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国鉄キハ90系気動車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

国鉄キハ90系気動車(こくてつきは90けいきどうしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が新系列強力型気動車の試作車として設計・製作した急行形気動車である。定期列車としての運行後は、キハ91系気動車と称されたため、一般的には、キハ91系と呼ばれている。

目次

[編集] 登場の背景

1950年代から国鉄気動車の標準型エンジンとして使われていたDMH17系エンジンは、元々戦前に設計された150~180ps級機関であり、重量の割に低出力であることが問題視されていた。

国鉄では特急形ディーゼルカー開発の準備として1960年DD13形ディーゼル機関車DMF31S形エンジンを横型シリンダ(水平型シリンダ)に設計変更したDMF31HSA形エンジン(400ps/1,300rpm)を開発、これを搭載するキハ60系気動車を試作したが、これは最重要コンポーネント[1]である直結2段変速機の不調から実用化に失敗し、合計3両試作された同系列は機関と変速機を交換してキハ55系相当の性能に改造されてしまった。この結果、開発が急がれていた特急形ディーゼルカーキハ80系は従来通りDMH17系エンジンを2基搭載されることとなり、キハ60系開発の成果で活かされたのはディスクブレーキ付き空気バネ台車と横型シリンダ機関のオイル潤滑ノウハウのみであった。

それでも大出力エンジンおよびこれに対応する変速機の研究は継続され、1966年に至って、新設計された2種類のエンジンを搭載する新系列気動車の試作が決定された。こうして開発されたのがキハ90系である。

[編集] 製造

まず1966年昭和41年)、DMF15HZA形300PSエンジン1台を搭載するキハ90形と、DML30HSA形500PSエンジン1台を搭載するキハ91形を1両ずつ製造し、性能の比較検討が行われた。

千葉鉄道管理局管内で実施された評価試験の結果、300PSエンジン搭載の場合、山岳線区では1両につきエンジン2基を搭載する必要があり、エンジン1基あたりの出力を高くして編成全体のエンジン数を少なくしたほうが有利、しかも将来の冷房化の際には発電機セットを床下搭載することが可能、と判断され、DML30HSAが新系列気動車用機関として正式採用された。

その後、大出力エンジンを編成全体に搭載し、営業列車で長期試験が行われることになった。このため、急行列車1編成分の試作車を用意する必要が生じ、量産試作車としてキハ91形7両の追加製造が行われた。同時に、特急形気動車の製作の際に食堂車等の優等車を付随車とするためのデータ取得を目的として、一等車キサロ90形2両も製造された。

[編集] 車体

試作車とはいえ営業列車に投入する車両であるため、接客設備は当時量産されていたキハ58系と同等である。但し、普通車の窓は急行形電車と同じユニット窓が採用され、キハ58系とは外観を大きく異にしている。試作車の車体は軽量化の徹底を企図して上部も内傾した、ほぼ完全な張殻構造となっており、卵形の断面であったが、キハ91 2~8の量産試作車は、上部の内傾を廃して一般的な断面形状となった。また、客用扉は台車構造の特殊性から、リンク機構との干渉の問題があるため一般的な引き戸の採用が難しく、700mm幅の3枚折り戸を各車2箇所に採用していたが、特にキハ91 1のものはアルミ製無塗装仕様で異彩を放っていた。

運転台人間工学に基づいて、マスコンハンドルとブレーキハンドルは前後操作式(前進:力行、後退:制動)と、操作しやすいものとなっていた。これは後のキハ181系にも採用されている。もっとも、制御指令信号線は在来型気動車と互換性が無く、非常時等に在来型気動車との併結運用が実施される可能性を考慮して、試作車2両では追加で、量産試作車では新造時から、制御指令信号を中継・相互変換する機構が搭載され、これは前面運転台側の窓下に専用の箱を設けて格納されていた。この機器箱は当初、前面運転台窓の幅ほぼ一杯を使い切る非常に大型なものであったが、後に搭載機器の改良でコンパクト化が実施されている。

試作車の前面窓は、急行形気動車としては初めて側面まで回りこんだ形状のパノラミック・ウィンドウを採用した。試作車では、車体隅部まで一体の曲面ガラスを採用し、その上縁が隅部に向かって下がっている、いわゆる「たれ目」であったが、量産試作車ではコストダウンのため、153系電車に準じた、正面の平面部と隅の曲面部を分割した構成となっており、試作車の「たれ目」スタイルも廃されている。

一等車は、キロ28形など同様の急行形車両と同様の2枚ずつ一組にした1段下降式窓である。

[編集] 主要機器

[編集] エンジン

キハ90のDMF15HZAは排気量15リットル、直列6気筒横置き、過給器、中間冷却器装備で連続定格300PS/1600rpm、最大出力355PS/2000rpm、キハ91のDML30HSAは排気量30リットル、水平対向12気筒、過給器装備で連続定格500PS/1600rpm、最大出力590PS/2000rpmとなっており、いずれもシリンダーボア140mm、ストローク160mmである。この仕様が示すとおり、これらはそのシリンダブロックの設計が共通であり、既存のDMH17はもとより、DMF31系とも異なる、完全な新規開発品であった。

