沢田マンション
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沢田マンション(さわだマンション)は、高知県高知市薊野(あぞうの)北町に建設された、集合住宅である。鉄筋コンクリート建築を専門職として手掛けたことのない者が、夫婦二人で(のちにはその子も加わって)造りあげた。通称、「沢マン」(さわマン)。現況は、鉄骨鉄筋コンクリート構造、敷地550坪、地下1階地上5階建て、入居戸数約70世帯。
自身の製材業経験やマンション建設過程での発電・給湯などに由来する、沢田嘉農の発動機コレクション(メーカーに現存しない1936年製のものを含む)が展示してある。
増築に増築を重ねた外観から、軍艦島とともに並んで「日本の九龍城」とも呼ばれ、建築物探訪の名所のひとつとして知られる。
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[編集] 概説
大工が木造住宅をひとりだけで仕上げる、あるいは全くの素人がログハウスを組み立てる、というような例ならば、時折り見かけることがある。しかし、一応は大工の経験を積んだとはいえ、素人が独力独学で建てた鉄筋コンクリート造の建築物というのは、日本はおろか世界でも極めて珍しいものだろう。
沢田嘉農(さわだ かのう、1927年8月11日-2003年3月16日)は、高知県生まれ。幼少時に雑誌で見た「アパート」の様子に感動して、集合住宅の建築・経営を一生の仕事にすると思い定める。 尋常小学校卒業後、祖父の援助を受けて、土佐の山中で移動しながらの製材業を始める。1年間の兵役を経験。27歳で高知県中村市(現在の四万十市)に移り、地元の製材所で働く。大工・建築の弟子入りや修業経験も無いままに、自ら現場を手掛けて住宅の建て売り販売・分譲を開始し、その後はアパート経営などにも進出。この間32歳にして、当時13歳の妻裕江(ひろえ、1946年-)と結婚。
1971年、高知市薊野(あぞうの)に土地550坪を買い求め、沢田マンションの建設に取り掛かる。この時、沢田嘉農は44歳であった。建設開始にあたって建築確認は取らないままであり、役所の対応も「強度に文句は言わないが、手数料の用意ができたら許可は取ってくれ」という程度の、非常に大らかなものであったという。
30トンブルドーザーと大型パワーショベルを借り、地下6m以上を掘り抜いて、約10日間で岩盤に到達。その上に柱が建てられた。作業は、敷地内の西から東へと建て増すかたちで進行。鉄筋を配置した後のコンクリート打ち込みには、小学生の娘まで動員し「届かない足でレッカー車を運転して」生コンクリートを運び、セメントの練り込みをしたという。「設計図はわしの頭の中にある」と豪語して、きちんとした図面もつくらないままであった。屋上には夫妻自作のクレーン、製材所も設けられた。
当初の構想は「10階建て・入居数100戸」という壮大なものであった。沢田夫妻の希望で初めは、母子家庭など社会的に困難な状況にある人々に対して積極的に貸されていた。沢田嘉農の死去以降は、増築はされず改装など現状維持にとどまり、今日に至る。
沢田マンションの歴史はまた、度重なる行政指導や工事中止命令などの軋轢の歴史でもあった。現在では、住民で自主防災組織を結成し、年に一度の避難訓練を行なうなどして、行政との関係もおおむね良好である。
沢田マンションの形容として、「違法建築」「違法建築スレスレ」などとよく言われる。建築基準法における集団規定、単体規制への適合は別途検討の余地があるが、建築確認申請が出ていないというのは建築基準法第6条(建築物の建築等に関する申請及び確認)の規定に違反しているため、建築基準法第9条(違反建築物に対する措置)における違反建築物に該当する。 しかしながら多くの違反建築物と同様に、私有財産権の問題、入居者の居住権の問題などから高知市役所建築指導課の努力にも関わらず有効な指導が難しいのが現状である。
違反建築物であることで沢田マンションの存在意義を否定する立場もあるが、社会的ステータスの確立した建築物であっても厳密な法の適用によって違反性が指摘されるケースがあることは構造計算書偽造問題とその後の経緯などに限らず起こり得ることであり、多面的な検討が必要である。
他方、建設から相当の年数が経過していることから、雨漏り水漏れによる鉄筋の腐食なども心配されるところである。
[編集] 主な経過
- 1971年(昭和46年) 第1期工事(50坪)開始。
- 1972年(昭和47年) 基礎工事、水周り工事終了、1階部分6戸完工、入居開始。給水用として裕江が削岩機を用い、敷地内に井戸を掘り当てる。
- 1973年(昭和48年) 第1期工事終了、4階建て24戸。スーパーマーケット開店(以後5年間営業。のちには、鮮魚店や焼肉店さらには露天風呂付き共同浴場が設けられた時期もあった)。引き続き、第2期工事(140坪)開始。5階に大家である沢田夫妻の自宅住居を建設。高知市内初といわれる地下駐車場が完成(高さ3m、広さ140坪、収容台数25台。のちに270坪まで拡張)。
