1984年 (小説)
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『1984年』(Nineteen Eighty-Four, 1949年)は、イギリスの作家ジョージ・オーウェルの小説。トマス・モア『ユートピア』、スウィフト『ガリヴァー旅行記』、ハクスリー『すばらしい新世界』などの反ユートピア小説の系譜を引く作品で、スターリン時代のソ連を連想させる全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描いている。出版当初から、冷戦下の英米で爆発的に売れ、同じ著者の『動物農場』やケストラーの『真昼の闇黒』などとともに反共思想のバイブルと見なされていた時期もあったかも知れない。しかし、そもそもオーウェルはケストラーと共にスペイン内戦で人民戦線に参加し、ナチスと同盟関係にあったフランコ軍と戦った左派知識人であり、あらゆる形態の管理社会を痛烈に批判した本作のアクチュアリティは、コンピューターによる個人情報の管理システムが整備されつつある現代においても全くその輝きを失ってはいない。
1998年にランダム・ハウス、モダン・ライブラリーが選んだ「英語で書かれた20世紀の小説ベスト100」、2002年にノーベル研究所発表の「史上最高の文学100」に選出されるなど、欧米での評価は高く、思想・文学・音楽など様々な分野に今なお多大な影響を与え続けている。
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
目次 |
[編集] 作品世界
1950年代に発生した核戦争を経て、1984年現在、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国によって分割統治されている。さらに、間にある紛争地域をめぐって絶えず戦争が繰り返されている。作品の舞台となるオセアニアでは、思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられ、市民はたえず「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョンによって屋内・屋外を問わず、あらゆる行動が当局によって監視されている。
ロンドンに住む主人公ウィンストン・スミスは真理省の役人として日々歴史記録の改竄作業を行っているが、ある日抹殺されたはずの人物の載った過去の新聞記事を見てしまったことから徐々に体制に疑いを持ち始めた。彼は古い物の残るチャリントンの店に通い、若い同僚のジューリアと密会を重ね、禁じられたゴールドスタインの書物に手を出し体制の裏側を知るようになる。
しかしこうした行為が思わぬ人物の密告から明るみに出て、スミスは友人オブライエンによる尋問と拷問を「101号室」で受けることになる。彼は101号室で徹底的に信念を打ち砕かれ、処刑の瞬間には党の思想を受け入れ党を愛する人間へと生まれ変わっていたのであった。
[編集] 登場人物
- ウィンストン・スミス
- 39歳の男性。真理省記録局に勤務。妻とは別居中。ともすれば空想の世界に遊び、現体制の在り方に疑問を持っている。
- ジューリア
- 26歳の女性。真理省創作局に勤務。青年反セックス連盟の活動員。豊かな黒髪を持つグラマラスな女性。
- オブライエン
- 真理省党内局に所属する高級官僚。他の党員とはやや異色の雰囲気を持つ。
- トム・パーソンズ
- ウィンストンの隣人。真理省に勤務。肥満型だが活動的。献身的でまじめな党員。
- パーソンズ夫人
- トム・パーソンズの妻。30歳くらいだが、年よりもかなり老けて見える。
- サイム
- ウィンストンの友人。真理省調査局に勤務。言語学者で新語法の開発スタッフの一人。
- チャリントン
- 下町で古道具屋を営む老人。63歳のやもめ暮らし。古い時代への愛着を持つ数少ない人物の一人。
- 偉大なる兄弟(ビッグ・ブラザー、BB)
- オセアニア国の指導者。スターリン的な独裁者である。
- エマニュエル・ゴールドスタイン
- かつては「偉大なる兄弟」と並ぶ指導者であったが、のちに反革命活動に転じ、現在は「人民の敵」として指名手配を受けている。「兄弟同盟」と呼ばれる反政府地下組織を指揮している。
[編集] 用語
- オセアニア(Oceania)
- 物語の舞台になる第三次世界大戦後の超大国。イデオロギーは「イングソック(下記参照)」。旧アメリカ合衆国をもとに、南北アメリカおよび旧イギリス、アフリカ南部、オーストラリア南部(かつての英語圏を中心とする地域)を領有する。
- 残る超大国は、旧ソビエト連邦をもとに欧州大陸からロシアにかけて広がるユーラシア(Eurasia、イデオロギーは「ネオ=ボリシェビキズム」)、旧中国や日本を中心に東アジアを領有するイースタシア(Eastasia、イデオロギーは「死の崇拝」「個の滅却」)。どの国も一党独裁体制であり、イデオロギーにも実はあまり違いは存在しない。
