カツオ
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?カツオ | |||||||||||||||||||||||||||
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Katsuwonus pelamis |
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分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Katsuwonus pelamis Linaeus, 1758 |
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英名 | |||||||||||||||||||||||||||
Skipjack tuna |
カツオ Katsuwonus pelamis (鰹、英名:Skipjack tuna)は、スズキ目サバ科に属する魚。別名、マンダラ、ヤタ、マガツオなど。カツオ属 Katsuwonus は、カツオ 1種のみで構成される。
刺身やたたきなどで食用にする他、鰹節の原料でもあり、日本の魚食文化とは古くから密接な関係がある。また、鰹の漁が盛んな地域では郷土料理として鰹料理が多い。
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[編集] 特徴
全長50 cm 程で紡錘形の体をしている。普段はあまり目立たないものの、興奮すると浮き出る縦縞が4 ~10 条程ある。この縦縞は絶命すると消え、代わりに横縞が現れる。
摂氏19 ~23 度程度の暖かい海を好み、南洋では一年中見られる。日本近海では、黒潮にのって(特に太平洋側に)桜前線のように北上してやって来る。それぞれの港では、夏の到来を告げるその年初めてのカツオの水揚げを「初鰹」(はつがつお)と呼び、珍重される。当然、初鰹は港によって時期がずれているが、食品業界では漁獲高の大きい高知県の初鰹の時期を「初鰹」としており、消費者にも浸透している。
カツオは、黒潮と親潮とがぶつかる三陸海岸沖辺りまで北上した後、秋にかけて親潮の勢力が強くなると南下し始める。南下したカツオは「もどり鰹」と呼ばれ、低い海水温の影響で脂がのっており、北上時とは異なる食味となる。もどり鰹の時期も港によってずれがあるが、一般的には秋の味として受け入れられている。
なお、北上から南下に向きがかわる宮城県・金華山沖では、初鰹といっても脂がのっているため、西日本ほどの季節による食味の違いがない。また、南下は海水温に依存しており、陸上の気温との違いがあるため、秋になった頃には既にカツオはいない。
[編集] 漁業
南洋での遠洋漁業は1年中行われ、日本では高知県および鹿児島県が漁獲高の大半を占める。この多くは一本釣りと呼ばれる漁法でつり上げたもので、冷凍されて水揚げされ、鰹節やなまり節の原料になる。
近海物は、カツオの北上に伴って各地で行われる。一本釣りやケンケン引きと呼ばれる漁法で釣られ、冷凍されずに絞められ、太平洋岸の漁港に水揚げされる。これら近海ものは新鮮なまま港に入荷されるので刺身やたたきなどで食される。鹿児島県から遠州灘にかけては春、伊豆以北では初夏に漁期が来る。また、イワシ、イカなどを食べ、群をなして回遊する習性がある為、秋にも漁期が訪れる。
[編集] 陸揚げ港
[編集] 文化
室町時代に入ると、人々は鰹を非常に珍重し、織田信長などは産地より遠く離れた岐阜城や清洲城に生の鰹を取り寄せ家臣に振る舞ったという記録がある。江戸時代には、人々は初鰹を非常に珍重し、山口素堂の俳句「目には青葉 山時鳥(ほととぎす)初松魚(かつお)」は有名な句である。殊に、江戸において初鰹志向が過熱し、非常に高値となった時期があった。1812年に歌舞伎役者・中村歌右衛門が一本3両で購入した記録がある。庶民には初鰹は高嶺の花だったようで、「目には青葉…」の返歌となる川柳に「目と耳はただだが口は銭がいり」といったものがある。このように、初鰹を題材とした俳句や川柳が数多く作られている。但し、水揚げが多くなる夏と秋が旬(つまり安価かつ美味)であり、産地ではその時期のものが好まれていた。江戸で初鰹が珍重されたのは「粋」に依るところが大きい。
