新橋 (東京都)
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新橋(しんばし)は、東京都港区と中央区にまたがる地域(行政区画上では港区の地名)。JR山手線・京浜東北線・東海道線・横須賀線・都営浅草線・東京メトロ銀座線、ゆりかもめが乗り入れる、日本橋、銀座に連なる繁華街、ビジネス街。サラリーマンの街として有名である。
また、関西人の中高年のサラリーマンの中では、新橋は東京の街として、渋谷や新宿よりも知名度が高い。
[編集] 歴史
由来は汐留川(新橋川)に架かっていた東海道の橋(現在の銀座八丁目交差点周辺)。1710年(宝永7年)、ここに芝口御門が造られた事により「芝口御門橋」と改称されたが、1724年(享保9年)に門が焼失、以後も門が再建されなかったので再び新橋の名に戻った。
1872年(明治5年)に新橋駅が開業、1882年(明治15年)にはここから日本橋まで日本初の馬車鉄道も開通し、東京の表玄関として発展する事となる。
町名としての新橋が登場するのは1932年(昭和7年)10月1日。(現在とは異なり、当初の新橋は七丁目まで存在した。) これにおいて、当時の新旧町名の対照は以下の通り。(出典:東京市告示)
- 新橋一丁目 = 二葉町、芝口一丁目、新幸町のほぼ全域、汐留町一丁目の一部、官有の無番地の一部
- 新橋二丁目 = 烏森町、日蔭町一丁目、芝口二丁目、官有の無番地の一部
- 新橋三丁目 = 愛宕下町一丁目、日蔭町二丁目、芝口三丁目、官有の無番地の一部
- 新橋四丁目 = 愛宕下町二丁目、源助町、官有の無番地の一部
- 新橋五丁目 = 愛宕下町三丁目、露月町、官有の無番地の一部
- 新橋六丁目 = 柴井町、愛宕下町四丁目の一部、官有の無番地の一部
- 新橋七丁目 = 愛宕下町四丁目の一部、宇田川町の一部、官有の無番地の一部
戦後は闇市が発展し、一時期、華僑・王長徳の勢力下にあった。 1947年(昭和22年)3月15日に、芝区は隣接する2区(麻布区・赤坂区)と合併し、港区が発足。これにより、新橋一丁目~新橋七丁目は、芝新橋一丁目~芝新橋七丁目に町名変更された。 1965年(昭和40年)7月1日に住居表示実施による町名変更・地番整理により、芝新橋のうち、(第一京浜(東海道、国道15号)より東の区域を東新橋に編入(ただし芝新橋一丁目の該当箇所は除く)、芝田村町の日比谷通りより東の区域を編入し、丁目境界を一部変更して、現町域・新橋一丁目~新橋六丁目となった。