エンドーチェーン
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エンドーチェーンは、宮城県仙台市を本拠地とする地域密着型スーパーマーケットであるが、ブランド名としては現存していない。現在は、駅前ビル「E.beans」と不動産賃貸業を経営している。
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[編集] 小史
遠藤養吉(えんどうようきち)が、戦後直ぐ、黒川郡吉岡町(現・大和町吉岡)に遠藤養吉商店を開店。昭和30年代に、東北地方初となるスーパーマーケット「エンドーチェーン」を仙台市宮町にオープンする。その後店舗を徐々に拡大していき、宮城県ほぼ全域に店舗を構えるまでとなった。また、仙台駅前に駅前立地型の大型店舗を開店。フロア10階、吹き抜けのある大きな建物であった。この店舗は仙台市民、宮城県民に受け入れられ、「エンドーチェーン」の代名詞となり、創業者は「宮尾すすむのああ日本の社長」に取り上げられた。
しかし、エンドーチェーン全体では、中心部ではダイエーやジャスコといった他県資本の大手チェーン(ともに1975年に仙台店開業。後にジャスコはフォーラスに業態変更)、郊外では藤崎スーパーマーケット、トーコーチェーン、岡崎スーパーマーケットなどの地元資本のチェーンとの競争が激化。徐々に体力を消耗していく。一時は東京都や岩手県、福島県などにあった宮城県外の店舗も軒並み閉鎖した。宮城県内でも駅前に立地する店舗を中心に半数近い店舗が閉鎖された。
1991年3月、経営の打開策として、エンドーチェーンは西友と業務提携。店舗網を拡大したい西友と思惑が一致した結果であった。
1997年には、スーパー部門の「エンドーチェーン」(現:東北西友)、不動産部門の「エステートエンドー」の2社に分割した。2000年以降、エンドーチェーンは店名を徐々に「SEIYU」に変え、宮城県民に親しまれたエンドーチェーンのロゴマークは次々に消えていった。
基幹店であった仙台駅前店も西友百貨店事業部(現在のLIVIN)に業務委託され、「SEIYO(セイヨー)」に名称を変更した。しかしかつて栄華を誇った「エンドーチェーン」に比べ、「SEIYO」は規模を縮小した店舗となった。8階以上は閉鎖、ファッション部門以外は、ゲームセンター、地下一階の食料品売場を残すのみとなった。結局、「SEIYO」は西友が手を引き、営業終了。旧SEIYOはエステートエンドーが運営するテナントビル「E.beans(イービーンズ)」となった。
「E.beans」は、地下1階~3階までを若者向けをターゲットとしたテナントが入り、ファッションゾーンを展開。4階以上は、100円ショップ「ザ・ダイソー」や、薬局の「ダルマ」、中古レコード店「パラダイスレコード」、書店「ジュンク堂書店」、アニメショップ「喜久屋書店」なども展開している。仙台駅前という好立地を生かし切れなかった「SEIYO」に比べ、売り上げを回復している。しかし、食料品売場は展開せず、エンドーチェーンや、SEIYOの面影はなくなった。
2003年6月、「エステートエンドー」は「エンドーチェーン」に社名を戻した(東北西友はそのまま。小型スーパーも「SEIYU」のままである)。E.beansの看板もお色直しされ、「E.beans」の下に「エンドーチェーン」というロゴが設置され、話題を呼んだ。9年ぶりの「エンドーチェーン」の復活ともいえる。
2006年4月29日に「一日限りの屋上開放」と題し、E.beansとなってから初めて屋上が開放された。屋上ではフリーマーケットが開催され賑わった。
[編集] ロゴマーク ”レインボーマーク”
エンドーチェーンのロゴマーク(社章)は、「レインボーマーク」という。長年親しまれてきたが、全店舗が東北西友になった後は見かけることはほとんどなくなった。しかし、2006年1月1日河北新報朝刊のイービーンズの初売り広告には、エンドーチェーンのロゴマークが掲載されている。
[編集] エンドーチェーン仙台駅前店(現・E.beans)
「エンドーチェーン」から「E.beans」になるまで、殆ど改装などはしておらず、変わっていない。当時あった仙台駅前のエンドーチェーンの全貌について述べる。
[編集] 全体
現在は、建物の老朽化が進んでいる。駅前に面しているほうは吹き抜けとなっており、白色に塗られていた。現在も、吹き抜けはあるが、赤と青に塗り替えられている。
[編集] サテライトスタジオ
1階にはサテライトスタジオもあった(現在はなし)。TBCラジオの「エンドーミュージックショーウィンドー」という番組の生放送が行われ、全盛期には2階の吹き抜けからの見物客もたくさんいた。
