ダンディ
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ダンディ(英:dandy)とは、身体的な見た目や洗練された弁舌、余暇の高雅な趣味に重きを置く男性のことである。
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[編集] 概説
歴史的にみるとダンディは、とりわけ18世紀後半から19世紀の英国において、中産階級の出自であるにもかかわらず、貴族的な生活様式を模倣しようとしばしば努めた。それゆえダンディは、一種のスノッブであり、またある意味においては、平等主義の原則に対して非政治的に抗議しているとも見なしうる。ダンディズムはしばしば懐古趣味から、「完璧なるジェントルマン」すなわち生まれつきの貴族を理想に、封建的な価値観ないしは工業化以前の価値観にしがみ付くこともあった。
ダンディズムの実践は、フランス革命の時代である1790年代に、ロンドンとパリにおいて初めて登場した。ダンディは懐疑主義的な物腰を洗練させ、ダンディではなかった作家のジョージ・メレディスさえ、シニシズム(皮肉・冷笑・軽蔑)を「知性のダンディズム」と呼ぶほどまでになった。もっと慇懃な見方をする者もいた。たとえばトマス・カーライルは、自著『衣服哲学 Sartor Resartus 』において、ダンディはただの「服を着た男」でしかないと記している。
シャルル・ボードレールはダンディについて、美学を生きた宗教へと高める者のことだと定義し、自分の存在のみが中産階級の分別ある市民を嘲るものだと見なしていた。曰く、
- 「ダンディズムはある点において、霊性と禁欲主義に近い。」
- 「ダンディという存在は、各人の内なる美という概念の洗練や、自らの情熱の充足や、感情や思考……のあり方に他ならない。多くの無思慮な連中が信じているらしいこととは反対に、ダンディズムは、衣装や身体の優雅さに無上の喜びを覚えることをいう。完全なるダンディにとってこれらの事柄は、精神の貴族的な卓越性の象徴にすぎないのである。」
文学作品における最高のダンディは、バロネス・オルツィ作のスカーレット・ピンパネルである。
[編集] 語源
「ダンディ」なる語は、1780年ごろのスコットランドのバラッドにおいて初めて登場するが、おそらく今日的な意味をもってはいなかった。おそらくこのような意味の「ダンディ」は、ナポレオン戦争の期間に流行語となった「洒落者 jack-a-dandy 」の短縮形である。当時の俗語としては、ダンディが洗練されて質素であるという点で、「めかし屋 fop 」と区別された。
現代において「ダンディ」という語は、「すごい」「かっこいい」といった意味のおどけた形容詞となっており、しばしば諷刺めいて使われる。だが時には今なお、めかし込んだ己惚れ屋の意味で――しばしば「ゲイ」との含みを持たせて――使われる。
[編集] 「洒落者ブランメル」と初期のイギリス人ダンディ
英国社交界においてダンディの正真正銘のお手本は、オックスフォード大学で皇太子兼摂政時代のジョージ4世の学友だった「ボー・ブランメル」ことジョージ・ブライアン・ブランメルであった。化粧せず、香水もつけてはいなかったが、髭を剃り入浴して清潔感があり、手入れの行き届いた無地の紺青色のコートを羽織り、完璧に糊付けされた洗い立てのリンネルを覗かせ、丹念に結わえられたネクタイを締めたブランメルは、1790年代の中ごろから、寸鉄人を刺すようなウィットとファッション自慢で有名な名士の先駆者であった。
1795年に小ピットが白粉に課税する前から、すでにブランメルはホイッグをやめ、古代ローマ風に「ブルータス流儀の」髪型にしている。ブランメルは、従来の半ズボンから、きちんとあつらえた黒っぽいパンタロン(今日のズボンの直接の原型)への変化を先導した張本人でもあった。ブランメルは3万ポンドもの財産を相続しながら、それを衣裳や賭博、社交に費やし、ついにはダンディの運命のステレオタイプをなぞって債権者から逃れるべくフランスに逃れ、結局カーンの精神病棟で世を去った。
伊達者としてブランメル以上の有名人に、ジョージ・ゴードン・バイロン卿がいる。バイロンは部分的な盛装をし、ひだ飾りのついた、レースの袖口と襟のあるシャツを身に着けた。また、アルバニアの民族衣装を着込んで肖像画を描いてもらっている。ロンドンでバイロンのサークルのひとりであった、フランス貴族のドルゼー画伯も、イギリスで名だたるダンディのひとりであった。
[編集] フランスにおけるダンディズム
全盛期にブランメルの権勢はファッションとエチケットの世界においてとどまるところを知らなかった。ブランメルの正装と服飾の習慣はとりわけフランスで模倣された。フランスでの興味深い発展において、ブランメルのダンディズムは、学生や芸術家の熱狂するところとなったのである。フランスのダンディは、過去の伝統を大胆に打ち壊す者として、革命の時期には祝福されることもあった。フランスの自由奔放なダンディは、苦心の身なりと、怠惰で頽廃的な生活様式によって、ブルジョワジーを嘲り、ブルジョワジーに優位に立とうとしたのであった。この着飾った「ボヘミアン」たちは、19世紀も広範になると、フランス文壇における象徴主義運動に多大の影響を及ぼしたのである。