- 1975年(昭和49年) マンションの断熱を考えて屋上を土で覆い、畑作を開始。のちに水田にも。
- 1976年(昭和51年) 第2期工事終了。
- 1978年(昭和53年) 沢田嘉農、48人乗り大型バスを沢田マンション専用として購入。以後、嘉農自らの運転で住民が遊びに出かける、あるいは沢田家の家族旅行、などに利用される。
- 1983年(昭和58年) 第3期工事(70坪)開始。
- 1985年(昭和60年) 第3期工事終了。建物として、おおむね現在の規模となる。
- 1989年(平成元年) スロープを設置。3階まで車が進入可能に。
- 1991年 (平成3年) 作業用リフト完成。
- 1992年 (平成4年)1月6日 5階沢田家が全焼する火事が発生。マンションに関わる初期資料の多くを焼失した。
- 1994年 (平成6年) 道路から部屋を目隠しするため各階に、花壇を備えたテラスの整備を開始。
- 1996年 (平成8年) 現敷地に10階建て共同住宅の建築を計画し、有資格者の作成による建築確認申請書を提出、建築主事より確認済証の交付を受ける。(現状の建築物とは別件の手続きである点に留意)
- 1998年(平成10年) 4階に沢田の孫のためプール設置を計画するも、「魚を飼いたい」という孫の意向で池(25坪)に変更。「沢田民宿」「沢田旅館」営業終了。それまでの通常の入居に加えて、以後はウィークリーマンションのように、部屋の短期賃貸も行なう形式に。
- 1998年(平成10年)9月24日 98高知豪雨。高知市東部がほぼ2日間にわたり浸水。沢田マンション地下室も水没、油を近隣に流出させる事故が発生。
- 2000年(平成12年) 沢田マンション住民の間で卓球が流行する。
- 2001年(平成13年) 芝浦工業大学・東京理科大学合同チームで沢田マンションの調査が行なわれる。東京理科大学チームは翌年も調査を継続し、その成果は2002年度修士論文としてまとめられた。
- 2002年(平成14年)4月1日 沢田マンション公式Webページ『沢マンどっと混む』開設。
- 2002年(平成14年)6月 「第1回沢田マンション祭り」開催。5階屋上を中心に流しそうめんや飲み会などを行う。参加者数140名。
- 2002年(平成14年)8月 日本建築学会の学術講演会で沢田マンションに関する発表が行なわれる。
- 2002年(平成14年)9月 『沢田マンション物語』出版、高知県内でベストセラー。刊行当日、高知市建築指導課より建築行政指導が入る。この前後より20歳代 - 30歳代の住人が増加し、2004年頃には住民全体の三分の一にまで増加。
- 2002年(平成14年)10月30日より 高知市のギャラリーgraffitiにて「嗚呼沢田マンション27号室の日常展」を開催。
- 2002年(平成14年)11月 上記展覧会の関連企画として「沢田マンション秋祭り - 月見の宴」を開催。山田太鼓や尺八などのライブの他、沢田夫妻提供による樽酒ふるまいなど。マンション内のみどころを見てまわる「沢マンツアー」への参加者数はのべ130名を超えた。
- 2002年(平成14年) 沢田家の住居である5階屋上にかまぼこ形のリビングを増築。おおむね現在の外観となる。
- 2003年(平成15年)3月16日 沢田嘉農翁、肝臓病で逝去。享年75。
- 2003年(平成15年) 夏以降は沖縄、広島からの長期逗留客、インド人などとの長期逗留客と住人の交流が重ねられる。
- 2005年(平成17年) 『高知遺産』にて沢田マンションを紹介。同書の関係者の三分の一が沢田マンション住人。同書に関連して8月には東京で「高知遺産いきなり東京展」を開催。期間中のイベントとして住人と沢田による「沢マンナイト」を開催。
- 2006年(平成18年) 1月 大阪で開催の「けんちくの手帖」イベントで「沢田マンション」がテーマになる。
- 2006年(平成18年) 4月から3ヶ月間、期間限定のカフェ「weekend cafe sumica」が営業(既に閉店)。
- 2006年(平成18年) 大家経営のアロマセラピールームが営業開始。
- 2006年(平成18年)11月18日 「SAWAMAN EXPO 2006 沢田マンション秋祭り」を開催(住人の企画・運営による)。ジャンベのワークショップ・カフェ・雑貨・マッサージ・美容室など20近い出店がマンション内各フロアに展開。過去最大の300名前後の集客を記録した。
[編集] 地番住居表示
781-0010 高知県高知市薊野北町1-10-3
[編集] 関連書籍など
- 『ちくま文庫ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行 西日本編』都築響一・著 筑摩書房発行 2000年12月 ISBN 4-480-03592-3 (沢田マンションの収録は文庫版のみ)
- 『建築グルメマップ4 中国・四国を歩こう』 エクスナレッジ発行 2002年6月 ISBN 4-7678-0132-X
