エメリヤーエンコ・ヒョードル
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エメリヤーエンコ・ヒョードル | |
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基本情報 | |
本名 | |
あだ名 | ロシアン・ラストエンペラー 氷の皇帝 |
階級 | PRIDEヘビー級 |
国籍 | ロシア( ウクライナ) |
誕生日 | 1976年9月28日 |
出身地 | ウクライナ ルハンスク州 |
現居住地 | ロシア |
スタイル | 柔道、サンボ |
戦績 | |
総試合数 | 26(リングス、PRIDE) 07/2/5現在 |
総勝利数 | 25 |
KO勝ち | 7 |
一本勝ち | 11 |
判定勝ち | 7 |
総敗北数 | 1 |
KO負け | 1 |
一本負け | 0 |
判定負け | 0 |
引き分け | 0 |
無効試合 | 1 |
エメリヤーエンコ・ヒョードル(露:Фёдор Емельяненко、英:Fedor Emelianenko、Fjodor Emeljanenko、1976年9月28日 - )は、プロ総合格闘家。ウクライナ国ルハンスク州出身。2歳の時ロシアに移住。身長182cm、体重106kg。血液型A型[1]。レッドデビル・スポーツクラブ所属。
現PRIDEヘビー級王者。PRIDE最強の男であり“世界最強の男”として、「60億分の1の男」と呼ばれる格闘家。
日本だけでなくヨーロッパ、アメリカなどのメディアからも「(PRIDEに限らず)総合格闘技界全体で最強」と評価されている[1]。
エメリヤーエンコ・アレキサンダーは実弟。
目次 |
[編集] 獲得タイトル
- アマチュア
- 1996年 柔道ロシア選手権 優勝
- 1997年 サンボロシア選手権 優勝
- 1997年 サンボヨーロッパ選手権 優勝
- プロ総合格闘技
- リングス 世界ヘビー級王座(初代王者)
- リングス 世界無差別級王座
- PRIDE ヘビー級王座(第2代王者)
- PRIDE GP 2004 優勝
[編集] 経歴
リングスにてヘビー級・無差別級の二冠を獲得するがリングスが活動停止となりPRIDEに移籍。そして初戦(PRIDE.21)において、後に2005, 2006年K-1GP王者となるセーム・シュルトに勝利しデビューを飾った。その後ヒース・ヒーリングに完膚なきまでのTKOで勝利し、ヘビー級タイトルマッチ挑戦権を獲得。初代PRIDEヘビー級王者のアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラとのタイトル戦では、後に「氷の拳」と呼ばれる強力なパウンドで圧倒し、判定で勝利。第二代王者となり、PRIDEの頂点を掴む。その後プロレスラー藤田和之に一本勝ち、アームレスリング世界一の経歴を持つゲーリー・グッドリッジを秒殺。
『PRIDE GP 2004』にも出場し、一回戦で1992年バルセロナ五輪レスリング米国代表マーク・コールマンを、二回戦でケビン・ランデルマンをあっさりと葬ると、準決勝ラウンドで「ハッスル」の主役ならびに、1992年に開催されたバルセロナオリンピック・柔道銀メダリストの小川直也に54秒でタップアウト勝利(腕ひしぎ十字固め)。
その後、決勝の対アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ戦は1度ノーコンテストとなるも、4か月後の再戦でノゲイラを破った。
2005年、かつてリングス時代に出血によるドクターストップで唯一の敗戦を喫した因縁の相手、高阪剛を強烈なパウンドでTKOで破りリベンジを果たす。対ミルコ・クロコップ戦では、前半はミルコの打撃に押される場面もあったが後半は鋭い打撃で押しまくり、タックルからのテイクダウン、さらにはポジショニングでも圧倒した。大晦日、PRIDE男祭りでもズールに26秒でKO勝ち。
ヒョードル・ミルコ・ノゲイラの三つ巴の時代は終わり、ヒョードルが抜きん出た実力を持ち、それに続く選手は常に入れ替わっている。現在では「誰がヒョードルに勝てるか」というのが主題になっている。
数々の圧倒的な試合運びから、“ロシアン・ラスト・エンペラー”、“氷の皇帝”と呼ばれる。
本人が言うには、「まだまだ私は完全ではない。学習すべきことはたくさんある。それがおもしろくてしょうがない」。ちなみに、絵がとても上手である。[2]
