橘慶太
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橘 慶太(たちばな けいた、1985年12月16日 - )は、ヒップホップダンスユニットw-inds.のメンバーである。メインボーカル担当。立ち位置は主に真ん中。
ヴィジョンファクトリー所属。所属レコード会社はポニーキャニオン。
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プロフィール
- 福岡県福岡市中央区出身。身長183cm。射手座。
- 公式のプロフィールでは血液型不明。しかし2005年6月、ラジオ番組にて本人がB型だと公言している。
- デビュー当時は身長160cmしかなく、その中性的なルックスと5オクターブの声域で世間を惹きつけた。
- 兄と妹二人の4人兄弟であり、全員芸能活動経験を持つ芸能一家として有名。特に妹である橘美緒はファッション雑誌ラブベリーの専属モデルとして活躍中である。
来歴
- 幼少期
- DJだった母親の影響で小さい頃から音楽に親しむ恵まれた環境で育った。当時のお気に入りはEarth, Wind & Fireや山下達郎など。
- 小学校2年生の時兄の影響でサッカーを習い始め、ピアノも5年間習っている。しかし塾やお稽古に勤しむという訳では無くかなりのゲーム少年でテレビゲームやカードゲームを買って貰っては友達を家に招待していた。
- 小学校6年生の時、先に芸能活動をしていた兄や妹を追って建設会社やマンション関係のCMに出演した。
- 中学に入り本格的にダンスを始める。芸能界に入りたいと考えるようになったのもこの時期である。
- 2000年
- 2月、母親が勝手に応募したオーディションの地区予選に参加。ポルノグラフィティの『アポロ』を歌い沖縄で行われる本選に合格した。中学2年の冬のことである。
- 3月19日、プロダクション主催の第2回九州・沖縄合同「スターライトオーディション2000」の最終選考会に出場、ポルノグラフィティの『ヒトリノ夜』を披露した。8000通を超す応募の中から奨励賞に選ばれる。35人の出場者の中で男性は慶太だけだった。
- 5月、事務所の目に留まり東京へ。ここで初めて涼平と龍一に出逢う。
- 7月上旬、福岡から上京。2週間後、後から上京した二人とデビューに向けて共同生活を始める。
- レッスンを重ね11月8日、初めてのレコーディングを行い2曲を録音。11月26日からストリートライブを始める。
- 2001年
- 3月14日、w-inds.『Forever Memories』でデビュー。
- 3月19日、龍一と共に中学校を卒業する。
- シングル発売やイベントを重ね着実に人気を伸ばす中、声変わりが始まる。しかし仕事も大幅に増えた時期でもあり喉を休める余裕はあまりなかった。本人は後々この時期は歌うのがイヤになった、と話している。
- 2002年
- 夏までに身長が176cmまで伸び声変わりも落ち着いた。初めてのライブでピアノの弾き語りをファンの前で初披露した。
- 2003年
- 体力作りの為ボクシングを始める。ライブではEarth, Wind & Fireの『After The Love Has Gone』を弾き語りで披露し、涼平が歌うバックストリート・ボーイズの『シェイプ・オブ・マイ・ハート』の伴奏を担当。これらの楽曲は著作権の都合上DVDに収録されていない。この年はベッカムの影響を多大に受けライブグッズのTシャツにベッカムの背番号を入れたり、衣装も慶太だけすべて長袖仕様で作られた。
- 2004年
- 本格的に筋トレを始め見違える体つきに変わる。体重も1年で16kgの増量に成功した。今ではすっかり趣味として定着しているが、当時は受け入れられないファンも多かった。
- 4月23日に出演したアリゾナの魔法では「憧れの大人 デイヴィット・ベッカム」の様な、素敵な大人になるためのプランが用意され、慶太ひとりで乗馬やカクテルの技に挑戦。オリジナルのシャア専用カクテルを作った。
