2サイクル機関
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2サイクル機関(ツーサイクルきかん、Two-stroke cycle engine)は2ストローク機関、略して2ストともいい、動作周期の間に2つの行程を経るレシプロエンジン(ピストンを利用した往復運動による内燃機関)の一種。
4サイクル機関と比べ、エンジンは甲高い音を発する。
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[編集] 概要
現在、多くの四輪車に搭載される一般的な内燃機関は、シリンダーの中をピストンが2往復(工程換算4回(=4stroke))して1行程(1サイクル)が完結する4ストロークエンジンが主流だが、2ストロークエンジンは1往復(工程換算2回(=2stroke))で1行程が完結するエンジンである。2サイクル、4サイクルエンジンと呼ばれることが多いが正しくは「2ストローク1サイクル」、及び「4ストローク1サイクル」と呼ぶ。4ストロークエンジンは、シリンダー内をピストンが2往復ごとに1回爆発する。これに対し2ストロークエンジンはピストンが1往復ごとに爆発する。また、車両における内燃機関の類型は一般的なものから、4ストローク(ディーゼルを含む)、ロータリー、2ストロークに大別できる。
2サイクルエンジンの行程は以下の通りである。
- 上昇行程: ピストンが上昇する間に新気の吸入と混合気の圧縮を行う。
- 下降行程: 混合気の爆発によりピストンが下降し、その後半で排気を行う。
ここまでの行程でクランクシャフトは1回転する。
[編集] 歴史
2ストローク・エンジンとして開発された最初のものは、1858年に、ベルギー生まれのフランスの技術者ジャン=ジョゼフ・エティエンヌ・ルノアール(Jean Joseph Étienne Lenoir)が石炭ベースの照明用ガス("illuminating gas")を使い、電気点火装置(double-acting electric spark-ignition)を用いて製作したものである。ルノアールのこの発明は、1860年にフランスで特許を取得している。2ストロークのディーゼルエンジンは1878年に、スコットランド生まれのデュガルド・クラーク(Dugald Clark)が製造し1881年に英国特許を取得した。同じタイプのシリンダーヘッドで4ストローク・ディーゼル・エンジンやスーパーチャージャーとしても製造された。ガソリンエンジンは1889年にロンドン生まれのジョゼフ・デイ(Joseph Day)が発明した。バルブレスのシリンダーポートが重要な役割をしている。その後、このシリンダーポートはディーゼル2ストロークエンジンにも使用され、インレット(吸気)バルブを置き換え、さらにはエグゾースト(排気)バルブをも置き換えた。
2ストローク・エンジンは第一次世界大戦と第二次世界大戦の間に広く用いられた。特にDKWやザックス(Fichtel & Sachs)などのドイツの会社においてその使用が顕著だった。
[編集] 2サイクルエンジンの特徴
- 4サイクルエンジンに比べて運動エネルギーの消費が少ない(ピストン1往復分消費が少ない)。反対に燃焼効率は悪い。
- 圧縮比が低く、爆発間隔も短いためストールしにくい。
- ガソリンエンジンの場合、4サイクルエンジンに比べカムと動弁機構が不要で、部品点数が少なく構造が単純となり、低コスト、と軽量な点がメリットとなる。
ディーゼルエンジンや新世代のガソリンエンジンではカムとかさ状排気バルブを持つためこの限りではない。 - ガソリンエンジンでは、混合気の逆流を防ぐための弁(ロータリーバルブ、リードバルブ)が設けられているものがある。この場合クランク室内で混合気を一次圧縮するため、クランク室は密閉構造であり、潤滑油の流入・流出経路を設けることができない。そのためクランク室内部は外部から潤滑油と燃料を混合供給し潤滑する。2ストロークエンジン用オイルはシリンダー、クランク周りの潤滑、冷却の後、燃焼排出される。燃焼を前提として合成されているため、これを前提としていない4ストロークエンジン用オイルを転用するとカーボン堆積などのエンジン不調を招く。
- 排気ガスがクリーンでない(完全に燃焼せず、未燃焼ガスの吹き抜けが起こるためCOとHCが多い)。
同じ理由で、4サイクルエンジン比で燃費が劣る - エンジン音が高く静粛性に乏しい(排気脈動による高周波音)。
