キネマ旬報
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キネマ旬報(キネマじゅんぽう)は、1919年7月創刊の映画雑誌である。通称「キネ旬」。「キネマ旬報社」が発行している。
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[編集] キネマ旬報の沿革
1919年7月に東京高等工業学校(現・東京工業大学)の田中三郎ら学生4人が、アート紙4ページ、月に3回「1」のつく日に外国映画専門誌として発刊。1923年9月に発生した関東大震災により社屋が壊滅したが、芦屋市など阪神間に編集拠点を移して刊行を続ける[1]。
1940年12月をもって戦時統制を理由に終刊。しかし1946年3月に「再建」し、1951年10月に復刊[2]。それでも経営については安定しないものがあり[3]、幾つかの変転を経て大物総会屋の上森子鉄がオーナーとなる[4]。その後上森の死去に伴い1991年にセゾングループが全株式を取得、グループ会社である「SSコミュニケーションズ」に経営権が移管された。
しかし2001年、そのSSコミュニケーションズが角川書店に売却され、角川書店グループ入りすることになるも、今度は2002年、キネマ旬報社の株式の81%がギャガ・クロスメディア・マーケティングに売却された。現在も角川書店が株式の19%を保有している。
[編集] キネマ旬報ベスト・テン
キネマ旬報ベスト・テンは、1924年に外国映画のみを対象として「芸術的に最も優れた映画」「娯楽的に最も優れた映画」の2部門を編集同人の投票により選出したのが始まりで、日本映画の水準が高くなったことを理由に1926年から日本映画も対象となった[5]。
以降、映画を日常的に多数観ており、中立的で公正な評価が可能な委員により、毎年「日本映画ベスト・テン」と「外国映画ベスト・テン」が選出されている。1972年度から「読者選出ベスト・テン」も始まり、「映画評論家が選ぶ、信頼に足る映画」と「一般的に広く好まれる映画」とが多角的に区別され、映画ファンからの大きな信頼を得ている。
近年その選出された作品が時勢により毎年相当「手堅い」ものが選出され、一部のファンに熱狂的な支持されたいわゆる「カルト」的な作品や、再公開やビデオ・DVD化以降に次第に人気や高い評価を得てきた作品が多数見逃されているのも事実であり、そのギャップをどのように埋めていくのかが今後の課題であろう。
第79回(2005年度)
- 日本映画監督賞 井筒和幸(『パッチギ!』)
- 日本映画脚本賞 内田けんじ(『運命じゃない人』)
- 主演女優賞 田中裕子(『いつか読書する日』『火火』)
- 主演男優賞 オダギリジョー(『メゾン・ド・ヒミコ』『オペレッタ狸御殿』『SHINOBI』『スクラップ・ヘブン』)
- 助演女優賞 薬師丸ひろ子(『ALWAYS 三丁目の夕日』『オペレッタ狸御殿』『レイクサイド マーダーケース』『鉄人28号』)
- 助演男優賞 堤真一(『ALWAYS 三丁目の夕日』『フライ,ダディ,フライ』)
- 新人女優賞 沢尻エリカ(『パッチギ!』『阿修羅城の瞳』『SHINOBI』)
- 新人男優賞 石田卓也(『蝉しぐれ』)
- 外国映画監督賞 クリント・イーストウッド(『ミリオンダラー・ベイビー』)
- 日本映画ベスト・ワン 『パッチギ!』
- 外国映画ベスト・ワン 『ミリオンダラー・ベイビー』
- 文化映画ベスト・ワン 『映画 日本国憲法』
第80回(2006年度)
- 日本映画監督賞 根岸吉太郎(『雪に願うこと』)
- 日本映画脚本賞 西川美和(『ゆれる』)
- 主演女優賞 中谷美紀(『嫌われ松子の一生』『LOFT ロフト』『7月24日通りのクリスマス』)
- 主演男優賞 渡辺謙(『明日の記憶』)
- 助演女優賞 蒼井優(『フラガール』『虹の女神 Rainbow Song』『ハチミツとクローバー』)
