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過失

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日常用語としての過失(かしつ)とは、あやまりや失敗のこと。

法律用語としての過失とは、伝統的には、何らかの事実を認識・予見可能性があったにもかかわらず、注意を怠って認識・予見しなかった心理状態をいう(刑法における旧過失論、民法における心理状態説)。この説によれば、結果予見義務違反(具体的予見可能性を前提とする)が過失の本質であると説明される。
刑法においては、これをそのままの形で主張する説と、客観面で修正する説がある(新旧過失論)。
民法では、もはや支持する学説はないが、民法以外の領域においては今もなお(民法ではなお支持されているとの誤解の元に)支持されていることがある。

これに対し、結果予見義務違反(具体的予見可能性を前提とする。)に加えて、結果の発生を回避するための一定の行為を怠ったこと(結果回避義務違反(結果回避可能性を前提とする))を重視する説がある(刑法における新過失論、民法における通説・実務)。

さらに、刑法においては、結果予見義務違反を軽視し、上述の2説(具体的予見可能性説)が共に要求する具体的予見可能性を不要とし、危惧感(不安感)のみで足りるとする説(危惧感説(新々過失論))。なお、民法における新受忍限度論を参照。)までも登場した。もっとも、この説はあまり大きな支持は得られなかった。

目次

[編集] 刑法における過失

[編集] 刑法の定める過失犯

日本の刑法
刑事法
刑法
刑法学  · 犯罪  · 刑罰
罪刑法定主義
犯罪論
構成要件  · 実行行為  · 不作為犯
間接正犯  · 未遂  · 既遂  · 中止犯
不能犯  · 相当因果関係
違法性  · 違法性阻却事由
正当行為  · 正当防衛  · 緊急避難
責任  · 責任主義
責任能力  · 心神喪失  · 心神耗弱
故意  · 故意犯  · 錯誤
過失  · 過失犯
期待可能性
誤想防衛  · 過剰防衛
共犯  · 正犯  · 共同正犯
共謀共同正犯  · 教唆犯  · 幇助犯
罪数
観念的競合  · 牽連犯  · 併合罪
刑罰論
死刑  · 懲役  · 禁錮
罰金  · 拘留  · 科料  · 没収
法定刑  · 処断刑  · 宣告刑
自首  · 酌量減軽  · 執行猶予
刑事訴訟法  · 刑事政策

日本の刑法では「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。」(刑法38条1項)として、過失犯(過失を成立要件とする犯罪)の処罰は法律に規定があるときにのみ例外的に行うとされている。

現行の刑法典で規定されている過失犯の類型としては、次のものがある。

  • 過失傷害罪(209条)・過失致死罪(210条) - 注意を怠り人を死傷させた者。
  • 業務上過失傷害罪・業務上過失致死罪(211条) - 業務上必要な注意を怠り人を死傷させた者。ただし、過失傷害罪は親告罪であり、被害者などの告訴権者の告訴がなければ公訴を提起できず、処罰されない。
  • 失火罪(116条)
  • 過失激発物破裂罪(117条2項)
  • 業務上失火等罪(117条の2)
  • 過失建造物等浸害罪(122条)
  • 過失往来危険罪・業務上過失往来危険罪(129条)

刑法典以外にも過失犯処罰規定を置く法律は多いが、中でも道路交通法に多く見られる。

[編集] 過失犯の構造論

犯罪論における過失とは、注意義務に違反する不注意な消極的反規範的人格態度と解するのが通説であるが、過失犯の構造については議論がある。

犯罪についてどのような理論体系(犯罪論)を想定するのが適当かは、法令等によって一義的に規定されているわけではなく、解釈ないし法律的議論によって決すべき問題であり、過失犯の理論体系についても同様である。過失犯の構造について、以前は旧過失論と呼ばれる理論が支配的であったが、現在では新過失論と呼ばれる理論が通説となっている。

[編集] 旧過失論

旧過失論では、構成要件段階では行為・結果・因果関係という客観的要件のみが要求されて主観的構成要件要素は要求されず、結果が発生し結果と行為の因果関係がある以上、構成要件と違法性は当然に充足され、ただ責任段階においてのみ過失の有無を検討すべきとする理論体系が主張された。そして責任段階での過失では、結果を予見しなかったという心理状態(予見義務違反) があれば過失が成立するとされた。(この説では違法性の本質については結果無価値論が採られ、行為態様を問題にする必要はないと考えられた。)

