国際数学オリンピック
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国際数学オリンピック(International Mathematical Olympiad, IMO)は、毎年行われる高校生を対象とした数学の問題を解く能力を競う国際大会である。
目次 |
[編集] 概要
1カ国あたり、最大6人の選手が参加できる。2005年のメリダ(メキシコ)大会では、91カ国514人が参加した。日本から参加するには、日本数学オリンピックに参加する必要がある。
問題は、ほぼ高校2年生までの数学知識で解ける構成になっている。テストは2日間あり、各1日4時間半で3問ずつに挑戦する。各問題は7点満点で採点され、満点は42点である。
採点の結果、上位1/12には金メダル、次の2/12には銀メダル、次の3/12には銅メダルが授与される。
[編集] 過去の数学オリンピック
- 第1回、1959年-7ヶ国、ブカレスト(ルーマニア)
- 第2回、1960年-5ヶ国、ブカレスト(ルーマニア)
- 第3回、1961年-6ヶ国、(ハンガリー)
- 第4回、1962年-7ヶ国、(チェコスロバキア)
- 第5回、1963年-8ヶ国、ブロツワフ(ポーランド)
- 第6回、1964年-9ヶ国、モスクワ(ソビエト連邦)
- 第7回、1965年-10ヶ国、ベルリン(東ドイツ)
- 第8回、1966年-9ヶ国、ソフィア(ブルガリア)
- 第9回、1967年-13ヶ国、ツェチニェ(ユーゴスラビア)
- 第10回、1968年-9ヶ国、モスクワ(ソビエト連邦)
- 第11回、1969年-14ヶ国、ブカレスト(ルーマニア)
- 第12回、1970年-14ヶ国、ケストヘイ(ハンガリー)
- 第13回、1971年-15ヶ国、ジリナ(チェコスロバキア)
- 第14回、1972年-15ヶ国、トルン(ポーランド)
- 第15回、1973年-16ヶ国、モスクワ(ソビエト連邦)
- 第16回、1974年-16ヶ国、ベルリン(東ドイツ)
- 第17回、1975年-17ヶ国、ブルガス(ルーマニア)
- 第18回、1976年-19ヶ国、リエンツ(オーストリア)
- 第19回、1977年-20ヶ国、ベオグラード(ユーゴスラビア)
- 第20回、1978年-17ヶ国、ブカレスト(ルーマニア)
- 第21回、1979年-23ヶ国、ロンドン(イギリス)
- 第22回、1981年-27ヶ国、ワシントンD.C.(アメリカ)
- 第23回、1982年-30ヶ国、ブダペスト(ハンガリー)
- 第24回、1983年-32ヶ国、パリ(フランス)
- 第25回、1984年-34ヶ国、プラハ(チェコスロバキア)
- 第26回、1985年-38ヶ国、ヨウツァ(フィンランド)
- 第27回、1986年-37ヶ国、ワルシャワ(ポーランド)
- 第28回、1987年-42ヶ国、ハバナ(キューバ)
- 第29回、1988年-49ヶ国、キャンベラ(オーストラリア)
- 第30回、1989年-52ヶ国、ブラウンズウィック(ドイツ)
- 第31回、1990年-54ヶ国、北京(中国)
- 第32回、1991年-55ヶ国、シグツ-ナ(スウェーデン)
- 第33回、1992年-56ヶ国、モスクワ(ロシア)
- 第34回、1993年-73ヶ国、イスタンブール(トルコ)
- 第35回、1994年-69ヶ国、香港
- 第36回、1995年-73ヶ国、トロント(カナダ)
- 第37回、1996年-75ヶ国、ボンベイ(インド)
- 第38回、1997年-82ヶ国、マルデルプラタ(アルゼンチン)
- 第39回、1998年-76ヶ国、台北(台湾)
- 第40回、1999年-81ヶ国、ブカレスト(ルーマニア)
- 第41回、2000年-82ヶ国、大田(韓国)
- 第42回、2001年-83ヶ国、ワシントンD.C.(アメリカ)
- 第43回、2002年-84ヶ国、グラスゴー(イギリス)
- 第44回、2003年-82ヶ国、東京(日本)
- 第45回、2004年-89ヶ国、アテネ(ギリシャ)
- 第46回、2005年-91ヶ国、メリダ(メキシコ)