- ガソリンエンジンの場合、排気の反射波(圧力波)を利用し、排気ガスの一部をシリンダー内に押し戻し、未燃焼ガスの流出を減らし、充填効率を上げる仕組みとして、中間部を膨らませ、後端部を極端に絞った形状(ここで反射させる)の、ディフェーザーと呼ばれる排気管を持つ。
これは、4サイクルエンジンにおけるバルブのオーバーラップと同じような吸気行程の一役割を果たすので、一般的に燃焼室を意味するチャンバーとも呼ばれている。
排気脈動は回転数や負荷、排気温度などの条件により大きく変化するが、チャンバーの形状によってエンジン特性を決める、または変えることができる。チャンバーは各気筒ごとに一本づつが望ましい。
自動車・二輪車用エンジンは幅広い回転域を使用するが、チャンバーの形状は走行中は変えることが出来ないため、必然的に特定の回転域で充填効率が高まり、高トルクが得られる。この回転域を「パワーバンド」と称する。模型用エンジンにおいてはこの状態を称して「パイプインした」という。この特性を2サイクルエンジンの醍醐味として愛好する者も多い。
- ガソリンエンジンの場合、ピストンをはじめ、各ピンやジャーナル部に潤滑油を圧送するポンプを持たないものが多く、それらは高速道路の長い下り坂などで、高回転時にスロットルの全閉時間が長くなると潤滑ができなくなる。
そのためにワンウェイクラッチを用いたフリーホイール機構が考案された。
[編集] 2サイクルエンジンをとりまく近況
1970年代までは軽自動車を中心に2サイクルエンジンが数多く存在したが、排出ガス規制を皮切りに大幅に減少。2006年現在、2サイクルエンジン搭載の国産四輪車はミニカーを除いて製造されていない。
二輪車においては1980年以前には大排気量車にも搭載されていた。2000年ごろまでは主に250cc以下で採用されていたが、現在では125cc以下の原動機付自転車や競技用車両の一部に残るのみとなった。また、ホンダ、ヤマハでは二輪車の4サイクルエンジンへの切り替えが進んでおり、他メーカーも概ね同様の状況にある。
また、動力船(船外機や水上オートバイ)では特性上2サイクルエンジンが主流であったが、近年は米国の厳しい環境・騒音規制に対応する必要もあり、4サイクルエンジン(ヤマハMJ-160FXなど)や環境対応型の2サイクルエンジン(直噴式(ボンバルディエSEADOO 3D-DIなど)又は電子制御式燃料噴射装置と触媒の併用式(ヤマハMJ-GP1300R))への転換が進んでいる。日本国内でも、琵琶湖では「滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例」(琵琶湖ルール)により、従来型2サイクルエンジンの使用が禁止(経過措置あり)されるなどの取り組みがなされており、従来型2サイクルエンジンの使用は減少していくものと思われる。
欧米ではチェーンソーや芝刈り機/刈払機のエンジンにも排気ガス規制が及ぶようになり、燃焼の制御が困難な従来型2サイクルエンジンの使用機会は少なくなってきている。
[編集] 分類
[編集] ガソリンを燃料とするもの
ガソリンを燃料とするものは、小出力の小型機器に用いられる。
2サイクルガソリン機関では、ガソリンと空気の混合気を吸気し、これを掃気に用いなければならないので、クランクケース内で一時圧縮を行う必要がある。すなわち、燃焼室側が圧縮行程の時、同時にピストン上昇による負圧を利用して吸気を行う。この吸気は燃焼室側が膨張行程でピストンが下降する際に同時に圧縮され(これが一時圧縮)、下死点付近で開いた掃気ポートより噴き出して膨張行程を終えた残留排ガスを排気ポートから追い出す(これが掃気)と同時に新気でシリンダ内を充填する。
掃気時にはシリンダ内の残留排ガスと新気の混合が避けられず、残留ガスを全て排気しようとすると、混合した新気の一部も一緒に排出されてしまう。
構造が簡単で軽量なわりに大きな出力が得られるが、掃気効率が悪く排気ガスに含まれる生ガスが多く、エンジンオイルと燃料を一緒に燃焼させることから、排気ガスに混ざるオイルの量も4サイクル機関に比べて多くなりがちである。
- スズキの軽自動車アルトは、トルコン式2速ATの運転性確保のためAUTOMATICのみ1983年まで、また、ジムニーは、雪道や不整地での運転性を確保するため1987年まで、それぞれ2サイクルエンジン車が併売されていた。