- 『沢田マンション物語』古庄弘枝・著 情報センター出版局発行 2002年8月 ISBN 4-7958-3852-6
- 『「沢田マンション」のなりたちと生活空間 -セルフビルド集合住宅に関する考察-』加賀谷哲朗・著 東京理科大学大学院 理工学研究科建築学専攻 2002年度修士論文
- 『STUDIO VOICE 345号 アーティストたちの旅』 インファス発行 2004年8月
- 『事例で読む 現代集合住宅のデザイン』日本建築学会住宅小委員会・編 彰国社発行 2004年9月 ISBN 4-395-00723-6
- 『四国旅マガジンGaja 23号 現代建築を旅しよう』 エス・ピー・シー発行 2005年3月
- 『高知遺産』高知遺産プロジェクト編著 ART NPO TACO発行 2005年4月
- 『MEETING CARAVAN』N-mark編著 BookART1929発行 2005年10月 ISBN 4-902736-03-9
- 『美術手帖2006年8月号 アートの旅にでかけよう』美術出版社 2006年7月
- 朝日新聞 2006年8月23日付、および30日付 生活/住まい面 『わが家のミカタ 夏スペシャル』 「モーレツ 沢田マンション伝説」
- 『Lingkaran(リンカラン) vol.20(2006年10月号)』ソニー・マガジンズ 2006年10月
[編集] 沢マンでのロケ作品(TV)
- ABC朝日放送テレビ 『探偵!ナイトスクープ』 「高知の九龍城 軍艦島マンション」 探偵・桂小枝 1994年6月10日放送
- ABC朝日放送テレビ 『探偵!ナイトスクープ』 「再び爆笑!軍艦マンション」 探偵・桂小枝 2000年7月7日放送
[編集] 沢マンでのロケ作品(写真集)
- 『週刊プレイボーイ 2005年9月6日号』岩佐真悠子・グラビア (栗山秀作・撮影)
- 里中あや写真集「初恋電車」(栗山秀作・撮影) ワニブックス 2005年11月 ISBN 4847028988
- 同書付録のDVD冒頭は沢田マンションでの撮影風景などが収録されている
[編集] 沢マンを訪問した有名人
- 桂小枝 (タレント・1994年)
- 島崎和歌子 (タレント)
- 磯野貴理子 (タレント)
- 沢野ひとし (イラストレーター・2001年頃)
- 内藤廣 (建築家・2003年)
- 岩佐真悠子 (タレント・2005年)
- 里中あや(タレント・2005年)
- 高山なおみ (料理研究家・2005年)
- 宮脇修一(海洋堂社長・2006年)
- 村上隆(美術家・2006年)
[編集] 少人数自力建築の例
[編集] 国内
- 「喫茶・大菩薩峠」-- 島利喜太(しま りきた)
- 徳島県阿南市福井町土井ヶ崎115-10
- 1966年(昭和41年)頃建設着手、1971年(昭和46年)10月10日オープン。未完成。
- 『とくしま建物再発見』 第17回 「喫茶・大菩薩峠」 ロマンとエネルギー凝縮 徳島新聞 2001年8月25日付
- WARAU YODARE 笑うよだれ 2006.06.27 「大菩薩峠」
[編集] 海外
このような独力での建築は、海外では一般に self build などとも呼ばれる。
- 「シュヴァルの理想宮 (Palais idéal)」 -- フェルディナン・シュヴァル (Ferdinand Cheval)
- 「ワッツ・タワー」(en:Watts Towers)」 -- サイモン・ロディア(en:Simon Rodia)
- 鉱山や工事現場で現場労働者として働いた後に、ロサンゼルスの貧民地区に塔を建設。
- Towers, The (1957)(ワッツ・タワーの記録フィルム)
- 「ボトル・ヴィレッジ (瓶屋敷)」(en:Grandma Prisbrey's Bottle Village) -- トレッサ・プリスブリィ (Tressa Prisbrey)
- ロサンゼルス郊外に、お婆ちゃんが瓶とセメントでつくった「ごみ屋敷」。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- -沢田マンションどっと混む(沢田マンションの公式Webページ。各部屋にライブカメラを設置し中継放送実施など。2005年に運用を終了)
- LIFT -沢田マンション交換日記-(沢田マンションの住民が共同で書いているブログ。空き室情報も。)
- sawaman room11(住人のブログ)
- 高知逍遥ブログ百足館通信(住人のブログ)
- 沢田マンション95号の生活(住人のブログ)
- 土佐人がウキウキブギウギな高知周辺を見せちゃうき(元住人のブログ)
- 沢田マンション観察日記(元住人のブログ)
- けんちゃんのどこでもコミュニティ 2003年10月 沢田マンションのみなさん 日本一有名なマンションの住民たち
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