大國魂神社 (府中市)
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大國魂神社 | |
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所在地 | 東京都府中市宮町3-1 |
主祭神 | 大國魂大神 |
社格等 | 官幣小社・別表神社 |
創建 | 伝景行天皇41年(111年)5月5日 |
本殿の様式 | 三間社流造 |
例祭 | 5月5日 |
主な神事 | くらやみ祭(4月30日~5月6日) |
大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)は東京都府中市にある神社である。武蔵国の総社である。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 年紀
- 111年(景行天皇41年)5月5日 創立
- 645年(大化元年) 武蔵国の国衙の斎場となり「武蔵総社」となる。
- 不明 六所を奉祀して、社号が「武蔵総社六所宮」となる。
- 1182年(寿永元年) 源頼朝が政子の安産の祈願をした。
- 1186年(文治2年) 源頼朝が社殿を造営した
- 1232年(貞永元年)2月 頼経が社殿を修造した。
- 1590年(天正18年)8月 徳川家康が社領五百石を寄進し社殿等の造営を行った。
- 1646年(正保3年)10月 類焼により社殿が焼失。
- 1667年(寛文7年)3月 徳川家綱が社殿を造営し現在に至る。
- xxxx年(慶応年間) 檜皮葺が銅葺に改められる。
- 1868年(明治元年) 勅祭社に準ぜられる
- 1872年(明治4年) 社号を「大國魂神社」に改める。
- 1875年(明治7年) 県社に列せられる。
- 1886年(明治18年) 官幣小社に列せられる。
[編集] 由緒
- 社伝によると第12代景行天皇41年5月5日に、大国魂大神の託宣を受け創立された。出雲臣天穂日命の後裔が武蔵国造に任ぜられ社の奉仕を行ってから、代々の国造が奉仕してその祭務を行ったと伝承されている。社号は「大國魂神社」となる。
- 645年 大化の改新の時、武蔵の国府を社有地内に置かれ、社を国衙の斎場とし、国司が奉仕して、国内の祭務を総轄する所になった。国司が国内社の奉幣巡拝、又は神事執行等の便により国内諸神を配祀して、武蔵総社の起源になった。社号が「武蔵総社」となる。
- その後に武蔵国内の著名の神、六所を奉祀して、社号が「武蔵総社六所宮」となる。
- 寿永元年に、源頼朝が葛西三郎清重を使節として、政子の安産の祈願が行われた。
- 文治2年源頼朝は武蔵守義信を奉行として社殿を造営した
- 貞永元年2月、将軍源頼経の代にも武蔵守資頼を奉行として社殿を修造した。
- 天正18年8月、徳川家康が江戸へ入城してからは、 武蔵国の総社として、社領五百石を寄進し、社殿及びその他の造営を行われた。
- 正保3年10月、類焼により社殿が焼失。
- 寛文7年、徳川家綱の命により、久世大和守広之が社殿を造営し現在に至る。
- 慶応年間、檜皮葺[ひわだぶき]が銅葺に改められた。
- 明治元年、勅祭社に準ぜられた
- 明治4年、社号を「大國魂神社」に改めた。
- 明治7年、県社に列せられた。
- 明治18年、官幣小社に列せられた。
[編集] 祭神
- 大國魂大神 大国主命と同神とされる。
[編集] 年中行事
1月 | 1日 | 歳旦祭 年祝祭 | 6月 | 1日 | 東照宮例祭 | ||
2日 | 海幸・山幸祭 | 夏至の日 | 夏至祭 | ||||
3日 | 元始祭 | 30日 | 大祓式 | ||||
15日 | 日吉神社例祭 | 7月 | 12日 | 青袖祭 | |||
2月 | 3日 | 節分祭 | 宮乃咩神社 | ||||
11日 | 紀元節祭 | 13日 | 杉舞祭 | ||||
15日 | 坪宮例祭 | 20日 | すもも祭 | ||||
17日 | 祈年祭 | 8月 | 1日 | 相撲祭 | |||
25日 | 天神社例祭 | 7日 | 風祭 | ||||
3月 | 4日 | 氷雨祭 | 15日 | 国府八幡宮例祭 | |||
神戸稲荷神社例祭 | 9月 | 13日 | 松尾神社例祭 | ||||
10日 | 春季祭 | 秋分の日 | 秋季皇霊祭遙拝式 | ||||
春分の日 | 春季皇霊祭遙拝式 | 24日 | 忠魂碑慰霊祭 | ||||
4月 | 1日 | 巽神社例祭 | 27日 | 秋季祭(くり祭) | |||
滝神社例祭 | 28日 | ||||||
30日 | 品川海上禊祓式 | 例 大 祭 |
10月 | 1日 | 住吉神社例祭 | ||
5月 | 1日 | 祈晴祭 | 11月 | 3日 | 文化祭 | ||