- また龍一に続き免許を取得したのもこの年である。
- 2005年
- 二十歳を迎える。成人式は仕事のため出ることが出来なかった。
- この頃からギターの練習に励んでいる。
- 2006年
- デビュー5周年を迎えより精力的に活動。
- 1月26日、『慶太日記』が始まる。VISION FACTORY携帯公式サイトの有料会員になることで閲覧できる個人コーナーで、w-inds.メンバーの中では一番最後に設けられた。過度な改行と多様な絵文字が特徴。特に「はい(笑顔の顔文字)」というフレーズが文の区切りに何度も使われ、他にも犬などの絵文字を意味なく連続して並べたりと個性的な書き方をしている。第一回更新分ではちゃんとこまめに更新する事が目標と語っていたが第12回3月19日で現在更新は止まっている。
- FCイベントでMr.Childrenの楽曲をギターで弾き語りで披露した。公の場でギターを演奏するは初めて。
- 5月24日、グータンヌーボに一人でゲスト出演。
- 9月11日、VISION FACTORY携帯公式サイトにてソロデビューを発表。12日には橘慶太公式サイトが仮オープン(正式オープンは同月25日)。
- 10月11日、公式ブログ『橘慶太のブログ「道標-ミチシルベ-」』が始まった。
ソロワーク
シングル
- 『道標』c/w:愛のカタチ 声(2006年10月18日)
- テレビ東京系アニメ『家庭教師ヒットマンREBORN!』エンディングソング
- ミス慶應コンテスト2006 テーマソング
アルバム
その他
- 芸能人の多才な美術展 Art For Heart2003
- 芸能人の多才な美術展 絵画は地球を救う! ~ART FOR HEART 2004~
- 新・芸能人の多才な美術展 Art For Heart2006 絵画は地球を救う!
- 慶太の描いた貴重な絵画が展示された。出展された作品はマグカップや絵葉書になって販売され、収益金は厚生文化事業団の福祉活動に充てられた。
主なテレビ出演
- 音楽戦士 MUSIC FIGHTER(日本テレビ)
- Make On The Holiday(MUSIC ON! TV)
- 音魂(テレビ朝日)
- 爽快情報バラエティー スッキリ!!(日本テレビ)
- 魁!音楽番付(フジテレビ)
- POP JAM(NHK総合)
- 恋のから騒ぎ(日本テレビ)
- ミュージックステーション(テレビ朝日)
- ゴールデンタイムのレギュラー音楽番組には3年間露出が無かった。またミュージックステーションにVISION FACTORY所属の男性アーティストが出演するのはなんと9年ぶりである(最後は1997年8月1日出演のDA PUMP)。
エピソード
- 楽器も得意。特にピアノやアコースティックギターはファンの前で披露するほど。
- 運動神経抜群で特にサッカー、フットサルが得意。ボクシングやバスケットボールの経験も有り。
- 特技はものまね。レパートリーはえなりかずき、出川哲朗、森山直太朗など。最近ではボビーのものまねがお気に入り。
- メンバー2人を大事にしており、リーダーの千葉涼平が「今から行っていい?」とどんな時に聞いても「いいよ」と快く迎え入れるらしい。
- 芸能界で仲がいいのはキングコングの西野亮廣、梶原雄太、斉藤祥太、斉藤慶太。元D-LOOPのメンバーでTourbillonで活躍中の葉山拓亮(Forever memoriesなどの楽曲提供)とも仲がいい。葉山拓亮を通じて元LUNA SEAでTourbillonのメンバーのINORANとも仲がよく、ギターをもらったことがある。
- 胎児の時に飛行機事故で亡くなった坂本九を尊敬しているらしい。
- 母親は元DJ
ブログ
- 公式ブログには当初コメント欄が設けられており、日本を含むアジア圏のファンがコメントを寄せた。しかし開設直後2ちゃんねるで晒し目的のスレッドが立ち、狼住人やvipperらがこぞって書き込み炎上、12時間足らずでその数は5000件を超えた。翌日午前2時ごろ、コメント欄は削除された。