- 第47回、2006年-90ヶ国、リブリャナ(スロベニア)
[編集] 結果
- 1995年:1位-中国、2位-ルーマニア、3位-ロシア、4位-ベトナム、5位-ハンガリー
- 1996年:1位-ルーマニア、2位-アメリカ、3位-ハンガリー、4位-ロシア、5位-イギリス
- 1997年:1位-中国、2位-ハンガリー、3位-イラン、4位-ロシア、アメリカ
- 1998年:1位-イラン、2位-ブルガリア、3位-アメリカ、ハンガリー、5位-台湾
- 1999年:1位-中国・ロシア、3位-ベトナム、4位-ルーマニア、5位-ブルガリア
- 2000年:1位-中国、2位-ロシア、3位-アメリカ、4位-韓国、5位-ブルガリア、ベトナム
- 2001年:1位-中国、2位-アメリカ、ロシア、4位-ブルガリア、韓国
- 2002年:1位-中国、2位-ロシア、3位-アメリカ、4位-ブルガリア、5位-ベトナム
- 2003年:1位-ブルガリア、2位-中国、3位-アメリカ、4位-ベトナム、5位-ロシア
- 2004年:1位-中国、2位-アメリカ、3位-ロシア、4位-ベトナム、5位-ブルガリア
- 2005年:1位-中国、2位-アメリカ、3位-ロシア、4位-イラン、5位-韓国
- 2006年:1位-中国、2位-ロシア、3位-韓国、4位-ドイツ、5位-アメリカ
[編集] 日本の順位
(日本の順位、獲得メダル数) 日本は1990年の第31回北京大会より初参加した。
- 1990年 20位 銀2銅1
- 1991年 12位 銀3銅3
- 1992年 8位 金1銀3銅1
- 1993年 20位 銀2銅3
- 1994年 10位 金1銀2銅3
- 1995年 9位 金1銀3銅2
- 1996年 11位 金1銀3銅1
- 1997年 12位 金1銀3銅1
- 1998年 14位 金1銀1銅3
- 1999年 13位 金2銀4
- 2000年 15位 金1銀2銅3
- 2001年 13位 金1銀3銅2
- 2002年 16位 金1銀3銅1
- 2003年 9位 金1銀3銅2
- 2004年 8位 金2銀4
- 2005年 8位 金3銀1銅2
- 2006年 7位 金2銀3銅1
[編集] 日本人金メダリスト
- 児玉大樹(筑波大学附属駒場高等学校) 1992年
- 高橋悟(灘高校) 1994年
- 丸岡哲之(開成高等学校) 1995年, 1997年
- 中島さち子(フェリス女学院高校) 1996年
- 長尾健太郎(開成高等学校) 1998年, 1999年, 2000年
- 伊藤淳(武蔵高校) 1999年
- 尾高悠志(筑波大学附属駒場高等学校) 2001年
- 今井直毅(灘高校) 2002年
- 西本将樹(灘高校) 2003年、2004年
- 清水俊宏(早稲田実業学校) 2004年
- 栗林司(筑波大学附属駒場高等学校) 2005年
- 片岡俊基(高田高等学校) 2005年
- 渡部正樹(筑波大学附属駒場高等学校) 2005年, 2006年
- 大橋祐太(筑波大学附属駒場高等学校) 2006年
[編集] 日本人総出場回数上位者
- 大島芳樹(筑波大学附属駒場中学・高等学校) 計5回(内訳1999,2000,2001,2002,2003年)
- 丸岡哲之(開成中学・高等学校)計4回(内訳1994,1995,1996,1997年)
- 長尾健太郎(開成中学・高等学校)計4回(内訳1997,1998,1999,2000年)
- 今井直毅(灘中学・高等学校)計4回(内訳1999,2000,2001,2002年)
[編集] 国際数学オリンピックに出場したフィールズ賞受賞者
- グレゴリー・マルグリス 62年:金
- ウラジーミル・ドリンフェルト 69:金
- ジャン=クリストフ・ヨッコス 73:銀, 74:金
- リチャード・ボーチャーズ 77:銀, 78:金
- ウィリアム・ティモシー・ガワーズ 81:金
- グリゴリー・ペレルマン 82:金(但し本人はフィールズ賞の受賞を辞退)
- テレンス・タオ 86:銅, 87:銀,88:金
- ローラン・ラフォルグ 84:銀, 85:銀