ボードレールはダンディズムの流行に深い関心を寄せ、野心家のダンディは「エレガンス以外を職業にしてはいけない。……(エレガンスとは、)自らの人格に秘められた美という発想を洗練するというあり方以外の何ものでもない。……ダンディたる者、絶え間なく崇高でいなければならない。鏡の前に暮らし、鏡の前に眠るのだ」と説いた。パリの路地をうろついているダンディたちを目の当たりにして、興味を持ったというフランス人の知識人はボードレールだけではなかった。また、ジュール・バルベー・ドールヴィーは、ボー・ブランメルに関する著書を遺している。
[編集] 後代のダンディズム
黄金の1890年代は、ダンディズムにお似合いの、数々の隠れ場を提供した。詩人アルジャーノン・スウィンバーン、オスカー・ワイルド、ウォルター・ペイター、アメリカの画家ジェームズ・マクニール・ホイッスラー、ジョリス=カルル・ユイスマンス、マックス・ビーアボームは、ロベール・ド・モンテスキューと同様、当時の代表的なダンディである(ちなみにモンテスキューは、マルセル・プルーストのド・シャルリュス男爵のモデルである)。イタリアではガブリエーレ・ダヌンツィオとカルロ・ブガッティが、世紀末の放埓なダンディズム芸術家の体現者となった。
20世紀はダンディズムにさほど寛容ではない。エドワード8世は皇太子時代に、ダンディめかしたところがあったが、だからといって大衆へのアッピールには何の役にも立たなかった。それでもジョージ・ウォールデンは、随筆『ダンディとは何者か Who's a Dandy? 』の中で、現代のダンディとしてノエル・カワードとアンディ・ウォーホル、クウェンティン・クリスプを列挙した。
1990年代後半の日本では、粋なセンスを感じさせる男性的な女性ファッションのことを、ダンディ・ルックと呼ぶこともあった。
[編集] 女性版ダンディズム
ダンディズムを「服装に生きる人」「美学に殉ずる人」と解釈してよければ、女性のダンディも存在しうる。そしてダンディの女性版は、たとえば裏社交界におけるコーラ・パールのような高級娼婦の服飾フェティシズムに見出される。イタリアの侯爵夫人ルイーザ・カザーティは、第一次大戦後のヴェネツィアにおいて、芸術のパトロンとして美への耽溺を始めた。女性オペラ歌手も女性版ダンディと呼べなくない。
[編集] 関連事項
[編集] 外部リンク
- Barbey d'Aurevilly, Jules. Of Dandyism and of George Brummell. Translated by Douglas Ainslie. New York: PAJ Publications, 1988.
- Carlyle, Thomas. Sartor Resartus. In A Carlyle Reader: Selections from the Writings of Thomas Carlyle. Edited by G.B. Tennyson. London: Cambridge University Press, 1984.
- Jesse, Captain William. The Life of Beau Brummell. London: The Navarre Society Limited, 1927.
- Lytton, Edward Bulwer, Lord Lytton. Pelham or the Adventures of a Gentleman. Edited by Jerome J. McGann. Lincoln: University of Nebraska Press, 1972.
- Moers, Ellen. The Dandy: Brummell to Beerbohm. London: Secker and Warburg, 1960.
- Murray, Venetia. An Elegant Madness: High Society in Regency England. New York: Viking, 1998.
- Nicolay, Claire. Origins and Reception of Regency Dandyism: Brummell to Baudelaire. Ph.D. diss., Loyola U of Chicago, 1998.
- Wharton, Grace and Philip. Wits and Beaux of Society. New York: Harper and Brothers, 1861.
- 宝木範義『パリ物語』(新潮選書、1984年)第14章「ダンディスムの系譜」pp.97-103