愛知県立時習館高等学校
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愛知県立時習館高等学校 | |
過去の名称 | 私立補習学校時習館 豊橋町立豊橋尋常中学時習館 愛知県第四中学校 愛知県立第四中学校 愛知県豊橋中学校 愛知県立豊橋高等学校 愛知県立豊橋時習館高等学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 愛知県 |
設立年月日 | 1893年(明治26年) |
共学・別学 | 男女共学 |
課程 | 全日制 |
学科 | 普通科 |
特殊学級 | なし |
所在地・連絡先 | |
所在地 | 〒441-8064 |
愛知県豊橋市富本町 | |
電話番号 | 0532-45-3171 |
FAX番号 | 0532-47-7544 |
外部リンク | 時習館高等学校 |
愛知県立時習館高等学校(あいちけんりつじしゅうかんこうとうがっこう)は、愛知県豊橋市富本町にある県立の高等学校である。通称「じしゅうかん」または「じしゅう」と呼ばれる。
目次 |
[編集] 沿革
- 1893年 私立補習学校時習館創設。
- 1895年 豊橋町立豊橋尋常中学時習館へ改称。
- 1900年 愛知第四中学校へ改称。
- 1922年 豊橋中学校へ改称。
- 1946年 現在の校地である陸軍予備士官学校砲兵隊跡へ移転。
- 1948年 豊橋高校 → 豊橋時習館高等学校へ改称。(学制改革後は、小学区制が敷かれ、豊橋市の西部が学区となったが、東三河全域から学区内の中学への寄留による越境入学が絶えなかった。)
- 1956年 現在の校名である愛知県立時習館高等学校へ改称。同時に、三河全域を学区とする大学区制がスタートする。
- 1972年 高豊分校と二川分校が統合し、愛知県立豊橋南高等学校となる。
- 1973年 学校群制度により、愛知県立豊橋南高等学校普通科と豊橋第一学校群を組む。
学校群制度下で、東三河では一群と呼ばれた。 - 1989年 学校群制度が廃止され、複合選抜方式を導入。
[編集] 教育目標
- ア 「自ら考え、自ら成す」ことのできる人間を育成する。
- イ 幅広い視野と高い見識を持った人間を育成する。
- ウ 健全な心身と豊かな感性を持ち、逞しく生きる人間を育成する。
- エ 国際人としての資質を持った人間を育成する。
[編集] 学校の特色
敷地面積は日本の高等学校の中でも最も広いクラスに入り、普通科高校では日本一の広さを誇る。また校舎は、学年ごとの棟、本館、教育工学棟、理科芸術家庭科棟などに分かれ、1階建てあるいは2階建ての建物である。授業は1時限65分の5時間授業で行っている。
校名の由来は吉田藩の松平信復公設立の藩校「時習館」より。「時習」は孔子『論語』の「学びて時にこれを習う(学而時習之)・・・」の一節から来ている。
[編集] 進学実績
愛知県内では、旧制中学の流れを汲む愛知県立旭丘高等学校、愛知県立明和高等学校、愛知県立岡崎高等学校といった高校と並び、愛知県有数、東三河トップの進学校である。しかし、近年の東大合格者数などを見ても岡崎高校などには差をつけられており、衰退していることは否めない。
また、境界特例で静岡県の湖西市、新居町、浜松市三ケ日地区からの進学も可能だが、これらの地方では、成績最上位層は学校群制度が実施されてから浜松北高、浜松西高を志向する生徒が多くなったため、時習館高への進学は稀である。
[編集] 主な卒業生
- 太田昭宏 - 公明党代表。衆議院議員。
- 富安風生 - 俳人。逓信次官などを歴任。
- 荻野久作 - 産婦人科医
- 大林太良 - 民族学者
- 太田房江 - 大阪府知事、元通産省官僚、岡山県副知事
- 村田敬次郎 - 元衆議院議員、元自治省官僚
- 山本明彦 - 衆議院議員
- 木俣佳丈 - 参議院議員
- 杉井孝 - 元大蔵省官僚
- 川合伸旺 - 俳優、声優
- 宮城谷昌光 - 歴史小説家。『夏姫春秋』で直木賞受賞
- 杉田成道 - テレビディレクター、映画監督、北の国から
- 平田満 - 俳優
- 丸山薫 - 詩人
- 尾川智子 - フリークライマー