- これら3大国は絶えず同盟を結んだり敵対しながら戦争を続けている。北アフリカから中東、インド、東南アジア、北オーストラリアにかけての一帯は、これら3大国が半永久的に争奪戦を繰り広げる紛争地域である。
- エアストリップ・ワン(Airstrip One/滑走路1号)
- この物語の舞台となるオセアニアの一区域。最大都市はロンドン。かつて英国とよばれた地域に相当し、ユーラシアに支配されたヨーロッパ大陸部とは断絶状態にある。エアストリップ(緊急用滑走路)の名のとおり、その主たる存在意義は、航空戦力でユーラシアに対峙・反撃する最前線基地であることと思われる。いわばオセアニアの不沈空母である。ロンドンには絶えずミサイルがどこからか着弾している。
- 党(The Party)
- 「偉大なる兄弟(ビッグ・ブラザー)」によって率いられる唯一の政党。「偉大なる兄弟」は国民が敬愛すべき対象で、町中に「偉大なる兄弟はあなたを見ている」 (BIG BROTHER IS WATCHING YOU) という言葉とともに彼の写真が張られている。ただしその正体は謎に包まれており、実在するかどうかすら定かではない。党の最大の敵は「人民の敵」ゴールドスタインで、国民は毎日テレスクリーンを通して彼に対する「二分間憎悪」を行い、彼に対する憎しみを駆り立てる。
- 党のイデオロギーはイングソック(IngSoc、イングランド社会主義)と呼ばれる一種の社会主義であり、核戦争後の混乱の中、社会主義革命を通じて成立したようであるが、誰がどのような経緯で革命を起こしたかは忘却や歴史の改竄により明らかではない(エマニュエル・ゴールドスタインのパンフレットによれば、そのイデオロギーの正体は「寡頭制的集産主義」とでも呼ぶべきもので、「社会主義の基礎となる原理をすべて否定し、それを社会主義の名の下におこなう」ことであるらしい)。
- 党には中枢の党内局(inner party)と一般党員の党外局(outer party)がある。党内局員は黒いオーバーオールを着用し、貴族制的な支配階級で、世襲でなく能力によって選ばれ、テレスクリーンを消すことのできる特権すらある。党外局員は青いオーバーオールを着る中間層で、党や政府の実務の大半をこなす官僚たちである。党にかかわりを持たない人々はプロレ(the proles、プロレタリア)と呼ばれ、人口の大半を占める被支配階級の労働者たちであるが、娯楽(酒、ギャンブル、スポーツ、セックス、ほか「プロレフィード(Prolefeed)」と呼ばれる人畜無害な小説や映画、音楽など)はふんだんに提供されている。
- 党の3つのスローガンが至る所に表示されている。
- 戦争は平和である(WAR IS PEACE)
- 自由は屈従である(FREEDOM IS SLAVERY)
- 無知は力である(IGNORANCE IS STRENGTH)
- 党の3つのスローガンが至る所に表示されている。
- 政府(four ministries)
- 4つの省庁の入ったピラミッド状の建築物が聳え立っており、3つのスローガンが側面に書かれている。
- 平和省(The Ministry of Peace、ニュースピークではMinipax)
- 軍を統括する。オセアニアの平和のために半永久的に戦争を継続している。
- 豊富省(The Ministry of Plenty、ニュースピークではMiniplenty)
- 絶えず欠乏状態にある食料や物資の、配給と統制を行う。
- 真理省(The Ministry of Truth、ニュースピークではMinitrue)
- オセアニアのプロパガンダに携わる。政治的文書、党組織、テレスクリーンを管理する。また、新聞などを通しプロレフィードを供給するほか、歴史記録や新聞を、最新の党の発表に基づき改竄し、つねに党の言うことが正しい状態を作り出す。
- 愛情省(The Ministry of Love、ニュースピークではMiniluv)
- 個人の管理、観察、逮捕、反体制分子(本物か推定かにかかわらず)に対する拷問などを行う。すべての党員が最終的に党を愛するようにすることが任務。
- ニュースピーク (Newspeak、新語法)
- 英語を簡素化した新語法。全ての言葉は意図的に政治的・思想的な意味を持たないようにされ、この言語が普及した暁には反政府的な思想を書き表す方法がなくなる。
- ハヤカワ文庫版には付録として作者によるニュースピークの詳細な解説が載っている。これによるとニュースピークにはA群B群C群に分けられた語彙が存在し、A群には主に日常生活に必要な名詞や動詞が含まれ、その意味は単純なものに限定され文学や政治談議には使用しにくいもののみがイングソックによる廃棄をまぬがれる。B群には政治に使用される用語が含まれ少なからずイデオロギーを含んだ合成語が含まれる(例:goodthink(正統性)、crimethink(思想犯罪))。C群にはほかの語群の不足を補うための科学技術に関する専門用語が含まれる。
