ケーブルカー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ケーブルカーとは、山岳の急斜面などを、鋼索(ケーブル)が繋がれた車両を巻上機等で巻き上げて運転する鉄道である。鋼索鉄道(こうさくてつどう)ともいう。
目次 |
[編集] 定義
一部ではロープウェイやゴンドラリフトなどの「普通索道」のことをケーブルカーということもあるが、日本では「鋼索鉄道」だけをケーブルカーと称することが一般的であり、本項でも鋼索鉄道についてのみ解説を行う。以下、単に「ケーブルカー」とある場合は「鋼索鉄道」のみを指す。日本のケーブルカーの多くは鉄道事業法による鉄道事業免許を受けているが、一部のケーブルカーは遊園地の遊具扱いであったり、旅館内のエレベーター扱いであったりする。本項では基本的に日本のケーブルカーは鉄道事業法(旧地方鉄道法)に基づくケーブルカーだけをケーブルカーとする。
ちなみに英語でCable carといえば、日本語と同様にケーブルカーやロープウェイを指すこともあるが、一般的には有名なサンフランシスコ市営鉄道に見られるような、軌道下で常に動いているケーブルを車両が掴んだり放したりすることで動くシステムの「循環式ケーブルカー」を指し、日本で見られる「交走式ケーブルカー」とは全くシステムが違う。交走式ケーブルカーは英語ではFunicular(フニクラー)と称することが一般的である。(関連項目・フニクリ・フニクラ)
[編集] 方式
方式としては以下のものがある。
- 交走式(つるべ式)
- 鋼索の両端に車両を繋ぎ、井戸の釣瓶のように一方の車両を引き上げると、もう一方の車両が降りてくる方式。片方をカウンターウェイト(ダミーの重り)にして1両で運行しているものもある。日本のケーブルカーは現在はすべてこの方式である。
- 循環式
- 環状にした鋼索を車両から掴ませ、鋼索を循環させて車両を動かす方式。停止するときは鋼索を放す。複数の列車の運転や平坦地での運転もできる。米国サンフランシスコのケーブルカーはこの方式である。日本には現存しないが、1989年の横浜博覧会で登場した横浜エスケイの「動くベンチ」が循環式の鋼索鉄道として期間限定の鉄道事業法による鉄道事業免許を受けていたことがある。
交走式(つるべ式)のケーブルカーにはさらに単線交走式と複線交走式がある。複線交走式(複線二両交走式)は2つの車両がそれぞれ別の線路を昇り降りする。単線交走式のうち、2つの車両で運行する単線二両交走式では中間地点を複線として車両の行き違いが出来るようになっている。この線路の分岐部には可動部分がない。これは、車両の片側の車輪がフランジでレールを挟む溝車輪に、もう片方の車輪がフランジがない平車輪となっており、外部から操作することなく溝車輪の案内だけで自然に互いに別の線路を進むようになっているからである。
なお、複線と称していても、必ずしも複線交走式ではなく、単線交走式を並べたものもある。近鉄生駒鋼索線の宝山寺線では2つの単線二両交走式のケーブルカーを並べている。
動力は多くが電力で巻上機を動かす方式を採用しているが、車両に水タンクを積み、そこへ水を入れ水の重みで水を抜いたもう片方の車両を引き上げる方式もある。一両交走式の場合は片方は重りなので、水を抜いて重りより軽くなれば上昇、水を入れて重くなれば下降する。この水力式は日本では鉄道事業法の適用を受けたものには例がないが、遊戯施設としては高知県安芸郡馬路村のものが存在する。
車両は外部から引っ張って運転するので動力のための電力の供給は必要ないが、車内照明や自動ドアなどのためにバッテリーや架線等から電力を供給している。パンタグラフがついている車両があるのはそのためである。また、傾斜に対して床が水平になるよう、平行四辺形状の車両を用いて車内は階段状になっているか、客室の床と山麓側の車輪との間が大きく開いている事が多い。
ケーブルカーの軌間は他の鉄道と直通することがないため、自由に決めてよいのであるが、日本では多くがJRなどと同じ1067mm軌間を採用している。
