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宇宙背景放射

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

宇宙背景放射(うちゅうはいけいほうしゃ)とは、宇宙空間の全域からほぼ均等に観測される、さまざまな周波数電磁波放射を指す。宇宙背景輻射と呼ぶ場合もある。最も代表的なものは宇宙マイクロ波背景放射で、その他にX線赤外線での背景放射などが知られている。

目次

[編集] 宇宙マイクロ波背景放射

宇宙マイクロ波背景放射 (Cosmic Microwave Background; CMB) は宇宙全体から観測されるマイクロ波の背景放射である。その周波数分布は2.725Kの黒体放射にほぼ完全に一致している。詳しくは後述する。

[編集] 宇宙赤外線背景放射

宇宙赤外線背景放射(Cosmic Infrared Background; CIB)は銀河系の両極方向で見られる、数十億光年以上の彼方に起源があると思われる赤外線の背景放射である。放射源はビッグバン直後に生まれた第一世代の恒星によって加熱された星間物質から放射される近赤外線ではないかと考えられている。しかし現在の理論的予測に比べて強度が強いため、その原因について、星間ガスが予測以上に多いためか、宇宙初期に第一世代の星が爆発的に誕生し、多量のエネルギーを放射した後で超新星爆発を起こして消滅してしまったせいか、などの可能性が議論されている。

[編集] 宇宙X線背景放射

宇宙X線背景放射 (Cosmic X-ray Background; CXB)は1962年ロケット実験で存在が確認された、宇宙から等方的にやってくるX線放射である。その起源については、クエーサー活動銀河核にあるとされる大型ブラックホールなどの点源の集まりからなるのか、広がった高温ガスの熱制動放射由来なのか議論が続いていた。当初、全体の25~30%の成分は点源としてほぼ確認されていたが、放射全ての起源を確認するには至っていなかった。しかし、高い角分解能を持つチャンドラX線衛星の観測によって、宇宙X線背景放射の85%以上が点源からの放射の寄せ集めであることが判明した。

[編集] CMBとビッグバン

NASAのWMAPが観測した宇宙マイクロ波背景放射の温度ゆらぎ
NASAのWMAPが観測した宇宙マイクロ波背景放射の温度ゆらぎ

以下では宇宙マイクロ波背景放射(CMB)について詳述する。

CMB の放射は、ビッグバン理論について現在得られる最も良い証拠であると考えられている。1960年代中頃に CMB が発見されると、定常宇宙論など、ビッグバン理論に対立する説への興味は失われていった。標準的な宇宙論によると、CMB は宇宙の温度が下がって電子陽子が結合して水素原子を生成し、宇宙が放射に対して透明になった時代のスナップショットであると考えられる。これはビッグバンの約40万年後で、この時期を「宇宙の晴れ上がり」あるいは「再結合期」などと呼ぶ。この頃の宇宙の温度は約3000Kであった。この時以来、輻射の温度は宇宙膨張によって約1/1100にまで下がったことになる。宇宙が膨張するに従って CMB の光子赤方偏移を受け、宇宙のスケール長に反比例して波長が延び、結果的に輻射は冷える。この背景放射がビッグバンの証拠とされる理由について、詳しくはビッグバンを参照のこと。

CMB が生まれた後、いくつかの重要な事件が起こった。CMB が放射された時期に中性の水素原子が作られたが、銀河の観測から、銀河間物質の大部分は電離していることが明らかになっている(すなわち、遠くの銀河のスペクトルに中性水素原子による吸収線がほとんど見られない)。このことは、宇宙の物質が再び水素イオンに電離した再電離の時代があったことを示唆している。これについてよくなされる説明は、初期宇宙で生まれた大量の大質量星からの光によって再電離が起こった、とするものだが、再電離自体は宇宙に恒星が大量に存在する時代より昔に始まったという証拠もある。

CMB が放射された後、最初の恒星が観測されるまでの間、観測可能な天体が存在しないことから、宇宙論研究者はこの時代をユーモア混じりに(宇宙)暗黒時代 (dark age) と呼ぶ。この時代については多くの天文学者によって精力的に研究されている。

[編集] CMBの特徴

CMB の特徴の一つに、エネルギー分布が黒体放射と非常に良く一致しているという点がある。CMB の温度は場所ごとに異なっている(すなわちわずかに非等方性がある)が、ある方向でのスペクトルは黒体放射にほとんど一致するといって良いほど似ている。

CMB のもう一つの顕著な特徴は、非常に高い精度で等方的であるという点である。ごくわずかな非等方性は見られるが、最も大きな非等方成分は双極成分(180度スケールのずれ)であり、その大きさは単極成分(全体の平均)の 10-3 程度である。この特徴は地球が CMB に対して約700km/sで運動していることを示している。

外的な物理過程による CMB の変化も存在する。スニヤエフ・ゼルドビッチ効果はこのような物理過程の主な要素の一つである。宇宙空間に高エネルギーの電子を含む雲が存在し、このような雲によって CMB の放射が散乱されると、CMB の光子はいくらかエネルギーを得て、散乱前よりも温度の高い放射として観測される。

もっと興味深いのは、約数十分角から数度のスケールで見られる約 10-5 程度の非等方性である。この非常に小さな変動はザックス・ヴォルフェ効果の結果である。これは CMB の光子が重力赤方偏移を受けて生じるものである。インフレーション理論によれば、この変動の起源は量子ゆらぎがインフレーションによって引き伸ばされたものであり、宇宙の初期ゆらぎそのものである。この変動の角度に関するパワースペクトルは(多重極モーメント成分の振幅として)理論的に計算することができ、パワースペクトルにいくつかのピークや谷が存在することが分かる。このピークや谷の位置はハッブル定数などの宇宙論パラメータや宇宙の幾何学に依存するため、これを実際の観測と比較することで宇宙モデルを決めることができる。

