マクスウェルの方程式
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マクスウェルの方程式(Maxwell's equations)は、電磁場のふるまいを記述する古典電磁気学の基礎方程式。ファラデーが幾何学的考察から見出した電磁力に関する法則から1864年にマクスウェルが数学的形式として整理し導いた。マクスウェル-ヘルツの電磁方程式、電磁方程式などとも呼ばれる。日本語では「マクスウェル~」「マックスウェル~」の二つの表記があるが、『学術用語集 (物理学編)』では前者になっているので、本稿でも「マクスウェル~」で統一した。
マクスウェルの方程式は、次の二つの組の数学的方程式からなる。
電磁気学の単位系は、国際単位系(SI)に発展したMKSA単位系のほか、ガウス単位系などがあるが、 以下では原則として、国際単位系を用いることとする。
真空中におけるマクスウェルの方程式(微分形式)
第一の組は、マクスウェル自身の原著論文『電磁場の動力学的理論』や原著教科書『電気磁気論』では、
: (0a)
: (0b)
であったが、ヘルツによって電磁ポテンシャルが消去され、上記の二式は
: (1a)
: (1b)
によってとって代わられた。このヘルツによる電磁ポテンシャルの消去後のものを、マクスウェルの方程式とみなすのが、現在の主流の解釈となっている。 そのため、(0a)と(0b)は、以後電磁場の定義式とみなされるようになった。
(1a) : 磁束保存の式 … 磁場には源がない。
(1b) : ファラデー-マクスウェルの式 … 磁場の時間変化があるところには電場が生じる(電磁誘導)。
第二の組は、
: (2a)
: (2b)
(2a) : ガウス-マクスウェルの式 … 電場の源は電荷である。
(2b) : アンペール-マクスウェル … 電場の時間変化があるのと電流とで磁場が生じている。
この二つの式から、電荷・電流密度保存則
: (3)
を、導き出すことができる。
これらの方程式から、電場と磁場の統一(電磁場)、光が電磁波であることなどが導かれ、その時空論としての特殊相対性理論にいたる。
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[編集] マクスウェルの方程式と特殊相対性理論
マクスウェルが導出した方程式は、現代の洗練された形式ではなかった。1884年にヘヴィサイドがベクトル解析を用いて、マクスウェルの方程式をより明確に記述した。この変更は、対称な数学的な表現を備えたさまざまな場における物理現象の理解を増した。
19世紀後半を通じて物理学者の大半は、マクスウェルの方程式において光速度がすべての観測者に対して不変であるという奇妙な予測のために、またそれがニュートン力学の運動法則と矛盾したために、これらの方程式が電磁場への近似的なものに過ぎないと考えた。1905年にアインシュタインが特殊相対性理論を提出したことによって、マクスウェルの方程式が正確で、ニュートン力学の方が修正すべきものだったということが明確になった。これら電磁場の方程式は、特殊相対性理論と密接な関係にある。磁場の方程式は、光速度に比べて小さい速度では、相対論的変換による電場の方程式の変形に結び付けられる。
マクスウェル方程式は相対論的表示では次のようにローレンツ変換に対して共変な2つの方程式にまとめられる。
(0a,0bに対応)
(1a,1bに対応)
(2a,2bに対応)
Fμνは電磁場テンソル
jμは4元電流密度
Aμは4元ポテンシャル
電荷・電流密度保存則(電荷の連続方程式)は
(3に対応)
[編集] 微分形式による表現
マクスウェルの方程式は微分形式によって簡単に表記することができる。
とすると、外微分により
(0a,0bに対応)
(2a,2bに対応)
と書ける。外微分の性質 ddξ = 0 から
(1a,1bに対応)
(連続の方程式)
が得られる。F と H の関係は
となる。ここで、* はホッジ作用素である。
[編集] 4 つの方程式(各論)
次に、ベクトル解析を用いて、4 つの方程式(成分表示で 8 つの式、テンソル表示で 2 つの式)を説明する。
[編集] 磁場の構造(磁束保存の式)
(微分形式の磁束保存の式)
