三星ライオンズ
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三星ライオンズ | |
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各種表記 | |
ハングル: | 삼성 라이온즈 |
漢字: | 三星 라이온즈 |
平仮名: (日本語読み仮名): |
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片仮名: (現地語読み仮名): |
サムソン=ライオンズ |
ラテン文字転写: | {{{latin}}} |
英語: | Samsung Lions |
チーム名 | 三星ライオンズ |
加盟団体 | 韓国野球委員会 |
創設年度 | 1982年 |
チーム名の遍歴 | 三星ライオンズ(1982年~) |
縁故地 | 大邱広域市 |
本拠地 | 大邱市民運動場野球場 |
収容人員 | 12,000人 |
オーナー | 李健熙(イ・ゴンヒ、サムスングループ会長) |
親会社 | サムスングループ |
監督 | 宣銅烈(ソン・ドンヨル) |
タイトル | 優勝4回 |
(優勝年度) | 1985年(前後期優勝のため韓国シリーズは行われず)、2002年、2005年、2006年 |
シリーズ出場 | 11回 - 3勝8敗(太字は勝利した年) 1982、1984、1986、1987、1990、1993、2001、2002、2004、2005、2006 |
プレーオフ | 10回 - 4勝6敗(太字は勝利した年) 1986、1988、1990、1991、1993、1997、1998、1999、2000、2004 |
準プレーオフ | 7回 - 4勝3敗(太字は勝利した年) 1989、1990、1991、1992、1997、2000、2003 |
Aクラス | 19回 - 1982、1984-87、1990-93、1997-2006 |
Bクラス | 6回 - 1983、1988、1989、1994-96 |
三星ライオンズ(サムスン・ライオンズ)は大韓民国のプロ野球チーム。縁故地(ホームタウン)は大邱広域市。本拠地は同市内にある大邱市民運動場野球場。 世界的に有名な韓国最大の財閥、サムスングループが親会社。
2006年現在、KBO初年度の1982年から名称変更を行っていない。他に名称変更を行っていないチームはロッテ・ジャイアンツのみである。また、2006年シーズン終了時点で、KBOの球団としては唯一シーズン最下位の経験がない。
1990年代後半から2003年までは李承燁が中心選手として活躍していた。かつては、読売ジャイアンツ出身の新浦壽夫(韓国名:金日融)、広島東洋カープ出身の金城基泰(韓国名:金基泰)らが在籍していた。また2001年には、バルビーノ・ガルベス(元読売ジャイアンツ)も在籍していた。
2004年は韓国シリーズに進出し、現代と史上初となるシリーズ第9戦までもつれ込む熱闘を繰り広げたが、惜しくも敗れた。
2004年シーズンオフには新監督に宣銅烈を迎え、現代ユニコーンズから強打の外野手沈正洙(2003年に53本塁打)、韓国を代表する名ショートの朴鎮万をFAで獲得し、大型補強で世間を驚かせた。
また2005年、中日ドラゴンズからマーチン・バルガスも移籍し公式戦優勝、韓国シリーズも4連勝で優勝し、アジアシリーズに進出したが、決勝戦で千葉ロッテマリーンズに敗れ、準優勝に終わった。
2006年シーズンは公式戦優勝、韓国シリーズでもハンファ・イーグルスを4勝1敗1引分で退け、2年連続の韓国シリーズ優勝を果たした。韓国シリーズ2連覇はヘテ・タイガース(1986年-1989年、1996年-1997年)、現代ユニコーンズ(2003年-2004年)についで3チーム目。昨年に続きアジアシリーズに出場したが、予選リーグ最終戦で台湾のLa Newベアーズに逆転で敗れ予選敗退。3位に終わっている。
目次 |
[編集] 主な在籍選手
- 裵英洙(ペ・ヨンス)
- 林昌勇(イム・チャンヨン)
- ジェイミー・ブラウン
- 梁埈赫(ヤン・ジュンヒョク)
- 沈正洙(シム・ジョンスゥ)
- 朴鎮万(パク・チンマン)
- 權五俊(クォン・オジュン)
- 呉昇桓(オ・スンファン)
- 陳甲龍(チン・ガプヨン)
- 金在杰(キム・ジェゴル)
現在、権五俊がセットアッパー、呉昇桓がクローザーを務めており、このコンビは現地では『KOパンチ』と呼ばれている。
[編集] 主な退団・引退選手
- 新浦壽夫(韓国名:金日融)-元読売ジャイアンツ
- 李承燁-現読売ジャイアンツ
- 石山一秀(韓国名:宋一秀)-元大阪近鉄バファローズ
- 高山智行(韓国名:高智行)-元阪神タイガース
- フリオ・フランコ-現ニューヨーク・メッツ
- バルビーノ・ガルベス-元読売ジャイアンツ
- マーチン・バルガス-元中日ドラゴンズ
- ベン・リベラ-元阪神タイガース
- ナルシソ・エルビラ-元大阪近鉄バファローズ
- ケビン・ホッジス-元東北楽天ゴールデンイーグルス
- ライアン・グリン-北海道日本ハムファイターズ
他
[編集] キーワード
[編集] 勝たせ試合の呪い
三星ライオンズは韓国プロ野球初年度から親会社の莫大な支援をバックに、高校野球の強豪校をいくつも揃え、アマ野球時代の韓国野球を輝かせた多くのスター選手を輩出した本拠地、大邱出身のスター選手が集まって、強力な優勝候補であった。このため、1982年、記念すべき韓国プロ野球最初の公式戦に、ソウル本拠のMBC青龍とともに出場する栄誉も獲得できた。
