歯科医師
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歯科医師(しかいし、英Dentist)は、歯科医療の領域において、歯科医学に基づいた傷病の予防、診療および公衆衛生の普及を責務とする医療従事者である。その職務等に関しては、歯科医師法により規定されている。業務独占資格および名称独占資格の医療資格である。
一般に、「歯医者」(はいしゃ)と呼ぶことが多い。
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[編集] 歴史
明治維新前:明治維新以前は、口歯科、口中科を専業にする医師がいて、口、喉、歯の治療をおこなっていた。世界的には紀元前2500年頃のものと推定される義歯がギーザから発掘されている。
明治維新後:明治6年に「医制」が発布され、西洋を模範とした医療制度が整えられ始めた。「医制」により、医師になるには、医術開業試験を合格することが求められた。明治8年、小幡英之助は第1回目の医術開業試験に「歯科」を専門に試験を申請し合格した。小幡は医籍4号をもって登録された。これは「歯科を専攻する医師として登録された」ということであるが、小幡が西洋歯科医学を専攻した先達であり、「歯科」という語を初めて用いたこともあり、日本で最初の歯科医師とされている。明治16年、医籍とは別に歯科医籍が作られ、医師と歯科医師とは独立した、別個の存在となった。明治39年、法律48号により歯科医師法が制定された。昭和17年、大戦中の医療体制確立のために、医師法と合わさって国民医療法となったが、歯科医師制度そのものに変化はなかった。戦後、国民医療法は、医師法、歯科医師法、医療法(医療機関について規定)にわかれ、現在に至る。
[編集] 名称
日本:歯科医師 アメリカ:dentist
日本では現在では大学で歯学を学んで卒業しなければ歯科医師国家試験を受験できないので、歯科医師は原則として学士(歯学)Bachelor of Dental Scienceである。米国では歯科医学校はすべて専門職大学院であり、卒業生はDoctor of Dental Surgery (DDS)の学位を得る。米国では全米統一の歯科医師試験が歯科医学校の卒業試験を兼ねるので、DDSは歯科医師と同義語である。このため日本の歯科医師も、アメリカではDDSと称することが多い。ここでDoctorというのは専門職学位としてのDoctorであり、学術上の学位(academic degree)のDoctorとは別物である(日本でも法科大学院を修了すると法務博士を得るが、学術上は修士扱いである)。なおハーバード大学歯科医学校(もとより専門職大学院である)など米国東部の一部の大学では、歴史的経緯からDoctor of Dental Medicine(DMD) の学位を授与している。つまり米国では歯科医学校を卒業(すなわち歯科医師試験に合格)すると、「DDS」「DMD」のどちらかの称号を与えられるが、両者の社会的評価に全く差はない。
なお「歯学博士(博士(歯学))」の英語訳はDoctor of Dental Science (DDSc) が近いが、DDSと混同されることが多いため「Ph.D」(Doctor of Philosophy)と訳すケースが多い。しかしPh.Dは、ニュアンスとしては純粋な科学を修めたことを意味するため、適切ではない。米国でDDS PhDといえば、歯科医学校を卒業しただけでなく、さらに生物など純粋科学の大学院を修了して博士(理学)を取得したようなニュアンスに取られ、非常に尊敬される場合もあるかもしれないが、むしろ変態と思われる。米国ではDDSだけで充分な社会的評価が得られるので、さらにPhDを取るような回り道はしない(日本でも歯科医師が博士(理学)を取れば、とても尊敬されるか変態と思われるかであろう)。これは、医学博士(博士(医学))取得者などでも見られる誤った使用法である。
歯科医師になる為には、厚生労働省が指定した大学の歯学に関する正規の課程(歯学科)を経て、国家試験(歯科医師国家試験)に合格しなくてはならない(「学士(歯学)」だからと言って歯科医師とは限らない)。
[編集] 日本の歯科医師制度
日本において歯科医師は、医師とは別の国家資格であり、歯科医師国家試験に合格したものに対して厚生労働大臣より免許が与えられる。
歯科医師国家試験の受験資格は、大学において歯学の正規の課程 (高校卒業後6年間。学士入学者は4年間~4年半)を修めて卒業した者などに与えられる。免許を与えられた者は歯科医籍に登録をうけられ、これにより独立して歯科医業を行うことができる。
