イバン・クルーズ
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イバン・クルーズ(Luis Ivan Cruz , 1968年5月3日 - )は、日本プロ野球においては2001年に阪神タイガース、2003年に中日ドラゴンズに所属したプロ野球選手(一塁手、外野手)。プエルトリコ、ファハルド生まれ。身長188cm、体重103kg。アメリカでは主にマイナーリーグ(3A)で活躍。
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[編集] 来歴・人物
2001年、阪神に入団。当時打撃力が不足していた阪神のチーム事情から、「大砲」として期待されての入団であった。オープン戦では打率.385 7本塁打 14打点(19試合)と好成績を残し、それまで度々外国人選手に裏切られてきた事情から、ファンやマスコミから「バースの再来」と騒がれた。
開幕2戦目でバックスクリーンに特大アーチを放つなど「今回こそは本物」と言われたものの、その後は低打率に喘ぐ。またシーズン途中に左肩を負傷し、その後も試合に出場したものの状態は悪化。左肩関節唇損傷と診断され治療のため帰国、その年のオフに解雇された。結局は、いつもの阪神の外国人選手と何ら変わりはなかったのである。この年に放った14本のホームランのうち7本は読売ジャイアンツ戦でのものだった。
2001年6月9日の東京ドームでの巨人戦でこの年一番の活躍とも言える1試合に3本のホームランを放ったが、同じ試合で清原和博(現オリックス・バファローズ)も3本のホームランを放ち、なおかつチームは敗れたためあまり目立たなかったかわいそうな選手でもある。
2002年はセントルイス・カージナルス傘下の3Aメンフィスに所属。翌年、同様に打力不足に悩む中日に入団。2001年同様オープン戦では活躍するも開幕後は成績を残せず、オフに退団。2004年にはタンパベイ・デビルレイズとマイナー契約を結び、傘下の3Aブルズに所属した。
[編集] 経歴
コレージオ・サンティアゴ高-ジャクソンビル大
- 1989年:デトロイト・タイガースにドラフト28位で入団
- 1997年:ニューヨーク・ヤンキースに移籍
- 1999年:ピッツバーグ・パイレーツに移籍
- メジャー通算:24試合 打率.244 本1 打点5
- 2001年:阪神タイガースに移籍
- 2001年 70試合 率.234 14本 34打点
- 2002年:セントルイス・カージナルスとマイナー契約
- 2003年:中日ドラゴンズに移籍
- 2003年 71試合 率.222 11本 34打点
- 2004年:タンパベイ・デビルレイズとマイナー契約
[編集] 背番号
- 42(2001年)
- 49(2003年)
[編集] 関連項目
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