モンテ・クリスト伯
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『モンテ・クリスト伯』( - はく、Le Comte de Monte-Cristo)は、アレクサンドル・デュマ・ペールによる小説。主人公エドモン・ダンテスが無実の罪で監獄に送られ、そこで長い年月を過ごしたのち、脱獄して巨万の富を手にし、モンテ・クリスト伯爵として自らを陥れた者たちに復讐する物語である。1844年から1846年にかけて、フランスの当時の大手新聞「デバ」紙に連載されて好評を博し、同じく1844年から1846年にかけて18巻本として出版された。
日本では明治時代に黒岩涙香が『萬朝報』に「モンテ・クリスト伯」を『史外史伝巌窟王』の名で翻案した小説を発表し、以後、日本では長く『巌窟王』(がんくつおう)の名で一般に親しまれることとなった。なお、黒岩涙香の『巌窟王』は、当時の日本人がなじみやすいように人名や船の名前などが日本風に改められているだけで(たとえば、エドモン・ダンテスは團友太郎)、舞台はヨーロッパのままであり、ストーリーも原作とほぼ同じである。
目次 |
[編集] ストーリー
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
1815年、マルセイユの一等航海士であるエドモン・ダンテスは、航海中に死んだ船長の遺言で、ナポレオン・ボナパルトの流刑先であるエルバ島に立ち寄る。そこで、ナポレオンの側近のベルトラン大元帥からパリのノワルティエという人物にあてた手紙を託される。航海から戻ったダンテスは船主から船長への昇格を約束されるが、それを聞いた会計のダングラールは若輩のダンテスの出世をねたみ、ダンテスの恋敵のフェルナンに、検事のもとに「ダンテスがミュラからナポレオンあての手紙を委託されてエルバ島に届け、代わりにナポレオンから支持者に向けて送った秘密文書を預かった」という嘘の密告書を届けるようそそのかす。そんなこととは知らないダンテスは婚約者のメルセデスとの結婚式の準備を進めるが、婚約披露のパーティーの最中に逮捕されてしまう。
ダンテスを取り調べたのは検事代理のヴィルフォールだった。ヴィルフォールに対して、ダンテスは「自分はベルトラン大元帥から私的な手紙を預かっただけだ」と託された手紙を見せるが、手紙の宛先であるノワルティエこそ、ヴィルフォールの父親であり、手紙の内容はナポレオン軍の再上陸に備えて準備をすすめるよう命じる命令書であった。「王政復古の世の中において、身内にナポレオン支持者がいることは身の破滅につながる」と考えたヴィルフォールはダンテスを政治犯が収容されるマルセイユ沖のシャトー・ディフ(イフ城)に投獄し、ダンテスが一生牢から出られないように手配する。
シャトー・ディフでダンテスは無為の日々を過ごすが、やがて隣りの独房に投獄されていたファリア神父という老人と出会う。ダンテスから事情を聞いたファリア神父は「ダングラールとフェルナンが検事に密告し、ヴィルフォールが自己保身のためにダンテスを投獄したのではないか」と教える。ファリア神父のもとで様々な学問を学ぶダンテスだったが、やがてファリア神父は病に倒れ、モンテ・クリスト島に隠された財宝のありかをダンテスに伝えて死ぬ。
ファリア神父の遺体と入れ替わることによって、シャトー・ディフからの脱獄に成功するダンテスだったが、そのときには既に投獄から14年の月日が過ぎていた。
モンテ・クリスト島の財宝を手に入れたダンテスは、イタリアの貴族モンテ・クリスト伯爵と名乗るようになる。そして、独自に調査した結果、ファリア神父の推理が正しいことを知ったダンテスは、今や成功して時の人となっていたダングラール、フェルナン、ヴィルフォールに近づき、自分の富と権力と知恵を使って復讐していく。
[編集] おもな登場人物
- エドモン・ダンテス/モンテ・クリスト伯爵(Edmond Dantès / le Comte de Monte Cristo)
- マルセイユの船乗りだったが、無実の罪で14年間も投獄され、婚約者も奪われてしまう。脱獄後はモンテ・クリスト島の財宝を手に入れて、莫大な富を手に入れると、自身を貶めたものたちへの復讐の準備を始める。数年後、彼はモンテ・クリスト伯としてパリの社交界へと現れ、仇敵との再会を果たす。その後、彼はかねてより準備していた復讐を実行していく。その途上で、父の名誉を傷つけたとしてアルベールから決闘の申し出を受ける。初めは彼を返り討ちにして殺すつもりでいたが、メルセデスに懇願され思い留まる。そのことで復讐の計画、また彼自身も大きな危機を迎えてしまう。が、メルセデスの機転でそれは回避され、彼は今までどおりに復讐を続けていく。そしてとうとう復讐をとげるも、そのことが凄惨な結果を引き起こしたことに傷つく。自分のしたことの悲惨さに苦悩するもそれを克服し、最後は愛する者とともに新しい人生に向けて再出発する。