さらに医療機関(診療所、病院)の開設者になる(すなわち開業する)には、歯科医師免許取得後1年以上の卒後臨床研修を修了しなければならない。
歯科衛生士に認められている一部行為を除き、他者の指示に基づかず歯科医業を行うことは歯科医師のみに認められている。また、主に歯科医業を行う病院及び診療所の管理者も歯科医師が就くものと定められている。
現在、歯科医師免許に更新期限はなく、歯科医業停止・免許取消を医道審議会により決定されない限り生涯にわたって有効である。
歯科医師免許は、診療科ごとに交付されるものではない。その為、各診療分野の学会が学会認定医などの認定を行っている。これらは法的な拘束力を持つ資格ではないため、標榜科名(現在、歯科、歯科口腔外科、矯正歯科、小児歯科の4科が認められている)は自由に標榜できる。なお専門医資格は、各学会の専門医を持っていないと広告できない(医師の専門医標榜制度と異なる)。
また歯科医業の範囲が狭いということから、医科と比べて需給調整がより難しく 今日では、少子化による人口減少などによって歯科医師過剰問題を引き起こしている。
一方で、需要の変化(患者側の権利意識・要求水準の向上など)に合った歯科医師養成の遅れなどから、真に必要とされる歯科医は不足傾向にあるとの指摘はあるものの、養成費・開業費用などの先行投資や医療訴訟などの歯科医業上のリスクに見合った職種ではないという判断から歯科医師という職業を敬遠する傾向も認められる。
[編集] 「医師」と「歯科医師」の業務上の関係
医師は医師法第17条に定める「医業」を行い、「歯科医師」は歯科医師法第17条に定める「歯科医業」を行う。
「歯科医業」とは咬合構築に関与する行為(補綴、充填、矯正)、歯牙・顎骨・口腔粘膜・舌・唾液腺・咀嚼筋など下顔面に発生する疾患の治療、全身疾患のうち口腔に症状を現す疾患の機能回復訓練、などの行為をいう。
この「歯科医師」が行う「歯科医業」のうちいわゆる「口腔外科」に属する行為は、「歯科医業」であると同時に、医師法第17条に定める「医業」でもあるため、「医師」も行うことができる。
すなわち、法律上は、「医師」は、「歯科医師」が行う「歯科医業」のうちの、補綴、充填、矯正の3つの行為を除いた、全ての医療行為を、医科疾患の治療上必要とみなされれた場合に限り「医業」として行うことが可能である(医科疾患治療上必要でなく、歯科処置を行うならば歯科医師法違反になる。医師が口腔外科疾患を扱う場合は歯科疾患ではなくあくまで医科疾患となる場合のみ)。一般に歯科医師は歯科疾患治療の必要上あらゆる手段の模索を歯科専門職として許されている。そのため、例えば顎骨の修復のために仙骨を取り出すなどは可能とされているが、全身麻酔や救急医療など生命の危険性を相当程度伴うものについてはその裁量範囲判断においてはまだ議論がなされている。
「医師」が歯科疾患治療のみを対象とする行為を反復継続的に行ったり、「歯科医師」が医科疾患治療のみを対象とする行為を反復継続的に行ったりした場合には、それぞれ歯科医師法違反、医師法違反として処罰の対象となる。
また、「医師」は状況に応じて、死亡診断書と死体検案書の両方を記入・作成することができるのに対して、「歯科医師」は歯科・口腔外科疾患により死亡した患者に対しては死亡診断書を記入・作成することはできるが、医師と異なり、死体検案書は記入・作成することができない。
[編集] メディアにおける歯科医師像
[編集] 児童向け
児童向けのテレビ番組(アニメ・実写ドラマ)や出版作品(漫画・児童文学)において、歯科医師は伝統的には怖い頑固親父的な壮年または中高年の男性とされることが多く、齲蝕(虫歯)などにかかった子供の患者に対しても厳しく診察・治療するようなイメージが強かった。これには、子供の虫歯が当時贅沢病的に考えられていたこと(親世代が戦時下もしくは敗戦直後に子供だったため、子供時代に食糧事情が良くなかった)、子供の虫歯がだらしない食生活・生活習慣のためと考えられ、虫歯の症状や治療の痛みはそのお仕置き的に考えられていたこと、および「歯科治療は怖く痛いもの」という価値観が根強かったことなどによるところが大きい。なお、このような傾向は1980年代前半まで見られたが、現実の歯科医療ではこのころにはソフトな診察・治療が広まっていた。
1990年代以降においては、歯科医師は優しく診察・治療を行う設定が増えた。また、比較的若年の男性や、女性が歯科医師になる設定も増えた。(例;テレビアニメ「きこちゃんすまいる」(1996~1997)など。)
[編集] 青年・成人向け
上記のような傾向は青年・成人向け作品でも多く見られる。