このSJ30系ジムニーはマイクロカーを除くと日本最後の2サイクルエンジン車となった。 - その特性から二輪車に多用されていたが、2000年施行の排気ガス規制により二輪車も4ストロークに移行しており、一部の原動機付自転車や汎用エンジンでしか見られなくなりつつある。
- モーターショーにおいて、BMWやトヨタは何度か2サイクルエンジンを搭載した自動車(ときにはエンジンのみを)を参考出品車として公開している。
これら新世代の2サイクルエンジンは、潤滑は4サイクルと同様で潤滑油を燃焼させることはなく、省燃費でクリーン、しかもパワフルなエンジンを目指している。
[編集] ガソリンを燃料とするものの潤滑
2サイクルガソリン機関では、その構造上クランクケース内に混合気を導入し一時圧縮を行う必要があるため、同じくクランクケース内にあるコンロッド大小端部やクランクの主ベアリングなどを、潤滑油をクランクケース内に保持したままで飛沫潤滑/給脂することができない(ガソリンで希釈されてしまう)。このため;
- ガソリンに一定比率(1:25~1:50ほど)で2サイクル用の潤滑油を混合し、潤滑させた後に燃焼させる。
- あらかじめ容器でガソリンと潤滑油を混合して用いる方式を混合給油、潤滑油を燃料とは別のタンクに貯蔵し、オイルポンプを通じてガソリンと混合させる方式を分離給油という。
- 以前は全ての2サイクルエンジンが混合給油であったが、回転数や負荷の変化に細かく対応できないため、かじりや焼き付き、未燃焼ガソリンなどの燃料が電極に付きリークしてしまうプラグかぶり等が避けられず、ダイハツの「オイルマチック」、スズキの「CCIS」など、回転数、アクセル開度、負荷の程度により混合比が自動可変し、クランクまわりのベアリングにも、オイルを圧送する方式が主流となった。現在では構造が簡単なチェーンソーなどの汎用エンジン以外、オートバイ、自動車、船外機などは分離給油となっている(ホームセンターなどでは、チェーンソー、刈払機用に、あらかじめ潤滑油が混合された缶入りガソリンが売られている)。
- 排気中に燃え残りの潤滑油分が多く、排気ポートやマフラー周辺が汚れるほか、排気ガスもクリーンなものにはなりにくい。このため、ジェットスキーや船外機などの水中排気の小型船舶に用いるエンジンオイルには、生分解性に優れた植物エステル系オイルが用いられている。
- 1980年代にはスクーター向けにイチゴやキンモクセイの香りがするエンジンオイルが市販されていたが、2006年現在でも出光興産からオレンジの香りがする「ゼプロオレンジ2」が発売されている。
- ヤマハ発動機の純正2サイクルエンジンオイルが黒く濁っているのは、二硫化モリブデンを潤滑剤として配合しているためである。
[編集] 軽油を燃料とするもの
ディーゼルエンジンでは小型から大型の機関が、自動車、軍用車両、鉄道車両、建設機械、航空機、船舶用として存在する。
[編集] 対向ピストン式
[編集] ユンカース・Jumo
1926年、ドイツの「ユンカース」、「クルップ」2社の協力により、上部のピストンとクランクシャフトをサイドロッドと呼ばれるコネクティングロッド(コンロッド)でつなぐ上下対向ピストン式(ダブルアクティング)と呼ばれる、画期的な2サイクルディーゼルエンジンが誕生した。
シリンダーヘッドが存在しないこのエンジンは、燃料供給は必然的に直接噴射となり、世界初の無気直噴エンジンとなった(無気とはエアインジェクション無しで、圧縮行程のシリンダー内に高圧で燃料のみを噴射し、霧化する方式)。
上下対向式はその後、ギア連結の上下2クランクシャフト方式へと進化、さらなる高回転化が可能となり、航空機に搭載された。
6シリンダー、12ピストン、排気量16.6Lのユンカース Jumo205(ユモ205型)型は熟成を重ね、後継のJumo207では1,000ps(745.7kw)/3,000rpm、過給器付きJumo205では1,300PSにも達した。
日本では1936年に「日本デイゼル」がユンカース/クルップの特許を取得して上下対向式エンジンの生産を開始。会社名を採ってND型と名付けられた。日本デイゼルはその後「鐘淵デイゼル」へ社名を変え、製品名もKD型へと変えられた。KD型は、単気筒から4気筒までのモジュラー設計で、気筒数を表す数字を付けられたKD1型(1362cc)からKD4型(5448cc)とKD4のボアアップ版のKD5型(4気筒 7540cc)をラインナップしていた。
