犯人」「著者が犯人」「出版者が犯人」など商品としての書物自体を含んだプロットなどが挙げられる。メタフィクション参照。
- 本格作品(前述)の<手がかりをすべて作中に示す>ことが作中でどのように保障されるかを問題にしたプロット(「本格」としての解決の後、それが実は作中作であって、後日談があって、新たな捜査の進展があって、意外な真相がさらに明らかにされる、など)も含まれ、この種の推理小説自体の枠組みに対し疑念を呈する作品を「アンチミステリ」(反推理小説)と呼ぶことがある。
- トラベル・ミステリ
- 狭義には、有名な観光地を舞台にし、探偵役がなんらかの形で観光にかかわる作品を指す。テレビドラマや映画など、映像化に適したジャンルでもあり傑作も多い。日本では特に西村京太郎の多作によって、人気ジャンルのひとつになっている。
- 広義には、電車や航空機などの移動手段を用い、その運行予定表の裏をかいたアリバイ工作の登場する作品。「時刻表トリック」「時刻表もの」などとも言う。日本では鉄道の運行が極めて正確であり、国民の間で広く利用されていることが、このジャンルの人気を支えている。
[編集] ジャンル名
日本ではかつて探偵小説と呼ばれていたが、第二次大戦後、「偵」の字が当用漢字に入れられなかったため、「探てい小説」と混ぜ書きで書くことになった。しかし、これを「みっともない」として「推理小説」という言葉が作られ、一般的になった。1946年に雄鳥社が「推理小説叢書」を発刊した時に、その監修者の木々高太郎が命名したという説もある。「偵」の字は1954年の当用漢字補正案で当用漢字に入れられたが、既に「推理小説」という言葉が広まっており、「探偵小説」に戻されることはなかった。「探偵小説」は、ジャンル名としては廃れていったものの、ロマン的な響きを持つため、未だ愛用している人も多い。英語の"Detective Novel"、"Detective Fiction"の訳語でもある。
また、「ミステリー小説」(あるいは「ミステリ小説」)、もしくは単に「ミステリー(ミステリ)」とも呼ばれる。最後の長音の有無は、理系用語でメモリ節約のためにデーターをデータ、コンピューターをコンピュータと略する習慣が適用されたものらしいが、ここに重大な差異を見出して別物と定義する人もいる。
[編集] 作家
推理小説を著す作家は、推理作家、ミステリ作家などと呼ばれる。推理小説を専業にする作家と、他のジャンルの小説をも同時に手がける作家と、大きくこの二つに分けられる。近年では、作家本人は推理小説を書いている意識がないのにもかかわらず、読者や評論家から推理作家に分類されてしまう場合があるなど、書き手と読み手との意識のずれもみられる。著名な作家については推理作家一覧を参照のこと。
[編集] 探偵
推理小説には、いわゆる「名探偵」が登場して事件を解決することが多いが、専業の探偵の登場しない推理小説も多い。このため、警察官や検事、弁護士なども含めて、推理小説における謎を解決する人物の総称として探偵役などのようにいう場合もある。特にその探偵役が主婦や学生などの場合は、(いわゆる「日常の謎」派の探偵をのぞき)「素人探偵」と呼ぶことがある。特に有名な探偵については、架空の探偵一覧を参照。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 権田萬治・新保博久監修『日本ミステリー事典』(『新潮選書』)、新潮社、2000年2月。ISBN 4-10-600581-6
- 権田萬治監修『海外ミステリー事典』(『新潮選書』)、新潮社、2000年2月。ISBN 4-10-600582-4
- 高橋哲雄『ミステリーの社会学-近代的「気晴らし」の条件』(『中公新書』940)、中央公論社、1989年9月。ISBN 4-12-100940-1
- 森英俊編著『世界ミステリ作家事典[本格派篇]』、国書刊行会、1998年1月。ISBN 4-336-04052-4
- 森英俊編『世界ミステリ作家事典[ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇]』、国書刊行会、2003年12月。ISBN 4-336-04527-5
- ハワード・ヘイクラフト編(仁賀克雄編・訳)『ミステリの美学』、成甲書房、2003年3月。ISBN 4-88086-143-X
- 畔上道雄 『推理小説を科学する ポーから松本清張まで』講談社 ブルーバックス 1983年 ISBN 4061181327