乱闘
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乱闘(らんとう)とは、明確な敵対意識を持った人間同士が、正対した形ではなく入り乱れた様相を呈しながら戦うことを指す言葉である。
乱闘は、もっぱらあまり組織化されていない集団同士による、激情的な敵対意識の結果であることが多い。戦闘の意図および方針が明確な場合には、乱闘になることはまれである。
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[編集] 軍事
中世以前の戦争においては、戦闘集団が必ずしも十分に組織化されておらず、また武器も刀剣が主であったため、敵味方の集団が入り乱れた状態で個別の切り合いが起きるなど、乱闘的な戦闘行動がしばしば起きたと考えられている。
一方、近世以降は世界各地で組織化された軍隊が登場し、また離れた場所から相手を殺傷できる銃砲が戦争の主流となったため、乱闘は白兵戦などの偶発的なものにとどまるようになった。
[編集] 私闘
国家レベルではない集団同士の抗争においては、現代においても素手、もしくは刀剣が用いられることが多く、乱闘の形態となることがしばしばある。ただし、特に工業先進国においては警察力の増大や教育の浸透により、こうした抗争自体が表立った形では発生しにくくなっている。
[編集] スポーツ
現代において、公の形で乱闘が見られるのがスポーツ分野である。スポーツは身体および知識を競うゲームではあるが、特に身体接触の激しいスポーツでは痛みや恐怖を伴うため、必然的に試合の相手に対する激情を生み出しやすい性質を持つ。ただし競技規則の範疇であれば、たとえ対戦相手同士が入り乱れた状態になっていたとしても乱闘とは呼ばない。スポーツで一般に乱闘と呼ばれるのは、規則外の行動によるものである。
[編集] 野球
野球においては、投手が投げた死球もしくは危険球に対して打者が痛みや危険を感じた結果として、打者が投手に向かって激情を伴った示威行動に出ることがある。この際、打者のチームメイトは加勢、投手のチームメイトは防御を主な目的として行動に加わり、結果的に乱闘状態になる。同様に、ベース上における守備側選手と走者との接触プレーから乱闘が発生することがある。また審判の判定に対する不服など、その他の理由から乱闘が生じるケースもある。
特にプロ野球においては、乱闘への参加はチームメイトとして当然の行動であるという不文律が存在すると言われていて、不参加者には罰金などの懲罰が科せられるとも言われる。元プロ野球監督の星野仙一は「乱闘を止める役割でもいいから出て来いと指示していた」と語っている。ただし、乱闘に参加する選手はバットやボールなどの「凶器」は使ってはいけないことになっている。これは乱闘自体に「こんな危険なプレーをして俺は怒っているんだぞ!」という示威的な意味合いが強く、相手の(長期離脱を伴う)負傷までは望んでいないためと思われる。例外としては、1998年にガルベスが審判の判定に激昂し、審判めがけてボールを投げつけた事件が有名。
かつて星野仙一の監督時代の中日ドラゴンズに在籍した岩本好広のように、乱闘要員としてベンチ入りしているとまで噂された選手も存在する。さらに、ファンにもこの種の乱闘を興行の一要素として許容する層がある。乱闘の原因となった選手・監督等が退場処分を受けることはしばしばあるが、長期の出場停止などの処分になることもまれにある。例えば上記のガルベスの件では"シーズンいっぱい出場停止"という重い処分が下されている。なお、1982年8月31日の阪神-大洋戦では史上最大の乱闘事件となり、柴田猛、島野育夫コーチが処分された。また1990年6月には金田正一監督が高木審判への暴行で退場、史上2番目の乱闘となった(高木はこれに憤慨して審判を退職した)。もっとも、反撃する立場のない審判に対する暴行を乱闘と定義してよいかは微妙である。
一方で、教育的見地を重視する学生野球(特に日本の高校野球や大学野球など)においては、乱闘を起こすことで競技会からの排除や長期の出場禁止など致命的な処罰に繋がるため、まず発生しない(が、明治大学と立教大学との間で発生したことがある。)。
野球の乱闘では、「番長」と呼ばれる清原和博が有名。また、仁志敏久と大西崇之は飛びひざ蹴りをしたこともある。
青木勇人は中村紀洋に死球を与えたのにも拘らずタフィ・ローズに突き飛ばされたことがあった。(その結果、青木はむち打ち症になってしまった)
[編集] フットボール系競技