[編集] フロア
駅前立地型の大型総合スーパー(GMS)である。おもちゃ売り場、レストランなどがあった。デビュー当時、1974年の荒井由実はサテライトスタジオや屋上広場でなくフロアで拡声器を持ってプロモーション活動をしたという伝説がある。
[編集] 屋上広場
南野陽子や、松田聖子、SMAPなどが来仙し、コンサートを開いていたりしていた。また、東映・東映動画とのタイアップによるキャラクターショーも80年代初め頃までは毎週末に行われていた。夏場は「ジャブジャブ広場」と名付けられた足をつけるだけのプールなどを開いていた。勝つと4本セットのクルクル鉛筆、負けても4本セットの内の1本がもらえたジャンケン大会なども懐かしまれる。現在は、基本的には開放していない。
[編集] 駐車場
店舗隣に駐車場がある。現在は、土地所持者の日本通運に売却されている。
[編集] その他
[編集] 子供用オリジナル玩具
- ユーユークルクル
- ローズボンボン
- アンジュボンボン
[編集] 催事
「ツタンカーメン展」、「大恐竜展」、「プロ野球展」、ほか多数。
これらの催事では、触るのが可能な特定の展示物に触ると「○○タッチ証明書」(恐竜の化石では「サウロタッチ証明書」)なるものがもらえた。触れるものは化石の他、金の延べ棒などがあった。
[編集] メディア連動
全盛の頃にはエンドーチェーン独占提供のテレビ番組が複数放映されていた。 子供向けに日曜の朝に放映された「ドッチラチン」(ミヤギテレビ)などは、ローカルタレントのヨースケくんや工作のQ六先生などを輩出し、毎週のように各地の小学校でドッチボール大会や相撲大会を開催して放送していた。番組内では当日、エンドーチェーンの各店舗で行われるイベントの告知も行われた。他、「世界名作劇場」枠のアニメの宮城県内での初回の再放送(仙台放送が放映)など、1980年前後には日曜日午前中の各局の物語アニメの再放送のスポンサーになっていた。
祝日の午前を中心に放送されていた「宮尾すすむの探検ショッピング」(東日本放送)では、エンドーチェーン内を宮尾すすむが汗だくになって走り回り、目に止まった商品を無理やり値引きする演出が斬新であった。 1973年にはヒーロー番組「レインボー・アタックエース」(東北放送)が作られた、現在ではローカルヒーローの元祖として知られている。 また、仙台駅前店に置かれたサテライトスタジオからは、TBCラジオが平日の12時台に公開生放送番組「エンドーミュージックショーウインドー」を放送した(岩手県でもIBC岩手放送が同じ番組名で製作していた)。
[編集] 西部警察ロケ
石原プロ制作テレビ朝日系で放映されたテレビドラマ西部警察PART-Ⅲの宮城ロケ(第32話「杜の都・激震!!-宮城・前編-」1983年12月18日放映と、第33話「仙台爆破計画-宮城・後編-」1983年12月25日放映)で仙台市内各地でロケが行われ、その中で「エンドーチェーン」も登場した。劇中、大門を演ずる渡哲也のセリフに「『エンドーチェーン店』です」と言うものもあり、当時の仙台駅前店でロケが行われ、サテライトスタジオ、ロゴマーク、店舗内などが映し出されていた。後編のクライマックスシーンでは、当時の仙台駅前店の駐車場に立てたステージと給水塔が使われた。同敷地は現在SS30(住友生命仙台中央ビル)に生まれ変わっている。この話は近年でも、全国のテレビ朝日系列局やCS放送のファミリー劇場で再放送され、当時の様子が伺い知る事が出来る。
[編集] 支店一覧
かつて存在した支店。現在は他店舗や別会社になっていたり、更地になっているものも含む
[編集] 宮城県
- 荒巻店(仙台市青葉区)
- 石巻店(石巻市)
- 角田店(角田市)
- 柏木店(仙台市青葉区)
- 上杉店(仙台市青葉区)
- 木町店(仙台市青葉区)
- 控木(ごうらぎ)店(仙台市若林区)
- 小牛田店(遠田郡美里町)
- 佐沼店(登米市)
- 塩釜店(よこたやエンドー)(塩竈市)
- 汐見台店(宮城郡七ヶ浜町)
- 将監店(仙台市泉区)
- 白石店(白石市)
- 仙台駅東口店(仙台市宮城野区)
- 台原店(仙台市青葉区)
- 太白店(仙台市太白区)
- 燕沢店(仙台市宮城野区)
- 長命ヶ丘店(仙台市泉区)
- 富谷店(黒川郡富谷町)
- 中倉店(仙台市若林区)
- 中新田店(加美郡加美町)
- 西多賀店(仙台市太白区)
- 旅篭町店(仙台市青葉区小田原六丁目)
- 八幡町店(仙台市青葉区)
- 古川駅前店(大崎市)
- 古川中央店(大崎市)
- 古川三日町店(大崎市)
- 南材木町店(仙台市若林区)
- 宮町店(仙台市青葉区)
- 弓ノ町店(仙台市宮城野区)
- 吉岡店(黒川郡大和町)
- 利府店(宮城郡利府町)
- 涌谷店(遠田郡涌谷町)