DML30HSAに比べて気筒数半減のDMF15HZAが、出力半減とならず60%の定格出力を確保できたのは、インタークーラーの威力によるものであるが、発熱過大となるため、DML30系へのインタークーラー装備による600PS化は見送られている[2]

[編集] 変速機

変速機はキハ90がDW3B(3段6要素形)、キハ91がDW4A(1段3要素形)で、いずれも変速1段、直結1段となっている。キハ60系で採用された直結2段構成が、直結間切り替え時の過大な衝撃負荷によるクラッチ破損等の問題を引き起こした反省から、直結段を1段のみとした。キハ91はエンジントルクが大きいため、変速段の液体式変速機の構成を1段3要素に見直し、ストールトルクを抑えた。変速段数の少なさを補い、なおかつ中速域での出力を確保するため、かなりの高速域(85km/h前後)まで変速段で引っ張る設定にされている。この変速段使用時の変換効率は最良の条件(ピークは約62km/h)でも80%前後で、液体式変速機としては一般的な性能であった。

[編集] 逆転機

逆転機は従来の台車トランサム(横梁)への装架が2軸駆動化により困難となったため、液体変速機に内蔵とされた。このため各動力台車には、逆転機ではなくベベルギアによる推進軸の方向転換と最終減速段を受け持つ減速機が各軸に装架され、2基の減速機間は自在継手で連結された。

営業運転で多用される中速域で機関出力をフルに生かせないという本系列の走行特性は、ストールトルク比の小さい(ゆるい)トルクコンバーターと、直結段が1段しかないことから来ており、爪クラッチ式多段直結変速機が実用段階に入る1980年代末まで、長く日本の新系列液体式気動車のウィークポイントであり続けた。

[編集] 放熱器

大出力エンジンを使用するため、キハ90形・キハ91形には大容量放熱器(ラジエーター)が設けられた。ただし、通常のファンによる強制冷却式ではなく、コストダウンと機関出力の有効活用を目的として、自然通風による大型放熱器[3]が屋根上に搭載され、外観上の一大特徴となった。しかし、山岳線区での低速運転時、特に単線トンネルの走行時には、通風力が不足してオーバーヒートが頻発し、量産試作車では補助送風ファンが屋根上の放熱器間に搭載された。当然ながら補助送風ファンの駆動にはエンジン直結の発電機からの電力の供給が必要であり、その負荷の分だけ走行性能が低下し、更にはその保守コストも上乗せされることになる。この問題は比較的平坦な千葉地区での試用の段階ではほとんど露呈せず、中央西線での営業運転開始後はじめて表面化した[4]ため、181系の設計には十分反映できず、後年同系は補助冷却器を床下に追加[5]して冷却能力の不足を補うこととなった。

[編集] 台車

動力台車はキハ90がDT35、キハ91がDT36(1)・DT36A(2~7)、付随台車はTR205(試作車)・TR205A(量産試作車)で、基本的な構造は全て共通である。

これらの台車は、延長リンクとウィングバネを組み合わせた、アルストーム・リンク式軸箱支持機構の変形と言うべき独特の構造となっており、2軸駆動を実現する上で必要な推進軸の枕梁やボルスタとの干渉を回避するため、揺れ枕を廃した車体直結式空気バネによる枕バネ部と、ED74形電気機関車で採用されたのと同様の、リンク連結による仮想心皿方式が採用されていた[6]

これらは本系列の運用期間中には問題が発生しなかったが、改良品に当たるDT36B・TR205B・TR205Cを採用した181系では側枠の亀裂などの問題が製造後約20年前後で頻発し、側枠の新製交換で通常のウィングバネ式台車(DT36C・TR205D・TR205E)に改造されており、本系列も長期使用されたとすれば同種の問題が発生していた可能性が高い。

[編集] 形式

[編集] キハ90

1966年登場。DMF15HZA形エンジンとDW3B形変速機を備える。台車はDT35・TR205。新潟鐵工所で1両のみ製造された。1971年、中央西線での運用で出力不足に起因する勾配均衡速度の低下を解決すべく、キハ91形と同一スペックのDML30HSEAとDW4Aに換装され、キハ91 9となった。

[編集] キハ91

DML30HSA形エンジンとDW4A形変速機を備える。台車はDT36・TR205。1966年に1が富士重工業で製造されてキハ90と比較検討され、その結果本形式が優位と判定されて量産試作されることとなり、1967年に7両(2~8)が新潟・富士・日本車輌製造の各社で追加製造された。機関はDML30HSAを小改良したDML30HSB、台車はDT36A・TR205Aに改良され、さらに放熱器に補助送風機が追加されており、この時点で既に自然通風式放熱器の問題点はある程度把握されていたと推測される。このうち、8はAU13A形冷房装置を7台備え、発電機セットはDM72A[7]である。1971年、キハ90形がエンジンの載せ替えにより9として編入された。