2日 | 御鏡磨式 | 酉の日 | 酉の市 | ||||
3日 | 競馬式 | 15日 | 七五三詣り | ||||
4日 | 御綱祭 | 23日 | 新嘗祭 | ||||
5日 | 動座祭 | 12月 | 冬至の日 | 冬至祭 | |||
御輿渡卸 | 23日 | 天王誕生祭 | |||||
6日 | 還御の儀 | 27日 | 煤払祭 | ||||
鎮座祭 | 1日 | 大祓式・除夜祭 |
[編集] 文化財
- 重要文化財「木造狛犬」玉眼 漆箔 本殿と拝殿の間にあった中門に置かれていたもの。鎌倉時代の作か
- 東京都指定建造物「本殿」
[編集] 六所宮
武蔵国の総社として、下記六社を合祀している。なお、下記六社は創建当時の一之宮から六之宮までであり、武州六社明神と言われていた。創立の初期には創建日5月5日、武蔵国中の神官が集まり祈祷を行った。
一之宮 | 小野神社 | 東京都多摩市一ノ宮一丁目・府中市住吉町 |
二之宮 | 二宮神社(小河明神) | 東京都あきる野市二宮 |
三之宮 | 氷川神社 | 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町四丁目 |
四之宮 | 秩父神社 | 埼玉県秩父市番場町 |
五之宮 | 金鑚神社 | 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 |
六之宮 | 杉山神社 | 神奈川県横浜市緑区西八朔町(異説あり) |
[編集] 摂末社・付属社
[編集] 宮乃咩神社
宮乃咩神社(みやのめじんじゃ)は大国魂神社の摂社
- 祭神 天鈿女命外二柱(あめのうづめのみこと)
- 例祭 7月12日
- 創建 景行天皇の代
演芸の神、安産の神様として崇敬されている。
[編集] 坪宮
坪宮(つぼみや)は大国魂神社の摂社
[編集] 松尾神社
松尾神社(まつおじんじゃ)は大国魂神社の末社
醸造の守護神と共に開拓の粗神として御神徳高き神
[編集] 巽神社
巽神社(たつみじんじゃ)は大国魂神社の末社
元は市川にあった市神社。その社を大国魂神社の御本殿から辰巳南東の方向に遷座し時に巽神社という社号になった。
[編集] 東照宮
東照宮(とうしょうぐう)は大国魂神社の末社
徳川秀忠によって造営。家康の死後、駿河国久能山により下野国二荒山に祀り直された時に、武蔵野国府の斎場で一夜を明かした遺跡を後生に伝える為造営。
[編集] 住吉神社
住吉神社(すみよしじんじゃ)は大国魂神社の末社
- 祭神 表筒男命、中筒男命、底筒男命
- 例祭 10月1日
御本社は、大阪府住吉区。海上守護の神、除災招福の神。
[編集] 大鷲神社
大鷲神社(おおわしじんじゃ)は大国魂神社の末社
- 祭神 大鷲大神
- 例祭 11月酉の日
御本社は、大阪府堺市鳳町の大鳥神社。元は日本武尊が守護する神として信仰、現在では“おとりさま”と称され開運の神・商売繁盛の神として信仰。
[編集] 神戸稲荷神社
神戸稲荷神社(ごうどいなりじんじゃ)は大国魂神社の末社
[編集] 国府八幡宮
国府八幡宮(こくふはちまんぐう)は大国魂神社の所管社
[編集] その他
- 4月30日~5月6日に行われるくらやみ祭は、本来歌垣の性格を帯びていたが、明治時代になってその淫靡な風習は改められた。また、夜間に実施されていた祭礼の行事も昭和34年より夕刻の実施となった。
- 宵宮となる5月3日には、参道であるケヤキ並木において古式競馬式と府中囃子の競演、5月4日には旧甲州街道にて20台あまりの山車行列が行われる。
- 例大祭当日となる5月5日には、6張の大太鼓に先導されて、8基の神輿が御旅所まで渡御する。神輿が御旅所に到着したのち神事行い、一夜あけて6日早朝より神社への還御が行われる。
- 5日の神輿渡御が深夜に町中の灯を消して闇の中で行われたため、くらやみ祭りと呼ばれる。
- 境内は、全面禁煙で自転車乗車も禁止されている。
- 桜通りまで伸びる「ケヤキ並木」は、正式には「馬場大門欅並木」といい、大正13年に日本で2番目の天然記念物として指定されている。
- 古くは並木の両側が馬場となっており、過去には5月3日より9月晦日まで馬市が立った。
[編集] 交通
現在、桜通りより大鳥居までケヤキ並木が続いており、国指定天然記念物に指定されている。かつて、並木の両側は馬場となっていた。
- 駐車場:あり
- 東京競馬場に隣接しているため、競馬開催日には観客向けに開放されることがある。
[編集] 外部リンク
[編集] 関連事項
- 本社は司馬遼太郎著『燃えよ剣』における冒頭の舞台として設定されている。くらやみ祭りの描写が詳細。
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