[編集] 旧過失論への批判

しかしこの理論は、構成要件段階での犯罪・非犯罪区別機能に乏しい点で自由保障の見地から問題があり、また、当然に違法性が充足されるとする点は、現代社会で医療・運転など危険であるが有用な行為が増加するに伴って、これらの行為が違法であるというのでは、行為者に酷で社会生活上も支障があり、行為無価値論(行為無価値論結果無価値論折衷説)の見地からは、社会的に相当な行為をしているならたとえ何らかの事情で結果を生じさせても、処罰すべきでないとの批判がなされるに至った。

さらに、過失の内容については、行為無価値論の見地から、具体的予見可能性を前提とした具体的予見義務違反のほか、一般人を基準とした結果回避義務違反もあってはじめて、社会的相当性を逸脱した過失があるとすべきとの批判もなされるに至った。そこで、新過失論と呼ばれる理論体系が提唱されるに至った。

[編集] 新過失論

新過失論は、過失を構成要件・違法・責任の各段階で考えるべきとする。つまり、構成要件段階では主観的要素として構成要件的過失が必要であり、違法段階では違法過失が必要であり、責任段階では責任過失が必要とする。(ただし、実際上、違法過失はあまり問題とならない。)

そして構成要件的過失注意義務違反)の内容としては、具体的予見可能性を前提とした具体的予見義務違反(純粋な内心の問題)のほか、結果回避義務違反(行為的問題)もあってはじめて、構成要件的過失があるとすべきだと主張する。(「具体的予見」の根拠については後述) 構成要件該当性があるものは違法・責任が推定されるという体系を大前提とする以上、構成要件は違法といえるにふさわしいものでなければならない(構成要件=違法有責類型)が、この説は、違法性の本質についての通説である行為無価値論結果無価値論折衷説を採るため、構成要件において行為の態様も問題とすべき(相当な行為は構成要件該当性がないとすべき)だと考えるからである。

結局、構成要件的過失で問題となる注意義務とは、結果予見義務と結果回避義務とからなるとされる。

さらに、結果回避義務違反行為実行行為ととらえることで、過失犯でも実行行為概念を想定することができ、故意犯での理論体系と整合性がとれるとも主張される。

そして、構成要件的過失における注意義務は、抽象的な一般人の注意能力を標準とした客観的注意義務(客観説)とするのが判例・通説であり、責任過失における注意義務は、本人の能力を標準とした主観的注意義務とする説(主観説)が有力である。(ただし、厳格責任説の立場から、責任過失の概念を認めない説もある。)

予見可能性の内容については争いがあり、通説である新過失論では、社会的相当性からの逸脱を要求する見地(行為無価値論)から、漠然たる不安感・危惧感よりはやや狭く、ある程度の具体性を要する(ある程度の具体的結果の予見可能性)とされる。これに対して危惧感説(新々過失論)は、漠然たる不安感・危惧感で足りるとする。しかし、結果的に予見可能性の要件を否定することになり、責任主義に反するとの批判がある。

そして改めて、構成要件的過失の要件を述べれば、

  1. 犯罪事実の表象・認容が欠如すること
  2. 結果を実現したことについての客観的注意義務違反
    1. (具体的)予見可能性
    2. 結果予見義務違反
    3. 結果回避義務違反

である。

結果回避義務違反の前提として結果回避可能性を要求する場合もあり、これも正当な見解といえる。

[編集] 予見可能性・結果回避義務違反の関係

一般的にあまり議論はされないが、予見可能性・結果回避義務違反等については、以下のように考える傾向があると考えられる。

まず、一般人の見地から予見可能性の有無が判断される。例えば、犬を連れて散歩中に、犬が突然暴れだして他人に襲い掛かり他人に怪我をさせる可能性があるか/車を運転中に幼稚園の門から子供が飛び出してきて衝突事故が起きる可能性があるか である。

予見可能性があると判定されれば、ほぼ無条件で予見義務違反があるとされる。(多くの場合、予見可能性があるかが議論の中心であり、予見義務違反の有無はあまり問題とならない。犬が暴れだす/子供が飛び出す可能性を認識していた場合でも、予見義務違反が否定されるわけではない。)

他方、予見可能性があると判定されれば、結果回避義務が生じるとされる。結果回避義務とは例えば、犬が暴れても他人に襲い掛かれないように、ひもを両手でしっかり握って且つ他人とは一定の距離をとる/人が急に飛び出しても急に止まれるように、速度を落としておく である。予見可能であった突発事象が生じた場合でも結果が生じないように安全な状態にしておく~安全策を講じておく義務がある。ひもを片手で緩やかに持っていたにすぎない/幼稚園の門の直前を時速50kmで走っていた は結果回避義務違反行為となる。