[編集] CMB の検出、予言、発見

CMB はジョージ・ガモフラルフ・アルファー、ロバート・ハーマンによって1940年代に予言され、1964年アメリカベル電話研究所(現ベル研究所)のアーノ・ペンジアスロバート・ウィルソンによってアンテナ雑音を減らす研究中に偶然に発見された。ペンジアスとウィルソンはこの発見によって1978年ノーベル物理学賞を受賞した。この CMB の解釈をめぐっては、1960年代に「CMB は遠方銀河の恒星からの光が散乱されたものである」とする定常宇宙論の支持者との間に激しい議論が巻き起こった。1941年にアンドリュー・マッケラーがこの散乱光モデルを採用し、恒星の幅の狭い吸収線の研究に基づいて、「星間空間の'回転'の温度は2Kになる」とする論文を発表しており、同時期にエディントンなども同様の説を提案していた。ガモフらは当初、背景輻射の温度として約5K程度を予想していた一方で、散乱光モデルを支持する研究者たちは2~3Kになるというモデルを提案し、輻射の温度の予測値だけを見ると散乱光モデルの方が現実の値に近いものであった。しかし1970年代に入ると、研究者たちのコンセンサスは CMB がビッグバンの名残であるとする説に傾いていった。天文学者たちのコミュニティが CMB の成因としてビッグバンを支持するようになったのは、星の光の散乱光というモデルから期待されるよりも CMB がずっと滑らかである(非等方性が小さい)という観測結果が積み重ねられたためである。

電子レンジの原理から分かるようにはマイクロ波を吸収するため、CMB を地上の観測機器で観測するのは非常に難しい。そのため、CMB の研究では大気圏または宇宙空間で観測装置を用いることが多くなっている。地上での CMB の観測は、チリアンデス山脈南極といった高度の高い場所や極地で行われている。

[編集] CMB の観測実験

上記のような観測実験の中でも、1989年から1996年にかけて行われた COBE 衛星ミッションはおそらく最も有名なものである。この衛星によって初めて、双極成分以外の大スケールでの非等方性が検出された。COBE の結果に触発されて、続く10年間に一連の地上もしくは気球を使った CMB 観測実験が行われ、より小さな角度スケールでの非等方性が測定された。これらの実験の最初のゴールは、COBE で十分に分解できなかったパワースペクトルの最初のピークのスケールを測定することだった。これらの測定によって、宇宙の構造形成の理論として宇宙ひもを考える説は棄却され、インフレーション宇宙が正しい理論であることが示唆された。パワースペクトルの最初のピークは年々高い感度で測定され、2000年には南極の大気圏上層部での気球による BOOMERanG 実験によって、1度というスケールでゆらぎのパワーが最も高くなることが報告された。この結果を他の宇宙論の観測データを総合すると、我々の宇宙は平坦であるという結果が示唆された。その後2003年までに、カリフォルニア大学バークレー校のチームによる MAXIMA や Very Small Array、Cosmic Background Imager といった多くの地上の干渉計によって、より高精度のゆらぎの観測が行われた。

2001年6月、NASA は2機目の CMB 観測ミッションである WMAP を打ち上げた。これは全天にわたって大スケールの非等方性をそれまでよりもはるかに正確に測定しようとするものであった。2003年に公開されたこのミッションの成果は、パワースペクトルを1度以下のスケールまで詳細に測定したもので、これによって数多くの宇宙論パラメータに強い制限が与えられることとなった。この観測の結果は、多くの理論の中でもインフレーション宇宙論から期待される結果と広い範囲で良く合うものである。例えば、宇宙年齢は137±2億年、宇宙の物質・エネルギーの組成はダークエネルギー 73%、ダークマター 23%、バリオン 4% などと求められている。WMAP は CMB の大きな角スケール(の大きさ程度の構造)でのゆらぎについて非常に精密な測定を行ったが、地上の干渉計で行われた小さなスケールでのゆらぎについては測定していない。

3機目の宇宙ミッションである Planck Surveyor が2007年に打ち上げられる。この Planck 衛星はボロメータを搭載し、WMAP よりも小さなスケールで CMB を測定する予定である。前の2機とは異なり、Planck ミッションは NASA と ESA の共同ミッションである。

[編集] 参考文献

  • Seife, Charles (2003). Breakthrough of the Year: Illuminating the Dark Universe. Science 302 2038–2039.
  • Partridge, R. B. (1995). 3K: The Cosmic Microwave Background Radiation. New York: Cambridge University Press.
  • R. A. Alpher and R. Herman, "On the Relative Abundance of the Elements," Physical Review 74 (1948), 1577. This paper contains the first estimate of the present temperature of the universe.
  • A. A. Penzias and R. W. Wilson, "A Measurement of Excess Antenna Temperature at 4080 Mc/s," Astrophysics Journal 142 (1965), 419. The paper describing the discovery of the cosmic microwave background.
  • R. H. Dicke, P. J. E. Peebles, P. G. Roll and D. T. Wilkinson, "Cosmic Black-Body Radiation," Astrophysics Journal 142 (1965), 414. The theoretical interpretation of Penzias and Wilson's discovery.

[編集] 外部リンク

[編集] 関連記事

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