唯一の弱点と言われる要素は肌の弱さ。圧勝したものの顔が腫れているケースが見られる。唯一の敗北がリングス時代、高阪剛との対戦にて、フックでのカット・出血によるドクターストップであった(ヒョードルは肘でカットしたと強く主張。高阪自身はのちにこの試合を振り返り、アクシデントだったと発言)。また一時は骨折で戦線離脱するものの、復帰。
パンチ主体のファイトスタイルであり持ち味だが、以外にもパンチを武器として本格的に磨き上げたのは、PRIDE参戦以降である。そのスタイルは、本人曰く「ムエタイがベース」であり、自分なりのアレンジが加えられていると言う。
武器の一つであるパウンドだが、試合序盤こそヒットが多いものの、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラとの試合では試合終盤パンチがかわされる光景が目に付く。これは下になっている選手の反応が良いだけではなく、ヒョードルにはパウンドを放つ際何らかの癖が存在すると言う物である。癖については「現役を続行する以上再び戦う事も有るかも知れない。」と対戦選手の殆どは口を閉ざしている。ミルコ・クロコップは対戦後、ヒョードルの癖についての発言はしていないが、他と同様後半パウンドを多くかわしていた事から、癖に気づいたのだとする意見も存在する。ヒョードルと2度対戦した高阪剛も、2度目の対戦前のインタビューで「よく見るとですね、穴がたくさんあるんですよね」と述べている。しかしその後高阪剛自身も敗北し、2度以上対戦しているノゲイラもヒョードルには完敗している為、これが実際にヒョードルの穴となるかどうかは疑問が残る。
PRIDEトップクラスの瞬発力をもち、パンチとパウンドによる勝ちが多いが、格闘家としてのルーツはサンボ・柔道であり、寝技での決定力は抜群である。相手の上になってから決めにいくまでの巧みさと速さ、パウンドで上になった時のボディコントロールの上手さはPRIDE参加選手中随一。また、相手を倒す巧みさとパワーは、他の追随を許さない。
過去2回のGP優勝の他に、タイトル防衛等も果たしているが、過去一度の優勝実績を誇るブラジリアン・トップチーム等の練習機材が充実しているにも関わらず、戦績で上回るヒョードル側の練習機材は古典的であり、質素である。ヒョードル個人は、肉体のトレーニングに近代的なマシーンを使用していない。
[編集] 名前について
姓がエメリヤーネンコで名がヒョードルであるため通常であれば「ヒョードル・エメリヤーネンコ」となるはずであるが、ロシアでは公式書面に「姓・名・父称」の順で表記するため、そのまま「エメリヤーエンコ・ヒョードル」となってしまったと本人は述べている。n の脱落理由は不明。
[編集] 主なライバル
[編集] 来歴
幼少時代からサンボ、柔道を始め、1996年柔道ロシア選手権優勝、1997年サンボロシア選手権優勝、1997年サンボヨーロッパ選手権優勝の実績を残す。
ヴォルク・ハンにスカウトされ、RINGS RUSIA(現ロシアン・トップチーム)に加入。2000年よりリングスで活躍し、その年に行われた『KOK2000』で実力者ヒカルド・アローナを破り注目を集める。 翌2001年には初代リングス世界ヘビー級王者に就く。さらに翌2002年にはリングス世界無差別級タイトルも奪取し、リングス二冠に輝く。
2002年6月、『PRIDE.21』でPRIDEシリーズ初出場。
セーム・シュルト、ヒース・ヒーリングなど、当時のビッグ・ネームを撃破し、『PRIDE.25』において初代PRIDEヘビー級王者アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラの持つタイトルに挑戦。 抜群の寝技・関節技の技術と脅威のスタミナを持ち合わせたノゲイラを終始攻め続け、結果、判定で破り第二代PRIDEヘビー級王者に輝く。
2003年末に、金銭面のトラブルで、ロシアン・トップチームからレッドデビルに移籍。
両親はウクライナ人。そのため、ウクライナとの二重国籍であり、ウクライナ国籍で出場していた時期もあったが、現在は現住地のあるロシア国籍での出場を選択している。父親の転勤でロシア・ウクライナ両国(当時は旧ソ連)を跨って生活していたヒョードル本人にとっては、あまり国籍にこだわりはなく、どちらでもいいという考え方のようである。