ただし、これは結果回避可能性があることが前提とされる。例えば、散歩中に通り魔に襲われて、手綱のひもを切られた場合は犬を安全な状態にできない/誰かが車のブレーキに時限細工をして速度を落とせないようにしていた場合は速度を落とすことができない(結果回避義務を履行できない)、この場合は結果回避義務違反行為にはならない。

結果回避義務違反行為があるときは、(「当時ぼんやりとしていた」という供述とあいまって)、内心での不注意としての結果回避義務違反があるといえる。


(他方、厳密には、過失犯での主観的構成要件要素である構成要件的過失では結果回避義務違反が要求され、客観的構成要件要素である実行行為では結果回避義務違反行為が要求されている。しかし、通常はこのように厳密に分けて議論されることは稀であり、構成要件段階で過失があるか否かというテーマの中で、予見可能性・(予見義務違反)・(結果回避可能性)・結果回避義務違反・結果の発生との因果関係があることを認定すれば、それで構成要件該当性は満たされるということも可能である。)(ここでいう結果回避義務違反は、あくまで主観的要素を構成するものであり内心の問題ととらえざるをえないから、正確には(結果回避可能性を前提とした)不相当な結果回避義務違反行為(実行行為)に向けての意識ないし無意識という意味に理解できる。犬が暴れだしたら他人に襲い掛かってしまうような状態に緩やかにたづなを持っていることが結果回避義務違反行為であり、そのような緩やかにたづなを持った状態に至っている心理状態や人格態度(意識ないし無意識)のことを結果回避義務違反とみることができる。ただし、実際にはここまでの厳密さは要求されていないと考えられる。)

新過失論が具体化された法理として、許された危険や信頼の原則がある。 信頼の原則は、予見可能性の範囲を限定するものか、結果回避義務(結果回避義務違反)の範囲を限定するものか争いがある。具体的には、行為者自らが違反をしているときに信頼の原則が適用される余地があるかという違いが生じる。予見可能性・予見義務の認定基準と解すと、原則として自己の違反は事故発生の危険を増大させない以上、適用される余地があるとされるが、結果回避義務の認定基準と解すると、クリーンハンズ的見地から、違反者には適用されないとされる。

[編集] 認識ある過失

認識ある過失とは、通説では、違法・有害な結果発生の可能性を予測しているが、その結果が発生してもかまわないまたはやむを得ないと認容しないことをいう。つまり、犯罪事実発生の可能性の表象(認識・予見)はあるが、認容はないことをいう。例えば、「自動車運転中、道路脇を走行中の自転車に接触するかもしれないと思いつつも、充分な道路幅があるので、自転車に接触することはない。」と思うような場合である。ここで、違法・有害な結果発生の可能性の予測すらない場合は、「認識なき過失」とされる。いずれも、故意は認定されず、過失が認定されるに過ぎない。

もっとも、認識ある過失も、結果を予見していないという点では認識なき過失と異ならないとして、認識ある過失と認識なき過失の区別の実益に疑問を持つ見解もある。

認識ある過失に似て非なるものとして、違法・有害な結果発生の可能性を予測しつつ、その結果発生を容認してしまうことを「未必の故意」という。例えば、「自動車運転中、道路脇を走行中の自転車に接触するかもしれないと思いつつ、接触しても仕方がない。」と思うような場合である。

[編集] 重過失

刑法上、重大な過失が構成要件とされている例がある。

重過失と単なる過失(軽過失)の別は一概に定めることはできず、具体的事例、例えば、責任主体の職業・地位、事故の発生状況等に照らして判断する必要がある。

  • 重過失失火罪
失火罪又は激発物破裂罪の行為が業務上必要な注意を怠ったことによるとき、又は重大な過失によるときは、3年以下の禁錮又は150万円以下の罰金に処する(刑法117条の2)。
  • 重過失致死傷罪
重大な過失により人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する(刑法211条)。

[編集] 民法における過失

[編集] 不法行為の要件としての過失

刑法では過失犯処罰は例外的に行われるのに対し、民法不法行為責任では「故意又は過失によって」他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」(第709条)と規定され、過失があれば損害賠償責任を負い、逆に過失がなければ(無過失)その責任を負わない。これを「過失責任主義」という。

[編集] 重過失

民法上、重大な過失(重過失)が要件とされている場合がある。

  • 錯誤
民法上の錯誤は、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない(第95条ただし書)。
  • 指図債権の証書の所持人に対する弁済
また、指図債権の債務者が、その証書の所持人に弁済したが、その者が真の債権者ではなかった場合、債務者に悪意又は重大な過失があるときは、その弁済は、無効となる(第470条)。
  • 緊急事務管理
事務管理において、管理者が、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたとき(緊急事務管理)は、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない(第698条)。

[編集] 関連項目

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