海兵隊
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海兵隊(かいへいたい、英:Marine)は武装組織の一種。上陸戦など、陸海空の複合的な戦闘力が求められる、複雑な統合作戦に対応することを主な任務とする。海軍に属することが多い。
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[編集] 概要
海兵隊は、海軍が独自に上陸作戦、港湾守備などの水陸両用作戦を行なう場合に用いられる部隊である。そのため、上陸作戦などを想定していない国家では海兵隊を組織しない。もっとも歴史をもつ海兵隊はイギリス海兵隊であり、もっとも大規模な海兵隊はアメリカ海兵隊である。海兵隊の名称や任務は、国や時代によって異なる。海兵隊を常設していない国家では、陸軍の舟艇部隊や海軍の陸戦隊を組織する場合がある。困難な任務が予想されるため、志願制による場合が多く、徴兵制の陸軍と比較した場合、士気は高いといえる。陸軍は、いわゆるカナヅチが多く、船酔いする者も多いため、一般的に上陸作戦などには適していない。歴史的には海軍から生まれた部隊であると考えられている。イギリス、オランダ、イタリア、ベトナム、イスラエル、レバノンなど海兵隊は、特殊部隊化している。韓国、台湾、スペインなどの海兵隊は米海兵隊を模範としており規模も比較的大きい。韓国・台湾の海兵隊(台湾は海軍陸戦隊)は自国領内に侵攻してきた敵部隊の背後に奇襲をかける逆上陸作戦を念頭に置いており、両海兵隊は特殊部隊としての任務にも力を入れている。海兵隊の規則や服装は陸軍と同じ場合が多い。海兵隊の定義とはやや異なるが、各国海軍は、戦闘や予算削減により艦艇を失うと陸戦隊化する場合がある。
[編集] 各国の海兵隊
[編集] イギリス
イギリス王室海兵隊(ロイヤルマリーン)は、帆船時代に敵の船に乗り移る、接舷斬り込みでマスケット銃や刀剣で戦闘する白兵戦部隊が起源である。大航海時代のイギリス海軍は海賊であり、もっともやんちゃな海賊が、イギリス海兵隊であった。植民地の獲得では、港湾の占領や警備にも活躍した。また、要人警護や水兵の風紀の維持など憲兵的な役割も果たしている。 当時,イギリス海軍の水兵は,原則として志願兵制であったが,名にし負う,地獄のような軍艦生活を志願する者は実に少なく,しばしば強制徴募(プレス・ギャング)が行なわれた。これは,士官を長とする数名の下士官兵で編成された強制徴募隊が,港町にいる,漁師・商船乗組員・浮浪者などといった人間を,無理やりに軍艦に徴募するものである。徴募された人間は,身元引受のしっかりした者や,東インド会社船員などを除いて,そのまま水兵として海軍の過酷な軍規の下に置かれる。ただし,強制徴募から数日以内に自発的に海軍の勤務を希望した者は,志願兵としての待遇が与えられた。
アメリカでも強制徴募は行なわれており,ハーマン・メルヴィルの小説「ビリー・パッド」は,優秀な商船乗組員が海軍に強制徴募されたのちの悲劇を書いている。
強制徴募兵は,常に海軍への不平不満を抱くのは当然で,時として反乱の温床になった。そのために水兵を直接に監視し,取り締まったのが海兵隊であった。
海兵隊員は海軍に属しながら,陸軍と同じような軍規で行動し,戦闘中は,戦闘配置を無断で離れる水兵を射殺する権限すら与えられたのである。いわば,督戦隊としての任務も担っていた。
現在のイギリスは沿岸警備隊(日本の海上保安庁に相当)を持たないため、海軍が海上警備活動を担当する。海上警備では、強行接舷を実施するため、海兵隊はその中核となって活躍する。イギリス海兵隊のSBS(特殊舟艇部隊)は優秀な特殊部隊として知られている。各国の海兵隊ではイギリス海兵隊を模して創設されたものが多い。
[編集] アメリカ合衆国
アメリカ海兵隊は上陸作戦・即応展開などを担当する精鋭部隊で、陸軍、海軍、空軍に並ぶ4番目の軍である。(ただし、陸海空軍には元帥位があるが、海兵隊の階級には元帥位が設定されていない。)同海兵隊の大きな特徴は独自の航空部隊(ヘリコプターのみならず固定翼の戦闘機や攻撃機)を保有している事であり(機体の所属マーキングも“MARINES”となっている)、この事により海軍機や空軍機に依存せず独自に地上支援任務を行う事ができる。アメリカ海兵隊が国外で行動する場合、議会の承認は必要なく、大統領命令のみで作戦を実施できることから、アメリカの殴りこみ部隊として認識されている。
