鈴木鎮一

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鈴木鎮一（すずきしんいち、1898年 10月17日 - 1998年 1月26日）はドイツに学んだ日本のヴァイオリニスト。スズキ・メソードの創始者であり、世界的には音楽教育家および教育学の理論家として著名で、その教育理論は、日本よりも欧米で、とりわけアメリカ合衆国で高く称揚されている。アメリカ映画『ミュージック・オブ・ハート』でヒロインのヴァイオリン教師が用いたのもスズキ・メソードであり、その理念によって荒廃した学校環境や児童の心理を癒すことに成功したとされている。

[編集] 生涯

1898年に名古屋に生れる。父・政吉は、1888年（明治21年）に日本で最初にヴァイオリン工房を設立した楽器職人であり、そのため幼児期よりヴァイオリンに囲まれる環境に育った。実家は7人からなる大家族であり、少年時代はヴァイオリン奏法は学ばずに、父親の工房で魂柱（こんちゅう）をはめる仕事に就いていた。

家庭教師に洋楽を学ぶように励まされるが、独学でヴァイオリンを始めたのは、ようやく17歳のとき、ミッシャ・エルマンの録音に震撼してからであった。1916年（大正5年）、市立名古屋商業学校卒業。 1920年（大正9年）に上京、徳川義親侯爵家に寄宿し、ヴァイオリンを安藤幸に師事。1921年（大正10年）、父親の許可を得て、ドイツ留学のため、徳川侯爵らの世界一周旅行に同行。ベルリン高等音楽学校の教授カール・クリングラーに師事する。この間、アルベルト・アインシュタインの援助で、数年間にわたって奨学金を受けることが出来た。

1928年（昭和3年）、ヴァルトラウト夫人（旧姓プランゲ）と結婚し帰国。兄弟と『鈴木カルテット』を結成して演奏活動を開始するとともに、国立音楽学校（現国立音楽大学）に出講。1931年（昭和6年）には帝国音楽学校のヴァイオリン教授として、アレクサンドル・モギレフスキーとともに採用される。1937年（昭和12年）ごろ、江藤俊哉、豊田耕兒、小林武史、小林健次らの主要な門人を相次いで引き受ける。

これらの門人は当時まだみな少年であったが、著しい音楽的能力ゆえに、鈴木に英才教育を施すように委ねられたのであった。鈴木鎮一にとって児童の教育は初めての経験であり、指導法をめぐって懊悩する日々の中から指導戦略と教育哲学を発展させ始め、独自の新たな実際的教訓を、日本文化に特有な古くからの東洋思想と融合させるに至った。鈴木はまたローマ・カトリック信者であり、部分的にキリスト教思想から鈴木の受けた影響が、後に欧米の音楽教育界にスズキ・メソードが浸透する素地を作り出したものと思われる。とりわけキリスト教からの影響は、愛に基づく幼児教育という思想と、子供の才能の可能性を平等にとらえるという着眼点に明瞭である。鈴木は、天才という一般的イメージを否定して、子供の才能は大人や環境に与えられて作り出されるものであり、神童は生まれつき神童という特権的存在であるわけがなく、神童になるべく教育されて作り出されると主張した。

第二次世界大戦中は、米軍の空襲によって実家のヴァイオリン工房が消失し、兄弟の一人を喪う。鈴木家は無一文となったため、鎮一は1943年（昭和18年）に東京での教職を去り、寡婦となったばかりの姉妹のいる長野県木曽福島に身を寄せた。姉妹の家族を経済的に支えるべく、戦闘機の部品組立工場に出勤して生計を立てた。

貧しく飢えながら、一時期にはほとんど死にかけさえしたが、やがて疎開先の孤児たちにヴァイオリンを教え始める。このとき教えを受けた一人の松井少年は、のちに養子となった。戦後、1946年（昭和21年）に松本市に松本音楽院を開設。あわせて全国幼児教育同志会を発足させるが、2年後の1948年（昭和23年）に才能教育研究会と改称され、さらに1950年（昭和25年）に文部省（現文部科学省）より「社団法人才能教育研究会」として認可される。

1955年（昭和30年）、東京都体育館において、当時の日本皇太子をはじめとする日本の皇族の出席のもと、第1回全国大会「グランドコンサート」開催。2000名の生徒によるヴァイオリンの大合奏の風景は、後に映画『ミュージック・オブ・ハート』においても再現されることとなる。1964年（昭和39年）、代表的な10名の児童を連れ、アメリカ合衆国に最初の演奏旅行を行い、アメリカの音楽教育界に衝撃を与える。これ以降、1994年（平成6年）まで30回の訪米が繰り返される。1970年（昭和45年）、勲三等瑞宝賞を受賞。1975年（昭和50年）、第1回世界大会をハワイ州において開催。1978年（昭和53年）、日米親善コンサートのため100名の児童を率いて渡米、アメリカ側の100名の児童も加わってケネディ・センターで行われたコンサートは、カーター大統領夫妻が招待された。

1979年（昭和54年）に松本市の名誉市民となる。1986年（昭和61年）、サントリーホールにて米寿記念コンサート。1991年（平成3年）、イギリスのサンデー・タイムス紙の特集「20世紀をつくった1000人」の中に選ばれる。1994年（平成6年）、サントリーホールにて95歳祝祭コンサート。1996年（平成8年）、鈴木鎮一記念館が開館。1997年（平成9年）、専修学校国際スズキ・メソード音楽院開校。1998年（平成10年）に松本の自宅で99歳で永眠し、世界中の門下生から弔辞が相次いだ。

[編集] 教育学への寄与

鈴木鎮一の生涯にわたる教えと、彼の生涯を取り巻く東洋思想は、生徒を指導するために鈴木が展開した授業の中に集約されている。鈴木にとっては、自分の指導が、こんにち看做されているような「メソード（方法論）」とは見られないことが非常に重要だった。

「最初に誤解のないように申し上げますが、これは“指導方法”ではないのです。スズキの著書を10冊買ったからといって「スズキ先生」になることが出来るわけがない。鈴木博士は、完全に理解され得たときに、生きるのための哲学となるような、そんな哲学を展開されました。ヴァイオリニストの世界を作り出そうとして努力されたのではないのです。博士の大きな狙いは、美の世界をどこでも青少年に向けて開け放ち、彼らが天から授かった音楽の調べを通して、生きることにより大きな喜びを抱くことが出来るようになることだったのですから。」（ハーマン、1971年）

鈴木鎮一は、「才能教育」という強い信念に基づき自らの発想を展開した。「才能教育」とは、自身の発想を組み立て始めた時期に展開された、指導方法のことである。1958年の全国大会において鈴木はこのように発言した。

「まだ実験的段階にはありますが、才能教育研究会は、世界のすべての子供が母語を話し、母語を理解することによって目覚しい能力を示しておること、それゆえ子供が人間精神の独自の力を発揮していることを理解して参りました。この“母語の教育法”が、人間の成長の鍵を握っているということが、考えられないわけありましょうか。才能教育とは、この方法を音楽の指導に当てはめたものなのです。子供というものは、あらかじめ何らかの適性検査や知能検査をせずに見てやりますと、ほとんど例外なく、大きく進歩するものなんですね。これだからといって、誰しもが同じ水準の成績にたどり着くことが出来るというわけではありません。それでも、きっと一人ひとりが、言葉の上達と同じだけの実力をほかの分野においても発揮することが出来るはずです。」

鈴木が音楽教育に当てはめた才能教育の理念は、以下の語録に現れている。