推奨ブラウザ
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推奨ブラウザ(すいしょうブラウザ)とは、ウェブサイト運営者がそのウェブサイトを閲覧するために推奨するウェブブラウザのことである。
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[編集] 概要
ウェブサイト運営者は、自らが意図するユーザー体験を閲覧者に与えたい場合などに、自らのウェブサイトを閲覧するためのウェブブラウザとして特定のウェブブラウザを閲覧者に対して推奨することがある。推奨ブラウザとはこの時に推奨されたウェブブラウザ全般を指す用語である。なお、推奨ブラウザという名前のウェブブラウザが存在するわけではない。
理論上は、ウェブ標準に従って作成すれば、推奨ブラウザを特に指定せずともサイト運営者が意図するユーザー体験を閲覧者に与えられるはずである。しかしながら現状では、ウェブブラウザがウェブ標準に完全に準拠した実装を行っているとは限らない[1]。
そのため、現状ではまだ推奨ブラウザを指定するウェブサイトが多い。
ただし、現存するウェブブラウザすべてを検証した上で推奨ブラウザを指定するわけではないため、推奨ブラウザとして挙げられているウェブブラウザ以外で閲覧した場合でも、運営者の意図するユーザー体験が得られる場合もある。
なお、ウェブページ作成環境に用いたウェブブラウザのみを推奨ブラウザとして挙げるケースも散見される。
[編集] 推奨ブラウザを指定する背景
ウェブページの作成には、HTMLやCSSが用いられるが、ウェブブラウザのもつHTMLレンダリングエンジンのバグや独自仕様などにより表示結果や挙動が異なる場合がある。また、JavaScriptなどを用いたダイナミックHTMLは、ウェブブラウザの種類はもちろん、バージョンの差異によっても挙動が異なることもある。そのため、ウェブページ作成時に挙動を確認したウェブブラウザが閲覧環境として推奨される場合がある。
[編集] ウェブサイトにおける推奨ブラウザの指定方法
推奨ブラウザの指定は、ウェブサイトのトップページや各ページ下部、もしくは専用のページで行われることが多い。推奨ブラウザ以外のウェブブラウザでアクセスされた場合に、専用ページへの自動転送を行ったり[2]、推奨ブラウザの使用を促すメッセージを自動表示するといった方法も存在する。
また、推奨するブラウザのロゴをバナーとして掲載するウェブサイトもある。この場合、バナーには、当該ブラウザを入手することができるウェブサイトへリンクしているケースが多い[3]。
[編集] 推奨ブラウザの現状
推奨ブラウザはオペレーティングシステムに標準で付属するウェブブラウザか、市場において高シェアを占めるウェブブラウザの中から選ばれることが多い。このため、2000年から2006年にかけては、第一次ブラウザ戦争の勝者であるMicrosoft Internet Explorer (IE) を推奨ブラウザの内の一つとするウェブサイトもっとも多かった。また、第一次ブラウザ戦争前に市場シェアを占めていたNetscapeブラウザが選ばれていることも多かった。
しかし、2005年頃から現在まで続く第二次ブラウザ戦争の時期にかけては、この時期に市場シェアを伸ばしたMozilla FirefoxやOperaやSafariなど、ウェブ標準へのより高い準拠を謳うウェブブラウザが推奨ブラウザとして明記されることが増えている。
[編集] バージョンの指定
推奨ブラウザでは、製品だけでなく、製品のバージョンやパッチ適用の有無も指定することが多い。IE4とIE5のように、同一製品であってもバージョンによって挙動が大きく異なることがあるためである。また、ブラウザによってはクロスプラットフォームプログラムもあるため、オペレーティングシステムを指定することもある。
なお、確実に動く環境を一般向けに推奨するという推奨ブラウザの性質上、動作の安定していないベータ版(開発版)は動作保証外とされていることも多い。さらに、現状のパーソナルコンピュータ向けサイトでは、携帯情報端末 (PDA) 用ブラウザや携帯電話用フルブラウザ、ゲーム機用ブラウザ(例 : ニンテンドーDSブラウザー)など、動作環境が特殊な場合も動作保証外とされる傾向にある。
[編集] 現状における問題点と解決方法
[編集] セキュリティ上の問題
推奨ブラウザに選ばれるウェブブラウザは最近になるまであまり変化が見られなかったが、その中には既知の脆弱性が数年に渡り放置されているものも散見される。また、バージョンによっては既に開発元がサポート終了を宣言しているものも存在しており、セキュリティ上の観点から見て使用すべきではないものもある。しかし、運営者側で問題のあるウェブブラウザを推奨ブラウザとしてしまっていることもある。このような状況は、閲覧者が問題のあるウェブブラウザをそのまま使ってしまうことに繋がりかねない。
