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桜区のデータ
国 |
日本 |
地方 |
関東地方 |
都道府県 |
埼玉県 |
市 |
さいたま市 |
団体コード |
11106-6 |
面積 |
18.60km² |
総人口 |
93,318人
(推計人口、2007年3月1日) |
隣接自治体・行政区 |
埼玉県: さいたま市(西区、大宮区、
中央区、南区)
朝霞市、志木市、富士見市
|
区の木 |
なし |
区の花 |
なし |
区の色 |
■さくら色 |
桜区役所 |
所在地 |
〒331-8587 |
埼玉県 |
さいたま市桜区道場4丁目3番1号 |
電話番号 |
048-858-1111 |
外部リンク |
さいたま市桜区役所 |
位置 |
東経139度36分33秒
北緯35度51分25秒 |
画像:さいたま市桜区.png |
特記事項 :
人口は、2005年10月1日の国勢調査の速報値(要計表による人口)を基準とする推計人口による
経度・緯度は世界測地系
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■Template (■ノート ■解説) ■日本の市町村pj |
桜区(さくらく)は、さいたま市を構成する10区のうちの1つである。
[編集] 地理
- さいたま市の南西部に位置する。大久保地区と南東部を除く土合地区の大部分、即ち旧浦和市西部にあたる。
- 区の西側境界線には荒川が流れ、志木市、富士見市などとの境界をなしている。また、その東側を鴨川が南北に流れる。区の南西部はこの二つの川を含む広大な河川敷が広がっていて、秋ヶ瀬公園、さくら草公園などとして利用されている。
- 区の殆どは低地からなるが、区の東部の一部が大宮台地の与野支台にかかっている。
- 区の北部から東部にかけ、旧河道を示すとみられる自然堤防などの地形が見られることから、大昔には区域の大部分が現在とは逆の荒川(入間川)右岸にあったこともあると見られている。
[編集] 歴史
- 区名は秋ヶ瀬地区に荒川河川敷(田島ヶ原)に日本でも最大級のサクラソウ自生地がある事に由来するものであり、歴史上の地名に基づくものではない。また、桜とサクラソウはまったく別の植物である。
- 低地の広がる現区域では、自然堤防などの微高地が集落、後背湿地が水田として利用されてきた。このため弥生時代以降、様々な時代の集落や律令体制下の条里制の遺構が各地に見られる。また、5世紀後半から7世紀にかけて、白鍬地区(大久保古墳群を参照)や西堀地区など各所に古墳が造られた。
- 律令体制下において足立郡は七つの郷からなっていたといわれている。このうち「大里郷」「殖田郷」などが現桜区周辺にあったと比定する説もあるが、定かではない。また南北朝時代以降、大窪郷という集落があったとされ、現在の「大久保地区」の地名の興りとなったとされる。
- 鎌倉時代、大久保地区を鎌倉街道が通じており、2005年現在も県道215号線等として残っている。またこの街道が入間川(現:荒川)を渡る地点が羽根倉であり、こちらも「羽根倉橋」(国道463号の荒川架橋)等に名を残している。
- 1350年(観応元年)、観応の擾乱に応じ羽根倉の戦いが起こり、足利尊氏方の高麗経澄が足利直義方の難波田九郎三郎らを破る。
- 1920年(大正9年)、田島ヶ原のサクラソウ自生地が天然記念物に指定される。
- 第二次世界大戦後、東京の郊外化に伴い人口が急増を始め、この地区の浦和市への合併の一因となる。
- 1964年(昭和39年)7月から1969年(昭和44年)12月にかけて、埼玉大学が浦和市内常盤地区(現:浦和区)より大久保地区へ移転する。
- 1973年(昭和48年)4月1日、国鉄武蔵野線が開通。西浦和駅が開設される。
- 1985年(昭和60年)9月30日、国鉄埼京線が開通。中浦和駅が開設される。
[編集] 沿革
- 1872年(明治5年) - 大区小区制の施行により、後の土合村一帯は第22区に属することとなる(当時の埼玉県には大区小区の区別はなかった)。
- 1877年(明治10年)1月29日 - 西蓮寺村と千駄村が合併し、栄和村となる。
- 1879年(明治12年)3月28日 - 元宿村が同じ足立郡内にあった本宿村との重複を避け、南元宿村となる。一方本宿村も北本宿村と変更され、このことが後に北本市の名前が生まれる原因となった。
- 1884年(明治17年) - 連合戸長役場制の施行により、後に土合村を構成する11村中鹿手袋村を除く10村が南元宿村連合に属する。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 上大久保、下大久保、五関、植田谷領領家、植田谷領在家、塚本、宿、神田、白鍬の九か村が合併して大久保村に、南元宿、田島、鹿手袋、西堀、関、与野領町谷、新開、栄和、道場、中島、山久保の十一か村が合併し、土合村(「十一」→「土」の村が「合」わさるというのが由来と言われている)となる。
- 1955年(昭和30年)1月1日 - 旧大久保村、旧土合村が旧浦和市に合併され、以後大久保地区、土合地区とよばれる。
- 2001年(平成13年)5月1日 - 旧浦和市が旧大宮市・旧与野市と合併しさいたま市となる。
- 2003年(平成15年)4月1日 - 政令指定都市移行に伴い、桜区誕生。
[編集] 行政
[編集] 区長
[編集] 区民会議
- 各種団体の推薦や公募により選出された24名によって構成。
[編集] 行政施設
(各支所・窓口は、区役所の「区民生活部」に属する。)
[編集] 防災・救急・警察
- 区内は全域が中央区にある浦和西警察署の管内である。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] バス
- 国際興業
- 中山道を中心に運行していた中仙道乗合自動車(東急系)、鳩ヶ谷~浦和~志木間を中心に運行していた鳩ヶ谷自動車(京王電軌系)が、1944年東都乗合自動車に統合される。東都乗合自動車は1946年に国際興業に買収、1951年に吸収合併される。
- 西浦和営業所
- 2006年現在、区内の殆どの路線を運行しているほか、浦和区、中央区、志木市、朝霞市など近隣市区に路線網を有する。また、桜区コミュニティバスの運行を担当している。
- 戸田営業所(所在地:戸田市)
- 2006年現在、田島団地などを経由する数路線を運行。
- 西武バス
- 浦和駅東側を運行していた東浦自動車を母体とし、その後1946年に国土計画興業(現・プリンスホテル)・西武鉄道関連のバス事業を統合して西武自動車(現・西武バス)として成立。
- 大宮営業所(所在地:大宮区)
- 2006年現在、埼玉大学や大久保団地を経由する数路線を運行。
[編集] 道路
[編集] 教育
[編集] 大学
[編集] 高等学校
[編集] 中学校
- さいたま市立大久保中学校
- さいたま市立土合(つちあい)中学校
- さいたま市立田島中学校
- さいたま市立上大久保中学校
[編集] 小学校
- さいたま市立大久保小学校
- さいたま市立土合(つちあい)小学校
- さいたま市立栄和小学校
- さいたま市立大久保東小学校
- さいたま市立田島小学校
- さいたま市立新開(しびらき)小学校
- さいたま市立神田(じんで)小学校
- さいたま市立中島小学校
[編集] 体育施設
- 秋ヶ瀬公園
- 荒川総合運動公園
- さくら草公園
- さいたま市記念総合体育館
[編集] 社会教育施設
- 桜図書館さいたま市内すべての市立図書館蔵書検索。(プラザウェスト)※桜図書館施設案内
- 大久保公民館
- 大久保東公民館
- 栄和公民館
- 土合公民館
- 田島公民館
[編集] 外部リンク
[編集] その他