[編集] 乗務員
ケーブルカーの車両に乗務している乗務員は必ず前方に乗務している。その上、乗務員がいる箇所には一見したところ自動車のハンドルのような丸い輪もある。このため、よく「運転士」と勘違いされるのだが、実際には「車掌」が前方確認のために前方に乗務しているのであり、「運転士」は山上側の駅にある運転室に詰めていて巻上機を操作している。自動車のハンドルのような丸い輪はブレーキ、厳密にいうと誤動作防止用の手ブレーキであり、自動車でいうサイドブレーキに該当する。急斜面でも停止できるように楔状の制動子でレールをはさみ込む等の方式を取っている。
[編集] インクライン
ケーブルカーの呼称は通常旅客営業を目的とする鋼索鉄道に対して用いられるが、産業用に建設された鋼索鉄道を通常インクライン(傾斜鉄道)と称する。山岳地帯での材木の輸送、ダム工事現場での資機材の輸送などに多用される。現存する恒久施設としては黒部トンネル端部と黒部川第四発電所を結ぶ関西電力のインクラインや、高知県安芸郡馬路村等がある。過去最も知られた導入事例は1891年から1941年まで運用された琵琶湖疎水のインクラインで、高低差がある水路間で船を往来させるため、京都市の南禅寺と蹴上間の傾斜区間に軌道を敷設し、ワイヤーで牽引される「船受枠」という台車に船を載せ昇降させた。なお上記の馬路村のケーブルカーのように、産業用に建設されたインクラインを旅客用に転用したり、復元したりしたケースで、「インクライン」の呼称がそのまま使用されることがある。
[編集] 歴史
現存する世界最古のケーブルカーは、米国サンフランシスコで1873年に建設されたケーブルカーである。急坂の多いサンフランシスコにおいて、技術者アンドリュー・スミス・ハレディーが馬車に代わる輸送機関として考案し、建設した。その後、急坂のある地域で路面電車に相当する公共交通機関として全米、さらには米国外の主要都市に建設された。また、山岳における公共交通機関としても建設が進められていった。
[編集] 日本のケーブルカーの歴史
日本では1918年に開業した生駒鋼索鉄道(現在の近鉄生駒鋼索線)が最初のものである。大正時代末期から昭和時代初期にかけてロープウェイとともに全国各地に建設された。しかし昭和恐慌による観光需要の激減により新規建設は途絶え、さらに第二次世界大戦末期の戦局悪化により、もともと観光を目的としたものであったケーブルカー路線は大半が不要不急線に指定され、休止に追い込まれた。生き残ったものは山上にも町があり、観光以外の需要があるものだけだった。
戦後、1950年代頃から生活水準の回復・向上に伴い、観光需要が増加してきたため、不要不急線として休止されていた路線が復活したり、新規に路線が建設されたりした。しかし1970年代以降は、どのような地形でも建設できるうえに、土地買収が少なくて済み、環境破壊も少ないロープウェイが、新しく建設される登山用交通機関の主役となり、かつ国内観光需要が頭打ちとなったこともあり、ケーブルカーの新規建設は止まった。平成に入ると、モータリゼーションの進行(多くのケーブルカー路線は並行する観光登山道路がある)や国内観光需要の低下・観光スタイルが変化してきたこと(以前多かった寺社観光が減少したため、山上の寺社参拝のための路線が影響を受けている例など)などから利用客が減少するようになった。また、ロープウェイと異なり、現在は日本ではケーブルカーの量産や新規設計は行われていないために、古い設備の更新には多大の資金が必要であることもあり、箱根登山鉄道鋼索線のように、外国(スイス)から設備を輸入して更新した例もあるが、資金負担に耐えられずに路線が廃止されたところもある。
かつては、旅館の中に敷設されたケーブルカーの一部にも地方鉄道法に基づく正式な鉄道扱いのものがあったが、現在では長大なエレベーターやエスカレーターが設置可能になったこともあり、すべて廃止されている(鉄道扱いでないものは、今でも各地に現存している)。
[編集] 日本のケーブルカー一覧