[編集] 問題を抱えたバージョンのブラウザの例
- Windows版のInternet Explorer 4~5.x(サポート終了[4])
- Netscape日本語版全般(日本法人の撤退後、数年間更新されず)
- Mac版のInternet Explorer全般(サポート終了[5])
- Mozilla Firefox 1.0.x(セキュリティフィックスが終了[6])
- Mozilla Suite全般(セキュリティフィックスが終了[7])
推奨ブラウザを入手できるようにバナー画像などでダウンロード元へリンクしている場合、問題のあるウェブブラウザ(あるいは問題のあるバージョン)へリンクしたままだと、ウェブサイト運営者が閲覧者に脆弱な環境を推奨してしまうことになるので注意が必要である。
また、バージョンの古いウェブブラウザではSSLによる暗号化通信時に必要となるルート証明書の期限が切れている場合もあるので、電子商取引やインターネットバンキングなどのように通信の暗号化を必要とするようなウェブサイトでは特に注意が必要となる。
問題を解決する為には、ウェブサイトの運営者が問題のあるウェブブラウザ(あるいは問題のあるバージョン)を推奨ブラウザから外して、他のウェブブラウザへの乗換を推奨する事が必要となる。ただし、セキュリティホールはどのブラウザも抱えている問題であり、セキュリティホールの有無だけを推奨ブラウザ決定の判断材料とする事は無意味である。
推奨ブラウザ決定には、既知のセキュリティホール数や影響度の大小、対応手段としての修正プログラム提供が継続しているか(=メーカーによるサポートが継続しているか)、脆弱性数と修正対応済み数の比率、脆弱性発見から修正プログラム提供までの平均時間の長短などが判断材料として必要になる。
このような観点から考えると、特定バージョンに対するメーカーのサポートが終了した場合には推奨バージョンをサポートのある上位バージョンに変更するのが望ましい、ということになる。なお、ブラウザのバージョンアップは仕様変更の理由などから完全な上位互換となっていないことがあるため、実際の推奨ブラウザ更新には上記のような判断材料による検証以外にも、ブラウザでの動作検証が必要となる。
同様に、他のブラウザを推奨ブラウザに追加する場合にもそれらの検証が必要となる。このように推奨ブラウザの更新には運営者・閲覧者双方とも手間がかかることについて留意する必要がある。
ウェブサイト運営者ができる工夫としては、バナー画像によるリンクを入れ替える、最新版へのバージョンアップを促す、別のウェブブラウザへの乗換を促す、などがある。また、ウェブブラウザの開発元が自動アップデート機能(や自動バージョンチェック機能)をウェブブラウザやOSに持たせることも増えているため、自動アップデート機能の存在を推奨ブラウザと共に告知することなども有効である。
[編集] 自動アップデート機能等を持つウェブブラウザの例
- Windows版のInternet Explorer 6 (Windows Updateによる自動更新)
- Mozilla Firefox 1.5.x (1.5から自動アップデート機能を採用)
- Safari (ソフトウェアアップデート機能[8]による自動更新)
- Opera 8.x (新バージョン通知機能[9]による起動時バージョンチェック)
ただし、サポートの切れているバージョンではアップデートが機能しないといった問題も残る為、あまりに古いバージョンは推奨から外す、特に問題のあるバージョンにはウェブサイト側が重要な機能を利用させないようにする、といった工夫も同時に求められる。
技術的な制限が行えない、あるいは歴史的経緯などが理由で動作対象から外す事が難しいような場合、問題を抱えたバージョンのブラウザについては「動作確認済みブラウザ」として推奨ブラウザとは分けて明記する方法もある。動作確認済みでも推奨ではない事を明記することで、推奨ブラウザへの乗り換えを間接的にではあるが促す事にも繋がる。
なお、ブラウザのバージョン表記については、対応バージョンが確実に分かるように書く必要がある。これは後述の悪い例のように、表記の仕方によっては対応するバージョンが特定のバージョンのみなのかそのバージョン以降も含むのか、どちらとも取れる場合があるためである。
[編集] バージョン指定の悪い例
- 製品指定のみ
- Safari(対応バージョンが不明)
- 特定バージョンのみ?