アメリカ海兵隊はアメリカ独立戦争の際、酒場で募兵を行い、対イギリス海軍用の殴りこみ部隊(大陸海兵隊)として創設された。平和な時代には、何度も廃止の危機にあったが、海賊退治や、税関の強行摘発、沿岸警備隊などに協力して存続した。アメリカ海軍は、独立戦争後、予算削減のため廃止されたことがある。第2次世界大戦の上陸作戦では大いに活躍し、武名を轟かせた。アメリカ海兵隊は独自に戦闘機、戦車などを保有し、海軍の強襲揚陸艦により水陸両用作戦を行なって、橋頭堡を作ることができる。海兵隊の主任務は水陸両用作戦であるが、本来の任務とは外れるベトナム戦争においても活躍した。徴兵制が実施されていたベトナム戦争当時でも、アメリカ海兵隊に関しては全員志願兵であった。各国の海兵隊では現在のアメリカ海兵隊を模範としているものが多い。
[編集] ロシア
ロシア海軍歩兵部隊は米海兵隊以外で規模の大きい海兵隊である。もともとロシア海軍は貧弱であり、陸軍を補佐する沿岸防衛海軍という考え方が強く、海軍歩兵部隊は沿岸防衛部隊(海軍の地上部隊の一つで、地対艦ミサイル・長距離砲・沿岸レーダーを装備している)と共に海軍作戦の支援任務という事に主眼が置かれている。艦艇を失った海軍軍人を海軍歩兵として運用することが多いため、アメリカ海兵隊のように独立した軍種にはなれず海軍の歩兵部隊という地位に留まっている。
第二次世界大戦においては艦艇を失った多くの海軍軍人が地上部隊として同部隊に配属され、対ドイツ戦で勇名を轟かせたが、戦後、海軍歩兵部隊は廃止された。海軍歩兵部隊が復活したのは1960年代になってからであった。
実戦経験は豊富であり、内陸で行われたアフガニスタン戦争やチェチェン内戦においても出動しており、現在でもロシア軍の精鋭部隊である。また、陸軍・空軍にも存在するスペツナズと呼ばれる特殊部隊も保有している。
[編集] フランス
フランスの海兵隊は歴史的に米国・ロシアのそれとはやや異質のものとなっている。組織としては陸軍の海兵師団と海軍の海軍歩兵部隊がある。ただし、前者は歴史的経緯から「海兵」と名乗っており、緊急展開部隊ではあるが海兵隊としての上陸作戦能力は無く、空挺部隊が主力である。いわゆる「外人部隊」の一部を成し所属する隊員は外国人も多い。海外領土及び旧フランス領のアフリカ諸国(中央アフリカ、チャドなど)に多くが展開しており、こうした地域の防衛・警備任務が伝統的な主任務である。一方、後者は小規模であるが本来の海兵隊(海軍歩兵)の意味を成し、こちらは基地・艦艇警備及びコマンド作戦が主任務となっている。
[編集] イタリア
イタリアでは海軍に所属するサンマルコ両用戦大隊(サンマルコ海兵隊と訳されることもある)が上陸戦を担っている。
[編集] ギリシャ
ギリシャの海兵隊は陸軍に属している。
[編集] 中華人民共和国
中華人民共和国の人民解放軍陸軍は上陸作戦部隊を保有しているが、海兵隊(海軍歩兵)とは称さない。また人民解放軍海軍も独自に人民解放軍海軍陸戦隊を保有している。
[編集] 中華民国(台湾)
台湾では海軍陸戦隊が海兵隊に相当する。
[編集] 日本の場合
旧日本海軍は、明治4年から9年までという短期間であるが英国海軍を模して「海兵隊」という名の戦闘部隊を保有していた。砲兵科、歩兵科、楽隊・鼓隊で編成していたが、使用目的が不明確であり、国家財政の逼迫から廃止となった。海兵隊廃止後は必要に応じて艦艇の乗組員を武装させ臨時に陸戦隊を編成した。のちに常設の特別陸戦隊を創設し館山砲術学校で兵員を育成したが、上陸戦部隊というよりも上陸後の占領地の警備部隊としての性格が強いものだった。有名なものに上海特別陸戦隊がある。また太平洋戦争末期では、多くの海軍将兵が地上戦要員として港湾や飛行場の守備にあたった。
旧日本陸軍は第5師団(司令部:広島県)が上陸戦部隊としての性格をもっていた。日本陸軍は強襲揚陸艦や上陸用舟艇『大発:大型発動機艇』など多くの舟艇部隊、船舶砲兵隊を保有しており、海上機動力は諸国の陸軍と比較して大きかった。
自衛隊では、海兵隊が攻撃的な印象を持つとの政治的な理由から組織していない。ただし、陸上自衛隊の第13旅団(広島県海田市)が、北方機動特別演習の際に海上自衛隊呉基地からおおすみ型輸送艦に乗り込んで海上機動訓練を数度行っており、有事の際は日本全国に増援に駆けつける「機動旅団」としての性格付けがなされている。また、LCACを搭載したおおすみ型輸送艦が呉基地に集中配備されていることから、第13旅団は海兵隊に近い運用構想であるとみられている。また、陸上自衛隊の離島防衛部隊で、海からの侵入・強襲を行う西部方面普通科連隊があり、海上自衛隊では艦船への強襲・浸透のための部隊で、着上陸侵入訓練も行っている海上自衛隊の特別警備隊も小規模ではあるが、海兵隊的な任務を担う部隊と言える。