- 助演男優賞 香川照之(『ゆれる』ほか)、笹野高史(『武士の一分』『寝ずの番』)
- 新人女優賞 檀れい(『武士の一分』)
- 新人男優賞 塚地武雅(『間宮兄弟』)
- 外国映画監督賞 クリント・イーストウッド(『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』)
- 日本映画ベスト・ワン 『フラガール』
- 外国映画ベスト・ワン 『父親たちの星条旗』
- 文化映画ベスト・ワン 『あの鷹巣町の その後』
[編集] 歴代ベストワン
- 1924年(第1回)『巴里の女性』、『幌馬車』
- 1925年(第2回)『嘆きのピエロ』、『バグダッドの盗賊』
- 1926年(第3回)『黄金狂時代』、『足にさはった女』
- 1927年(第4回)『第七天国』、『忠次旅日記/信州血笑篇』
- 1928年(第5回)『サンライズ』、『浪人街(第一話・美しき獲物)』
- 1929年(第6回)『紐育の波止場』、『首の座』
- 1930年(第7回)『西部戦線異状なし』、『アスファルト』、『何が彼女をさうさせたか』、『続大岡政談(魔像篇第一)』
- 1931年(第8回)『モロッコ』、『マダムと女房』
- 1932年(第9回)『自由を我等に』、『生まれてはみたけれど』
- 1933年(第10回)『制服の処女』、『出来ごころ』
- 1934年(第11回)『商船テナシチー』、『浮草物語』
- 1935年(第12回)『最後の億万長者』、『妻よ薔薇のやうに』
- 1936年(第13回)『ミモザ館』、『祇園の姉妹』
- 1937年(第14回)『女だけの都』、『限りなき前進』
- 1938年(第15回)『舞踏会の手帖』、『五人の斥候兵』
- 1939年(第16回)『望郷』、『土』
- 1940年(第17回)『民族の祭典』、『小島の春』
- 1941年(第18回)『戸田家の兄妹』
- 1942年(第19回)『ハワイ・マレー沖海戦』
- 1946年(第20回)『我が道を往く』、『大曽根家の朝』
- 1947年(第21回)『断崖』、『安城家の舞踏会』
- 1948年(第22回)『ヘンリー五世』、『酔いどれ天使』
- 1949年(第23回)『戦火のかなた』、『晩春』
- 1950年(第24回)『自転車泥棒』、『また逢う日まで』
- 1951年(第25回)『イヴの総て』、『麦秋』
- 1952年(第26回)『チャップリンの殺人狂時代』、『生きる』
- 1953年(第27回)『禁じられた遊び』、『にごりえ』
- 1954年(第28回)『嘆きのテレーズ』、『二十四の瞳』
- 1955年(第29回)『エデンの東』、『浮雲』
- 1956年(第30回)『居酒屋』、『真昼の暗黒』
- 1957年(第31回)『道』、『米』
- 1958年(第32回)『大いなる西都』、『楢山節考』
- 1959年(第33回)『十二人の怒れる男』、『キクとイサム』
- 1960年(第34回)『チャップリンの独裁者』、『おとうと』
- 1961年(第35回)『処女の泉』、『不良少年』
- 1962年(第36回)『野いちご』、『私は二歳』
- 1963年(第37回)『アラビアのロレンス』、『にっぽん昆虫記』
- 1964年(第38回)『かくも長き不在』、『砂の女』
- 1965年(第39回)『8 1/2』、『赤ひげ』
- 1966年(第40回)『大地のうた』、『白い巨塔』
- 1967年(第41回)『アルジェの戦い』、『上意討ち』
- 1968年(第42回)『俺たちに明日はない』、『神々の深き欲望』
- 1969年(第43回)『アポロンの地獄』、『心中天網島』
- 1970年(第44回)『イージー・ライダー』、『家族』
- 1971年(第45回)『ベニスに死す』、『儀式』
- 1972年(第46回)『ラスト・ショー』、『忍ぶ川』
- 1973年(第47回)『スケアクロウ』、『津軽じょんがら節』