しかし、この開幕戦で延長11回の末、逆転満塁サヨナラホームランを喫し、韓国プロ野球史上最初の勝利チームとして記録されるチャンスを逃してしまった。その後後期リーグを制覇して韓国シリーズに出場するも、前期優勝のOBベアーズ相手に1勝3敗1分けで迎えた第6戦、開幕戦で満塁ホームランを打たれた投手がまたもや決勝満塁ホームランを打たれ幕を閉じる悲劇を演じ、準優勝に甘んじるしかなかった。
翌年は4位に終わった後、1984年の前期リーグを制して韓国シリーズの出場を果たし、後期リーグは相手を待つ立場になっていた。この年の後期リーグは、2年前の相手のOBベアーズとロッテ・ジャイアンツが優勝争いをしていた。この年の三星はOBとは2年前のシリーズ以降相性がよくなかったが、ロッテとは好相性を見せていた。そこで、三星はOBを相手にしたくなかったため、後期リーグの終盤、優勝の行方が決められるロッテとの直接対決で、打球が飛んでくるのに外野手がいきなりスパイクの紐を締めなおしてボールを逃すなどの不可解なプレイを見せながらロッテに大敗。世間からは八百長だと大ひんしゅくを買った。結局、この年の後期リーグはロッテが制し、シリーズでは第5戦まで三星が3勝2敗と王手をかけ、すべては三星の思惑通りにいくように見えた。
しかし、ここからロッテは戦力上の劣勢を覆して逆転劇を演出した。その年、レギュラーシーズンで27勝を挙げたロッテのエース崔東原が第5戦で敗戦投手になって王手をかけられると、第6,7戦を連続して登板して神がかり的な投球を披露した反面、三星は万を満たして出した第7戦の先発金日融(新浦寿夫)が8回表に決勝のスリーランホームランを打たれて敗れる信じがたい結末で決着。 結局、この年のシリーズはロッテの勝利で幕を閉じ、三星には楽な相手を選ぶためにわざと負け試合をしたという非難だけ残ってしまった。
これに刺激を受け、翌年は前・後期まとめて優勝して韓国シリーズなしで優勝を決めたが、やはりシリーズというイベントを欠いていたので、そのインパクトは弱く、ほとんど注目されなかった。これに、韓国野球委員会は韓国シリーズの取り消しを避けるべく、制度変更を余儀なくされた。
その後も幾度も韓国シリーズに出場するも、ことごとく敗退。1等しか認めない親会社の雰囲気の下で優勝のノイローゼにかかったフロント陣は、失敗するたびにチームのテコ入れに手を出しながら選手たちにプレッシャーをかけて、結果的にレギュラーシーズンではそこそこの成績を残すも、肝心のポストシーズンでは失敗ばかり繰り返すチーム体質になってしまった。そして世間はこれを「84年の勝たせ試合の呪い」と呼ぶようになっていた。
この韓国シリーズで勝てない三星の不運は20年も続いて、その間、電子業界のライバルのLGツインズ、身売り前は最下位が指定席だった企業ライバルの現代ユニコーンズ、86年に1軍リーグに参入した後発球団のハンファ・イーグルスにまで先を越されて、彼らの優勝を傍らで見守るしかなかった。
このような状況で焦りを見せた球団は、98年の頃から豊富な資金力を元に大型フリーエージェントの無差別的な収集や資金難に苦労してる他球団から金銭トレードで主軸選手の獲得など、金にものを言わせたような補強を続け、「お金で弱小球団を釣って干し殺し、プロ野球を駄目にする」という非難を一身に背負うようになった。
しかしそのような補強でも優勝は遠く、失敗するとまた大型補強に乗り出すパターンの繰り返しで非難の声も上がってきた。それにもかかわらず、2001年はヘテ・タイガースを9度も優勝させた金応龍監督まで破格の条件で招き、優勝への執念を見せた。が、レギュラーシーズンは81勝52敗の1位と韓国シリーズへ圧勝で直行しながら、レギュラシーズンでたった65勝63敗5分けで準プレイオフから這い上がってきた3位の斗山ベアーズにも負け、同監督の初のシリーズ負けを記録させた。特に相手が20年前の相手で三星にシリーズ初敗戦を味わわせたベアーズだったことで、「優勝できない球団」、「ずるさして呪われた球団」のイメージを極めた。
翌年の2002年もレギュラーシーズンは1位で韓国シリーズ直行。この年のシリーズの相手は12年前の相手であったLGツインズであった。このシリーズは第4戦まで3勝1敗と王手をかけたが、第5戦を負けて、ホームで開かれた第6戦も試合終盤で逆転を許して6対9になり、またもやジンクスに呑み越されるかのように見えた。しかしこの年だけは、前年「貯金2のチームに負けた」悔しさを頭に刻んでいた選手たちが奮起。9回裏、抑えに出てきた李尚勲から李承燁が同点のスリーランホームランを放ち、その次の打席でリリーフに出たピッチャーから馬海泳がサヨナラホームランを放って、球団は韓国プロ野球21年目でやっと初のシリーズ優勝を遂げ、20年間つけられた「呪われた球団」の呪縛を解くことに成功した。
その後は、2004年のシリーズで9戦までもつれこむ接戦の末、現代ユニコーンズに敗れたが、翌年のシリーズでは宿敵の斗山ベアーズを4勝0敗で一蹴して借りを返すと、2006年はワールド・ベースボール・クラシックの韓国代表の監督でもあった名将、金寅植が率いるハンファ・イーグルスを4勝1敗1分けで退け、2年連続優勝を記録するなど、もうこの呪縛は完全に解かれたと見てもいいだろう。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
韓国野球委員会 (Korean Baseball Organization) | |
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斗山ベアーズ | LGツインズ | 現代ユニコーンズ | SKワイバーンズ |
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過去に存在したチーム | |
サンバンウル・レイダース |
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