- またニュースピークは現代英語を必要最小限にまで簡略化することを目指しており、現在では別々の言葉が似たような意味を持つという理由で統合され名詞や動詞の区別も接尾語により変化する。たとえばthought(思想[名詞])はニュースピークの文法ではthink(考える[動詞])に代用でき、speed(速さ[名詞])に形容詞をあらわす-fulや副詞をあらわす-wiseを加えることでそれぞれの品詞に自在に変化する。badをあらわすにはgoodに否定の接頭語un-をつけたungoodでこと足り、強意表現はplus-,doubleplus-といった接頭語をつけることで表現される。また、Minipaxなどのように略語を極端に採用しているが、これによって本来の語源を考えることなくまったく自動的に単語を話すことができる(これにはかつてソ連やナチスが「コミンテルン」「ゲシュタポ」などのような略語を多用したことの影響がある)。
- 新語法(ニュースピーク)辞典が改定されるたびに語彙は減るとされている。それにあわせシェークスピアなどの過去の文学作品も書き改められる作業が進められる。改訂の中ですべての作品は政府に都合よく書き換えられ原形を失う。freeの意味も「free from ~」の意味しか残らず政治的自由・個人的自由の意味は消滅しているなど変化しており、原文の意味を保って自由や平等をうたう政治宣言などをニュースピークに翻訳することは不可能になる。
- ダブルシンク(doublethink、二重思考)
- ニュースピークの普及により、1人の人間が矛盾した2つの信念を同時に持ち、同時に受け入れることができるという、オセアニア国民に要求される思考能力。言語により現実認識が操作された状態でもある。
- オブライエンの言葉によれば、かつて専制国家は「なんじは、かくあってはならない」と人々に対しさまざまなことを禁止していた。ソ連やナチスドイツは「なんじは、かくあるべきである」と人々に理想を押し付けようとした。現在のオセアニアでは「なんじは、かくある」であり、人々はニュースピークやダブルシンクを通じ認識が操作されるため、禁止や命令をされる前に、すでに党の理想どおりの考えを持つに至ってしまっている。
- ダブルスピーク(doublespeak、二重語法)
- 矛盾した二つのことを同時に言い表す表現。「戦争は平和」・「真理省」のように、たとえば自由や平和を表す表の意味を持つ単語で暴力的な裏の内容を表し、さらにそれを使う者が表の意味を自然に信じて自己洗脳してしまうような語法。他者とのコミュニケーションをとることを装いながら、実際にはまったくコミュニケーションをとることを目的としない言葉。
- 「1984年」には登場しない用語であるが、「1984年」の発刊後の1950年代に発生し一般化した言葉で、しばしば「1984年」由来と考えられている。ニュースピークのB群語彙の定義におおむね影響を受けている。また、現実にある政策や婉曲話法などを批判的に言及する際に「二重語法」という言葉を使うことがある。たとえば事業の再構築を意味するリストラクチャリング(リストラ)を単に「従業員の大規模解雇」の意味に使用するなど。
[編集] 翻訳
- 『1984年』、 吉田健一・竜口直太郎(訳)、 出版共同社、 1958年
- 『1984年』、 新圧哲夫(訳)、 ハヤカワ文庫、 1972年
[編集] 映画
- 『1984』、 マイケル・ラドフォード(監督・脚本)、 1984年
[編集] 関連項目
[編集] 文学
- トマス・モア『ユートピア』(1516年)
- ジャック・ロンドン『鉄の踵』(1908年)
- エヴゲーニイ・ザミャーチン『われら』(1920年)
- オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』(1932年)
- ジョージ・オーウェル『動物農場』(1945年)
- レイ・ブラッドベリ『華氏451度』(1953年)
- アントニー・バージェス『時計じかけのオレンジ』(1962年)
- ジャック・ウォマック「アンビエント」シリーズ(1987年 - 2000年)
[編集] 音楽
- ポール・マッカートニー&ウイングス『1985年』(1973年)
- デヴィッド・ボウイ『ダイアモンドの犬』(1974年)
- リック・ウェイクマン『1984』(1981年)
- ユーリズミックス『1984』(映画『1984』のサウンドトラック)(1984年)
- レディオヘッド『OKコンピューター』(1997年)
- レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン『バトル・オブ・ロサンゼルス』(1999年)
- スティーヴィー・ワンダー『ビッグ・ブラザー』(1972年)
- 核P-MODEL(平沢進)『Big Brother』(2004年)
[編集] CM
- アップルコンピュータ Macintoshの登場を告知するCM (1983年)
[編集] 映画
- フランソワ・トリュフォー(監督)『華氏451』(1966年)
- テリー・ギリアム(監督)『未来世紀ブラジル』(1985年)
- カート・ウィマー(監督)『リベリオン』(2003年)