- Netscape 6(6以降のバージョンが既に存在するため、6のみへの対応なのか6以降全てのバージョンへの対応なのかが不明)
以下の例のように、対応するバージョン指定の範囲を分かりやすく書くのが望ましい。
[編集] バージョン指定例
- 特定バージョンの系統に限定
- Mozilla Firefox 2.x(xは任意のバージョン数)
- 特定バージョン以降を指定
- Opera 8.45以降(バージョン数だけでなく「以降」と明示)
- バージョンの範囲指定
- Netscape 4.7~7.1
- バージョン、パッチ及びOSを指定
- Microsoft Internet Explorer 6 SP1 (Microsoft Windows版)
- 特定バージョンのみに限定
- Mozilla 1.7.3のみ(バージョン数だけでなく「のみ」と明示)
- テストバージョンを除外
- Microsoft Internet Explorer 7(β版は除く)
[編集] ウェブブラウザを限定することによる問題
推奨ブラウザを指定する場合、単一もしくは特定環境のウェブブラウザのみに限定することが多い。限定する理由には、ウェブサイトの製作における時間上の制約、技術上の制約、商取引上の制約などがある。
そのうち、技術上の理由から推奨ブラウザを限定することは、他のウェブブラウザユーザにとって深刻な影響を与えることが多い。例えば、ActiveXのように特定の環境のみで使用可能な技術を用いた場合、他のウェブブラウザではコンテンツの参照すらできないことがある。
ウェブブラウザ用のプラグインを限定する例としてはWindows Media Playerプラグインを指定する手法が挙げられる。配信内容の著作権を保護する必要がある場合、DRM技術等を利用する必要があるが、Windows Media PlayerにおいてはWMVやWMAなどに含まれる固有のDRM技術を利用している事が多いため、結果的に閲覧環境が限定される事となる。
また、JavaやAdobe Flash、JavaScriptなど特定のプラグインやスクリプトの利用を指定する場合も、一部のテキストブラウザやスクリーンリーダーなどで閲覧できない場合があるので、広義の視点から見れば閲覧環境の限定に繋がるといえる。
プラグインではないが、オンラインゲームやオンラインバンキングなどで使われるセキュリティツール(例:nProtectなど)が特定ブラウザにしか対応してない場合も、同様に閲覧環境を限定する事に繋がる。
ウェブブラウザや閲覧環境を限定することによって発生する問題としては以下のようなものがある。
- 代替手段確保の妨げ
- 他のウェブブラウザ環境の利用を妨げることになり、推奨ブラウザに問題が発生した場合に他のウェブブラウザを代替手段として利用することが困難になる場合がある。
- 推奨ブラウザが動作しないオペレーティングシステムの切捨て
- ウェブサイト閲覧者の幅を狭めることになる。特に、企業サイトや商用サイトであれば、潜在顧客層を排除することに繋がりかねない。また、政府・行政・地方自治体などの公共サイトにおいては閲覧者たる国民の知る権利やアクセス権を阻害することに繋がりかねない。
- アクセシビリティ上の問題
推奨ブラウザを単一のウェブブラウザに限定する場合、市場シェアの高いInternet Explorer 6が選ばれることが多い。この場合、IE6以外のウェブブラウザを使っているユーザを排除することになるだけでなく、Internet Explorerがバージョン5までしか存在しないMac OSや、IE自体が存在しないLinuxやFreeBSDなどの他OSも排除することになる。ウェブ開発コストとの関係から考えると、対象ブラウザをIE6に限定することは合理的ではあるが、ウェブ標準やアクセシビリティの観点からは問題がある。