[編集] キサロ90

営業運行での試験に備え、キハ91 2以降とともに製作されたた一等車。編成全体のエンジン出力に余裕があり付随車となったため、台車はTR205Aである。AU13A形冷房装置を6台備えており、これに電力を供給する発電機セットはDM72Aである。

[編集] 試験

試験運転は、当初房総西線で行われた。その後、名古屋に配属換えとなり、中央西線および篠ノ井線で、急行「しなの」として使用された。この試験結果を元に、キハ65形気動車や、キハ181系気動車が登場した。キハ90系は、キハ181系の特急「しなの」運転開始後も、中央西線で急行「きそ」として運行された。しかし、中央西線・篠ノ井線の電化により、キハ181系とともに撤退した。

最終の運用の場は高山本線で、急行「のりくら」のうち、名古屋高山の1往復に充てられた。1976年10月のダイヤ改正を待たず、同年9月3日を最後に運用を終了した。

[編集] 新系列気動車の展開とその技術応用

キハ91形で試用されたDML30形機関は制式化され、その後のキハ181系などの特急形急行形・普通形気動車に採用された。中でもキハ65形は本系列直系の量産車というべき存在であり、在来型急行形気動車との混用を可能とするため、最高速度は低くなり、運転台周りの仕様が継承されず、また全車に強力な大型発電セットが搭載された関係で、自重増大を嫌って安価だが重い自然通風式放熱器も採用されなかった[8]が、これら以外の基本設計の大半はキハ91形量産試作車のそれに依拠している。

これに対し、特急形のキハ181系は固定編成による限定運用で、在来型システムとの混用を考慮せずに済んだがゆえにキハ90系の制御システムを素直に継承し、重い発電機関を先頭車に集約搭載することで中間車に安価な自然通風式放熱器を採用した。急行形として汎用性が求められたキハ65形の構成とは対照的であり、結果的にキハ90系の要素技術は特急形と急行形で異なる2つの流れを形成したことになる。もっとも、量産で先行したキハ181系は夏場の特定条件下で冷却系のトラブルを頻発し、またその流れに連なるキハ183系0番台では寒冷な気候の北海道で使用されることから、着雪によるトラブル発生の危険性があって自然通風式放熱器を継承せず、こちらは冷却系に起因するエンジントラブルを出さなかったこと、それに強制冷却機構を標準搭載したキハ65がその量産開始から現在に至るまで、冷却系に起因するエンジントラブルをほとんど引き起こしていないことから、結果的にこの自然通風式放熱器は失敗であったとみなされている。もっとも、これにはDML30系機関の燃焼効率が当初想定された以上に悪く高発熱となり、、そのしわ寄せが放熱器にいってしまったという一面もあり、大出力ディーゼル機関を搭載する鉄道車両の開発の難しさを物語っている。

なお、本系列では不採用となったキハ90形のDMF15形については、12系客車以降の床下発電セット用機関[9]として制式採用され、その後キハ40系などにデチューンの上で転用されている。

本系列自体は製造後わずか10年で運行終了となったが、そこで試用された様々な要素技術は以後の国鉄気動車・客車に大きな影響を及ぼしており、国鉄気動車史上、重要な系列ということができる。

[編集] 脚注

  1. ^ DMF13系の横型機関は、失敗作ではあるがこの系列の初号機に当たる、キハ43000形に搭載されたDMF31H形(240ps/1,300rpm)で既に製作実績があったが、こちらは電気式であったため、日本国内における気動車用大出力機関対応液体変速機の開発はキハ60系用が最初であった。
  2. ^ 後年製造された、JR北海道のキハ183系550番台においては、一部についてDML30系を直噴化してインタークーラーを付加したDML30HZ(660PS/2000rpm)が搭載されており、現在も日本における気動車用ディーゼル機関の最高出力記録を保持している。
  3. ^ 国鉄におけるこの種の自然通風式放熱器は、戦前のキハニ5000形キハ40000形に前例があるが、前者は出力が著しく低く実用性に難があった車両への装着であって参考にならず、また後者は本系列同様に、勾配線区で限られた機関出力を少しでも多く走行に回すべく採用されたものであったが、やはり冷却力不足に起因するエンジントラブルが続出して全車とも早期に一般的な強制通風式放熱器を床下に装架する方式へ改造されており、こちらも前例として参考にすべき性質のものではなかった。
  4. ^ キハ91量産試作車は完成時期が1967年秋で、夏期の高温下の試験実施は1968年夏にまでずれこんだため、この問題の確認が遅れた。
  5. ^ 放熱器間に冷房装置が搭載されているため、本形式のように補助送風ファンを屋根上に搭載することが出来なかった。
  6. ^ このため本系列の台車にはボルスタが存在せず、荷重は側枠上の空気バネ(枕バネ)が全て負担する。
  7. ^ 電源用エンジンは4DQ-11P。
  8. ^ さらに全車が便所・洗面所装備のキハ58系と混用されることを前提として、便所・洗面所および水タンクの搭載も省略された。
  9. ^ DMF15HG系。


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