硫黄島からの手紙
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硫黄島からの手紙 Letters from Iwo Jima |
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監督 | クリント・イーストウッド |
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製作総指揮 | ポール・ハギス |
製作 | クリント・イーストウッド スティーヴン・スピルバーグ ロバート・ロレンツ |
脚本 | 山下アイリス |
出演者 | 渡辺謙 二宮和也 伊原剛志 加瀬亮 中村獅童 |
撮影 | トム・スターン |
編集 | ジョエル・コックス |
配給 | ワーナー・ブラザーズ (アメリカ・日本) パラマウント映画 (アメリカ・日本以外) |
公開 | 2006年12月9日 (日本) 2006年12月20日 (アメリカ・限定公開) |
上映時間 | 141分 |
製作国 | アメリカ |
言語 | 日本語 |
制作費 | 18億円 |
allcinema | |
IMDb | |
『硫黄島からの手紙』(Letters from Iwo Jima)は、2006年のアメリカ映画。『父親たちの星条旗』に続く、硫黄島の戦いを日米双方の視点から描いた「硫黄島プロジェクト」の日本側視点の作品である。劇中の栗林忠道中将の手紙は、彼の手紙を後にまとめた『「玉砕総指揮官」の絵手紙』(栗林忠道・著 吉田津由子・編)[1]に基づいている。監督やスタッフは『父親たちの星条旗』と同じくクリント・イーストウッドらがそのまま手掛けた。当初のタイトルは『Red Sun, Black Sand』。ワールドプレミアは2006年11月15日に日本武道館で行なわれた。 また、日本国内でテレビスポットにHDが採用された最初の作品である。
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
目次 |
[編集] ストーリー
1944年6月、戦局が悪化の一途を辿っていた太平洋戦争下の硫黄島に一人の将校が降り立つ。新たに硫黄島守備隊指揮官に任命された陸軍中将栗林忠道(渡辺謙)には駐在武官としてアメリカに滞在した経験があり、それ故に誰よりも米軍の強大な実力を知り尽くしていた。彼は反発する古参の将校達を押し切り、防衛計画を練り直す。今までの上官とは違い、合理的な思想を持つ栗林の存在は、日々の生活に絶望していた西郷(二宮和也)らに新たな希望を抱かせる。
[編集] 概要
硫黄島で圧倒的な兵力のアメリカ軍と死闘を繰り広げた栗林忠道中将指揮による日本軍将兵と、祖国に残された家族らの想いが描かれる。ストーリーはタイトルとなっている栗林中将や西郷が家族へと向けた手紙を基に展開される。
監督は当初、日本人を起用する方向だったが、前作『父親たちの星条旗』を撮影中にイーストウッド本人が自らでメガホンを取る意志を固めたという。資料を集める際に日本軍兵士もアメリカ側の兵士と変わらない事がわかったというのがその理由である。
撮影の大部分は、カリフォルニア州バーストウ近郊の噴石丘と溶岩層で出来た地帯であるピスガ・クレーター周辺で行われた。戦闘シーンやCGの一部は『父親たちの星条旗』からの流用である。また、東京都の許可により史上初の硫黄島ロケが1日だけの約束で敢行され、栗林中将が防衛計画を立てる為に海岸の調査を行うシーンや、オープニングで摺鉢山頂上に建立されている硫黄島の日本軍側慰霊碑から、島全体を見下ろしていくシーンなどに使用されている。
日本では、2006年10月28日に公開された『父親たちの星条旗』に続き、同年12月9日より劇場公開がスタートした。アメリカ国内での公開は賞レース等の兼ね合いもあり紆余曲折したが、2006年内に公開される事が決定、12月20日よりニューヨークやロサンゼルスで限定公開され、翌年の1月からアメリカ全土に拡大公開されることになった。公開時期の変更に付いては、関係者や批評家・記者向けの試写の評判が良かったためだと言うことである[2]。また、この措置により『父親たちの星条旗』と共に第79回アカデミー賞の対象作となり、作品賞・監督賞・脚本賞・音響編集賞にノミネートされ、音響編集賞を受賞した。