- 1974年(第48回)『フェリーニのアマルコルド』、『サンダンカン八番娼館/望郷』
- 1975年(第49回)『ハリーとトント』、『ある映画監督の生涯』
- 1976年(第50回)『タクシードライバー』、『青春の殺人者』
- 1977年(第51回)『ロッキー』、『幸福の黄色いハンカチ』
- 1978年(第52回)『家族の肖像』、『サード』
- 1979年(第53回)『旅芸人の記録』、『復讐するは我にあり』
- 1980年(第54回)『クレイマー、クレイマー』、『ツィゴイネルワイゼン』
- 1981年(第55回)『ブリキの太鼓』、『泥の河』
- 1982年(第56回)『E.T.』、『蒲田行進曲』
- 1983年(第57回)『ソフィーの選択』、『家族ゲーム』
- 1984年(第58回)『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』、『お葬式』
- 1985年(第59回)『アマデウス』、『それから』
- 1986年(第60回)『ストレンジャー・ザン・パラダイス』、『海と毒薬』
- 1987年(第61回)『グッドモーニング・バビロン!』、『マルサの女』
- 1988年(第62回)『ラストエンペラー』、『となりのトトロ』
- 1989年(第63回)『ダイ・ハード』、『黒い雨』
- 1990年(第64回)『非情城市』、『櫻の園』
- 1991年(第65回)『ダンス・ウィズ・ウルブズ』、『息子』
- 1992年(第66回)『美しき諍い女』、『シコふんじゃった。』
- 1993年(第67回)『許されざる者』、『月はどっちに出ている』
- 1994年(第68回)『ピアノ・レッスン』、『全身小説家』
- 1995年(第69回)『ショーシャンクの空に』、『午後の遺言状』
- 1996年(第70回)『イル・ポスティーノ』、『Shall we ダンス?』
- 1997年(第71回)『秘密と嘘』、『うなぎ』
- 1998年(第72回)『L.A.コンフィデンシャル』、『HANA-BI』
- 1999年(第73回)『恋におちたシェイクスピア』、『あ、春』
- 2000年(第74回)『スペース・カウボーイ』、『顔』
- 2001年(第75回)『トラフィック』、『GO』
- 2002年(第76回)『ロード・トゥ・パーディション』、『たそがれ清兵衛』
- 2003年(第77回)『戦場のピアニスト』、『美しい夏キリシマ』
- 2004年(第78回)『ミスティック・リバー』、『誰も知らない』
- 2005年(第79回)『ミリオンダラー・ベイビー』、『パッチギ!』
- 2006年(第80回)『父親たちの星条旗』、『フラガール』
- 第1回、第2回は洋画から、「芸術的に優れた作品」「娯楽的に優れた作品」の2作品が選出された。
- 第7回は、洋画から「無声映画」と「有声映画」邦画から「現代映画」と「時代映画」の合計4作品が選出された。
- 第18回、第19回は戦争のため、邦画から1作品のみ選出された。
- 上記以外の年は、洋画・邦画からそれぞれ1作品ずつ選出されている。
[編集] 註
- ^ このため出版業を通じて阪神間モダニズムの一翼を担うことになる
- ^ 以降毎月2回(5日・20日)発行の体裁で現在に至る
- ^ 雑誌収入だけでは経営が成り立たないので、劇場用映画「刑事物語」を製作したこともあった
- ^ ただ、上森自身は鎌倉商工会議所会頭を務める等実業家としてそれなりに実績を残しており、総会屋になってしまったのも久保祐三郎が引退の際に自らの後継者を藤山愛一郎に推挙させたことが原因だった。このため上森は総会屋と呼ばれることを極度に嫌ったと言う
- ^ 一般的に最も権威のある映画賞と言われている米国のアカデミー賞よりも1年長く、キネマ旬報ベスト・テンこそ最も権威があるという見方をする映画ファンも少なくない
[編集] 関連項目
- 坪内博士記念演劇博物館(早稲田大学内)-復刻版を含めキネマ旬報全号所蔵