サイドロッド式は最高回転数が1,500rpm程と低く、1951年発表の改良KD3型(3気筒 4086cc)では、120PS(88.3kw)/1,800rpmまで高められたが、それ以上の高回転化(高出力化)は難しく、進化は限界を迎えていた。
[編集] ネイピア・デルティック
数々の異型エンジンの「発明」で知られる、ネイピア・アンド・サン(Napier & Son)が送り出した、3クランク対向ピストンエンジン。高度なメカニズムの「クルップ・ユンカース」の上下対向ピストン式直列6気筒・12ピストンをさらに3つ組み合わせ、三角シリンダーの18気筒・36ピストンとした、にわかには信じ難い「奇想天外エンジン」。デルティックとは、三角形を表すデルタからの造語。
向かい合った2つのピストンの位相差で掃気を行う点はユンカース・Jumoと同じであるが、3本のクランクシャフトのうち、左図では最下部となっている1本のみ、他の2本と逆回転となる。すべてのクランクシャフトはギアトレーンで連結され、タイミングのずれを防いでおり、同じロウ(列)の3つのバンクの爆発には時間差を設けてある。
もともとはイギリス海軍の高速魚雷艇用エンジンと航空機用エンジンとして開発されたが、完成前に終戦を迎えたため、英国国有鉄道(British Rail)のクラス55ディーゼル機関車用として転用された。
[編集] ユニフロー・スカベンジング・ディーゼルエンジン(UD)
通常クランク型においても、1937年、38年と、「GM」の一部門であったEMDとデトロイト・ディーゼルが、スーパーチャージャーを使ったユニフロー掃気方式の、鉄道用と自動車用の2サイクルディーゼルエンジンを相次いで発表、生産を開始する。
V型12気筒エンジンを2基搭載したEMDのディーゼル機関車であるE-ユニットとF-ユニットは、共に大ヒットとなり、戦後も長く生産が続き、「ドッグノーズ」はアメリカ型機関車を代表する顔となった。
一方、バスの場合は、4サイクルに比べ、コンパクトで高出力な点を生かし、直列6気筒エンジンをリアに横置きに搭載し、トランスミッションを車体に対して約45度に配置したアングルドライブパッケージを考案した。
1940年から生産が開始された「トランジット」はバスの新時代を拓き、以降、爆発的に普及し、1969年まで生産が続けられた。
鐘淵デイゼルは戦後、民生産業を経て、「民生デイゼル」として1950年に独立。今度はGMのライセンスによる、スーパーチャージャーと頭上排気弁(2バルブ、後4バルブ)によるユニフロー掃気の2サイクルディーゼル、ユニフロー・スカベンジング・ディーゼルエンジン (Uniflow-scavenging Diesel-engine)を採用、1955年にこの方式の頭文字をとったUD型を発表した。
UD型は3・4・5・6気筒の直列型、8・12気筒のV型ともモジュラー設計であり、エンジン型式には「UD4型」のように気筒数が入れられていた。
4サイクルのPD型発売後も1974年まで同社のトラック・バスにはUD型エンジンが搭載されていた。UD型エンジンは日産ディーゼル車のUDマークの由来となっており、全てのエンジンが4サイクルとなった今でも愛着を込めて用いられており、日本での2サイクルディーゼルの代名詞となっている。
戦前、戦後を通じ、一貫して2サイクル ディーゼルエンジンを作り続けた日産ディーゼルであるが、国状を反映し、戦前はドイツ、戦後はアメリカの影響を強く受けていたことは興味深い。
[編集] 軍用
数としては少ないが陸上自衛隊の90式戦車のエンジンに採用されている。
[編集] 将来
将来のエンジンとして、ダイハツは、東京モーターショー(1999年、2003年)に2サイクルユニフローディーゼルエンジンを出品した。2003年発表の軽自動車用エンジンは、排気ガスの新長期規制をクリアした上で超低燃費であると伝えられており、近い将来の商品化が見込まれている。(2004年現在)
[編集] 重油を燃料とするもの
[編集] 大型機関
船舶用など、回転数が60~120rpmと極低速な大型機関では、毎回爆発である2ストロークのメリットは大きく、ユニフロー式2サイクルディーゼルが主流となっている。
シリンダーライナー下部の掃気ポートから給気し、燃焼室上部の排気弁から排気するユニフロー方式である。
ターボチャージャーとインタークーラーが装備されているのが一般的である。
圧縮空気始動のものがほとんどである。
ディーゼルであるため、もともと熱効率が高い上、重油焚きとすることで、さらに運行経費を抑えることができる。
排気ガスボイラーを装備し、排熱の一部を回収、再利用するものが多い。