[編集] 評価
[編集] 日本国内
テレビ・新聞・雑誌をはじめとして反響は大きく、公開後最初の国内映画興行成績でトップを飾り、「昭和史」で知られる半藤一利をして、「細部に間違いはあるが、日本についてよく調べている」(朝日新聞2006年12月13日)と言わしめ、またこの作品が話題になるにつれ、栗林忠道の人となりを紹介したTVドキュメンタリーや派生ドラマが放送、硫黄島関連本も数多く出版され『硫黄島ブーム』と云うべき現象が起こった。
ストーリーや描写等に史実と異なる部分も指摘されるが(例えば栗林の拳銃は渡辺謙のアイディアで付け加えられたフィクション。実際には栗林は見回りのときは丸腰だった。ただしこの映画はドキュメンタリーではないので、このようなフィクションが入ることは当然といえる)、アメリカ人監督とスタッフにより製作された映画の中では、日本人に対する偏見や誤解による描写や表現がほとんど見られず、当時の日本の状況を表現する事に成功した映画と云える。日本人兵士の視点から観た「硫黄島の戦い」をテーマとしているので、キャストは日本人俳優を起用しており、ハリウッドの監督と映画スタッフによる映画でありながら、ほぼ全編日本人俳優と日本語による撮影が行われた(それ以前のハリウッド映画では、日本を描いた映画や日本人の設定でありながら、日本語に妙な訛りがあり、逆に英語を流暢に話すと云う不自然な手法が取られていた事が多い)。
[編集] 日本国外
- アメリカ合衆国
- アメリカでの評判も極めて高く、前述の通り第79回アカデミー賞の作品賞・監督賞・脚本賞・音響編集賞にノミネートされた。日本語の映画が外国語映画賞ではなく作品賞にノミネートされるのは初で、外国語映画としては7本目となる。他にもナショナル・ボード・オブ・レビュー (2006年)最優秀作品賞など多くの賞を受賞(#賞歴参照)。その他CNN.comで「今年のアメリカ映画で唯一『名作』と呼ぶことをためらわない映画」と評価され[3]、ニューヨークタイムズではA.O.スコットが「殆んど完璧」と述べる[4]など、話題作となっている。
[編集] 逸話
- イーストウッドは、当初は日本側から描くこの映画は日本人監督に依頼するつもりであった。彼と長年共に仕事をしているチーフカメラマンによれば、彼は、今作品の構想を練る際に「黒澤なら完璧なのに」ともらしたという。その後、上述したとおり、彼自身がメガホンを取った。
- 日本での上映において、タイトルは日本語で表記されているが、エンド・クレジットは全て英語となっている。
- キャストは、クリントが硫黄島の映画を撮ると知り出演を直訴した渡辺謙を除き、全員がオーディションで選定された。そのため二宮、加瀬、伊原、中村以外で台詞のある出演者はすべて在米(裕木奈江も現在アメリカ在住)の日本人俳優である。
- この作品以前にも、『ラストサムライ』等のように日本人が日本語で演技をするアメリカ映画は存在するが、全編日本語(ただしアメリカ人との会話を除く)で、日本人が主人公のアメリカ映画はこの作品が初めてである。本作品では、アメリカ人は栗林中将の回想シーンとその他大勢の敵兵と捕虜一人の脇役しか登場しない。2006年9月1日にNHKハイビジョンで放送された特番「クリント・イーストウッド 名匠の実像」のインタビューにおいて、彼は今回の作品を「日本映画」と呼んだほどである。シネマ通信においても、最初のお披露目となるワールドプレミア試写会が日本で行われることについてどう思うかという質問に対し、「ふさわしいと思うよ。日本人監督である僕が撮った日本映画だからね」と冗談めかして答えていた。ゴールデングローブ賞授賞式においても「偉大なる渡辺謙に感謝します」と述べるなど、イーストウッドが日本に対して多大なる敬意を払って本作品を作り上げたことがうかがえる。
- 本映画公開後、小笠原村役場に「硫黄島に観光に行きたい」という要望が多数寄せられており、小笠原村役場の担当者を困惑させている。硫黄島は、現在海上自衛隊とアメリカ軍の基地があり、島自体が軍事基地施設になっているため、東京都の許可がないと上陸することはできない。民間人の上陸許可は、慰霊や遺骨収集・戦史研究や火山活動のための学術調査や基地の保全改築に伴う建設関係者に限られている(事故や遭難による緊急避難による上陸は除く)。本映画公開によって、硫黄島の戦いが現代の日本人に広く知られる事になり、世代によっては本作品公開によって初めてこの戦いのことを知ったという人も多い。ただ、上陸は出来ないが一年に一回、硫黄島を含む火山諸島のネイチャーウオッチングのクルージングがある。ちなみに硫黄島がある小笠原村には映画館がなく、村民はこの映画を映画館で鑑賞することはできない[5]。
