坂本サトル
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坂本サトル(さかもとさとる、本名:坂本覚、1967年4月3日 -)は、ミュージシャン。血液型はO型。
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[編集] プロフィール
1967年4月3日 青森県南部町にて、りんご農家の長男として生まれる。
1980年 南部町立南部中学校入学。
1983年 青森県立八戸高等学校入学。実家を離れ、八戸で下宿生活する。尚、同期に松元美穂(元ABA)、水本豊(元MMT)アナがいる。
1986年 東北大学経済学部入学。仙台で一人暮らしをはじめる。こどもバンドのコピーバンド「BABAND」を結成したのもこの頃。
1988年 「坂本さとる」として、第12回フレッシュサウンズコンテストコンテストに応募。審査上の必要から、バイト先の先輩・渡辺洋一(ギター)、渡辺のバンドのドラム・大光ワタル、実弟・坂本昌人(ベース)とともにバンド形式で参加することに。このメンバーが後の JIGGER'S SON(ジガーズサン=「自画自賛」のもじり)となる。ボーカル&ギターを担当。
1990年 6月 大光ワタルが脱退。9月 コロムビアレコード創立80周年記念アーティストオーディション全国大会でグランプリ。メジャーデビューが決定するも、実力不足、イカ天によるバンドブームに埋没するなどの理由から、自らデビュー延期を申し出る。
1991年 1月 鈴木慎也がドラムとして正式加入。
1992年 6月 JIGGER'S SONとして、コロムビア・レコードよりシングル「お宝〜大切な君だから〜」、アルバム「自画自賛。〜大切な君だから〜」でデビュー。所属事務所は「ボイス&リズム」。
1993年 12月 幼なじみと結婚。
1994年 6月 長男誕生。
1995年 9月 長女誕生。
1996年 7月 所属事務所をミストラル音楽出版に、レコード会社をTriad(トライアド)レーベルに移籍。名前の表記も「坂本覚」に変更。
1998年10月 JIGGER'S SON 活動休止。名前を現在の「坂本サトル」に変更しソロ活動を開始する。
1999年2月 坂本サトル自身によるインディーズレーベル LAPLAND(ラップランド)を設立、北海道・東北限定による「天使達の歌」をリリースする。この曲を抱えてギター一本で様々な場所に出向き歌い続け、当時としては異例の1万5千枚を売り上げる。
1999年5月 全国から問い合わせが殺到、メジャー復帰シングルとして「天使達の歌」をコロムビア・レコードより全国発売する。これら一連の動きが、フジテレビ系列「めざましテレビ」、新潮社「FOCUS」、テレビ朝日系列「トゥナイト2」と、メディアで立て続けに取り上げらたのもこの頃。
1999年6月 「ミュージックステーション」に出演。オーラスに登場し弾き語りで歌い上げるも、宇多田ヒカル初登場のしわ寄せでタモリとのトークはほとんどなかった。
1999年8月 「かくしだま」として「うたばん」に出演。不意打ちで妻からの手紙を読み上げられ「ずるいなあ」と涙ぐむ。
2000年6月 「キリンカップ 日本代表 VS スロバキア代表」(宮城スタジアム)にて、試合開始前の国歌歌手として君が代斉唱。
2001年2月 監督・杉井ギサブロー氏に見込まれ、日本テレビ系金曜ロードショー「タッチ2 CROSS ROAD~風のゆくえ」の主題歌「風のゆくえ」と挿入歌「青い扉」を担当。同じ頃、大学の先輩でもある 小田和正 に突然スタジオに呼ばれ、シングル「風の街」にコーラス参加する。
2001年5月 小田和正のアルバム「LOOKING BACK 2」で「愛の中へ」「君住む街へ」コーラスで参加。
2001年7月 ラッシュエンタテインメントへ事務所移籍。
2001年8月 小田和正へ次回作の楽曲プロデュースを依頼。制作へ入る。
2001年9月21日 休止し続けていた JIGGER'S SON (ジガーズサン) が正式に解散する。
2002年2月 小田和正のシングル「キラキラ」コーラス参加。
2002年8月 アマチュア時代から親交のあった小林英樹氏(元コロムビア・レコード社員)とともに、株式会社ラップランドを設立し独立。
2002年10月 映画「tokyo.sora」に出演。(映画初出演)
2005年8月 清木場俊介(元EXILE)に楽曲提供(「さよなら愛しい人よ…」)。作曲のみ。
2005年12月 所属事務所「ラップランド」の本社機能が小林社長とともに仙台市に移転。
2006年12月24・25日 青森放送の「ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」でメインパーソナリティーを務める。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] マキシシングル
- 天使達の歌(8cmシングルによる北海道・東北限定版/1999年2月発売)
- 天使達の歌(1999年5月21日発売)
- 愛の言葉(2000年1月26日発売)
- 最後に咲く花(2000年9月20日発売)
- 明日の色(北海道限定版/2001年12月20日発売)- 大泉洋とのユニット Same Birthdayによる「愛の言葉」をカップリングに収録
- 明日の色(2001年2月1日発売)
- ドライヴ/木蘭の涙(2002年1月30日発売)- 小田和正プロデュースによる
- 別れの時(2004年2月4日発売)- 宮城県塩釜女子高等学校の依頼により在校生の作った 卒業生を送る詩に坂本サトルが曲をつけた
- 夜空に咲いた花(2004年7月7日発売)- 仙台七夕花火祭(前夜祭)に合わせて作られた
- 夜空に咲いた花(宮城県限定版/2004年7月7日発売)- 売上の一部は仙台花火祭への寄付になる
- Dream of EAGLES ~夢をかなえて(サトル&アッキー/2005年4月1日発売)- 本間秋彦 とのコラボによる 東北楽天ゴールデンイーグルス 公認応援ソング
[編集] アルバム
- 終わらない歌(2000年3月18日発売)
- 走る人(2001年3月1日発売)
- PRIDE(2003年3月5日発売)
- 蒼い岸に立つ(2005年6月8日発売)
[編集] DVD
- Sakamoto Satoru Clips for solo works 1999-2002(2003年3月5日発売)
[編集] 外部リンク
- SAKAMOTO SATORU WEB公式サイト