また、歯科医師は高収入というイメージが強く、メディアでも高収入の歯科医師が多く紹介されれることが多い。現実には、医療機器の購入などで必ずしもその経営は好ましくない。
なお、歯科医師・歯科衛生士は、アニメ・ドラマ・映画・漫画・文芸作品などいずれにおいても端役(レギュラー登場人物の虫歯等を治療する役)として扱われることが多く、歯科医師・歯科衛生士を主人公や副主人公、あるいはその他のレギュラー登場人物とする作品は非常に少ない。医療もの・医師もの・看護師ものは、主に町医者的な内科医か、総合病院に勤務する医師・看護師でかつ外科手術に関わる医師・看護師に関するものがほとんどで、歯科・眼科・耳鼻科等、顔面の器官に関する医療従事者を扱った作品は、非常に少ない傾向にある。
[編集] 専門分野
歯科医師は、一般に齲蝕(むし歯)などの硬組織疾患を予防および治療する医療従事者と考えられているが、実際はそうではない。
歯科医師を大別すると下記のようになり、それぞれが連携あるいは跨って治療・研究を行っている。一部では、「歯科」というと歯一組織しか診ていないような印象を一般に受けることから、広く全身の健康増進・治療・予防という観点から「口腔科」、「口腔医」という名称を使用した方がよいとの意見もある(現在、法的に口腔科・口腔医と標榜はできない)。
- 基礎医学および歯科学を専門とする分野:口腔領域から全身領域における様々な基礎研究。医学部基礎医学系と類似するが、基本的に口腔内からのアプローチによる研究が主であり、これが医科との違いでもある。
- 硬組織疾患を専門とする分野:歯それ自体の疾患(むし歯など)を治療・予防する。
- 軟組織疾患を専門とする分野:歯周組織・舌の疾患(歯周病・舌癌など)を治療・予防する。
- 全身疾患を専門とする分野:例えば歯科麻酔科の救急医療や全身麻酔、歯科放射線科での全身疾患治療、歯周病科での口腔内微生物と全身疾患の関連研究など様々。
[編集] 専門医・認定医資格
- 学会認定専門医
- 歯科保存専門医(日本歯科保存学会)
- 歯列矯正専門医(日本矯正歯科学会)
- 口腔病理専門医(日本病理学会)
- インフェクションコントロールドクター(ICD制度協議会)etc
- 認定医
- 日本歯科麻酔学会認定医(日本歯科麻酔学会)
- 日本成人矯正歯科学会認定医(日本成人矯正歯科学会)
- 日本口腔インプラント学会認定医(日本口腔インプラント学会)
- 日本歯科審美学会認定医(日本歯科審美学会)
- 日本補綴歯科学会認定医(日本補綴歯科学会)
- 日本口腔衛生学会認定医(日本口腔衛生学会)
- 日本歯科放射線学会認定医(日本歯科放射線学会)
- 日本障害者歯科学会認定医(日本障害者歯科学会)
- 日本顎咬合学会認定医(日本顎咬合学会)
- 日本顎関節学会認定医(日本顎関節学会)
- 日本全身咬合学会認定医(日本全身咬合学会)
- 日本歯内療法学会認定医(日本歯内療法学会)
- 日本歯科東洋医学会認定医(日本歯科東洋医学会)
- 日本スポーツ歯科医学会認定医(日本スポーツ歯科医学会認定医)
- 日本レーザー歯学会認定医(日本レーザー歯学会)etc
- その他
- 一級解剖組織技術士認定(日本解剖学会)
[編集] 歯科医師に付与される資格(医師同様)
- 無試験・講習(歯科医師資格があることにより付与される資格)
- 有試験(受験資格が付与される資格)
- 臨床検査技師
- 労働衛生コンサルタント etc
[編集] 歯学部歯学科を持つ日本の大学(29校)
[編集] 国立大学法人(11校)、公立大学法人(1校)
[編集] 私立(17校)
- 北海道医療大学
- 岩手医科大学
- 奥羽大学
- 日本歯科大学(生命歯学部、新潟生命歯学部)
- 東京歯科大学
- 日本大学(歯学部、松戸歯学部)
- 昭和大学
- 明海大学
- 鶴見大学
- 神奈川歯科大学
- 松本歯科大学
- 朝日大学
- 愛知学院大学
- 大阪歯科大学
- 福岡歯科大学
[編集] 関連項目
- 歯科/歯科学/薬学/医学
- 口腔診断学/保存修復学/歯周治療学/歯内療法学/口腔外科学/小児歯科学
- 微生物学(微生物)/細菌学(細菌)/ウイルス学(ウイルス)/真菌学(真菌)/寄生虫学(寄生虫)
- 免疫学/遺伝学/生化学(口腔生化学)/病理学(口腔病理学)/解剖学(口腔解剖学)/細菌学(口腔細菌学)
- 感染症/伝染病/齲蝕/歯周疾患
- 歯/歯周組織/歯髄/歯肉/舌/口腔/唾液/咽頭
- 歯学部/歯科大学/薬学部/医学部/医科大学//理学部
- 歯科技工士/歯科衛生士
- 薬剤師/医師/専門医/認定医/看護師/医療環境管理士
- 歯科医師国家試験/歯科医師過剰問題