[編集] キャスト
- 渡辺謙:栗林忠道陸軍中将 *
- 二宮和也:西郷昇陸軍一等兵
- 伊原剛志:バロン西(西竹一陸軍中佐) *
- 加瀬亮:清水洋一陸軍上等兵
- 中村獅童:伊藤海軍大尉(日本公開時に中尉とされていたのはLieutenant<陸軍では中尉・海軍では大尉の意>の誤訳である)
- 裕木奈江:ハナコ(西郷の妻)
- 松崎悠希:野崎陸軍一等兵
- 山口貴史:樫原陸軍一等兵
- 安東生馬:小澤陸軍一等兵
- ソニー斉藤:遠藤陸軍衛生伍長
- 渡辺広:藤田正喜陸軍中尉(栗林の副官) *
- 尾崎英二郎:大久保陸軍中尉
- 坂東工:谷田陸軍大尉(西郷らの直属の上官)
- 県敏哉:岩崎陸軍大尉
- 戸田年治:足立陸軍大佐(摺鉢山地区指揮官 相当する人物は旅團司令部附の厚地兼彦陸軍大佐または守備隊長の松下久彦陸軍少佐)
- ケン・ケンセイ:林陸軍少将(実際の旅團長は大須賀應陸軍少将または千田貞季陸軍少将)
- 長土居政史:市丸利之助海軍少将 *
- 阪上伸正:大杉海軍少将(実際の市丸少将の前任者は松永貞市海軍中将)
- 志摩明子:愛國婦人会の女性
- ブラック縁:犬の飼い主の女性
- Lucas Elliott:サム(俘虜となる海兵隊員)
- Mark Moses:(回想シーンでの)米軍将校
- Roxanne Hart:その妻
- (* は実名で登場する実在した人物)
[編集] 賞歴
- ナショナル・ボード・オブ・レビュー (NBR) … 最優秀作品賞
- ロサンゼルス映画批評家協会賞 … 最優秀作品賞
- アメリカ映画協会賞 … 作品賞トップ10
- サウスイースタン映画批評家協会賞 … 作品賞第2位
- ダラスフォートワース映画批評家協会賞 … 最優秀外国語映画賞 、作品賞第6位
- サンディエゴ映画批評家協会賞 … 最優秀作品賞 、最優秀監督賞
- ラスベガス映画批評家協会賞 … 作品賞トップ10
- フェニックス映画批評家協会賞 … 最優秀外国語映画賞 、作品賞トップ10
- シカゴ映画批評家協会賞 … 最優秀外国語映画賞
- AFI(アメリカ映画協会) … 特別賞
- ユタ映画批評家協会賞 … 最優秀外国語映画賞
- カンザスシティ映画批評家協会賞 … 最優秀外国語映画賞
- 全米映画批評家協会賞 … 作品賞第3位
- ブロードキャスト映画批評家協会賞 … 最優秀外国語映画賞
- キネマ旬報ベスト・テン … 外国映画第2位
- ゴールデングローブ賞 … 最優秀外国語映画賞
- アカデミー賞 … 音響編集賞
[編集] 注記・参考資料
- ^ 栗林忠道 (2002-03-06). 吉田津由子『「玉砕総指揮官」の絵手紙』, 文庫 (日本語), 256ページ, 東京都: 小学館. ISBN 4-09-402676-2.
- ^ "「硫黄島からの手紙」US公開12/20繰り上がり公開のお知らせ" CINEMA TOPICS ONLINE: 2006-11-17. 2007年2月1日閲覧.
- ^ Charity, Tom (2006-12-22). "Review: 'Letters From Iwo Jima' a masterpiece (英語)" CNN.com. 2007年2月1日閲覧.
- ^ Scott, Anthony O. (2006-12-20). "Blurring the Line in the Bleak Sands of Iwo Jima (英語)" New York Times. 2007年2月1日閲覧.
- ^ 映画「硫黄島2部作」で…硫黄島ブーム
[編集] 外部リンク
- 父親たちの星条旗 | 硫黄島からの手紙 公式サイト(『父親たちの星条旗』との合同)
- Letters from Iwo Jima Official Site 公式サイト(英語)
- Letters from Iwo Jima - Internet Movie Database