入場曲はロシア国歌→Enae Volare Mezzo(Era)である。これは「ラスト・エンペラー」に相応しい主催者側による演出であると思われる。
[編集] 戦績
War Record ○=勝 ●=敗 △=引き分け
- PRIDE 男祭り 2006 -FUMETSU-(2006.12.31)
- PRIDEヘビー級タイトルマッチ
- ○ VS ● マーク・ハント
- 1R アームロック(3度目の防衛に成功)
- PRIDE.32 "THE REAL DEAL"(2006.10.21)
- ○ VS ● マーク・コールマン
- 1R 腕ひしぎ十字固め
- PRIDE 男祭り 2005 頂-ITADAKI-(2005.12.31)
- ○ VS ● ズール
- 1R 0'26" KO
- PRIDE GP 2005決勝戦(2005.08.28)
- PRIDEヘビー級タイトルマッチ
- ○ VS ● ミルコ・クロコップ
- 3R 判定 3-0 (2度目の防衛に成功)
- PRIDE 武士道 -其の六-(2005.04.03)
- ○ VS ● 高阪剛
- 1R TKO (1R 終了時 流血により)
- PRIDE 男祭り 2004 -SADAME-(2004.12.31)
- ○ VS ● アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ
- 3R 判定 3-0
- PRIDE GP 2004 Final Round(2004.08.15)
- - VS - アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ
- 1R 3'52" 無効試合
- PRIDE GP 2004 Final Round(2004.08.15)
- ○ VS ● 小川直也
- 1R 0'54" 腕ひしぎ十字固め
- PRIDE GP 2004 2nd Round(2004.06.20)
- ○ VS ● ケビン・ランデルマン
- 1R 1'33" アームロック
- PRIDE GP 2004 開幕戦(2004.04.25)
- ○ VS ● マーク・コールマン
- 1R 2'11" 腕ひしぎ十字固め
- PRIDE GP 2003 開幕戦(2003.08.10)
- ○ VS ● ゲーリー・グッドリッジ
- 1R 1'09" TKO
- PRIDE.26(2003.06.08)
- ○ VS ● 藤田和之
- 1R 4'17" 裸絞め
- BUSHIDO-RINGS(2003.04.05)
- ○ VS ● エギリウス・ヴァラビーチェス
- 2R チキンウィング・アームロック
- PRIDE.25(2003.03.16)
- ○ VS ● アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ
- 3R 判定 3-0
- PRIDE.23(2002.11.24)
- ○ VS ● ヒース・ヒーリング
- 1R 終了 TKO
- PRIDE.21(2002.06.23)
- ○ VS ● セーム・シュルト
- 3R 判定 3-0
- リングス(2002.02.15)
- ○ VS ● クリストファー・ヘイズマン
- 1R 2'50" TKO(ポイントアウト)
- リングス(2001.12.21)
- ○ VS ● リー・ハスデル
- 1R 4'10" ギロチンチョーク
- リングス(2001.10.20)
- ○ VS ● 柳澤龍志
- 3R 判定 3-0
- リングス(2001.08.11)
- ○ VS ● ボビー・ホフマン
- 不戦勝
- リングス(2001.08.11)
- ○ VS ● レナート・ババル
- 2R 判定 3-0
- リングス(2001.04.20)
- ○ VS ● ケリー・ショール
- 1R 1'47" 腕ひしぎ十字固め
- リングス(2001.04.06)
- ○ VS ● ミハイル・アボストロフ
- 1R 1'03" チョークスリーパー
- リングス(2000.12.22)
- ● VS ○ 高阪剛
- 1R 0'17" TKO(ドクターストップ)
- リングス(2000.12.22)
- ○ VS ● ヒカルド・アローナ
- 2R+延長1R 判定 3-0
- リングス(2000.09.05)
- ○ VS ● 高田浩也
- 1R 0'12" KO(パンチ)
[編集] 脚注
- ^ MMA WEEKLY、ADCC、FCF、他