鹿児島県枕崎市や沖縄県本部町などでは端午の節句になるとこいのぼりならぬ「カツオのぼり」が上る。
[編集] 食材
- 鰹節(鰹節も参照のこと)
- 日本人と鰹の付き合いは古く、大和朝廷は鰹の干物(堅魚)など、鰹の加工品の献納を課していた記録がある。カツオの語源はこの堅魚(かたうお)から来ているというのが一般的な説である。鰹節(干鰹)は神饌の一つであり、また、社殿の屋根にある鰹木の名称は、鰹節に似ていることによると一般に云われている。戦国時代には武士の縁起かつぎとして、鰹節を「勝男武士」と漢字をあてることがあった。
- 江戸時代に鰹節を焙乾することが考案され、現代の鰹節が生まれた。また関東圏では江戸時代から明治時代にかけて、焙乾した鰹節(荒節)の表面を削り(裸節)何度もカビを生やして熟成させ、水分を抜き乾燥させると共に雑味成分の分解を促して旨味を増す技法が発達していった。これを荒節に対して枯節という。数ヶ月にわたって4回以上のカビ付けを行った高級品は本枯節と呼ばれる。
- 刺身(芝づくり)
- 初鰹と戻り鰹をもって旬とするが、現在最も好まれる物は、秋の戻り鰹である。脂が乗り、時々マグロのトロより美味しいとまで表されることが多い。しかし、この旨味の最も多い部分は傷みが早く鯖同様、鰹が「足の速い魚」(傷みやすい魚)と言われる所以である。なお、脂の乗ったものをもてはやすようになったのは近年のことであり、江戸期にはさっぱりした味の走りの物の方が好まれたようである。
- 鰹は絞め方にちょっとした決まりがあり、その方法いかんにより味が大きく異なってしまうため、絞める方法は漁師のウデのみせどころとなっている。
- 鰹の刺身は、本来皮付きにつくり(これを芝づくりという)、芥子醤油で食べることが古くは江戸の風俗であったが(英一蝶に「初鰹芥子がなくて涙かな」の句がある)、現代では鮪などと同様皮を落とし、生姜もしくはわさびで食べることのほうが多い。
- 上記の食べ方以外に、醤油マヨネーズを付けて食べる事もある。これは昔、ある漁船の船員が誤ってマヨネーズを掛けたサラダに鰹の刺身を落としてしまい、食べてみたら不思議と美味しかったと言う伝えがある。
- 鰹のタタキ
- 一般にたたきとはカツオを節状に切った後、皮の部分を藁などの火で炙り氷で締めた物をたたきと指す。また、鰹の産地によっては鰹の血合い部分を削ぎ集め、2本の包丁を使い、まな板の上で細かく叩いて酢みそで和えたものをたたきと呼ぶ。
- 火で炙る調理法では鰹本来の美味しい部分に火が入ってしまうので、旨味が損なわれてしまうとする意見もある。高知などの名産地では「あんまりたくさん獲れるから刺身以外の食べ方を考え出したのだ」と主張する人もいるくらいである。
- 鰹の生節(なまぶし)
- 地方によっては「とんぼ」とも呼ばれる、ゆでて火を通し加熱した節の切り身。フキなどの春野菜と炊き上げると、季節の逸品料理として喜ばれる。
- 塩辛・その他
- 鰹節の製作過程で余る腹皮、カブトと呼ばれる頭の部分、腸なども食材とされ塩辛に加工される。(腸の塩辛は商品名として「酒盗」とも)また、鹿児島の枕崎では、カツオの心臓は「珍子(ちんこ)」呼ばれ、唐揚げにしたり、煮付けにしたりして食べられる。静岡県焼津では「へそ」と呼ばれ、カツオの心臓のおでんがある。
- インシュリンの精製
- 結晶インスリンの生成方法が発見されるまでの間は、カツオのランゲルハンス島から、糖尿病の治療に用いるインスリンが精製されていた時期もある。しかし、魚類のインスリンのヒトに対する効果は若干低く、魚からランゲルハンス島を集める作業に手間がかかることもあり、他の方法へと置き換えられた。