- メルセデス(Mercédès)
- ダンテスの婚約者。ダンテスが投獄された後、ダンテスを陥れた張本人とは知らず、フェルナンと結婚する。フェルナンが出世した後は社交界の華ともてはやされるが、真実を知った後は息子と共に夫のもとを去る。モンテ・クリスト伯爵の正体を、彼から知らされることなく見破ることのできた数少ない人物の一人。
- フェルナン・モンデゴ/モルセール伯爵(Fernand Mondego / le Comte de Morcerf)
- ダンテスの恋敵。カタルーニャ系フランス人の漁師だったが、軍隊に入った後、母国や恩人を次々に裏切って陸軍中将にまで出世し、さらに貴族院議員の地位まで手に入れる。しかし、ダンテスによって旧悪を暴露されて失脚し、家族すら失ってしまう。その後、伯爵の邸を訪れ、彼がエドモンだと知らされるや邸から逃げ出し、最期はピストル自殺する。
- ダングラール(Danglars)
- もとは船の会計だったが、ダンテスの出世をねたみ、フェルナンをそそのかして嘘の密告をさせる。ダンテス逮捕後、スペインに渡る。そこの銀行で頭角を現し、フランス有数の銀行家にまでのしあがって男爵の地位を得る。金に目がなく、その欲深さをダンテスに突かれて、家族も財産も失ってしまう。
- ヴィルフォール(Villefort)
- マルセイユの検事代理。自己保身欲の塊で、自分が出世するためには他人を犠牲にすることをいとわない。検事総長にまで出世するが、ダンテスにそそのかされた夫人が犯罪を犯し、さらに自身の過去の過ちもベネデッドによって暴露されてしまう。過去のことを暴露された後、夫人と息子とともに逃亡することを考えるも、すでに夫人は自殺、息子も死亡しており、ついには自身も発狂してしまう。
- ベネデット(Benedetto)/アンドレア・カヴァルカンティ(Andrea Cavalcanti)
- ヴィルフォールとダングラール夫人の間に生まれた不義の子供。生後すぐ庭に埋められたが、ヴィルフォールに恨みを持つベルトゥッチオ(モンテ・クリスト伯の執事となる)により助けられ、ベネデットと名付けられる。しかし非行に走り、同居していたベルトゥッチオの姉を殺害して逃亡、以後常習犯罪者として生きる。モンテ・クリスト伯に探し出され、「幼くして行方不明になったカヴァルカンティ家の嫡子」として社交界に入り、ダングラールの娘と婚約するが、直後カドルッス殺害容疑で逮捕される。
- ファリア神父(l'Abbé Faria)
- イタリアの神父。イタリアの独立を企てたため、ナポレオンによってシャトー・ディフに収監される。脱獄を企てているうちに隣りの独房のダンテスと出会う。かつて仕えた貴族の家に伝わる古文書を解読して、モンテ・クリスト島に隠された財宝のありかを突き止めるが、誰にも相手にされず、死ぬ間際にダンテスに財宝を託して死ぬ。
- カドルッス(Caderousse)
- ダンテスの隣人の仕立て屋。根はいい人間だが気が弱いために、ダングラールの悪巧みを知りながら真実を言えなかった。ダンテス逮捕後は没落するが、ブゾーニ神父に変装したダンテスからダイヤモンドを贈られる。しかし、欲を出して犯罪に手を染め、投獄されてしまう。その後、アンドレア・カヴァルカンティ(べネデット)と脱獄、しばらく放浪していたところ、アンドレアがモンテ・クリスト伯のもとで裕福にしているのを見て、彼にたかるようになる。だが最後にはそれを疎んだアンドレアによって殺される。
- エデ(Haydée)
- ギリシアのジャニナ地方の太守の娘。フェルナンの裏切りによって父親を殺され、自らも奴隷身分に落とされてしまう。しかしモンテ・クリスト伯爵によって救出され、以後、出身にふさわしい扱いを受ける。貴族院でフェルナンの罪を告発し、フェルナン失脚に一役買う。モンテ・クリスト伯爵を心から愛している。伯爵の復讐がすべて終わった後、彼とともに何処かへと旅立つ。
- マクシミリアン・モレル(Maximilien Morrel)