- 財団法人青函トンネル記念館 青函トンネル竜飛斜坑線
- 立山黒部貫光 黒部ケーブルカー・立山ケーブルカー
- 筑波観光鉄道 筑波山鋼索鉄道線(筑波山ケーブルカー)
- 高尾登山電鉄 高尾登山ケーブル
- 御岳登山鉄道 御岳登山ケーブル
- 箱根登山鉄道 鋼索線(箱根登山ケーブルカー)
- 大山観光電鉄 大山鋼索線(大山ケーブルカー)
- 伊豆箱根鉄道 十国鋼索線(十国峠ケーブルカー)
- 比叡山鉄道 比叡山鉄道線(坂本ケーブル)
- 京福電気鉄道 鋼索線(叡山ケーブル)
- 宗教法人鞍馬寺 鞍馬山鋼索鉄道(鞍馬寺ケーブル)
- 丹後海陸交通 天橋立鋼索鉄道(天橋立ケーブルカー)
- 近畿日本鉄道 生駒鋼索線(生駒ケーブル)・西信貴鋼索線(西信貴ケーブル)
- 南海電気鉄道 鋼索線(高野山ケーブル)
- 京阪電気鉄道 鋼索線(男山ケーブル)
- 能勢電鉄 妙見ケーブル
- 六甲摩耶鉄道 六甲ケーブル線
- 財団法人神戸市都市整備公社 摩耶ケーブル線(まやビューライン夢散歩)
- 四国ケーブル 八栗ケーブル
- 帆柱ケーブル
- 岡本製作所 別府ラクテンチケーブル線
[編集] 廃止されたケーブルカー
※休止・廃止日は最終営業日の翌日。
- 三重交通 鋼索線(旧・朝熊登山鉄道)- 1944年休止(当時神都交通)。1962年廃止。
- 愛宕山鉄道 鋼索線 - 1944年2月11日廃止。
- 妙見鋼索鉄道 上部線 - 1944年2月11日廃止。廃線跡は妙見リフトに転用。
- 箸蔵登山鉄道 - 1944年2月11日廃止。廃線跡は箸蔵山ロープウェイに転用されたが、1998年のリニューアルでルートが一部変わった。
- 中国稲荷山鋼索鉄道 - 1944年6月1日廃止。
- 伊香保ケーブル鉄道 - 1966年7月10日休止、1966年12月19日廃止。
- 赤城登山鉄道 - 1967年11月5日休止、1968年6月1日廃止。
- 東武鉄道 日光鋼索鉄道線 - 1970年4月1日廃止。
- なかや旅館 - 1968年度休止、1971年12月31日廃止。
- 浦島温泉 - 1976年4月1日廃止。
- 兵衛旅館 - 1980年3月21日廃止。
- 和歌山観光 - 1980年代に休止。1994年1月25日廃止。
- 近畿日本鉄道 東信貴鋼索線(東信貴ケーブル) - 1983年9月1日廃止。
- 大阪観光 箕面鋼索鉄道(箕面温泉ケーブルカー) - 1993年4月4日休止。1993年7月30日廃止。
- 屋島登山鉄道 屋島ケーブル - 2004年10月16日休止、2005年8月31日廃止。
- 伊豆箱根鉄道 駒ヶ岳鋼索線(駒ヶ岳ケーブルカー) - 2005年9月1日廃止。
[編集] 未成となったケーブルカー
- 中宮祠電力 - 栃木県
- 金山鋼索鉄道 - 群馬県
- 秩父鉄道 大滝鋼索線 - 埼玉県
- 三原山登山鉄道 - 東京府(伊豆大島)
- 道了鋼索鉄道 - 神奈川県
- 金華登山鉄道 - 岐阜県
- 夢香山鋼索鉄道 - 石川県
- 柳谷登山鉄道 - 京都府
- 稲荷山観光ケーブル - 岡山県
- 眉山登山鉄道 - 徳島県
- 中津峰登山鉄道 - 徳島県
- 松山城鉄道 - 愛媛県
- 高良登山鉄道 - 福岡県
- 別府ケーブル鉄道 - 大分県
[編集] 世界のケーブルカーがある主な街
日本以外の国では、坂の多い街で路面電車の代わりに導入された例もある。
- 中華人民共和国
- スイス
- オーストリア
- ドイツ
- ネロベルク(水力式) - ネロベルク登山鉄道
- フランス
- イタリア
- ポルトガル
- チェコ
- プラハ
- 中間駅があるが、交走式ケーブルカーの特性上、片方の車両が中間駅に停車中はもう片方の車両は駅ではない場所に一時停車する。
- プラハ
- ロシア
- アメリカ合衆国
- ウクライナ
- キエフ - キエフ鋼索鉄道
- イスラエル
- ハイファ
- 坂の多い港町であり、海沿いのパリ広場駅からカルメル修道院の間を結ぶ。全線が地下となっている。
- ハイファ