B は磁束密度(単位はテスラ T )。積分形式で表すと次の式になる。
ここで d A は、領域の外側へ向かう方向と直交する閉じた曲面 A 上の微小な方形の領域である。 電場の積分形式と同様に、この式は閉曲面上を積分したときにのみ意味がある。
上の式は磁場の構造と関係がある。なぜなら、与えられるどんな体積要素についても、表面 A の外側の点のベクトル成分の総和が内側の点のベクトル成分の総和に等しくなるからである。このことは、構造的にみて、磁力線が閉曲線でなければならないことを意味する。またこの式は、磁力線はどこかを起点とすることも終点とすることもできないことを意味する。すなわち磁気単極子(モノポール)が存在しないことを示唆する。もし、磁気単極子が発見されたならば、上の式は次のように変更されなければならない。
ここで ρm は磁気単極子の磁荷密度である。
[編集] 変化する磁場と電場(ファラデー-マクスウェルの式)
(微分形式のファラデー-マクスウェルの式)
この式を積分形式で表すと次の式になる。
(レンツの法則)
ただし、
ここで φB は磁束保存の式で記述された面積 A を通過する磁束、ε は面積 A の縁の周囲の起電力。この式は、閉じていない曲面 A についてのみ働く。なぜなら磁束保存の式の説明で述べたように、閉じた曲面を通る磁束の総和は常に 0 だからである。起電力はその曲面 A の縁に沿って測定されるが、閉じた曲面には縁がない。いくつかの電気工学の文献では、曲面 A の縁に巻かれたコイルの数 N を磁束の導関数の前に用いてこの積分形式を表現している。なお、式中の負号(?)があるため、磁束密度の時間微分が正なら左回転に、負なら右回転になる。
この式は、電磁誘導に関するファラデーの法則(電磁誘導の法則)の定式化であり、非常に多くの実用的な応用、たとえば電動機(モータ)や発電機に関係している。
[編集] 電荷密度と電場(マクスウェル-ガウスの式)
(微分形式のマクスウェル-ガウスの式: D-H 対応)
ここで、ρ は、電荷密度(単位は C/m3)。D は電束密度(単位は C/m2)で、「線形な物質」中では電場 E と 誘電率 (物質に依存する定数)の積になる。電場が非常に強くないかぎり、どんな物質も「線形」なものとして扱うことができる。上の式は、電束が保存されることを意味している。真空の誘電率は
と書かれ、次の式で表される。
(微分形式のマクスウェル-ガウスの式: E-B対応)
ここで、E は電場(単位は V/m)、ρ は電荷密度、 (≒ 8.854 pF/m) は真空の誘電率。線形な物質中では
は
に置き換えられる。ここで
で、 は物質中の比誘電率である。
ガウス-マクスウェルの式を積分形式で表すと次の式になる。
ここで d A は、電荷の外側へ向かう方向と直交する閉じた曲面 A 上の微小な方形の領域であり、Qencl はその閉曲面当たりの電荷である。 この積分形式は、閉曲面上を積分したときにのみ意味があり、ガウスの法則としてよく知られている。また、この式はクーロンの法則に相当するものである。
[編集] 電流・電場と磁場(アンペール-マクスウェルの式)
(微分形式のアンペール-マクスウェルの式: D-H対応)
ここで H は磁場の強さ(単位は A/m)で、磁場(磁束密度)B を透磁率 μ という定数で割ったもの。J は電流密度。
真空中では透磁率 μ は真空の透磁率 μ0 = 4π×10-7 W/Am で置き換えられる。したがって式は次のようになる。
積分形式は次のようになる。
s は開曲面 A の縁となる曲線で、Iencircled は曲線 s で囲まれた曲面 A を通過する電流( Ithrough A = ∫AJ·d A)である。コンデンサや ∇ · J ≠ 0 となるほかの場所がなければ、右辺の第 2 項(変位電流)は一般に無視される。なお、この式は、アンペール-マクスウェルの法則としても知られている。
[編集] 波動方程式
真空の誘電率・透磁率から導かれる定数 c が光速度に一致することから、マクスウェルは光が電磁波であるという予言を行ったのである。その予言は後にハインリヒ・ヘルツによって実証される。ヘルツはマクスウェルの方程式の研究に貢献したので、マクスウェルの方程式はマクスウェル-ヘルツの(電磁)方程式と呼ばれることもある。