アスベスト問題
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アスベスト問題(アスベストもんだい)とは、石綿(いしわた、せきめん)英語では別名をアスベスト (asbest) による塵肺、肺線維症、肺がん、悪性中皮腫などによって起こる人体への健康被害問題のことを指す。
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[編集] 概要
石綿(アスベスト)はそれ自体が問題ではなく、高濃度に飛び散ること、長期にわたって大量に吸い込むことが問題となる(少量なら問題にならない)ため、労働安全衛生法や大気汚染防止法、廃棄物の処理及び清掃に関する法律などで予防や飛散防止等が図られている。
アスベストと肺ガンの関係については1938年にドイツの新聞が公表した。ナチス・ドイツはすぐに対応し、アスベスト工場への換気装置の導入、労働者に対する補償を義務づけた。しかし、ナチス時代の研究は第二次世界大戦後無視されていた[1]。
空気中の大量のアスベストが人体に有害であることを指摘した論文はすでに1964年の時点で公開されている(水道水には通常、大量のアスベストが含まれているが無害であると言われている)。アスベストの製造物責任を世界で最初に追及されたのはアメリカのマンビル社だ。1973年に製造者責任が認定されると、類似の訴訟が多発し、1985年までに3万件に達した。マンビル社自体も1981年の段階で被害者への補償金額が3,500万ドルを超えた。更に同社だけで2万件近い訴訟の対象となり、最終的な賠償金の総額が20億ドルに達することが推定できた。このため、同社は1982年に連邦倒産法第11章(日本の民事再生法に相当)を申請し倒産した。このような動きを受け、世界的にアスベストの使用が削減・禁止される方向にある。
日本では1975年9月に吹き付けアスベストの使用が禁止された。2004年までに、石綿を1%以上含む製品の出荷が原則禁止される。大気汚染防止法で、特定粉じんとして工場・事業場からの排出発生規制。廃棄物処理法で、飛散性の石綿の廃棄物は、一般の産業廃棄物よりも厳重な管理が必要となる特別管理産業廃棄物に指定されている。なお、2005年には、関係労働者の健康障害防止対策の充実を図るため、石綿障害予防規則が施行された。
また、アスベストはWHOの付属機関IARCにより発癌性がある(Group1)と勧告されている。アスベストは、肺線維症、肺がんの他、稀な腫瘍である悪性中皮腫の原因になるとされている。
2005年にはアスベスト原料やアスベストを使用した資材を製造していたニチアス、クボタで製造に携わっていた従業員やその家族など多くの人間が死亡していたことが報道された。クボタについては工場周辺の住民も被害を受けているとの報道もあった(クボタは周辺住民の健康被害との因果関係は不明としている)。その後も、造船や建設、運輸業(船会社、鉄道会社)などにおける被害が報じられ、2005年7月29日付けで厚生労働省から平成11年度から16年度までの間に、全国の労働基準監督署において石綿による肺がんや、中皮腫の労災認定を受けた労働者が所属していた事業場に関する一覧表が公表された。(外部リンク参照)
日本政府は2005年6月にクボタ旧神崎工場(兵庫県尼崎市)で周辺の一般住民に被害が及んだと言われたことを重視して新法成立を推進。参議院本会議は2006年2月3日、「石綿による健康被害の救済に関する法律」と被害防止のため石綿の除去を進める関連3法(改正法)を自民、公明などの賛成多数で可決・成立した。民主党、日本共産党、社会民主党は被害者の救済が不十分であるなどとして反対した。これにともない厚生労働省は、中皮腫や肺癌の認定基準を政令で定め、同時に保健所などで被害者の給付申請を受け付けの準備に着手する。給付額は政令が定めるが、死亡した被害者の遺族には特別弔慰金280万円と葬祭料20万円の計300万円、治療中の被害者には医療費の自己負担分と月額10万円の療養費の給付などが可能となる。
なお環境省では、建築物の解体によるアスベストの排出量が2020年から2040年頃にピークを迎えると予測している[2]。年間100万トン前後のアスベストが排出されると見込まれ、今後の解体にあたって建築物周辺の住民の健康への影響が懸念されている。
[編集] アスベストによる健康上のリスク
[編集] 法定基準
アスベストは浮遊粉塵であると同時に繊維物質であるので、単位は本(f)で表される。 1989年に行われた大気汚染防止法の改正で、大気中アスベスト敷地境界基準は10本/1リットル以下を遵守することと定められた。この数値は、世界保健機構 (WHO) が1986年に出した「環境保健クライテリア53」の中で、都市部の一般大気中の濃度が1リットル中1~10本で健康へのリスクが著しく低いとしたことから決められた[3]。また、アメリカが米国アスベスト対策法で定める数字と同じである。