また、第二次ブラウザ戦争においてウェブブラウザ市場のシェアが変化しつつある状況[10][11][12][13]を考慮すると、公共・商業サイトにおいて単一のウェブブラウザのみを推奨ブラウザとするのは望ましいとは言えなくなってきている。
問題を解決する為には、できるだけ特定のOSやウェブブラウザに依存しない技術を利用する、他の環境で使える代替技術を併用する、といった配慮が必要である。クロスプラットフォームなソフトウェアを対象とする様々な環境で使われる技術を利用するなど、ウェブサイト運営者がウェブ標準に基づいた形のアクセシビリティに配慮することで推奨ブラウザの範囲を広げる事が可能になる[14]。
[編集] 閲覧者側での対処方法
ウェブサイト側の実装によっては、指示されている推奨ブラウザ以外で閲覧しても問題ないこともある。しかし、中には特定のウェブブラウザに実装されている技術を使っていることなどが理由で、推奨ブラウザ以外では閲覧不可能な場合もある。その場合、通常は閲覧を諦めるか推奨ブラウザで閲覧することになる。閲覧者がウェブサイト運営者に要望を伝えるという解決策もあるが、即座に対応されるケースは少ない。
それ以外の解決策としては、Mozilla Firefoxユーザ向けに提供されているTouchUpWebプロジェクトを利用する方法がある。あくまでもTouchUpWebが対応しているウェブサイトとウェブブラウザに限定されるが、同プロジェクトが提供する手段を用いることで閲覧時の問題が解決されることがある。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ Acid2に合格しないウェブブラウザも数多く存在する
- ^ しかし、この方法はユーザエージェントを偽装することで簡単に回避できるため無意味であることもある。正しく表示されないことを告知するか、できる限り最新のすべてのブラウザで動作するよう最大公約数的なウェブ制作をとることが推奨されている。
- ^ ウェブブラウザ紹介用バナーの例:Mozilla Firefox - プロモーションボタン
- ^ サポート対象サービス パック Internet Explorer(マイクロソフト)
- ^ サポート対象サービス パック Macintosh 製品(マイクロソフト)
- ^ 旧製品をお使いの皆様へ重要なお知らせ
- ^ Mozilla Suite ユーザの皆様へ重要なお知らせ
- ^ アップル - Mac OS X - アップグレード - ソフトウェアアップデート
- ^ Opera の利用
- ^ OneStat.comの調査によるIEのシェア:2004年11月:88.9%(IE 6.0は80.95%) - Mozilla's browsers global usage share is 7.35 percent according to OneStat.com
- ^ Janco Associatesの調査によるIEのシェア:2005年6月:85.07%(シェア2位はFirefoxで8.83%) - Jul 14, 2005 - Firefox Falters – Netscape Loses Market Share
- ^ OneStat.comの調査によるIEのシェア:2006年7月:83.05%(シェア2位はFirefoxで12.93%) - Global usage share Mozilla Firefox has increased according to OneStat.com
- ^ Open Tech Press | ブラウザー:Firefoxのシェア、15%突破
- ^ アクセシビリティに配慮する為の国内指標としてはWebコンテンツ向けのJIS(JIS X 8341-3)なども挙げられる。