- 騎兵大尉。ダンテスの恩人である船主の息子。モンテ・クリスト伯爵からは実の息子のように可愛がられ、エデとの結婚を望まれるが、ヴィルフォールの娘ヴァランティーヌとの愛を貫く。その矢先、恋人のヴァランティーヌが毒殺されかかるという事件が起き、結局ヴァランティーヌは死亡してしまい(だがこれは彼女の身に危険が及ばぬように、という伯爵の配慮からの偽装死)、彼は自殺を考えるまでに人生に絶望してしまう。しかし伯爵の忠告通り1ヶ月待ち、ついにモンテ・クリスト島で愛するヴァランティーヌと再会を果たす。
- ヴァランティーヌ
- ヴィルフォールの先妻の娘。マクシミリアンとは恋人同士。後妻の息子エドワールに比べ母親の家系が上流で、家長である祖父に可愛がられていた事もあって、相次ぐ毒殺事件の犯人に疑われる(遺産目的)。しかし真犯人(父の後妻)に殺されかけ、モンテ・クリスト伯の計らいによって偽装死し、モンテ・クリスト島に逃れる。そこでついに無事にマクシミリアンと結ばれる。
[編集] 日本語で読むには
岩波文庫から全7巻で出ている「モンテ・クリスト伯」(山内義雄訳)が今日、書店で入手できる唯一の完訳である。子供向けのダイジェスト版は岩波少年文庫版全3巻(竹村猛訳)など複数出版されている。
[編集] 派生作品
[編集] 翻案小説
- 『アドリア海の復讐』 Mathias Sandorf(1885年)
- 『復讐(ヴェンデッタ)』 Vendetta!(1886年)
- マリー・コレリ翻案。これを翻案したものに『白髪鬼』(1893年、黒岩涙香)、『白髪鬼』(1931年、江戸川乱歩)がある。
- 『虎よ、虎よ!』 The Stars My Destination (Tiger! Tiger!)(1956年)
- アルフレッド・ベスター翻案。宇宙が舞台。
- 『明治巌窟王』
- 村雨退二郎翻案。日本が舞台。
- 『新巌窟王』
- 谷譲次翻案。日本が舞台。
[編集] 実写ドラマ・映画
- 『日本巌窟王』(1979年)
- 『モンテ・クリスト伯』 Le Comte de Monte-Cristo(1998年)
- フランスで製作されたテレビドラマ。総製作費20億円をかけて、原作を忠実に再現している。フランス国内では視聴率50%を超えるヒット作となった。ただし、ラストは原作とは異なる。ジェラール・ドパルデュー主演。
- 『モンテ・クリスト-巌窟王-』 The Count of Monte Cristo(2002年)
- アメリカ・アイルランド製作の映画。原作をコンパクトにまとめているが、ストーリーには大幅な改編が加えられ、ストーリーの歴史的背景もほとんど省かれている。ジェームズ・カヴィーゼル主演。
[編集] テレビアニメ
- 『巌窟王』(2004 - 2005年)
- 当初はベスターの『虎よ、虎よ!』をアニメ化しようとしたが、著作権問題により果たせず、原作の『モンテ・クリスト伯』をアニメ化する事になった。宇宙を舞台にした設定などにモチーフはいくつか残っている。原作では脇役の一人に過ぎなかったアルベールを主人公として、復讐する側の視点ではなく、復讐される側の子どもたちの視点から話を構成するなど、ストーリーや人物設定に大きな改変が加えられている。GONZO製作アニメーション。前田真宏総監督。
[編集] ラジオドラマ
- 『モンテ・クリスト伯』(1996年)
- 新庄嘉章訳版(講談社文庫)をNHK-FMの番組「青春アドベンチャー」でラジオドラマ化。全15回。内野聖陽主演。語りはアリ役の高橋長英。後に内野は2001年の舞台『モンテ・クリスト伯』でも主演している。
[編集] その他
- 映画『Vフォー・ヴェンデッタ』で、『巌窟王』の映画版が仮面の男「V」の好きな映画として出てくる。
その他、後世の文芸作品で影響を受けているものが幾つもある。映画/ドラマの例を挙げてみると、
- 死体と入れ替わって脱獄というアイディアは黒澤明監督『用心棒』で使われている。同じ手が『ヤング・インディ・ジョーンズ』でも使われた。
- 監禁した悪人に法外な料金の食事代を請求するというエピソードは黒澤明の『悪い奴ほどよく眠る』に引用されている。
- 韓国ドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』でも、追放された主人公が身分を変えて復讐に戻って来るプロットや、宮殿の死体を運び出す門から主人公が袋に入れられて運び出される描写など、『モンテ・クリスト伯』の影響を思わせる。
- 漫画「エリア88」は原作者の新谷かおるによるとこの作品をベースにしたという。(主人公・風間真は友に裏切られ、恋人を奪われ、生きて帰ることが難しい外人部隊に入隊させられる)