- 法定、工場付近の石綿粉じん管理濃度 = 1万本/立方メートル
0.01本/立方センチメートル=10本/リットル=1万本/立方メートル
- 法定、工場内石綿粉じん管理濃度 = 15万本/立方メートル
平成16年10月1日厚生労働省告示第369号による。工場内では0.15本/立方センチメートル = 150本/リットル = 5万本/立方メートル
[編集] 石綿による健康被害の救済に関する法律
平成18年3月27日に、石綿による健康被害の救済に関する法律 が施行された。これにより、アスベストによる健康被害による死亡者の遺族に対して約280万円が支給される。しかし生前に認定の申請が行われていなければ、救済支給はされない。
[編集] アスベストによると思われる死者数
アスベストを使用した製品の製造工程、作業に従事した従業員の健康被害(特に死亡例)が、2005年6月末頃からにわかに日本国内のマスコミに報道されるところとなり広く知られることとなった。
※2005年7月7日現在で報道されたもの
- 旭硝子:1人
- ウベボード(宇部興産の子会社):6人
- エーアンドエーマテリアル:6人
- クボタ:58人
- 太平洋セメント(旧秩父セメント):16人
- ニチアス(旧日本アスベスト):86人
- 日本インシュレーション:8人
- 日本バルカー工業(関連会社含む):20人
- ノザワ:5人
- 三菱マテリアル建材(三菱マテリアル系):2人
- ほか4社:計5人
※その後、新たに社名が報道されたもの
- リゾートソリューション(旧ミサワリゾート):12人
- 中谷商店(ニチアスの子会社):1人
- 竜田工業(ニチアスの子会社):9人
- ニチアスセラテック(ニチアスの子会社)の前身:4人
- 日清紡:2人
- 日本ピラー工業:1人
- 神島化学工業:1人
- 住友重機械工業:14人
- ユニバーサル造船
- 旧JFEエンジニアリング:7人
- 旧日立造船:3人
- 川崎重工業:1人
- 日本通運:3人
- 日立化成工業:1人
- 東京ガス:1人
- マツダ:2人
- 富士重工業:1人
- 日立製作所:3人
- 東日本旅客鉄道:1人
- 石川島播磨重工業:20人
- 三菱重工業:21人
- 三菱ふそうトラック・バス:1人
上記の被害者は主として大企業でのデータである。
2005年8月27日公表の経済産業省のアスベスト(石綿)製造企業の健康被害に関する実態調査によれば、健康被害者は59社・557人に上り、このうち451人がガンの一種である中皮腫やじん肺で死亡している。
アスベストによる健康被害は労働者だけではなく、その家族やアスベスト関連事業所周辺の住民にも被害が及んでいた疑いも持たれ、近隣住民の被害、政府の規制遅れが大きな問題となっていた。2005年8月26日、政府は関係閣僚会議を開き、アスベスト健康被害者救済の特別立法制定を正式に決定した[4]。
小池百合子環境相は「完全な科学的な根拠が無くても今後は予防的に対処する」としている[要出典]。
クボタの旧神崎工場が問題となったとき、クボタは「旧神崎工場に周辺住民に被害があったとは確認していない。しかし、アスベストが工場から飛散しなかったとも言い切れず、迷惑を掛けた可能性は否定できない」として、因果関係についての断定を避けた。一方で2006年08月24日に、救済金として旧神崎工場の半径1.5キロまでの13人への支払いを行った。
[編集] アスベスト(石綿)による労働災害
2007年1月22日、三菱ふそうトラック・バスは、2006年8月に中皮腫(ちゅうひしゅ)で死亡した元男性従業員(当時68)について、アスベスト(石綿)による労災申請が認定されたと発表した。同社で石綿関連の労災が認定されるのは初めて。同社の神奈川県川崎市の工場では、1995年までブレーキ部品の一部に石綿含有物を使用していた。
[編集] アスベストの撤去作業の危険性
被害者(死者)のほとんどはアスベスト製造工場の粉塵の中で長期間労働した人である。アスベストの製造が禁止された現在の日本ではこの問題は無くなったと言われている。残された大きな問題は、建造物の中に大量にアスベストが含まれ、将来解体するときアスベスト粉塵がを長期間吸う労働者に健康被害の発生する懸念である。
しかし、アスベストは建造物を解体しない限り危険性はないと言われる(普通、アスベストを含んだ建材は粉砕しないと空気中には飛散しない)「尼崎市保健福祉局」「WHO」。アスベスト吹き付け工事直後や解体工事時には多量のアスベストが飛散する恐れがあり、一連のアスベスト騒動で心配になったからといって、性急に除去工事を行うことはリスクを増大させる恐れがある。学校・病院等公共建造物ではアスベストの撤去作業を進めているが、解体作業者の安全性を考えると、アスベストを撤去した方が安全なのか、そのまま撤去しない方が安全なのか議論の分かれるところである。 学校等の解体作業者が将来20~40年後中皮腫になる事についての懸念が持たれており、この懸念を「2040年問題」という言葉で表現する者もいる。
