パッターニー県
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
世界 > アジア > 東南アジア > タイ王国 > タイ南部 > パッターニー県
統計 | |
---|---|
県庁所在地 | パッターニー市 |
面積 | 1,940.4km² |
人口 | 595,985人 (2000年) |
人口密度 | 307人/km² |
ISO 3166-2 | TH-94 |
地図 | |
この項目は英語版を元に 作成されています。 |
パッターニー県はタイ・南部の県の一つ。ナラーティワート県、ヤラー県、ソンクラー県と接する。
目次 |
[編集] 県名
ここでは、項目名として「パッターニー」を採用したが、これは現在ここがタイの県でありタイ語に忠実に音訳すればこのように書かれるからである。しかし、昔はマレー系王朝の領土であり後述するように、独立運動もあるため、政治的立場などによってよってはパタニと表記する物もあるので注意したい。以下は対応表である
政治的立場 | タイ語 | マレー語・英語 | 日本語 |
タイ中央政府 | ปัตตานี | Pattani | パッターニー |
独立運動側・ | บาตานี | Patani | パタニ |
その他、現代中国語では北大年(Beidanian)と表記し、パタニ王国時代の日本側の呼称として太泥(たいに)などもある。
[編集] 地理
[編集] 歴史
パッタニーにはパタニ王国という半独立の王朝があったが、これは事実上スコータイ王朝、アユタヤー王朝、チャックリー王朝の支配下にあった。その後チャックリー改革によりパタニ王国は廃止され、大英帝国との協定によってパッターニーはマレー人が多く住みながらも、タイの一部となった。パタニ王国廃止直後から独立運動が盛んになり、2004年には多くの死者を出す武力衝突も起こっている。
[編集] 民族
タイ族よりもマレー人が主に住み華人なども多い。また、パッターニーの住民の80%はムスリムである。
[編集] 県章
県章にデザインされている大砲はパタニ王国の官吏・林道乾によって制作されたパヤー・ターニー(マレー語ではスリ・パタニ)である。以前パッターニーに設置されていたものであるが、1785年(タイ仏暦2328年)、バンコクに移された。現在防衛省本部の庁舎前に飾ってある。(大砲の詳細はラージャ・ビルを参照のこと。)
県花はハイビスカス(Hibiscus rosa-sinensis)、タキエントーンの木(hopea odorata)。 |
[編集] 行政区
パッターニー県は12の郡(アンプー)があり、その下に115の町(タンボン)と629の村(ムーバーン)がある。
|
|
[編集] 外部リンク
- タイの県と特殊地域
-
北部: ウタイターニー | ウッタラディット | カムペーンペット | スコータイ | ターク | チエンマイ | チエンラーイ | ナーン | ナコーンサワン | パヤオ | ピッサヌローク | ピチット | プレー | ペッチャブーン | メーホンソーン | ラムパーン | ラムプーン 東北部: アムナートチャルーン | ウドーンターニー | ウボンラーチャターニー | カーラシン | コーンケーン | サコンナコーン | シーサケート | スリン | チャイヤプーム | ブリーラム | ナコーンパノム | ナコーンラーチャシーマー | ノーンカーイ | ノーンブワラムプー | マハーサーラカーム | ムックダーハーン | ヤソートーン | ルーイ | ローイエット 中部: アーントーン | アユタヤ | カーンチャナブリー | サケーオ | サムットサーコーン | サムットソンクラーム | サムットプラーカーン | サラブリー | シンブリー | スパンブリー | チャイナート | チャチューンサオ | チャンタブリー | チョンブリー | トラート | ナコーンナーヨック | ナコーンパトム | ノンタブリー | パトゥムターニー | プラーチーンブリー | プラチュワップキーリーカン | ペッチャブリー | ラーチャブリー | ラヨーン | ロッブリー 南部: クラビー | サトゥーン | スラートターニー | ソンクラー | チュムポーン | トラン | ナコーンシータンマラート | ナラーティワート | パッターニー | パッタルン | パンガー | プーケット | ヤラー | ラノーン 特殊地域: バンコク | パッタヤー特別市 - タイの地方行政も参照。