サッカー、ラグビー等のフットボール系競技は、競技時間を通して激しい身体接触が続くなど、乱闘を引き起こす要因は多い。こうした状況で乱闘を防止するため、乱闘を起こした選手は即時退場処分となり、交代選手を出すこともできず、さらに数試合(あるいは数ヶ月)以上の出場停止といった罰則が与えられるのが一般的である。こうした長期間にわたる出場停止は選手の存在意義を失わせかねないため、抑止効果によって乱闘の起きる頻度は野球等よりも少ないと言える。また選手の欠場はチームにも重大な影響を与えるため、チームメイトは乱闘への加担より抑制や防御といった行動をとることが多い。
一方で、特にプロサッカーなどにおいては特定チームを支持するファン(サポーター)の思い入れが強く、しばしばサポーター同士が競技場内外で乱闘を引き起こすことがある。この熱狂した群集は「フーリガン」と呼ばれる。これは上述の私闘の一種であるという見方もある。
[編集] アイスホッケー
アイスホッケーでも乱闘がしばしば見られる。乱闘その他粗暴な行為はルール上認められておらず、ペナルティの対象となる。
それにもかかわらず、特にプロリーグなどにおいては、1対1の殴り合いが起こった場合、審判や他の選手は暫くの間これを放置することが通常である。ある程度殴りあったあと、審判が相互の選手対し5分間のメジャーペナルティを課すことが多い。この殴り合いにはお互い道具などを使わず、素手で行うといった半ば暗黙のルールがある。ゲーム観戦者の中にはこの1対1の殴り合いをフェアな戦いと喜ぶ者もいれば、暴力に眉をひそめる者もいる。
複数の選手が入り乱れる乱闘になりそうな気配を察知した審判は未然にこれを防止しようと務めるのが一般的である。乱闘は氷上にいる選手のみで行われるのが通常で、ベンチにいた選手が乱闘に加わるとその選手には複数試合の出場停止など重大なペナルティが課されるほか、チームに対し罰金などの処分が課される場合もある。
[編集] 格闘技
格闘技はおおむね個人の対戦であるため、入り乱れるという状況になることが起こりえない。ただし、プロレスリングにおけるタッグマッチなどにおいて、乱闘状態となることがある。リングから降りた場所での攻防が起きることがあり、これを一般に場外乱闘と呼ぶ。場外乱闘は激情を原因とすることもあるが、一方で興行的な作為によって引き起こされることもある。試合決着後もどちらか、あるいは双方が攻撃を続けて乱闘になるケースも日常茶飯事的に見られる。
[編集] 議会
議会においては話し合いによって意思決定が行われるのが建前であるが、対立関係にある個人あるいは政党の間で議論が白熱した場合、あるいは少数政党に不利な形での採決が強行されるような場合などで、乱闘に発展することがしばしばある。
20世紀終盤から21世紀初頭においても、日本、ロシア、韓国、台湾、インドなどの国会において、もみ合いや物の投げ合いなどといった乱闘行為が記録されている。特に台湾議会の乱闘は、通信社を通じて世界的に配信されることが多く、広く知られている。
[編集] 日本の事例
日本の国会においては、特に強行採決で以下のような乱闘が付随することが多い。まず多数党側が審議打ち切りおよび採決の動議を叫ぶと、それを合図とするかのように少数党側の議員が議長席あるいは委員長席に押し寄せ暴力により採決を阻止しようする。一方、多数党側の議員はそれを暴力で阻止するために同様に押し寄せ、乱闘の様相を呈する。ただし、乱闘とは言っても相手にケガを負わせるようなことはまずない。また少数党側の行動が直接的に成果を収めることもほとんどなく、多数党の動議が通り議案が可決されることになる。このような与野党間の乱闘に対しては刑事告訴がなされたこともない。そのためこの種の「乱闘」を与野党の水面下の合意のもとのパフォーマンスと見る向きもある。
乱闘に参加できるのは衆参それぞれの院自身に属する議員および衛視執行の任につく衛視に限るという不文律があり、別の院の議員や議員秘書などが加わると問題化される。また議長は警察官を衛視と同様の任につかせる法的権限を有するが、警察官を乱闘の場に導入すると同様に批判される。
こうした乱闘が繰り広げられた国会は一般に乱闘国会などと揶揄されるが、特に1954年の警察法改正に関わる衆議院本会議が、乱闘国会として歴史に名を残している。またこの時期に乱闘が多発したため、巻き込まれる国会職員に対して国会特別手当が支給されるようになり、これは俗に乱闘手当と呼ばれた。政府予算削減の流れと乱闘の減少に伴い、この手当は時代遅れと判断され、2005年度に順次廃止が決定した。