また「アスベスト工事除去後に必ずしもアスベスト飛散量が減少していない」との報告があるように(入江ら 1989[要出典])、除去工事の方法やその効果も十分には検討されていない。環境学者の中では「室内や空調にアスベストを使用していても、大気中のアスベスト濃度とさほど変わらない基準値を超えないえない」という見解でほぼ一致している。
安全なアスベスト除去法が示されるまでは、除去工事による利益と危険性を考慮し、慎重に対応する必要があるだろう。
[編集] 通常の環境におけるアスベストの存在量
通常の居住空間や自然界ではどの程度のアスベストが存在しているかについての調査結果の例を示す。
- 大気中のアスベスト:0.19~2.83本/L(平均:0.63本/L)(佐藤ら 1988)[要出典]
日本の一般住宅では上記の濃度であればアスベストは(八畳の部屋で約10万本)含まれている[要出典]。一般大気中にはアスベストが少量(約0.1-10本/リットル=100~1万本/立方メートル)存在するとされる[要出典]。
水道水中には多量のアスベストが含まれている[5]が危険性はないとされている。大阪市など多くの自治体では水道水中のアスベスト数についての公表はしていない。これは、アスベスト繊維が大きすぎるので体内に吸収せず、危険性はないためとしている[要出典]。WHOでも水道水中のアスベストに問題は無いとしている[要出典]。
[編集] 天然由来の鉱物アスベスト
アスベストは人が合成したものではなく、天然由来の鉱物である。海外の産地としてはカナダ(クリソタイル)、南アフリカ(クロシドライト)が有名。石綿(アスベスト)の繊維一本の細さは大体髪の毛の5000分の1程度の細さである。
[編集] アスベスト被害が心配な人のレントゲン無料検査
大阪市、尼崎市などはアスベストを吸った心配のある人にはレントゲン写真を無料で撮る検診サービスを実施している(肺の組織を採ってアスベストの確認をするわけではない)。
工場等で大量のアスベスト等の粉塵が舞う中での長期間の作業は健康上良くないのは、レントゲン検査で影が映ることから、昔も今も常識として知られている。昔の労働者は貧しく仕方が無いと諦めるのが一般的であったが、今では人々の生活が向上し寿命が延び、健康に関心が集まり、アスベストは大きな社会問題になっている。
[編集] 空気中のアスベストの調査方法
空気を一定時間機械で吸い込み、フィルターを通して、フィルターにたまったアスベストの繊維を顕微鏡を使い、人の目で本数をえる。各企業、各自治体では、小学校の屋上、吹きつけアスベストを使った部屋などの空気中のアスベスト検査を検査会社等に委託して、検査している。
[編集] アスベストの代換建材の安全性
まだ、検証途中である。危険性も否定できないと言われる。 安全といわれ推奨されていたアスベストも20~40年後危険性が指摘されている。
[編集] 参考文献
- Owen WG. Diffuse mesothelioma and exposure to asbestos dust in the Merseyside area. 『British Medical Journal』1964 Jul 25;5403:214-8. - 中皮腫 (mesothelioma)とアスベストへの暴露の関係を調査した論文
[編集] 外部リンク
- 日本石綿協会
- 石綿健康被害(独立行政法人 環境再生保全機構)
- 新アスベストについて考えるホームページ
- 石綿対策全国連絡会議(BANJAN)ホームページ
- 被災地のアスベスト対策を考えるホームページ
- 中皮腫・じん肺・アスベストセンター
- じん肺とアスベスト被害
- 日本鉱物科学誌35号(3-10,2006)・解説資料「アスベストとは何か」(PDF-8頁)
[編集] 政府
- 首相官邸: アスベスト問題
- 厚生労働省: 厚生労働省:アスベスト(石綿)情報
- 厚生労働省: アスベスト(石綿)についてQ&A
- 国土交通省: アスベスト問題への対応について
- 環境省: アスベスト問題に係る政府の対策について
- 文部科学省: アスベスト対策について
- 総務省: アスベスト問題への対応について
[編集] ニュース
[編集] 脚注
- ^ 武田知弘『ナチスの発明』彩図社、2007年。ISBN 4883925684
- ^ 船坂 邦弘、鶴保、森『アスベスト問題の現状と課題』生活衛生、Vol. 50、p.333-337 (2006) J-STAGE
- ^ World Health Organization編 "Environmenta lHealthe Criteria" 53巻
- ^ 特集「拡散するアスベスト被害」 - 日経BPのページ
- ^ 羽村市浄水場8.5万本/リットル。三鷹市浄水場12万本/リットル。東京都立衛生研究所、1987-1988調べ。
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