金剛山 (朝鮮)
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金剛山 | |
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九龍淵にある滝へ向かうルート | |
各種表記 | |
チョソングル: | 금강산 |
漢字: | 金剛山 |
平仮名: (日本語読み仮名): |
こんごうさん |
片仮名: (現地語読み仮名): |
クムガンサン |
ラテン文字転写: | {{{latin}}} |
ローマ字転写: | Kŭmgang-san |
金剛山(クムガンサン)は、太白山脈に属する朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)江原道にある山。最高峰は毘盧峰で、標高1638メートルである。古来朝鮮半島では、白頭山と並ぶ名山とされてきた。
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[編集] 名称
金剛山とは華厳経の中からとった名称とされている。金剛山の峰々の数は一万二千峰あると言われてきたが、この一万二千という数字も同じく華厳経にある数という。また金剛山には蓬莱山、楓岳山、皆骨山というよく知られた別名がある。蓬莱は夏、楓岳は秋、そして皆骨は冬の金剛山を指す言葉として用いられている。
[編集] 概要
金剛山は古くからかなり広い地域を指す言葉であり、現在でも金剛山の範囲は東西40キロ、南北60キロとされている。もっとも範囲の定義はかなりあいまいな面もあり、特に一番広い定義を採用した場合、南端のごく一部は韓国側にかかることになる。
金剛山は内金剛(ネクムガン)、外金剛(ウェクムガン)、海金剛(へクムガン)の、大きく3つの地域に区分されている、最高峰であるビロ峰がある中央連峰を境とし、西側を内金剛、東側を外金剛、東端の海岸部が海金剛である。日本統治時代には外金剛南部を新金剛(シンクムガン)と呼んでいたが、現在はほとんど使われていない。また、現在の北朝鮮や韓国ではもっと細かく22ないし23区域に分ける方式も採用している。現在韓国からの観光が行われ、金剛山観光地区が制定されているのは外金剛と海金剛の一部である。
内金剛や外金剛では、花崗岩からなる奇岩怪石が連なる山々や美しい渓谷の景観を堪能することができる。外金剛が荒々しい男性的な景観であるのに対して内金剛はどちらかというと穏やかな女性的な景観であると言われる。そして海金剛では海や湖の絶景が楽しめる。自然の美しさばかりではなく、新羅時代より仏教が盛んであった金剛山には、由緒正しい寺や石塔、石仏などが多くあって、自然美との調和が魅力であったが、朝鮮戦争の結果、多くの文化財が破壊されてしまった上に、北朝鮮時代になって金日成、金正日親子を称える文字を大々的に岩に刻み付ける行為が続けられ、景観に大きなダメージを与えている。また外金剛には古来有名な金剛山温泉があるなど、金剛山は様々な観光資源に恵まれた場所である。
[編集] 日本統治時代の金剛山
日本では「こんごうざん」の名で呼ばれたが、20世紀初頭は交通の便が極めて悪く、金剛山を訪れる人も極めて少なかった。しかしその美しさが知られるにつれて「日本有数の名山」とされ、徳富蘇峰や若山牧水などの著名人が金剛山を紹介したこともあって、金剛山は広く世に知られるようになった。やがて鉄原(当時は「てつげん」、現在は「チョロン」)から金剛山電気鉄道という私鉄によって内金剛の麓まで、朝鮮総督府鉄道の東海北部線によって外金剛の麓までアクセスが可能になると、金剛山は一大観光地となった。外金剛に当時朝鮮半島有数のスキー場が作られ、山スキーも盛んに行われるなど、金剛山には四季を問わず観光客が集まるようになり、日本式や朝鮮式の旅館が立ち並び大いに栄えたという。金剛山を国立公園とする運動も起こったが、それは実現しなかった。
[編集] 韓国からの観光
韓国の現代財閥会長鄭周永は金剛山付近の出身で、北朝鮮当局と話し合って韓国からの金剛山観光を実現させた。1998年11月韓国江原道東海港を出港する船で韓国からの観光が始まり、2000年3月からは釜山港からも観光船が出航した。2001年7月以降は江原道束草港から出航する雪峰号に一本化され、2003年9月以降、南北間の軍事境界線を直接越える陸路観光が本格開始され、2004年1月以降は陸路観光に一本化された。
現代財閥は巨額の観光料と引き換えに北朝鮮側から金剛山の独占開発権を取得し、様々な観光資源に恵まれた金剛山の本格開発を計画したが、当初、巨額の観光料と設備投資の割には観光客が集まらなかった。そして北朝鮮側との交渉の難航、現代財閥の内部対立などもあって予定通りには観光開発が進んでいない。
一方、2002年10月には金剛山は北朝鮮の観光地区に指定され、陸路観光の定着とともに観光客も増え、金剛山では南北分断で別れ別れになった離散家族の再会事業が行われるなど、韓国と北朝鮮との窓口としての役割を果たすようになっており、韓国国内では金剛山観光を開城工業団地とともに太陽政策の成果として評価する声も高い。
しかし2006年7月の北朝鮮のミサイル発射問題の影響で、離散家族再会事業は北朝鮮側から中止が表明され、北朝鮮に観光料が支払われる金剛山観光の是非についてアメリカから問題提起がなされた。同年10月の核実験後は特に金剛山観光に対する内外の批判が高まり、更には観光客そのものも減少しており、金剛山観光の継続が危ぶまれている。
陸路観光は束草市の北にある江原道高城郡の南北出入事務所前からバスに乗って金剛山へ向かい、またバスで戻ってくる形で行われている。北朝鮮と韓国は互いに公式には国家として認めていないため、査証は必要ない(入国審査はある)。料金は2泊3日で30万ウォン(3万円)くらいからあるが、季節や宿泊施設の等級によってはもっと高くなる。ちなみに観光客一人当たり一定額の観光料を北朝鮮側に支払うことになっており、2泊3日の場合の観光料は80ドルである。金剛山ではハイキングの他に温泉や海水浴、更には北朝鮮のサーカスや歌といった観光メニューがあり、現在、ゴルフ場の建設も進んでいる。(2006年7月現在)。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 金剛一万二千峰(詳細な日本語サイト)
- 現代峨山金剛山観光公式サイト(韓国語)
- 現代峨山公式サイト(韓国語)
- 現代峨山公式サイト(英語)
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